第2話 まだ幸せだった日々
「本日は、よくぞ、おこしください、ました。アルバ王子」
「お会いできて、光えいです。ノーチェひめ」
二人の子供が、たどたどしく挨拶を交わす。ノーチェは恐る恐る「上手にできてた?」と口にした。
「うん! 挨拶、上手になってるよ!」
「……本当? よかった……」
彼女はホッ、と息を吐く。アルバはノーチェの顔をじっと見た。
「……アルバ?」
ノーチェは不安気な表情で彼の名前を呼ぶ。すぐに彼は「なんでもないよ」と笑って「ねえ、遊ぼう?」と声をかけた。
「……いいよ」
「やった! 何して遊ぼうか?」
アルバはニコニコと笑いながら彼女の顔を覗き込む。ノーチェは周囲を伺うように視線を揺らした後、「……花冠、作りたい」と呟いた。
「いいよ! お庭、案内して?」
「……こっち」
彼女はアルバの手を握る。優しく握り返すと、ノーチェは肩の力を抜いて笑った。
ノーチェは中庭への道すがらも、しきりに使用人の顔色を窺っていた。
(……ノーチェ、いつもこんなふうだったっけ?)
なんだかおかしい。彼はゆっくりと口をひらこうとする。その時だった。
使用人が持っていたバケツを落とす。その瞬間、ノーチェはひゅ、と息を呑んだ。体を縮こまらせ、耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じる。
「……ノーチェ?」
「び、びっくり、しただけ……。大丈夫……」
彼女は取り繕うように笑う。だが、その肩は震えていた。
「……いこう」
「うん」
また手を繋ぐ。アルバはノーチェを安心させるよう、彼女の手をそっと包み込んだ。
廊下を歩いて、中庭へ。柔らかい草むらの上に座ると、二人は花冠を作り始めた。
「ノーチェ、ここは、どうするの?」
「えっと、ここはね……」
ノーチェは花冠の編み方を教えてくれた。アルバは手先が器用なのか、すぐに編み方を覚えて、彼女よりも早く花冠を編み終えた。彼はノーチェの頭にそっと花冠を乗せる。
「はい、これ、ノーチェにあげるね?」
「えっと、いいの?」
「うん。ノーチェは未来のお嫁さんだから!」
それは、子供同士の無邪気な約束。ノーチェはそっと微笑んで、「じゃあ、これはアルバにあげるね」と返す。
「ありがとう! ずっと大事にするね!」
ニコニコと嬉しそうに笑うアルバに釣られて、ノーチェはほっとしたような柔らかい微笑みを浮かべた。
「アルバ、その……」
二人でおしゃべりしながら花冠を編んでいると、ノーチェが恐る恐る口を開く。彼女の瞳は揺れていた。ノーチェは今真剣だ。そう考えたアルバは手を止めて「どうしたの?」と彼女の顔をしっかりと見た。
「……えっとね」
「うん」
ノーチェは勇気を出すように、手をギュッと握る。アルバはそんな彼女を元気付けようと手を伸ばした。その時だった。
バチっ、と闇色の雷が弾けた。発生源は、ノーチェの手から。
「な、何これ?」
彼女は驚いたように声を上げる。ノーチェは雷が自分から出ている、ということは気づいているようで、どうにかしようと手をブンブン振り回す。それでも、闇の雷は止まらない。アルバが慌てて駆け寄ろうとした、次の瞬間だった。
バチッ。
一際大きく走った雷が、アルバの頬を掠め、皮膚を切り裂いた。
「アルバ王子!」
アルバの頬から血が流れる。ほっぺが痛い。すぐに周りにいた騎士が引き離す。
彼女は目を丸くして、そして、静かに息を呑んでいた。その顔を見た瞬間、アルバは気づいた。もっと痛いのは、痛い思いをしてるのは、ノーチェだ、と。そばに行かなきゃ、と。
守るように抱きしめる騎士の腕、その隙間から、アルバは必死に手を伸ばす。
「お願い、離して! ノーチェ! ノーチェ!」
幼いアルバの声は、届かない。騎士たちに囲まれ、ノーチェの姿はもう見えなくなっていた。
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