第9話 壊していいよ
祝福熱は、風邪とは違い発熱以外の症状が出ない。ノーチェが眠るのに飽きてきた頃、アルバは「あ、そうだ。これ、渡しておくね」と革でできたクッションを手渡した。
「これは?」
「分厚い革でできたクッションだよ。革の厚さと抱き心地にこだわったんだ。でさ、その。一個お願いがあるんだけど、いいかな?」
「……お願い?」
何だろう。できることだといいんだけどな。そう考え出したノーチェに、アルバは笑って続ける。
「ちょっと暴走しそうだな、って時。それに祝福を向けて欲しいなって」
「……壊しちゃうよ」
ノーチェは震える声でそう答えた。
「わたしの祝福、暴走したら……物なんて、簡単に壊れる」
視線を落としたまま、彼女は呟く。アルバは笑って続けた。
「うん。そのために作らせたものだから」
ノーチェは視線を伏せ、クッションを見つめる。その手は、かすかだが震えていた。その瞬間、闇の雷がばちばちと音を立て始めた。
「大丈夫。クッション、壊していいよ」
「……分かった」
ノーチェはクッションを抱えたまま、祝福の矛先をそちらへ向けた。闇の雷が、ほとばしる。分厚い革が裂け、中の綿が顔を出した。
「……うん。上手。ちょっともらうね」
アルバはクッションを受け取ると、「はい、新しいの」と別のを手渡す。
「……新しいの?」
「うん。いっぱいあるから、いくらでも壊していいよ」
ノーチェは困惑したようにクッションを見つめる。そんな彼女を、アルバはにこにこと見守っていた。
◇
ノーチェの熱は、二日目の昼には下がった。アルバは彼女の額に手を当てて「うん、下がったね」ということを確認する。そして、真剣な表情を作った。
「ノーチェ。もし、よかったらなんだけどさ。先にディーアに向けて出発してくれると助かるんだけど、どうかな?」
「……先に?」
「うん。正妃が君に何かしないか、心配なんだ。……だめ、かな?」
彼はこてん、と首を傾げる。ノーチェはしばらく考えたあと、おそるおそる「……絶対、追いかけてくれる? 連れて帰ってくれる?」と聞いた。
「もちろん。港で待ち合わせだよ」
「……分かった」
彼女は不安げにクッションを抱きしめながらも、こくんと頷く。アルバはその手をそっと包み込むと、優しく微笑んだ。
「大丈夫。ノーチェは、絶対守るよ。みんなでディーアに帰ろうね」
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