第18話 輿入れ行列
月夜の中、ノーチェの荷物を積んだ輿入れ行列が、静かにディーア王国に入国した。メインの馬車に乗っているのは、輿入れに同行する侍女。
彼女は正妃により、『ノーチェを秘密裏に虐げ、精神を不安定にして暴走を誘発しなさい』と命令されている。
「相手は呪われた姫。きっとすぐに暴走するわ」
月夜の中、彼女はせせら笑う。月に照らされた横顔は、静かに歪んでいた。
◇
王宮に到着した輿入れ行列を出迎えたのは、ディーアの王太子だった。
「長い旅路、ご苦労だったね」
「お心遣いありがとうございます。ところで我が主人となるノーチェ様はどこに……」
「今はシエロ公爵家にいるよ。荷物も人員も一度こちらで預かろう」
「ありがとうございます」
侍女はそう言って微笑んだ。輿入れ行列の役目はここで終わりだ。馬車は荷物を全て下ろし、ポラールへと帰っていった。
輿入れの荷物は王宮の人々によってシエロ公爵家に運び込まれた。公爵家の使用人たちは、運び込まれた荷物を一つ一つ確認する。指揮を取るのは、アルバとブリッサだ。
「宝飾品もドレスも、どっちも少ないね」
「公爵夫人の持ち物としては、格が低すぎるものばかりよ。ドレスも時代遅れの地味なものばっかり」
「うわ、このドレスの染料、健康問題を起こして使用停止になってるやつだよ」
「あ、ドレスに針が残ってたわ。知らずに着ていたら怪我するところだったわね」
ドレスはほとんどを解いて再利用、一部悪意のある品は処分、宝飾品は宝石を外して再加工することが決まって行く。目録を見ていたアルバの目が、最後の行で止まる。
「……ここだけ文字が違うね」
「そうね。中身はイヤリングかしら」
そのイヤリングが入ったケースは、ぱっと見では分からないよう巧妙に隠されていた。アルバは不審に思いながら小箱を開ける。
入っていたのはアンティークゴールドの小さなイヤリングだった。定番のデザインであるそれは古いものではあったが、流行り廃りがなくずっと使えるような一級品だ。
「これは……大丈夫なものかな」
アルバはそう言ってケースからイヤリングを取り出す。ケースを覗き込んだブリッサは、内側に薄く折りたたまれた紙片が挟まっていることに気がついた。彼女は紙を取り出して中身を読み上げる。
「……なになに……? 『これは側妃の生家より託された側妃の形見である。本人に渡すこと。クラロ・ポラール』ですって」
「……ほんとだ。ノーチェのお母さんのイニシャルが入ってる」
「……ずいぶん事務的な書き方ね。でも、優しい人なのは分かるわ」
ブリッサは穏やかな笑みを浮かべる。アルバは「きっと、そうだよ」と肯定した。
「これは、手紙ごとノーチェに渡さないと」
アルバはイヤリングを眺めながら呟く。アンティークゴールドは夕陽の光を柔らかく反射し、ゆったりと輝いていた。
◇
輿入れの侍女はディーアへの到着後、ポラール流の礼儀作法についてのマニュアルをまとめる作業を命じられた。シエロ邸に向かうまでの期間、人員を遊ばせておくには勿体ないがゆえの仕事だろうと、侍女は礼儀作法をまとめていた。
だが、一日、二日と時間が過ぎてゆく。いつまで経っても公爵邸へと連れて行かれない状況に、痺れを切らした侍女は侍女長へと確認に行った。
「お疲れ様です。ところで、輿入れ行列でこちらに届いた人や物は、いつになったらシエロ邸に運ばれるのでしょうか?」
「お荷物はすでに届けられていますよ」
「……あの、私は?」
「アルバ王子は臣籍降下の際、侍女を誰も連れて行くつもりはない、と」
侍女は宇宙を背負う。信じられない。納得できない。食い下がる侍女に対し、侍女長は呆れたようにため息をついた。
「いくら王宮といえど、シエロ公爵家の人事に口出しできませんよ。さあ、仕事に戻りなさい」
侍女長はそう言って踵を返した。
このままではまずい、正妃からの命を達成できなければどうなるかわからない。そう考えた侍女は慌ててシエロ公爵家に向かった。門番に「ノーチェ様の侍女として参りました」と伝えると、怪訝な顔をされる。
「え? ノーチェ様付きの侍女って、もういらっしゃいますよ?」
「いいえ、そんなはずはありません!」
侍女は大きな声で叫ぶ。しばらく門番と押し問答していると、アルバが「何の騒ぎ?」と顔を覗かせた。
「ポラールより、ノーチェ様の侍女として参りました」
侍女は慌てて経緯を説明する。アルバは「ふうん」と呟いたあと、大きくため息をついた。
「輿入れの侍女としての仕事は、王宮に迎え入れられた時点で終わってるでしょ?」
「ですが!」
「公爵家では夫人付きの侍女は十分だから」
「私を迎え入れないと、国際問題になりますよ!」
侍女の言い分を聞いた途端、彼は大きく噴き出した。
「なんで? 王宮で迎えられた時点で問題ないよ。シエロ公爵家では、君を雇う義務はない。君に許されてるのは、王宮でずっと閑職に追いやられているか、ポラールに戻るかの二択だよ」
「あんまり騒ぐようだったら私兵を呼ぶよ」というアルバの一言で、侍女はズコズコと退散した。
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