第24話 初めての刺繍
シエロ邸へと帰ったノーチェは、さっそく刺繍を始めた。
「まずは練習がてら余り布に刺しましょう」
「はい。先生、お願いします」
カカウェテの見本を見ながら、ノーチェは少しずつ刺繍を進めていく。まずはアウトラインステッチに慣れるところから始め、次は直線、そして曲線へと少しずつ練習を繰り返す。
「あっ」
針の勢いが良すぎたのか、はたまた手の位置が悪かったためか、彼女は指に針を刺してしまう。アベリャーナは「大丈夫ですよ」と微笑んで、指の傷を清潔なガーゼで押さえて止血をした。
「すぐに治しますね」
アベリャーナはそう言ってノーチェの手を自身の手で包み込む。ふわりと手が温かくなり、あっという間に傷口がふさがってしまった。アベリャーナの、治癒の祝福だ。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ノーチェはおずおずとだが、アベリャーナに微笑みを向ける。それを見たアベリャーナも笑みをこぼした。
◇
練習を繰り返す。自信がついてきた頃に、ハンカチに変えた。ノーチェは一針一針心を込めて刺していく。そして。
「……で、できた……」
ノーチェは思わず息を漏らした。そして、生成りのハンカチを広げる。
ハンカチの隅には夜明けのような水色でAが、春の草花のような黄緑でCが刺繍されていた。針目の不揃いやボコボコとした波打ちがあるものの、かえってそれが手仕事の温かみを生み出している。
「ノーチェ様、お上手です!」
カカウェテは嬉しそうにパチパチと拍手をした。
「……アルバ、喜んでくれるかな……」
「きっと大丈夫ですよ」
「……うん」
ノーチェはハンカチを手に持ったまま大きく深呼吸をした。
「……渡してくるね」
「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃいませ」
二人に見送られ、彼女はアルバのいる書斎へと向かっていった。
こんこん、と書斎の扉をノックする。「入ってもいい?」と問いかければ、「いいよ!」という明るい声が返ってきた。彼女は恐る恐る扉を開ける。中にはアルバとヌーベがいた。机には書類が置かれていて、さっきまで何か話していたようだった。
「……あ、ごめんなさい。邪魔しちゃった?」
「ううん。そろそろ休憩にしようかな、って思ってたところだったから」
「何か用かな?」
ノーチェが口を開こうとした瞬間、祝福のエネルギーが高まり始める。まずい、と思った彼女はハンカチを机に置き、しゃがんで地面に手をついた。
ゆっくり息を吐き出しながら、闇を霧に変えて地面に広げる。研究所で練習した、安全な発散方法だ。暴走が落ち着くまで闇を広げた彼女は、恥ずかしそうに「……ごめん」と笑った。
「ううん、気にしないで。上手に発散できてるね」
「本当に綺麗な祝福だ。こんな素敵な祝福が見られるなんて幸運だよ」
「……ありがとう」
楽しそうに笑う二人に、ノーチェはおずおずと微笑みを返した。
「……それで……その……。これ、アルバに」
彼女はそう言って、きれいに折りたたんだハンカチを差し出す。それを見た瞬間、アルバの瞳がキラキラと輝いた。
「ハンカチ? ……くれるの?」
「……うん。……頑張って刺繍したんだ。その、使ってくれると嬉しいな」
「え、ほんと!? やっぱりノーチェはすごいや!」
アルバはハンカチを嬉しそうに掲げる。
「……どうしよう、もったいなくて使えないや。額縁に入れて飾っとこうかな」
「ちゃんと使ってよ?」
念を押すノーチェに対し、アルバは「もちろん!」と笑った。
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