第3話 十年の準備
「……ノーチェ」
十年前、ことの発端となった事件を思い返していたアルバは、夜空を見上げながら小さく呟く。
……十年前の事件は「ポラール王国の王女が、ディーア王国の王子を襲った」として、国際問題になった。長年の友好国であった両国の関係は、冷えた。……すでに、この構図がおかしいと、アルバは気づいている。
(幼い子供が、不安とかの精神不安定を抱える、強力な祝福を持つ子供が、祝福を暴走させる。それは、よくある話。……この時のノーチェはお母さんを病気で亡くしてて。周りは彼女に意地悪をする人物ばかりにされていた。だから、あの暴走は『起こるべくして起きた』。だから、本来であれば『子供同士の些細な事故』として処理されるはず。なのに)
ポラールでの、ノーチェの立場は悪い。『王子を襲った、危険な王女』として、遠ざけられている。『王子を襲った』と言い出したのは、正妃だ。
式典には顔を見せている。だが、使用人から侍女、側近に至るまで。彼女の周囲は、彼女を畏怖するか、あるいはその力を利用しようとする者たちで固められている。
「本来だったら、祝福を暴走させた子供には、カウンセリングと祝福の制御訓練を受けさせるのが普通だ。でも、ノーチェは受けてない」
彼は手に持っていた書類を机に置く。机には、さまざまな情報が集まっていた。ディーア王国だけでなく、世界各国の王宮で流れている噂話。主要国の政治相関図や派閥の情報。国家だけでなく、世界中の有力貴族の資金源や流れ。民衆の潜在的な不満や、彼らの情報源について。
十年間コツコツと広げ続けてきた、情報ネットワークの賜物だ。これも全て、ノーチェの現状を知るため。
机には別の書簡もある。王立祝福研究所の印が入った手紙だ。入っているのは、ノーチェが持つ闇の祝福の考察。あくまで噂から考察したもの、とした上で、属性、効果、特徴から体系づけられている。さらには「訓練の件について承知しました。この考察を主軸として、あらゆる事態を想定して準備を進めます」と書かれていた。
「……やっと、準備が整った」
アルバはあどけない表情で笑う。その手の中には、一枚の紙切れがあった。
「今から迎えに行くからね。待っててね、ノーチェ」
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