EP 6
迫る帝国軍と、気づかない農民
ルナミス帝国軍、第8国境警備小隊。
隊長のザルツ大尉は、手元の魔導レーダー(通信石の軍事転用版)を見つめながら、信じられないというように目を擦った。
「……計器の故障か? いや、魔力波長は安定している。間違いない」
彼らが駐屯する国境付近からわずか数キロ先。緩衝地帯である『ポポロ村』の外れから、異常なまでの豊穣の魔力――超高純度の大地エネルギーが観測されたのだ。
ルナミス帝国の徹底した効率化と化学肥料によって痩せ細った土壌とは次元が違う。計測データが正しければ、そこに種を撒くだけで一日で最高級の作物が育つほどの『奇跡の土』だ。
「ポポロ村の連中め、こんな極上の魔力土壌を隠し持っていたとはな。オルウェル内務卿に報告すれば、間違いなく特級の恩賞モノだ」
ザルツの顔に、下劣な欲の笑みが浮かぶ。
緩衝地帯への武力介入は条約違反だが、相手はたかだか500人規模の農村だ。
「不審な魔力反応の調査」という名目で制圧し、土壌を帝国領として接収してしまえばいい。文句を言う村民がいれば、魔導ライフルで黙らせるまでだ。
「全機、前進! 魔導戦車の出力上げろ! 目標、ポポロ村外れの農地! 帝国の圧倒的な力で、あの土地を我が軍のものとする!」
ザルツの号令とともに、3両の重装甲魔導戦車と、魔導突撃銃を構えた数十名の帝国兵が、土煙を上げてポポロ村へと進軍を開始した。
その頃、当の『奇跡の土』を生み出した張本人であるハジメは。
自分が作った真新しい工房の中に引きこもり、腕組みをして深く唸っていた。
「……見事な芋だ」
ハジメの目の前には、村人から譲り受けた『太陽芋』が山積みになっている。
太陽の光をたっぷりと浴びた証である、黄金色の皮と甘い香り。
ハジメの目的は一つ。胸ポケットのスキットルに入れるための『究極の芋酒(芋焼酎)』の醸造である。
「漬物によく合う、キレのある辛口がいい。だが、太陽芋の持つフルーティな香りも残したいところだな」
ハジメは袖を捲り上げると、タバコ(キャスター)を灰皿に置き、静かに『氣』を練った。
酒造りは神事だ。
本来ならば、麹を作り、芋を蒸し、もろみを仕込んで発酵させ、蒸留するという途方もない時間と手間がかかる。
しかし、ハジメには『ワークショップ』がある。
ハジメが両手を太陽芋の山にかざすと、淡い光が芋を包み込んだ。
脳内で完璧な蒸留プロセスを構築する。温度管理、酵母の働き、アルコール抽出のタイミング。ブラック農家時代に、唯一の趣味として酒造りの本を読み漁っていた知識が、チートスキルによって現実のものとして出力されていく。
ポコポコ、シュゥゥゥ……。
光の中で、見えない蒸留器が稼働しているかのような心地よい音が響く。
工房の中は、たちまち極上のアルコールと甘い芋の香りに満たされた。
「……いい匂いだが、発酵にはデリケートな環境が必要だ。少しの振動も酒の味を落とす」
ハジメがそう呟いた、まさにその時だった。
――ズズズズズズズッ!!
突然、地面の下から腹に響くような重低音と振動が伝わってきた。
棚に置いた自作の備前焼のぐい呑みが、カタカタと音を立てて揺れる。
「……地震か?」
ハジメは眉をひそめた。
いや、違う。一定のリズムで近づいてくる重い駆動音。何か巨大な鉄の塊が、キャタピラで地面を削りながら進んでくるような音だ。
(……ああ、なるほど。またあの元気なウサギ(キャルル)が、村の中で大暴れしているのか)
昨日、マッハで飛び蹴りをかましてきた村長の顔を思い出し、ハジメは小さくため息をついた。
若いというのは、どうしてああも血の気が多いのか。25歳にして完全に老成しきっているハジメには、もうあんな風に無駄なエネルギーを消費する気力はない。
「……まぁいい。外がどれだけ騒がしかろうと、俺の酒造りには関係ない」
ハジメは外の異変(帝国軍の侵攻)を完全に「近所の若者のドタバタ」だと勘違いし、工房の扉をピシャリと閉めた。
そして、酒の熟成に集中すべく、ただひたすらに目の前の光に向かって合気道の静かな呼吸を合わせ始めたのだった。
「見えたぞ! あの光り輝く黒土だ!!」
ハジメの畑のすぐ手前まで迫ったザルツ大尉は、魔導戦車のハッチから身を乗り出し、歓喜の声を上げた。
UR農具『神星の鍬』によって耕された大地は、帝国軍の目から見ても異常なほどの生命力に満ち溢れていた。
「素晴らしい! この土地は丸ごと我ら第8小隊が頂く! おい、そこの邪魔な小屋(ハジメの工房)と柵は、魔導砲で吹き飛ばしてしまえ!」
ザルツが傲慢な命令を下し、魔導戦車の砲塔が、ハジメが酒造りをしている工房へと向けられた。
砲身に魔力が収束し、赤い光が臨界点に達しようとした――その瞬間である。
「――誰の許可を得て、ウチの村に土足で踏み込んでんの?」
ドンッ!! と、空から降ってきた『何か』が、先頭の魔導戦車の砲身の上に重く着地した。
「な、なんだ貴様は!?」
ザルツが驚愕して見上げた先。
そこには、パーカー姿に兎の耳を生やした少女――キャルルが、冷たく見下ろすような瞳で立っていた。その手には、致死量の闘気を纏って紫電を放つダブルトンファーが握られている。
そして、キャルルの背後の土煙の中から、さらに二つの影がゆっくりと現れた。
「チッ……修理代がかかるから、魔導戦車には傷をつけずに制圧したかったんだがな」
真紅のクリムゾンアーマーを纏い、身の丈ほどもある天魔竜聖剣を肩に担いだダイヤ・マーキス。
「……うるさい鉄屑だ。これでは、客の料理の味が落ちる」
黒いジャケットに身を包み、手にした真鍮製のオイルライターを『カチッ』と鳴らす、鬼神・龍魔呂。
「き、貴様ら、帝国軍に逆らう気か! 撃て! 撃ち殺せェ!!」
ザルツが裏返った声で叫ぶ。
だが、ハジメの美味い飯と酒(そして平和な日常)を守るために集結したポポロ村の『最強の防衛線』の前に、帝国軍の兵器など、ただのブリキのオモチャに過ぎなかった。
(よし、酒の抽出が終わった。あとは冷やすだけだな)
工房の中でハジメが満足げに汗を拭ったのと。
外で帝国軍の魔導戦車が、物理的にスクラップにされたのは、全く同時の出来事だった。




