第25話 領民への挨拶
とある日の夕食のことだった。パンをちぎっていたアルバは、ノーチェに「訓練は順調?」と聞く。
「うん。最近は、闇で色々なものを作ってるんだ。ほら」
ノーチェはそう言って、手から闇でできた蝶を作り出した。アルバはそれを追いかけるように視線を向けて「わぁ……」と感嘆の声を漏らした。
「本当に綺麗だよ」
「えっと、その。ありがとう……」
彼女はちょっと照れたように頬をかく。アルバはそれを見て楽しそうに笑った。
「……みんなにも、見せなきゃな」
「みんなって?」
「領民のみんな。ぼく、まだあいさつ行ってなくて」
「それは、行かなきゃだね」
「うん……。できればノーチェにも来てほしいんだけど……、いけそう? 怖かったら、馬車から手を振るだけでもいいよ」
アルバはそう言って微笑む。ノーチェは一度視線を落としてから、小さく息を吸った。
「ううん。がんばってみる」
ノーチェは深く頷く。それを見て、アルバはほっとしたように「ありがとう」と笑った。
◇
数日後。ノーチェはアルバとともに馬車に乗り、シエロ公爵領へと向かった。公爵領は王都にほど近く、目的によっては半日程度で帰ってこれる程度の距離だ。
二人が乗った馬車が公爵邸の前に止まると、『新公爵夫妻が挨拶に来る』というお触れを聞いた領民たちが集まってきていた。
アルバは先に馬車を降り、ノーチェの手を引いてエスコートをする。
「あの方が夜の姫……?」
「夜のような髪に闇色の瞳とは、まるで祝福を体現しているかのようだね」
「ねえねえお母さん、すっごくきれいなお姫さま!」
「祝福持ちで縁起のいい人が領主様の奥さんになってくれたんだ。この領も安泰だな」
ノーチェが姿を見せた瞬間、領民たちは口々にそんなことを口にする。アルバがすっと片手を上げると、人々のざわめきが静かになっていく。
「こんにちは。少し前にシエロ公爵になった、アルバ・シエロだよ。この領の発展と領民の幸せのために頑張るから、これからよろしくね」
アルバがそう挨拶すると、領民たちから歓声が上がる。彼はまた片手を上げる。すると、歓声は少しずつ収まり始めた。
「ぼくの奥さんも紹介するね。ノーチェ・シエロだよ」
アルバはそう言って一歩下がる。ノーチェは一度アルバを見た。彼は唇だけ動かして「大丈夫」と笑う。ノーチェはしっかりと頷いて、一歩前に出た。
「ノーチェ・シエロです。公爵夫人としてアルバを支えて、公爵家や領民の皆さんのために頑張ります」
ノーチェがそう挨拶すると、彼らは温かい拍手を贈る。
「ねえねえお姫さま! 闇の祝福、見せてください!」
一人の女の子がそう声を上げる。ほかの人々も「ぜひとも見てみたいな」「祝福だって? そりゃめでたい! ぜひとも見てみたいな」と喜ぶ。アルバはノーチェを見て、「大丈夫?」と聞いた。
ノーチェはゆっくりと息を吐く。正直言って、まだほんの少し怖い。だけど。
(アルバが、みんなが、私は呪われた姫なんかじゃないって、この力は呪われた力じゃないんだって、そう教えてくれた。だから、きっと大丈夫)
彼女は目を開き、「わかりました」と微笑む。手を空へと掲げ、大きな闇の薔薇を作り出した。
「すごい!」
「おお、こりゃ縁起がいいな! きっと今年も豊作だ!」
「なんて素敵なの! 闇色に輝いてて、すっごくきれい!」
人々は歓声を上げて拍手を贈る。それを見たノーチェは、肩の力が抜けた。ふと隣を見ると、アルバが嬉しそうに笑っている。それにつられて、ノーチェも小さく笑う。その時だった。
「公爵、覚悟!」
人々の間を切り裂くように、黒ずくめの男が飛び出してきた。




