第11話 故郷との別れ
先に港に着いたノーチェは、ディーア王室専用船の船室に通される。ふかふかのソファに腰掛けた彼女は、ぽつりとつぶやいた。
「……アルバ、ちゃんと来てくれるかな」
「大丈夫ですよ。お坊ちゃまはノーチェ様を絶対に見捨てません」
不安げにつぶやいたノーチェの背を、アベリャーナがそっとなでる。
「……うん」
彼女はぎゅっとクッションを抱きしめた。その瞬間、闇色の雷がクッションを引き裂く。
「あ、また……」
「こちらを」
カカウェテは新しいクッションに取り替える。「ごめんなさい……」と申し訳なさそうに目を伏せるノーチェに、彼女は笑いかける。
「大丈夫です! クッションはまだまだあります! 足りなくなりそうでしたらすぐ作るので!」
「……針子さんの仕事、増やしちゃうから……」
「実は、クッション手当出るんです。私も侍女の仕事がないときは、内職代わりにやってました」
「……カカウェテ、意外とそういうの好きだよね」
カカウェテとアベリャーナの笑顔につられ、ノーチェは軽く笑顔を浮かべた。
◇
夕日が傾き、影が伸びてきた頃。船室のドアがこんこんとノックされた。
「……どうぞ」
「ただいま、ノーチェ」
ドアを開けて入ってきたのはアルバだった。アルバはにこにことノーチェの言葉を待つ。ノーチェは目を丸くして「……えっと」とつぶやいた。
「ただいま、だよ。ノーチェ」
「……おかえり、なさい……?」
「うん。ただいま」
彼女がそう声をかけると、アルバは満面の笑みで答える。そのままノーチェの隣に腰掛けた彼は「待っている間、退屈しなかった?」と問いかける。
「……うん。アベリャーナとカカウェテもいたから」
「やっぱり雇って正解だったな。……ぼくも見てくれないと、ちょっと寂しいけど」
アルバは拗ねたようなポーズをとる。ノーチェは「ごめんね」と謝った。
「わっ、違うよ! 謝ってほしいんじゃなくて!」
彼はわたわたと手を振って誤解を解こうとする。
「……ほんとに?」
「違うよ! 違う! ただの軽口!」
一生懸命なアルバの姿を見て、ノーチェは安心したように表情を緩めた。
「紅茶とかお菓子とか用意させてたんだけど、口にあった?」
「……うん。美味しかったよ。お菓子、久々に食べた」
「これからは好きなだけ食べていいからね。ああでも、太っちゃうか」
「……そうだね。……ほどほどに、楽しむね」
汽笛の音が鳴り響き、船は桟橋を離れる。ノーチェは窓に目を向け、少しずつ小さくなっていく故郷に視線を向けていた。
「……ルナリアと、クラロは……」
「妹弟たちのこと、気になる?」
「……うん。わたしだけ、地獄を抜けていいのかな、って」
彼女の言葉に、アルバは「ノーチェはやさしいね」と微笑む。
「わたしは、優しくないよ」
「ううん。優しいよ」
アルバはノーチェの手をそっと包み込む。安心させるように。
「ルナリアは王宮を出たよ。ファーブラ公爵家の、カントって知ってる? 彼のところに身を寄せてる」
「ファーブラ公爵家って、筆頭公爵家の? ……密会の相手だったよね」
「うん。きっと、大事にしてくれるよ」
アルバの目は柔らかい。それを見ていると、ノーチェは何だか信じてもいいような心地になってきた。
「クラロは?」
「……救いの手は、届いてる。昔からずっと。あとは彼次第かな。あの子も、ずいぶん長く待ってるみたいだし」
「あの子?」
「うん。クラロの隣にいるよ。彼はまだ気づいてないみたいだけど。でも、気づかなくても、錨にはなってくれるんじゃないかな」
だから大丈夫だよと笑うアルバの目は、どこまでも優しかった。
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