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第23話 お礼をしたい

 ノーチェが研究所に通うようになってしばらくした後の、とある日のこと。ノーチェは自室で、お茶を淹れてくれたアベリャーナとカカウェテに「ねえ」と話しかけた。


「ノーチェ様、どうかなさいましたか?」

「何かご用でしょうか?」


 振り向いた二人に、ノーチェはおずおずと「……相談があるんだけど……」と口にする。二人は給仕の手を止め、ノーチェへと向き直った。


「……その、大きな相談じゃないんだよ? ……えっと。アルバはわたしをすごく大事にしてくれるから……その……。何か、お礼したいな、って……。何かいいアイデア、ないかな?」


 ノーチェはおずおずとそう口にする。母娘はじっと考え始めた。


「……ぼっちゃまは、ノーチェ様が一生懸命考えてくれた、というだけで喜びそうですね」

「そう。だから、迷ってて」

「ハンカチとかは?」


 カカウェテはそう提案する。自分で刺繍したハンカチは、令嬢からの贈り物としては一般的な品だ。だが、ノーチェは恥ずかしそうに手を握り直す。


「……刺繍、やったことなくて……」


 おずおずとそう口にしたノーチェに、カカウェテは朗らかな笑みを浮かべて言った。


「教えましょうか? 私、針仕事得意なんです」

「……いいの?」

「はい!」


 ノーチェは顔を上げる。カカウェテは自信満々に「もちろんです!」と頷いた。



 「せっかくですから、ハンカチと刺繍糸から選びましょう!」と笑うカカウェテに連れられて、ノーチェは初めてディーア王国の街に出た。お供にはアベリャーナもいる。三人はまず、有名な手芸店へと訪れた。


「わぁ……」


 カラフルな刺繍糸に、さまざまな色の布地。ノーチェは色とりどりの色彩に圧倒された。


「……ど、どれを選べば……」

「とりあえず、ハンカチから選びましょうか。刺しやすいのはリネンですね」


 カカウェテはそう言ってハンカチコーナーへ向かう。棚には、白や生成り、淡い色合いのハンカチが整然と並んでいた。どれも上質で、触れるだけで指先にやさしくなじんだ。


「こちらがリネンです。少し張りがありますが、そのぶん刺繍の形がきれいに出ますよ」


 カカウェテは一枚を手に取り、そっと広げて見せる。ノーチェもおそるおそる手に取った。


「……ほんとだ……ちょっと、かたい……?」

「最初はそう感じるかもしれませんが、使っていくうちに柔らかくなります。贈り物にはちょうど良いかと」


 ノーチェはハンカチを見つめる。真っ白な布地は、まだ何も描かれていない。少しだけ不安が頭をよぎった。


「……刺繍、できるかな……」

「大丈夫ですよ。誰だって最初は初めてですから。私だって、初めてした花の刺繍は花というより怪物のような感じになっちゃいました」

「お坊ちゃまはノーチェ様が一針一針心を込めて刺した、というだけでお喜びになります。ですので、変に気負わず楽しむのが良いですよ」


 二人はにっこりと頷く。ノーチェは手に取ったハンカチをまじまじと見つめる。柔らかい生成りが目に優しい。


「……これだったら、アルバに似合いそう。……これにしようかな」

「素敵だと思いますよ!」


 カカウェテは手でグッドマークを作る。アベリャーナは「こら、はしたない」と柔らかく咎めた。


「……えっと、次は、糸だよね?」

「はい。定番の図案は、花とか、イニシャルとかでしょうか」

「……花は、やめとこうかな。怪物になっちゃっても困るし」


 ノーチェはそう言ってくすくすと笑う。カカウェテは「もう、ノーチェ様ったら!」と笑いながら腰に手を当てた。


「アルバのイニシャルは、AとCだね」

「どちらも比較的簡単ですね」

「じゃあ、そうしようかな。どの刺繍糸にしよう」


 ノーチェはそう言いながら刺繍糸の棚に視線を向ける。単色の糸からグラデーションが美しい糸、金や銀にキラキラと輝く糸などさまざまなものがあった。目を凝らして一つずつ糸を見ていたノーチェは、「あ」と視線をとめる。


「この水色、アルバが好きそう」


 ノーチェが手に取ったのは、少しくすんだ柔らかい水色の糸。


「確かに。よくこの色の服をお召しですね」


 後ろから覗き込んだカカウェテが同意する。「これにしようかな」と呟いたノーチェに対し、彼女は言った。


「一色で刺してもきれいですが、文字ごとに色を変えても面白いですよ」

「そうなの? じゃあ……」


 ノーチェは近くにあった目を引かれる糸を手に取る。それは春の野原のような黄緑色だった。


「これ、どうかな? アルバの目に似てるかも」

「すごく可愛らしいハンカチになりそうですね」

「……あ、そっか。アルバ、かわいいの嫌かな?」

「アルバ様は自身の可愛さすら武器にされていますから大丈夫ですよ」

「カカウェテ、たまにアルバに対して辛辣じゃない?」


 カラカラと笑い出したカカウェテに、ノーチェはツッコむ。アベリャーナは柔らかい笑みを浮かべて、「お決まりでしたら会計いたしましょう」と微笑んだ。

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