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第25話 領民への挨拶

 とある日の夕食のことだった。パンをちぎっていたアルバは、ノーチェに「訓練は順調?」と聞く。


「うん。最近は、闇で色々なものを作ってるんだ。ほら」


 ノーチェはそう言って、手から闇でできた蝶を作り出した。アルバはそれを追いかけるように視線を向けて「わぁ……」と感嘆の声を漏らした。


「本当に綺麗だよ」

「えっと、その。ありがとう……」


 彼女はちょっと照れたように頬をかく。アルバはそれを見て楽しそうに笑った。


「……みんなにも、見せなきゃな」

「みんなって?」

「領民のみんな。ぼく、まだあいさつ行ってなくて」

「それは、行かなきゃだね」

「うん……。できればノーチェにも来てほしいんだけど……、いけそう? 怖かったら、馬車から手を振るだけでもいいよ」


 アルバはそう言って微笑む。ノーチェは一度視線を落としてから、小さく息を吸った。


「ううん。がんばってみる」


 ノーチェは深く頷く。それを見て、アルバはほっとしたように「ありがとう」と笑った。





 数日後。ノーチェはアルバとともに馬車に乗り、シエロ公爵領へと向かった。公爵領は王都にほど近く、目的によっては半日程度で帰ってこれる程度の距離だ。

 二人が乗った馬車が公爵邸の前に止まると、『新公爵夫妻が挨拶に来る』というお触れを聞いた領民たちが集まってきていた。

 アルバは先に馬車を降り、ノーチェの手を引いてエスコートをする。


「あの方が夜の姫……?」

「夜のような髪に闇色の瞳とは、まるで祝福を体現しているかのようだね」

「ねえねえお母さん、すっごくきれいなお姫さま!」

「祝福持ちで縁起のいい人が領主様の奥さんになってくれたんだ。この領も安泰だな」


 ノーチェが姿を見せた瞬間、領民たちは口々にそんなことを口にする。アルバがすっと片手を上げると、人々のざわめきが静かになっていく。


「こんにちは。少し前にシエロ公爵になった、アルバ・シエロだよ。この領の発展と領民の幸せのために頑張るから、これからよろしくね」


 アルバがそう挨拶すると、領民たちから歓声が上がる。彼はまた片手を上げる。すると、歓声は少しずつ収まり始めた。


「ぼくの奥さんも紹介するね。ノーチェ・シエロだよ」


 アルバはそう言って一歩下がる。ノーチェは一度アルバを見た。彼は唇だけ動かして「大丈夫」と笑う。ノーチェはしっかりと頷いて、一歩前に出た。


「ノーチェ・シエロです。公爵夫人としてアルバを支えて、公爵家や領民の皆さんのために頑張ります」


 ノーチェがそう挨拶すると、彼らは温かい拍手を贈る。


「ねえねえお姫さま! 闇の祝福、見せてください!」


 一人の女の子がそう声を上げる。ほかの人々も「ぜひとも見てみたいな」「祝福だって? そりゃめでたい! ぜひとも見てみたいな」と喜ぶ。アルバはノーチェを見て、「大丈夫?」と聞いた。


 ノーチェはゆっくりと息を吐く。正直言って、まだほんの少し怖い。だけど。


(アルバが、みんなが、私は呪われた姫なんかじゃないって、この力は呪われた力じゃないんだって、そう教えてくれた。だから、きっと大丈夫)


 彼女は目を開き、「わかりました」と微笑む。手を空へと掲げ、大きな闇の薔薇を作り出した。


「すごい!」

「おお、こりゃ縁起がいいな! きっと今年も豊作だ!」

「なんて素敵なの! 闇色に輝いてて、すっごくきれい!」


 人々は歓声を上げて拍手を贈る。それを見たノーチェは、肩の力が抜けた。ふと隣を見ると、アルバが嬉しそうに笑っている。それにつられて、ノーチェも小さく笑う。その時だった。


「公爵、覚悟!」


 人々の間を切り裂くように、黒ずくめの男が飛び出してきた。

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