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UR農具で極める最強村のスローライフ〜至高の漬物と月見酒で訳あり達の胃袋を掴んだら、俺の畑の絶対防衛線が完成していた件〜  作者: 月神世一


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EP 10

月は迷わない

宴の喧騒は、やがて静かな寝息へと変わっていった。

満腹の限界を突破したリーザは、両手に塩むすびを一つずつ握りしめたまま、縁側にごろんと横になって幸せそうに寝息を立てている。

その横では、ルナが自ら生み出した巨大な葉っぱを毛布代わりに被ってうとうとし、キュララもスマホ型魔導カメラを抱えたまま舟を漕いでいた。

「……まったく、無防備なやつらね」

呆れたように言いながらも、ダイヤの表情はひどく柔らかい。彼女もまた、クリムゾンアーマーの重装甲を一部外し、壁に寄りかかって目を閉じている。

「……よく食い、よく眠る。いいことだ」

ハジメは自作の備前焼のぐい呑みに、最後の一滴となった太陽芋酒を注いだ。

隣に座る龍魔呂も、黙って自分のグラスを傾けている。二人の間に言葉は多くないが、不思議と居心地の悪さはなかった。

「……いい月だ」

龍魔呂が、夜空に浮かぶ二つの月を見上げてぽつりと言った。

「ああ。地球の月とは少し違うが……見上げていると落ち着く」

ハジメもまた、夜空を見上げた。

ブラック農家として土に這いつくばり、泥水をすするように生きてきた前世。あの頃は、ゆっくりと月を見上げる心の余裕すら持てなかった。

ハジメは、口に含んだ芋酒をゆっくりと飲み込み、誰に言うでもなく、静かに独り言のように紡ぎ始めた。

「月は迷わない。暗闇の中で、天高く昇り輝く」

その低く、穏やかで、しかし大地のように芯のある声に。

眠りに落ちかけていたキャルルが、ピクッと兎耳を動かした。龍魔呂のグラスを持った手が、ピタリと止まる。

「人は、自分では輝けない。前に進む事が出来ない。暗闇の中で迷い、怯え、泣く」

龍魔呂の脳裏に、かつての凄惨な過去がフラッシュバックする。

血に塗れた地下闘技場。失われた弟・ユウのぬくもり。子供の悲鳴。冷酷な殺人鬼『DEATH4』として手を血に染めてきた暗闇の日々。

「演じてる人間も、沢山演じ過ぎていて、何を演じてるか分からない時がある。大抵の人間は気付いていない場合が殆どで、気付いてる人間はほんのわずかだ」

寝たふりをしていたキャルルの胸が、チクリと痛んだ。

王族としての鳥籠の生活から逃げ出し、村長として気丈に振る舞う日々。満月の夜に抑えきれなくなる破壊衝動。

パンの耳をかじりながら、アイドルという「虚像」を必死に演じ続けているリーザもまた、寝言のように小さく「……んぅ」と声を漏らした。

彼らは皆、アナステシアという混沌とした世界で、必死に『何か』を演じて生きている。強者、アイドル、正義、あるいは冷酷な鬼を。

ハジメは、縁側で眠る少女たちと、隣の龍魔呂に、見守るような優しい視線を向けた。

「だから月は変わらず。人が暗闇に道に迷わないように、本当の自分で有る為に、月は優しく人を照らし続ける」

ハジメの言葉には、不思議な『氣(波長)』が乗っていた。

合気道、幻の十段。万物と調和する彼の呼吸は、声に乗って彼らの荒れた魂を、春の陽だまりのように優しく包み込んでいく。

「大丈夫、また戻ってこれる。心配しない。必ず助けるから」

その一言が、龍魔呂の心の奥底にこびりついた「子供の泣き声」の呪縛を、ほんの少しだけ、確かに溶かした。

「必ず会えるよ。何度でも。君が月を忘れない限り。本当の自分を思い出す限り……必ず救いだすから」

静かなポエムの朗読が終わった。

虫の音だけが、ポポロ村の夜を包み込んでいる。

「……ハジメ」

しばらくの沈黙の後、キャルルが膝を抱えたまま、顔を伏せて震える声で呟いた。

「なにがあっても……明日も、明後日も、私にそのご飯、作ってくれる……?」

「ああ。俺が農家である限り、畑に土がある限り。何度でも握ってやる」

ハジメが真顔で即答すると、キャルルは「……ふふっ」と小さく笑い、今度こそ本当に安心したように深い眠りへと落ちていった。

「……お前は、変な百姓だ」

龍魔呂が、フッと自嘲するように笑い、真鍮製のオイルライターを『カチッ』と鳴らした。マルボロ赤の煙が、夜の空へと昇っていく。

「ただの百姓さ。美味い飯を作って、美味く食うのが仕事だ」

ハジメも胸ポケットから紙製のブックマッチを取り出し、『シュッ』とキャスターに火をつける。

甘いバニラの香りが、マルボロの煙と混ざり合う。

「……だが、悪くない夜だ」

「ああ。明日も早い。新しいうねを作らなきゃならないからな」

紫煙を吐き出しながら、ハジメは二つの月を仰ぎ見た。

ルチアナに渡された『UR農具:神星の鍬』と、『ワークショップ』。そして、このワケありで騒がしくも、どこか温かい村の住人たち。

(朝起きて『おはよう』と笑い、それぞれの場所で働き、夜はこうして酒を飲む)

25歳にして完全に魂が老成しきった男は、ようやく見つけた自分だけの『居場所』で、深く、心地よい息を吐き出した。

最強の農民による、無自覚無双と極上のスローライフ。

波乱万丈なポポロ村の日常は、まだ始まったばかりである。


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