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第20話 祝福研究所

 ノーチェが結婚してからしばらく経ったとある日のことだった。

 バチッと音がして、闇色の雷が革のクッションに襲いかかる。裂けたクッションは、カカウェテの手によってすぐに取り替えられた。


「クッションに当てるの、上手になったね」

「うん……。でも、このままでいいのかな……」


 ノーチェはクッションを見つめながら、ぽつりと呟く。アルバは彼女の表情をじっと見たあと、柔らかい笑みを浮かべた。


「祝福の制御訓練、受けてみる?」

「……そんなのがあるの?」


 きょとんとした顔を浮かべたノーチェを見て、アルバは口のなかで「やっぱりね」と呟いた。


「うん。無理なく暴走を発散したり、祝福をうまく使ったりするための訓練かな」

「……わたしにも、できるかな……」


 不安そうに呟くノーチェの手を、アルバはそっとつつみ込んだ。


「大丈夫だよ。ノーチェにも出来るよ。だって、ノーチェは祝福をコントロールできてるんだから。しかも、独学で」

「……え?」


 ノーチェは「信じられない」という顔でアルバを見た。


「わたし、よく暴走するのに」

「でも、矛先は選べるでしょ」


 アルバはそう言って微笑む。そのにこにこした顔を見ていると、胸の奥のざわつきが少しだけ静かになった気がした。


「……やってみようかな」

「本当? じゃあ、王立の祝福研究所に紹介するね。大丈夫。みんな優しいよ」

「……アルバ」


 ノーチェは恐る恐る彼の名前を呼ぶ。アルバは「なあに?」と首を傾げた。


「……研究所、行くとき……その、ついてきて……ほしいかも」


 ノーチェのお願いに、アルバは満面の笑みで「もちろん!」と答えた。





 数日後。ノーチェはアルバやブリッサと選んだ水色と緑のドレスを着て、アルバと一緒に王立祝福研究所を訪れた。耳元には形見のイヤリングが揺れている。それにそっと触れてから、ノーチェは小さく息を吸った。


「……ここが……祝福研究所……」

「うん。大丈夫、怖くないよ。ノーチェのタイミングで入っていいからね」

「……うん」


 彼女は一度大きく深呼吸をして、そっと扉を押す。扉は何の抵抗もなく開き、清潔なロビーが姿を現した。


「アルバ様! お久しぶりです! 今日も祝福の勉強でしょうか?」

「アルバ王子、見てください! 新しい論文が雑誌に掲載されたんです!」


 アルバの姿に気づいた研究員たちが、わっ、と駆け寄ってくる。アルバは「一回落ち着いて」と笑ってから、ノーチェに向き直った。


「紹介するね。祝福研究所の研究員たちだよ。みんな、彼女がノーチェ。ぼくの奥さんだよ」

「え、あの例の奥さんですか!?」

「闇の祝福なんですよね?」


 彼らは興味津々でノーチェを取り囲む。


「え……あの……」

「ねえ! ノーチェが怖がってるでしょ!」


 アルバがぷりぷり怒ってみせると、研究員たちはすぐに「すみません」と離れた。


「もう。で、所長は?」

「すぐに呼んできます!」


 研究員はそれだけ言って走り出した。アルバは「ゆっくりでいいよ」と笑ってから、口を開いた。


「あー……その。ノーチェ、びっくりしないでね。ちょっと……変わった人だけど、悪い人じゃないから」

「変わった人……?」

「うん。……なんて言えばいいかなぁ……」


 アルバは遠い目をして言葉を選ぶ。その時だった。


「あなたが闇の祝福を持つ方ですね! 握手してください!」


 ボサボサの髪、分厚いメガネをかけた人が、白衣を翻しながらロビーに飛び込んできた。


「ええ? ええと……?」

「というか闇の雷をぶつけてください!」

「け、ケガしますよ?」

「本望です!」


 その人の目はキラキラと輝いている。ノーチェは思わず一歩後ずさった。その手から闇の雷が現れ、バチバチと音を立て始める。足元にほんのりと闇が立ち込めた。


「ああ、ああ! やはり、仮説は正しかった! 間違いない! さあさあその闇を小生にぶつけてください!」

「……あ、アルバぁ……」


 ノーチェはついに涙目になる。アルバはひときわ大きく「こら! だめでしょ!」と突っ込んだ。


「……失礼いたしました。小生はマニーアと申します。僭越ながら王立祝福研究所の所長を務めております」

「……きゅ、急に落ち着いた……?」


 ノーチェはぽかんと口を開ける。アルバはそれを見て軽く笑った。


「びっくりするよね。彼女、そういう人なんだ」

「……彼女?」

「はい」

「……ごめんなさい。間違えました」

「いえ、初対面では九割ほどそう思われますので」


 マニーアはそっと微笑む。


「本日は祝福の制御訓練でしたね。すでに準備を進めておりますよ」

「えっと……ノーチェです。……よろしくお願いします……」


 ノーチェは困惑したまま、おずおずと自己紹介した。

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