第6話 たすけて
ノーチェは目の前に立ったアルバの言葉が信じられなかった。
「……迎えに……?」
「うん。約束したでしょ? 結婚しようね、って」
「……うそだ」
「うそじゃないよ」
アルバはノーチェの目を、まっすぐ見た。
「……ポラールの、純潔の王女は、私しかいないから。だから、婚姻を申し込むってこと?」
「ううん。ノーチェがお嫁さんになって欲しいから、申し込むの」
アルバは微笑む。視線は、決してそらされない。
「ディーアの第三王子って、そんな子供みたいな理由で結婚を決めちゃうんだ。顔にぴったり」
アルバの笑顔が引き攣る。無意識なのだろう、頬の傷をそっと摩った。
「それ、ノーチェに言われるとちょっとショックかも」
ノーチェの目が、丸く見開かれる。……傷つけた。わたしが、アルバを信じられなかったばっかりに。
「でもね、ぼくはもう子供じゃないよ。いろんな人と出会った。いろんな人と話した。それでも、ノーチェがいいって思ってる」
アルバはそれでも逃げない。ただ真っ直ぐな言葉を紡ぐ。ノーチェはそれを信じることができない。
「同情? 可哀想な王女だから、ちょっと甘い言葉をかけてやればすぐ靡くって?」
「ううん。十年前から、ずっと好きだから」
アルバの言葉を、愛を信じられない自分が惨めだ。彼はそんなことをしない、そうわかっているはずなのに。
「ノーチェ、好きだよ。辛い中でも、誰かを傷つけまいと踏ん張ってる、優しい君が」
「……十年も、会いにこなかったくせに」
「ごめんね。すぐに迎えに来れなくて。ぼくが、弱くて」
ああ、まただ。わたしは人を傷つける。人を傷つけることしかできない。
自己嫌悪に陥っていくノーチェの手を、アルバはそっと包み込む。
「ひとりにしてごめんね。もう、大丈夫だよ」
「……わたしに関わったら、また傷つくよ。頬の傷、増やされたいの?」
ノーチェは闇の雷を発生させ、脅すようにばちばちと音を鳴らす。アルバはそれに一切物怖じせず、彼女を抱きしめた。
「痛いよ。でも、君のそばを離れない」
本当に痛そうに顔を顰めながらも、彼は目線を上に向けてノーチェと目を合わせる。
「何で? 同情?」
「ううん。十年前の、やり直し。あの時、ノーチェのそばに行けなかったから。だから、今度こそは」
アルバは一瞬だけ目を伏せた。それでも、すぐに優しく微笑む。それを見たノーチェは独りごちた。
自分はなんて最悪なやつなんだ。優しいアルバに、こんな顔をさせるなんて。
自己嫌悪に沈む彼女の祝福が暴れ出す。アルバに怪我をさせるわけにはいかない、と、ノーチェは矛先を自分に向けようとした。その瞬間だった。
「ダメだよ」
アルバの手が、ノーチェの手首を掴む。痛みは感じないけど、強い力で。
「離して」
「離さないよ」
ノーチェはその手を振りほどこうとする。が、びくともしない。
「離れて」
「離れないよ」
バチバチという音が大きくなっていく。足元に闇がたちこめる。
「アルバ殿下!」
ディーア王国の騎士が駆け寄ろうとする。アルバは彼に向かって、来るな、と目線を送った。その目は、「今度こそ離れない」という覚悟を物語っていた。
「離れてよ」
「いやだよ」
押し問答は続く。足元の闇が、彼女もろともアルバを飲み込もうとする。これ以上闇の力が膨らめば、闇はノーチェの制御を離れて無差別に周囲を攻撃しかねない。その時怪我するのは、目の前にいるアルバだ。そうなる前に、自分に向けなくてはならないのに。手首をつかんでいる手が、それを許さない。
「なんで」
「ノーチェを一人にしたくないから」
アルバはノーチェを安心させるように微笑む。
「……分かんないよ」
「分かんなくていいよ」
アルバの声は、温かい。払いのけようとした手が、彼の服をつかむ。
「……たすけて」
震えるような、消え入りそうな声で紡がれたそれ。アルバはふ、と表情を緩めると、すべてを包み込むような、夜明けのような声で言った。
「もちろん」
闇の放出が止まる。ノーチェの体から力が抜ける。張りつめていた糸が切れるように、彼女はゆっくりと目を閉じる。そのアメジストが閉じていくに合わせ、闇はふわりとほどけて消えた。
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