第4話 虐げられた姫
離宮の隅、窓のない、暗い部屋の中。ノーチェはいつものように、ベッドに使用人が置いた虫や動物の死骸や糞がないか、隅々まで確認してから横になった。
疲れた、と独りごちる。いつもはこの部屋から出てはならないが、式典がある日は外に出される。でも、部屋の中に閉じ込められている方が、いくらか気持ちが楽だったかもしれない。
「まあ。祝福を制御できない、出来損ないの姫よ」
「同じ属性の祝福を持つ、亡くなった側妃様は、闇の霧を出す祝福を慈しみ、完璧に制御して国を照らしておりましたのに」
廊下を歩けばひそひそと声がする。そばにいた使用人は、ぞうきんの入ったバケツをあえて彼女に向けてひっくり返した。ほこりだらけの水が彼女に浴びせられる。身体が固まる。それに呼応するかのように、闇の祝福が暴れ出した。
(っ、まずい!)
彼女は祝福が周りを傷つける前に、矛先を自分のお腹に向ける。びりっ、と皮膚が裂けるような痛みが走った。
「申し訳ございません」
「……気にしないで。着替えてくるね」
形だけの謝罪に軽く応えた。周りはひそひそと「当てつけのように自分を傷つけて。みっともないわ」や「どれだけ癇癪持ちなの」と囁く。彼女はそれを聞こえないふりをして、急いで離宮に戻り着替えることにした。もちろん侍女は手伝ってくれない。何とか身だしなみを整えて戻れば、すでに式典が始まっていた。
「まあ。ほんとにあなたは出来損ないね。大事な式典に遅れてくるなんて」
正妃がチクチクと言葉で刺す。
「遅れて申し訳ございません」
「形ばかりの謝罪など結構。あなたのその『不気味な力』が、また我が国の恥をさらさぬよう、隅で大人しくしていなさい」
睨みつける正妃に対し、ノーチェは静かに頭を下げる。その様子を、正妃の子供達であるルナリアとクラロが、一瞬だけ見た。そして、すぐさま目を逸らした。
ノーチェは二人が見て見ぬ振りをしたことを、お互い様だと思っていた。
ルナリアはいつも美しい微笑みを浮かべている。それ以外の表情を浮かべているところを、見たことがない。
今日も彼女は寸分の隙もなく整えられた美しい身なりをしていた。だがノーチェは知っている。ドレスで隠された脛に、彼女が自分でナイフを当てていることを。
クラロは父王の真似をして、合理で物事を見る。合理でしか、物事を見ない。見ることができない。
今日も彼は、背をまっすぐ伸ばし、国を継ぐものとしてふさわしい姿勢で立っている。だが、ノーチェは理解している。彼は『正しい王太子』の動きをなぞることしかできないことを。
それを分かっていながら、彼女は二人に関わらない。関わってしまえば、互いに崩れる。
お互いがお互いに無関心でいる。これが、冷えた王宮を生きる三人の、冷たい姉弟愛だった。
◇
「……地獄なのは、わたしのせいだ」
夜。彼女は天井に手を伸ばし、それを見上げながらつぶやいた。十年前、この手から放たれた雷が、大事なおともだちである、アルバを傷つけたから。だから、わたしはこんな暗い場所にいる。
ノーチェを嘲笑うかのように、月明かりで照らされていた影がひとりでに動き、踊っていた。
『大きくなったら結婚しようね。約束だよ』
彼のあどけない笑顔が、無邪気な約束が頭によぎる。その時は、なんて答えただろうか。……もう、思い出せない。
「……なんで今更思い出してるんだろ。……わたしは、厄介払いの婚姻に出されるのに」
側近とは名ばかりの人たちは、ノーチェにわざわざ教えてくれる。『もうじきノーチェの婚姻が決まる。嗜虐趣味の老侯爵の後妻、という名のサンドバック。あるいは、珍しい祝福持ちで人体実験したい研究者気質の伯爵の愛人、という名の実験体』だと。きっと死んだほうがマシなのだろう。それでも。
「……誰かを傷つけることしかできない、呪われた力を持つ姫には、ピッタリの末路かな」
乾いた笑いをこぼして目を閉じる。夜明けは、すぐそこまで迫っていた。
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