第10話 真夜中の出発
ノーチェの出発は、真夜中に決まった。馬車に同乗するのは、アベリャーナとカカウェテだ。
「ノーチェ様。眠くなったら、こちらに寄りかかってくださって大丈夫ですよ」
「え、お母さんずるい。私もノーチェ様に寄りかかってほしいです」
「……えっと……」
馬車に乗り込んだノーチェは、困惑したようにクッションを抱きしめる。それを見たカカウェテは、「冗談ですから本気にしないでください」と笑った。
「……二人とも、ごめんね。……呪われた姫と一緒で」
ノーチェは目を伏せながらゆっくり呟く。母娘は目を丸くして、顔を見合わせた。そして、ふ、と優しく微笑み、ノーチェの顔を見る。
「違いますよ、ノーチェ様。あなたはわたくしの主で、今は亡き親友の忘れ形見です」
「そうですよ。呪われた姫なんかじゃありません。大事な乳姉妹で、守るべき主なんですから」
「……ごめんなさい」
彼女は震えるような声でつぶやいた。アベリャーナが「謝らなくても構いません。ですが、……そうですね……」と言葉を切った。
「こういうときは、ありがとうと言ってくださると、励みになりますわ」
すべてを包み込むような母の目で、アベリャーナは言葉を紡いだ。
「……ありがとう……?」
「はい。どういたしまして」
二人の微笑みに、ノーチェは安心したように息を吐く。そして、クッションを抱きしめたまま、うとうとと目を伏せた。こくん、とクッションに頭が預けられる。
「失礼いたします」
アベリャーナは彼女の方をそっと抱き、自分に引き寄せる。揺れる馬車の中、ノーチェはゆったりとした寝息を立て始めた。
◇
ノーチェが出発した翌朝、アルバが国王へのあいさつのため、迎賓館から出た後。王妃付きの侍女が、こっそりと迎賓館に侵入した。その手にあるのは、幻覚剤。ノーチェにこっそり飲ませ、精神を不安定にして暴走を引き起こさせる魂胆だ。だが。
「……いない?」
すでに客間はもぬけの殻。荷物がすべて片付けられ、明らかに出発したあとだった。侍女が慌てていると、「こんなところでお散歩?」と朗らかな声が聞こえてきた。彼女は恐る恐る振り返る。そこには、きらきらしい笑みを浮かべたアルバが立っていた。
「ねえ。このまま戻ったら、見なかったことにしてあげる。戦争になるの、嫌でしょ?」
侍女は恐怖した。目の前の怪物はなんだ。ディーアの第三王子は、いつもにこにこしている甘えた王子ではなかったのか。背中に冷や汗が伝う。
「あと、十秒待ってあげるね」
無邪気な声色で、じゅーう、きゅーう、と数え始めたアルバを見て、侍女は慌てて踵を返す。
「まったく。やぶれかぶれもいい加減にしてよね。戻ってきてよかったかも。さてと。さっさとあいさつを終わらせて、ノーチェと合流しないと」
アルバがついたため息は、明かりの落とされた部屋に溶けていった。
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