第5話 迎えに来たよ
その日、ポラールの王宮は揺れた。ポラール王国とディーア王国の和平を実現させた第三王子アルバが、王女に求婚するために王宮を訪れる、その知らせが届いたからだ。王宮内の力関係を考えると、婚姻を結ぶのはルナリアだろう。誰もがそう思っていた。一応ノーチェ付きとなっている侍女たちまで、ルナリアを磨き上げるために駆り出された。
少し静かになった部屋の中で、ノーチェは独りごちる。
「……よかった。アルバは絶対に、ルナリアをお人形のままにはしない。ディーア王国では、祝福持ちの姫、というだけで喜ばれる。ルナリアはようやく、『珍しい属性の強い祝福が出なかった失敗作』じゃなくなるんだ」
ルナリアは『花びらを舞わせる』という、花属性のありふれた祝福を持つ。ノーチェのように、人を傷つける祝福じゃない。彼女の花嫁姿は、きっと花が舞い散る素敵なものだ。
「……求婚の場では、端っこに隠れてよう。アルバはきっと、わたしの顔なんて見たくないだろうから」
◇
一週間後。王族の面々が集まる玉座の間に、アルバは現れた。顔つきはあどけなさが残るものの、身長が伸びてかっこよくなっていた。顔つきは自信に溢れていて、「今をときめく愛され王子」としての風格を漂わせていた。その頬には一本の傷が残るが、そんなことを全く気にせず彼は背筋を伸ばして立っている。
(あの傷が……)
ノーチェは傷が目に入った瞬間、そっと視線をそらした。
ルナリアは彼の前に進み出る。彼女にしては珍しく、何かを覚悟したような目つきをしていた。アルバは自信満々の表情をふっと和らげると、ルナリアに囁いた。
「……ごめんね。……離宮の……」
その言葉を聞いたルナリアの目は、ほんのわずかに丸められた。アルバは彼女の脇をすり抜け、ポラール王の前に立つ。
「ポラール王。今日は、素敵なご歓待を賜り、誠にありがとうございます。……求婚の前に、一つ伝えたいことが」
彼はそう言って、一枚の写し絵をそっと国王に見せた。それは、『明け方にファーブラ公爵家の別邸から出てくるルナリア』の写し絵だった。絵には、次期公爵カントの姿も写っている。
「ルナリア。これは一体どういうことだ」
ポラール王は静かに問いただす。
「弁明はいたしません。この写真は、全て真実です」
ルナリアの笑みは、いつもと違った。喜びとも悲しみともつかない、自嘲的な笑み。
「どういうことなの⁉︎ ルナリア!」
「どういうことも何も、密会ですわ、お母様。とうに純潔すら失っております」
「どうして、どうしてあなたは⁉︎ 価値がなくなれば、あなたも、私も、王宮では生きていけないのよ!」
正妃にヒステリックに詰められても、ルナリアは笑っている。へらり、という言葉がよく似合う、虚ろな笑みで。
「クラロ」
「はい」
クラロは父王に言われるまま前に出た。ルナリアに視線を合わせ、凝視し、真実を見抜く祝福を発動させる。
「さっきの言葉は本当か」
「本当よ、クラロ」
クラロの目には、彼女の言葉が真実と映る。それを見ても、クラロは悲しみも、怒りも、何も抱かない。彼の目には、何の感情も乗っていない。
「父上、真実です」
「そうか」
国王は顎に手を当てる。クラロも同じ仕草をした。タイミング、手の角度に至るまで寸分の狂いもなく。
「なるほど。この婚姻に、ルナリアはもう『使えん』な」
国王はそう言ってノーチェを見る。
「祝福を暴走させる、使えん姫だが。今この場では、ルナリアより使えるだろう」
「では、ぼくとノーチェの婚姻を許していただけますね」
「致し方あるまい」
アルバは国王の言葉に満足そうに頷くと、ノーチェの前に進み出る。
「遅くなってごめんね。ノーチェ、迎えに来たよ」
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