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UR農具で極める最強村のスローライフ〜至高の漬物と月見酒で訳あり達の胃袋を掴んだら、俺の畑の絶対防衛線が完成していた件〜  作者: 月神世一


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EP 5

鬼神と農民の紫煙

夜の帳が下りたポポロ村は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。

空には、巨大な二つの月が青白い光を投げかけている。

ハジメは新築の縁側に座り、心地よい夜風を浴びていた。

「……さて。一杯やりたいところだが」

『ワークショップ』で仕込んだ極上の芋酒は、最高の味に仕上げるためにあえて数日寝かせている。今夜飲むための酒場を探そうと、ハジメは村の中心部へと足を向けた。

しばらく歩くと、赤提灯のような淡い灯りを漏らす一軒の店を見つけた。

看板には達筆な字で『鬼龍』とある。

扉を開けると、店内にはショパンの『夜想曲ノクターン第20番』が静かに流れていた。ポポロ村の素朴な風景とは明らかに異質な、洗練された大人の空間だ。

カウンターの中には、黒を基調としたジャケットに身を包んだ長身の男が立っていた。

年の頃はハジメと同じ25歳前後。しかし、その背中から立ち上る「気配」は、農村の料理人のそれではなかった。

(……ほう。ただの料理人じゃないな。随分と、濃い修羅場をくぐってきた『氣』だ)

ハジメは表情一つ変えず、カウンターの隅に腰を下ろした。

男――龍魔呂たつまろは、手元の最高級本焼き柳刃包丁を静かに布で拭き終えると、鋭い眼光をハジメに向けた。

「……見ない顔だな」

「今日から村に住むことになった。農家の権田だ。ハジメでいい」

「……龍魔呂だ。何にする」

龍魔呂の瞳の奥には、常人なら目を合わせただけで竦み上がるような、底知れぬ暗い炎(殺気)が燻っていた。

しかし、ハジメの『合気・幻の十段』の境地は、大海のように深く静かだ。龍魔呂の放つ鋭利なプレッシャーは、ハジメの身体の表面を凪いだ水面のように滑り落ちていく。

(……この男、隙がない。ただ座っているだけなのに、俺の太極拳の『化勁かけい』すらも無効化するような、異常な自然体……)

龍魔呂もまた、目の前の「ただの農民」が尋常ではない化け物であることに即座に気づいていた。

「酒を頼む。それと、持ち込みで悪いんだが……ツマミはこれでいいか。アンタも、よかったらどうだ」

ハジメはそう言うと、タッパーに詰めた昼間の『究極の月見大根の漬物』をカウンターに置いた。

蓋を開けた瞬間、ショパンの流れる静謐なBAR空間に、芳醇な醤油と発酵の香りが爆発的に広がる。

「……!」

龍魔呂の目が、僅かに見開かれた。

料理人としての本能が、この漬物がただの素人の手慰みではないことを一瞬で見抜いたのだ。

龍魔呂は無言で小皿に漬物を取り分け、箸で一口分を口に運んだ。

「――っ」

噛み締めた瞬間、パリッという小気味良い音と共に、大根の鮮烈な甘みと、極限まで計算された塩味、そして完璧な乳酸発酵の旨味が舌の上で弾けた。

一切の無駄がなく、素材のポテンシャルを100%引き出した芸術品。

裏社会で数多の美食に触れ、自身も極上の料理を作る龍魔呂ですら、これほどの漬物は食べたことがなかった。

「……悪くない」

龍魔呂は短くそう言うと、カウンターの下から静かに徳利を取り出した。

「ポポロ村特産の太陽芋酒だ。その漬物への、礼だ」

「ありがたい」

トクトクと酒が注がれる。ハジメはぐい呑みを傾け、ポポロ村の酒を味わった。荒削りだが、力強い大地の味がする。

酒を飲み干すと、ハジメは胸ポケットから『キャスター』を取り出し、紙製のブックマッチを一枚ちぎった。

――シュッ。

素朴な摩擦音と共に火が灯り、甘いバニラの香りが漂う。

それを見た龍魔呂も、黙って懐から『マルボロ赤』を取り出した。手には、使い込まれた真鍮製のオイルライター。裏社会で「死を呼ぶ四番(DEATH4)」の処刑の合図として恐れられた、あのライターだ。

――カチッ。

重厚な金属音が鳴り、赤い火花がタバコに火を点ける。

二人の男は、並んでカウンターに座り、無言のまま紫煙を吐き出した。

バニラの甘い煙と、マルボロの重い煙が、ショパンの調べの中で静かに混ざり合う。

「……騒がしい村だな。昼間、やけに元気なウサギが暴れていた」

ハジメがぽつりとこぼす。

「ああ。血の気が多くて困る。それに、五月蝿いのも多い」

龍魔呂が冷たい声で同意する。

「全くだ。……俺たちも、少しはあいつらの若さを見習うべきか」

ハジメが煙の先で月を見つめながら言うと、龍魔呂は鼻でふっと笑った。

「よせ。俺たちはもう、そういう年じゃない」

「違いない」

互いの言葉に、深い同意の念がこもる。

数多の修羅場を抜け、魂がすっかり老成しきった男たちの、ハードボイルドな時間が流れていく。

((……まぁ、どっちも25歳なのだが))

もしキャルルやリーザがこの場にいれば、「お前らどっちも25歳だろ!! 若者ぶれ!!」と全力でツッコミを入れていたに違いない。

だが、この時の二人にとっては、この静かな疲労感とタバコの煙こそが、何よりの真実だった。

「……美味い漬物だった。次は、俺の出汁巻き卵を食わせてやる」

「楽しみにしている。俺の畑で採れた陽薬草を持っていこう」

剣を交えるまでもない。ただ「美味い飯」と「タバコの煙」、そして「隙のない姿勢オーラ」だけで、異端の農民と最強の鬼神は、互いを「背中を預けるに足る男」として認め合ったのだ。

月明かりの下、二人の「激渋な25歳」の夜は、静かに更けていった。

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