第20話 祝福研究所
ノーチェが結婚してからしばらく経ったとある日のことだった。
バチッと音がして、闇色の雷が革のクッションに襲いかかる。裂けたクッションは、カカウェテの手によってすぐに取り替えられた。
「クッションに当てるの、上手になったね」
「うん……。でも、このままでいいのかな……」
ノーチェはクッションを見つめながら、ぽつりと呟く。アルバは彼女の表情をじっと見たあと、柔らかい笑みを浮かべた。
「祝福の制御訓練、受けてみる?」
「……そんなのがあるの?」
きょとんとした顔を浮かべたノーチェを見て、アルバは口のなかで「やっぱりね」と呟いた。
「うん。無理なく暴走を発散したり、祝福をうまく使ったりするための訓練かな」
「……わたしにも、できるかな……」
不安そうに呟くノーチェの手を、アルバはそっとつつみ込んだ。
「大丈夫だよ。ノーチェにも出来るよ。だって、ノーチェは祝福をコントロールできてるんだから。しかも、独学で」
「……え?」
ノーチェは「信じられない」という顔でアルバを見た。
「わたし、よく暴走するのに」
「でも、矛先は選べるでしょ」
アルバはそう言って微笑む。そのにこにこした顔を見ていると、胸の奥のざわつきが少しだけ静かになった気がした。
「……やってみようかな」
「本当? じゃあ、王立の祝福研究所に紹介するね。大丈夫。みんな優しいよ」
「……アルバ」
ノーチェは恐る恐る彼の名前を呼ぶ。アルバは「なあに?」と首を傾げた。
「……研究所、行くとき……その、ついてきて……ほしいかも」
ノーチェのお願いに、アルバは満面の笑みで「もちろん!」と答えた。
◇
数日後。ノーチェはアルバやブリッサと選んだ水色と緑のドレスを着て、アルバと一緒に王立祝福研究所を訪れた。耳元には形見のイヤリングが揺れている。それにそっと触れてから、ノーチェは小さく息を吸った。
「……ここが……祝福研究所……」
「うん。大丈夫、怖くないよ。ノーチェのタイミングで入っていいからね」
「……うん」
彼女は一度大きく深呼吸をして、そっと扉を押す。扉は何の抵抗もなく開き、清潔なロビーが姿を現した。
「アルバ様! お久しぶりです! 今日も祝福の勉強でしょうか?」
「アルバ王子、見てください! 新しい論文が雑誌に掲載されたんです!」
アルバの姿に気づいた研究員たちが、わっ、と駆け寄ってくる。アルバは「一回落ち着いて」と笑ってから、ノーチェに向き直った。
「紹介するね。祝福研究所の研究員たちだよ。みんな、彼女がノーチェ。ぼくの奥さんだよ」
「え、あの例の奥さんですか!?」
「闇の祝福なんですよね?」
彼らは興味津々でノーチェを取り囲む。
「え……あの……」
「ねえ! ノーチェが怖がってるでしょ!」
アルバがぷりぷり怒ってみせると、研究員たちはすぐに「すみません」と離れた。
「もう。で、所長は?」
「すぐに呼んできます!」
研究員はそれだけ言って走り出した。アルバは「ゆっくりでいいよ」と笑ってから、口を開いた。
「あー……その。ノーチェ、びっくりしないでね。ちょっと……変わった人だけど、悪い人じゃないから」
「変わった人……?」
「うん。……なんて言えばいいかなぁ……」
アルバは遠い目をして言葉を選ぶ。その時だった。
「あなたが闇の祝福を持つ方ですね! 握手してください!」
ボサボサの髪、分厚いメガネをかけた人が、白衣を翻しながらロビーに飛び込んできた。
「ええ? ええと……?」
「というか闇の雷をぶつけてください!」
「け、ケガしますよ?」
「本望です!」
その人の目はキラキラと輝いている。ノーチェは思わず一歩後ずさった。その手から闇の雷が現れ、バチバチと音を立て始める。足元にほんのりと闇が立ち込めた。
「ああ、ああ! やはり、仮説は正しかった! 間違いない! さあさあその闇を小生にぶつけてください!」
「……あ、アルバぁ……」
ノーチェはついに涙目になる。アルバはひときわ大きく「こら! だめでしょ!」と突っ込んだ。
「……失礼いたしました。小生はマニーアと申します。僭越ながら王立祝福研究所の所長を務めております」
「……きゅ、急に落ち着いた……?」
ノーチェはぽかんと口を開ける。アルバはそれを見て軽く笑った。
「びっくりするよね。彼女、そういう人なんだ」
「……彼女?」
「はい」
「……ごめんなさい。間違えました」
「いえ、初対面では九割ほどそう思われますので」
マニーアはそっと微笑む。
「本日は祝福の制御訓練でしたね。すでに準備を進めておりますよ」
「えっと……ノーチェです。……よろしくお願いします……」
ノーチェは困惑したまま、おずおずと自己紹介した。
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