第21話 形のない祝福
マニーアはノーチェとアルバを応接室に案内する。その間、アルバは「研究は順調?」と話しかけた。
「はい。近ごろは祝福熱に着目して研究を進めております。そう遠くない将来、予防する薬ができるかもしれません」
「そうなったらうれしいな。祝福熱は普通の薬が効かないから」
「はい。……ですので、その……出資を続けていただけると……」
「大丈夫だよ。またいろいろ教えてね」
「もちろんです」
「出資?」
聞き返したノーチェに対し、アルバはあくまで軽い調子で口を開いた。
「お願いしたんだ。お金出すから、祝福について教えてって」
「最初は警戒しましたね。なにせアルバ王子は祝福を持ちませんから。ですが、何度も熱心に通われておりましたので、小生も指導に熱を入れてしまいました」
「最初は全然わからなくてさ。用語覚えるだけで大変だったよ」
「……それで、祝福熱も知ってたんだ……」
「まあね」
アルバは軽く笑う。そんな話をしているうちに、応接室に着いた。マニーアはお茶を出しながら、「とりあえず、ヒアリングいたしましょうか」と笑った。
マニーアはいくつかの質問をしてメモを取る。うんうんと頷いた後、口を開いた。
「なぜ暴走が起きていたかの説明をいたしますね」
マニーアはペン先で軽く机を叩きながら続けた。
「結論から申し上げますと、ノーチェ様の祝福は“闇の雷”ではありません。あれは結果としてそう見えているだけで、本質は――闇のエネルギーそのものを操る祝福です」
「……エネルギー……?」
ノーチェは小さく首を傾げる。
「はい。先ほどの祝福の発露で確信いたしました」
「……さっきの?」
小首をかしげたノーチェに、マニーアは頷く。
「特定の形を持たない、不定形の祝福ですね。雷のように“決まった形”がある祝福と違い、自由度が高い。反面、制御が非常に難しい」
「不定形の?」
「はい。そもそも不定形の祝福というのは、非常に珍しい形態でして! 確認されているのは十数例と非常に少ないのです! さらにノーチェ様は珍しい闇属性! この組み合わせはもう史上初と言っても過言ではありません! ああ、その祝福、この身で味わってみたい!」
「はーい、ストップ。落ち着いてね」
興奮し始めたマニーアを、アルバは手で制した。
「……失礼いたしました。説明を続けますね」
「えっと、お願いします」
マニーアは指先で空中をなぞるように動かす。
「たとえば、器に入った水と、何もない場所に広がる水を想像してください。前者は扱いやすいですが、後者は形が定まらず、すぐに溢れ、暴れます」
「……あ……」
ノーチェは小さく息を呑む。
「ノーチェ様の祝福は後者に近い。ですから、感情の揺らぎに引きずられて“暴走”という形で外に出てしまうのです。……ノーチェ様は祝福自体お強いですから、さらに暴走しやすい」
「……暴走するのは、わたしがダメだから、じゃない……?」
「ええ。祝福の任意発動、矛先の選択ができるだけでも訓練してやっと、といったところでしょうか。正直、独学とお聞きして驚きました」
マニーアは一度言葉を区切り、穏やかに微笑んだ。
「暴走を止める、には……?」
ノーチェは恐る恐る口を開く。マニーアは言葉を選ぶようにじっと考え込んだ。
「……不可能ではありませんが……。かなり難易度は高いかと」
「……え」
ノーチェの視線は不安気に揺れる。マニーアは彼女を安心させるように微笑んだ。
「ですので、逆転の発想です。安全に暴走……いえ、発散ですね、そうしてしまえばいいのですよ」
「安全に……?」
怪訝な顔をするノーチェに、マニーアははっきりと頷く。
「安全な発散方法を身につけることを通じて、祝福の制御を伸ばす。そうすることで暴走の頻度は減ります」
「減らせる……」
「はい」
ノーチェの言葉に、マニーアは深く頷く。
「最終的には“望んだ形で発動できる”状態を目指しましょう」
「わたしにもできるかな……」
「もちろんです」
そう言って、彼女はノーチェをまっすぐに見つめた。
「ノーチェ様が祝福をもっと活用できるよう、私たちが全力でサポートいたします」
マニーアは頼もしい笑顔で伝える。ノーチェは机の下で手を握った。
(……正直、まだ怖い)
アルバの頬の傷を見る。また暴走したら。誰かを傷つけたら。……アルバを、傷つけたら。そう考えると怖い。そっと肩を震わせる彼女の耳に、温かくも力強い声が届いた。
「大丈夫だよ」
ノーチェは顔を上げる。振り向くと、アルバがニコニコ笑っていた。
「ぼくも、マニーアだってついてる」
その笑顔を見ていると、なんだか少し安心した。イヤリングが揺れる。
「最初はうまくいかなくたっていい。ゆっくりでいいんだよ」
ノーチェは静かに目を閉じる。深呼吸をして、ゆっくり目を開いた。
「わたし、がんばってみる……」
その手は震えていた。だが、闇色の瞳には、星が輝くように光が宿っていた。
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