EP 9
月見酒の宴とPRO型弁当の萌芽
「リバロン。この『泥酔したサバゲーマー』たち、あとで適当に処理しといて。身ぐるみ剥いで、国に賠償請求送りつけておくから」
「畏まりました、キャルル様。彼らの口座残高をタロウ・ペイの末端まで搾り取る、完璧な書類を作成いたしましょう」
ハジメが亀甲縛りにしたザルツ大尉たちは、いつの間にか現れた人狼族の宰相・リバロンによって、まるで粗大ゴミのようにズルズルと暗闇へ引きずられていった。
ハジメはそれを見送りながら、「やはり、酔っ払いの介抱は専門家に任せるに限るな」と、最後まで的はずれな感心をしている。
「さぁ、冷めないうちに……いや、酒だから温くならないうちに、か。飲もう」
ハジメは新築の縁側に腰を下ろし、月明かりの下で自作の備前焼のぐい呑みを並べた。
トクトクトク……。
『ワークショップ』で極限まで洗練された太陽芋の焼酎が、心地よい音を立てて注がれる。それだけで、芳醇でフルーティな香りが夜風に乗り、周囲の空気を甘く満たした。
「じゃあ、遠慮なく……いただきます」
ダイヤが恐る恐るぐい呑みに口をつける。
瞬間、彼女の瞳が見開かれた。
「――っ! なにこれ、すっごく滑らか……! それでいて、太陽芋の甘みが喉の奥でカッと熱くなる! 私の生家(侯爵家)の地下セラーにあったヴィンテージワインより、ずっと美味いじゃないの!」
「ん〜っ! この漬物もヤバい! パリッパリで、噛むたびに大根の甘みと旨味がジュワァって……お酒が無限に進むやつだぁ……っ♡」
キャルルは兎耳をピョコピョコと跳ねさせながら、ハジメの『究極の月見大根の漬物』を齧り、芋酒をグイッと煽る。すっかりただの呑兵衛のウサギである。
「……ハジメ。お前、農民の皮を被った酒神か何かか」
隣に座った龍魔呂が、静かにぐい呑みを傾けながら低く唸った。
裏社会で数多の極上の酒を味わってきた彼でさえ、この純度100%の「大地の恵み」には舌を巻くしかない。
「ただの百姓さ。芋の出来が良かっただけだ」
ハジメは謙遜でも何でもなく、真顔でそう答えた。
そして、胸ポケットからブックマッチを取り出し、シュッとキャスターに火をつける。龍魔呂も愛用の真鍮ライターを『カチッ』と鳴らし、マルボロ赤に火を点けた。
「……美味い酒と、静かな夜だ。余計な騒音(さっきの帝国軍)が消えて、ようやく落ち着いて飲める」
龍魔呂が紫煙を細く吐き出す。
「ああ。若い奴らが元気に駆け回るのもいいが、俺たちは縁側でこうしているのが一番性に合っている」
縁側で並んで煙草を吹かし、茶をすするように酒を飲む二人。
その背中から漂う哀愁と枯れ果てた渋さは、どう見ても『酸いも甘いも噛み分けた初老の親友同士』のそれであったが、二人の年齢は共に25歳である。
「ちょい待ちや! 自分らだけで、こないな美味いもん独占するたぁ、ええ度胸してんな!」
そこへ、算盤を片手に猛ダッシュで現れたのは、猫耳族の財務担当・ニャングルだった。
彼はハジメの前に置かれた漬物をヒョイとつまみ、パクリと口に入れる。
「――ッ!? なんやこれ……! 塩分、ミネラル、そしてこの異常なまでの旨味! ハジメはん、これ日持ちはどのくらいしまっか!?」
「ん? ああ、俺の『ワークショップ』で発酵を安定させてある。冷暗所なら数ヶ月は味が落ちないはずだが」
「それや!!」
ニャングルはガタッ!と立ち上がり、バチバチバチッ!と猛烈な勢いで算盤を弾き始めた。
「ハジメはんの握った『サンライスの塩むすび』に、この『究極の漬物』、そして『太陽芋酒の小瓶』! これをセットにして魔導重箱に詰めれば、常温保存可能・超回復・超士気向上のバケモノみたいな弁当が完成しまっせ!!」
ニャングルの猫耳が、興奮でピンと立っている。
「名付けて『PRO型戦闘糧食』! これを帝国や獣人王国の軍隊に『金貨3枚』で売りつければ、ポポロ村は莫大な利益で潤いまっせぇぇ!」
「戦闘糧食……?」
ハジメは小首を傾げた。
(……ああ。ハイキングや、さっきのサバゲーマーの若者たち向けの『仕出し弁当』のことか。確かに、外で動いたあとの塩分補給にはうってつけだろう)
ハジメはまたしても致命的な勘違いをしたまま、フッと優しく微笑んだ。
「農家としては、自分の作ったものが美味く食われるなら本望だ。売り方はお前に任せるよ、ニャングル。……だが、食う奴らには伝えておいてくれ。『よく噛んで、味わって食え』とな」
「お、おおきにハジメはん! アンタ、ほんまに太っ腹な御仁やで!」
ニャングルが拝むように手を合わせる。
こうして、後に三大国の兵士たちが「これ食ったら自国のメシ(L缶)が残飯に思える」と涙を流し、ポポロ村への経済的依存を深めさせる最凶の兵器『PRO型弁当』は、ハジメの無自覚な許可によって誕生したのである。
「はむっ! もごもご……ふぇぇ、おいひぃ……っ!」
「あらあら、リーザさん。喉に詰まりますわよ。私が『自然魔法』で出した採れたてトマトもどうぞ」
「みんなズルい! 私も配信のカメラ止めて食べるー!」
気づけば、いつの間にか起きてきたリーザ、ルナ、キュララの三人も縁側に集まり、ハジメの作った料理を奪い合うように頬張っていた。
パンの耳ばかり齧っていた地下アイドルのリーザなどは、美味さのあまり大号泣しながら塩むすびを両手に握りしめている。
「……賑やかになったな」
龍魔呂が、やれやれというように目を細める。
「悪くないだろう? 一人で飲む酒より、ずっと味が良くなる」
ハジメは静かに笑い、ぐい呑みを傾けた。
夜空を見上げれば、二つの大きな月が、ポポロ村の変わり者たちを優しく照らし出していた。




