EP 2
UR農具の異常な性能と、腹ペコの地下アイドル
足元の土を、ハジメはそっと指先で掬い上げた。
ポロッと崩れる乾燥した赤土。石が混じり、栄養分も枯渇しているのがわかる。長年放置された荒れ地のようだ。
「……なるほど。やり甲斐のある土だ」
ハジメは嬉しそうに目を細めた。
ブラック農業法人では、効率化の名の下に化学肥料漬けにされた「死んだ土」ばかりを扱わされていた。ゼロから自分の手で土を作れるというだけで、ハジメの胸は高鳴っていた。
彼は腰を落とし、合気道の深い呼吸で丹田に気を満たす。
そして、女神ルチアナから貰った『UR農具:神星の鍬』を大きく振りかぶり――大地に向かって、無造作に一振りした。
ズドォォォォンッ!!
「えっ」
ハジメの口から、素っ頓狂な声が漏れた。
鍬が地面に触れた瞬間、爆発的な光の波が放射状に広がったのだ。
轟音と共に大地が波打ち、ゴロゴロと転がっていた岩石は一瞬にして粉砕され、枯れ草は極上の腐葉土へと還元されていく。
光が収まった後、ハジメの目の前に広がっていたのは――見渡す限りの、ふかふかで真っ黒な土だった。
「……嘘だろ。たった一振りで、三年は寝かせたレベルの極上の黒土が完成したぞ……?」
ハジメは震える手で土を触った。しっとりとした適度な水分、団粒構造が完璧に形成された、農家から見れば宝石のような土。
地球の常識が完全にバグっている。これが『UR』の力か。
「土ができたら、次は種だが……おっ」
ハジメは自分の腰のベルトに、小さな麻袋が括り付けられていることに気がついた。
中には、米粒と麦を足して二で割ったような種子が詰まっており、ご丁寧に『サンライス(初心者キット)』と書かれた札が下がっている。
「至れり尽くせりだな。よし、試しに撒いてみるか」
ハジメは黒土に畝を作り、サンライスの種をパラパラと撒いて軽く土を被せた。
――ピカァッ!
「またか!?」
土が淡く発光したかと思うと、種が猛烈な勢いで発芽し、ニョキニョキと茎を伸ばし始めたのだ。
わずか数十秒。
ハジメの目の前には、黄金色に輝くサンライスの稲穂が、風に揺れてサラサラと心地よい音を立てていた。
「成長速度まで異常なのか。URの土壌効果……いや、この異世界の植物の生命力か?」
驚きつつも、ハジメの農家としての血が騒ぐ。
稲穂を一掴み毟り取ると、ハジメは女神の言葉を思い出した。
(『ワークショップ』……素材さえあれば、頭の中で思い描いた加工品が一瞬で作れるスキル、だったな)
ハジメは目を閉じ、手の中のサンライスが『脱穀』され、『精米』され、そしてふっくらと『炊き上がる』までの工程を強くイメージした。農家として、米を最も美味しく食べるための完璧な水分量と火加減を脳内で再現する。
「スキル発動……『ワークショップ』!」
ポンッ、と小気味良い音がした。
ハジメの手の中にあった稲穂は消え去り、代わりに現れたのは、真新しい木のおひつ。
蓋を開けると、そこからは真っ白な湯気と共に、真珠のようにツヤツヤと輝く炊き立てのサンライスが顔を出した。
「……完璧だ」
甘く、豊潤なデンプンの香り。一粒一粒がピンと立ち、神々しいまでの光沢を放っている。地球の最高級ブランド米すら凌駕するであろう、究極の炊き上がりだった。
『きゅるるるるるるるぅぅぅぅぅぅ…………ッ』
その時。
ハジメの感動を遮るように、森の奥から雷鳴のような『腹の虫』の音が鳴り響いた。
「……ん?」
ハジメが音のした茂みを振り返る。
ガサガサと草をかき分け、そこから這い出てきたのは――一人の少女だった。
透き通るような白い肌に、海の底を思わせる美しいアクアブルーの長い髪。顔立ちは、ため息が出るほど可憐で美しい。
だが、その服装はなぜか『えんじ色の芋ジャージ(上下)』であり、足元は『イボイボの健康サンダル』。
さらに、彼女の口元からは、その辺で引っこ抜いたと思われる「名もなき雑草」が数本、虚しく垂れ下がっていた。
「……あ、あの……」
少女――人魚姫であり、ルナミス帝国でポイ活と地下アイドル生活を送るサバイバー、リーザは、フラフラとした足取りでハジメに近づいてきた。
その視線はハジメではなく、彼が抱えるおひつの中の『炊きたてのサンライス』に完全にロックオンされている。
「その、白くて、ツヤツヤしてて、湯気がホカホカ出ている、信じられないくらいいい匂いのする物体は……飢餓が見せる、私の幻覚、でしょうか……?」
口から雑草をポロリと落とし、滝のようなヨダレを拭いもせず、リーザは虚ろな目でハジメを見上げた。
最強の農民と、腹ペコの地下アイドル。
ポポロ村における、運命の(そして胃袋を掌握する)出会いの瞬間だった。




