第76話 ゴタゴタが、見えた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 広場が、ざわついていた
翌朝、王都の中央広場は、いつもと、様子が違っていた。
昨日まで、ヨーヘイが屋台を出していた広場とは、別の顔をしていた。市の立つ賑わいではない。人が、一方向を向いて、固まっている。ざわめきが、低く、波打っていた。怒りと、好奇と、見世物を待つ顔。その全部が、混ざった、嫌な熱気だった。
ルカ:「……なんか、空気、おかしない?」
ルカが、声をひそめた。耳が、ぺたりと、寝ている。フィンも、ヨーヘイの肩の上で、いつもの人混みへの戸惑いとは違う、こわばった顔で、耳を、ぴたりと伏せていた。匂いではなく、空気の、ぴりぴりした質を、感じ取っているようだった。
昨日、ヨーヘイが串を焼いていたときの、あの、緩んで、笑い声の混じった広場の空気は、どこにもなかった。同じ石畳、同じ噴水、同じ鐘楼。なのに、流れている空気だけが、すっかり、入れ替わっている。料理人として、毎日、場の空気を読んできたヨーヘイには、それが、はっきりと、分かった。これは、誰かが、わざと作った空気だ。自然に生まれた怒りではない。煽られ、温められ、一点に、向けられた怒りだった。
ヴェルナに言われて、来てみれば、これだ。何が「助ける」なのか、まだ、何も分からない。ヨーヘイは、人の波に押されるように、その中心へと、近づいていった。押し合う肩と肩の隙間から、少しずつ、広場の中心が、見えてくる。
広場の中央には、石を組んだ、高い壇があった。
そこに、見覚えのある、痩せた背中が、立っていた。
ヨーヘイ:(……ヴェルナさん)
たった一人で。大勢の視線の、真ん中に。
◆ 見えてきた絵
壇の上では、男が、よく通る声で、語っていた。
仕立てのいい外套。指の太い指輪。後ろに、書記らしき者や、護衛を、何人も従えている。ひと目で、身分の高い人間だと分かった。
ヨーヘイ:(解析さん。あの男は)
解析:「……照合します。バルゼ卿。王都でも指折りの貴族の一人です。……薬院の、大口の後ろ盾でもあります」
バルゼ卿は、芝居がかった身振りで、群衆に、訴えていた。この調合師の作った薬で、罪のない者が、害された。だが、当人は、非を認めず、逃げ回っている。王都の安全のため、見過ごすわけにはいかない――そういう、筋書きだった。
声が、よく通る。間の取り方が、うまい。群衆の感情が、どこで沸くかを、知り尽くした語り口だった。一言、区切るたびに、まわりに散らした手の者が、頃合いよく、相槌の声を上げる。その声につられて、何も知らない見物人までが、頷きはじめる。怒りが、波のように、伝染していく。仕組まれた、波だった。
壇の下では、みすぼらしい身なりの男が、わっと、泣き崩れてみせていた。
被害者の男:「あの女の薬を、飲ませたばっかりに……うちの女房は、もう……っ」
群衆が、どよめく。ヴェルナへの、敵意が、ふくらんでいく。「ひどい女だ」「子どもまでいたってのに」と、あちこちで、声が、上がった。
ヨーヘイは、その光景を、じっと、見ていた。料理人の目で。屋台で、何百という客の顔を、見てきた目で。
ヨーヘイ:(……おかしいな)
泣いている男の、台詞が、なめらかすぎた。悲しみに、つかえる箇所が、ない。まるで、暗記してきたものを、読んでいるようだった。本当に身内を亡くした人間の涙は、もっと、不格好で、言葉にならないものだ。屋台の炭火の前で、ヨーヘイは、そういう涙を、何度も、近くで見てきた。泣きながら串をかじる客の、つかえて、とぎれて、それでも止まらない言葉を。
この男のそれは、違った。
身なりは貧しいのに、爪だけは、妙に、手入れされている。涙を拭う手の、その下で、目だけが、ちらちらと、バルゼ卿の様子を、うかがっていた。泣く間も、ひと区切りつくたびに、ちらり、と。次は、どう振る舞えばいいか。次の指示を、待つ目だった。
ヨーヘイ:(……あの男、雇われてる)
確信が、あった。役人なら、書面の不備を探すだろう。弁士なら、法の言葉で、争うだろう。だが、ヨーヘイが見ているのは、そこではなかった。人の、顔だ。嘘をつく人間の、こわばった頬。本当に泣く人間の、崩れた顔。毎日、火の前で、何百もの「うまい」と「まずい」を、顔で受け取ってきた。だから、作り物の涙は、すぐに、分かる。これが、いまのところ、ヨーヘイの握っている、たった一つの、足がかりだった。
解析:「……同感です。ですが、ヨーヘイさん。問題は、そこではありません」
解析の声は、いつもより、低かった。
解析:「……相手方は、薬院、商会、複数の貴族と、繋がっています。証人も、書面も、向こうが、いくらでも用意できます。……法の上では、ヴェルナさんは、ほぼ、詰んでいます」
ヨーヘイは、息を、呑んだ。
絵が、見えてきた。これは、ただの訴訟ではない。一人の偏屈な調合師を、王都の力が、束になって、寄ってたかって、押し潰そうとしている。理由は、ただ一つ。彼女が、言うことを、聞かなかったからだ。
壇の脇には、薬院の徽章をつけた者たちが、難しい顔で、控えていた。本来なら、同じ薬を扱う仲間のはずだ。それが、誰一人、ヴェルナをかばおうとしない。むしろ、バルゼ卿の言葉に、もっともらしく、頷いてみせている。後ろ盾に、逆らえないのだろう。書面を抱えた書記が、商会の印を押した証文を、これ見よがしに、掲げた。
金で、人が買える。証文も、証人も、世論も。買える側が、買えない一人を、囲んで、潰す。それが、いま、目の前で、起きていた。
◆ 一人で立つ
壇の上のヴェルナは、それでも、退かなかった。
憔悴しきった顔で、けれど、背筋だけは、伸ばして。バルゼ卿の言葉にも、群衆の罵声にも、表情を、変えなかった。何百という敵意の目に、たった一人で、晒されながら。逃げも、命乞いも、しない。ただ、立っていた。
ヴェルナ:「……効きすぎる薬は、毒だ。少量なら効くが、過ぎれば、人を殺す。私は、その匙加減を、あんたらの都合に、預ける気はない。だから、造らなかった。それだけのことさ。何度でも、言うよ」
その声は、嗄れていたが、揺れては、いなかった。
バルゼ卿:「ほう。……まだ、そんな世迷いごとを。これだけの者が、お前の罪を、証言しているのだぞ」
ヴェルナ:「証言ね。……金で買った言葉は、よく効く。だが、後で、必ず、胃に来るよ。あんたの番でね」
群衆の一部が、どっと、沸いた。追い詰められてなお、皮肉で、貴族をやり返す。その姿に、わずかだが、面白がる空気も、混じりはじめていた。バルゼ卿の眉が、不快そうに、寄った。
群衆の中から、嘲りの声が、飛んだ。
野次の声:「よく言うぜ! お前は、昔も、薬で人を――」
その一言で。
ヴェルナの表情が、初めて、凍りついた。
ほんの、一瞬だった。だが、ヨーヘイは、見逃さなかった。鋼のようだった横顔に、ひびが入るような、その一瞬を。バルゼ卿の脅しにも、群衆の罵声にも、眉一つ動かさなかった女が。その「昔」という、たった二文字にだけ、撃ち抜かれたように、固まった。
罵声でも、刃でもなく、その言葉だけが、彼女の、いちばん深いところを、抉ったのだ。
ヨーヘイ:(……昔。何が、あったんだ)
昨夜、彼女は、今の訴訟のことしか、語らなかった。害になる薬を断った。ただ、それだけ、と。だが、その奥に、まだ、語られていない何かが、ある。今の強気の下に、彼女が、決して触れさせまいとしている、古い傷が。ヨーヘイは、そう、直感した。そして、その傷こそが、たぶん、この女が、命がけで一線を譲らない、本当の理由なのだ、とも。
そのとき。
とっ、と。
ヨーヘイの肩から、小さな影が、飛び降りた。
フィンだった。人の足の間を、するすると抜けて、壇の下まで駆けると、ヴェルナの足元に、ちょこんと、陣取った。そして、敵意でふくれた群衆に向かって、小さな胸を、めいっぱい張り、低く、唸った。
フィン:「キュルルル……ッ」
ちっぽけな、けれど、確かな、威嚇だった。
ヴェルナが、ふと、足元を、見下ろした。こんな場所に、こんな自分のために、立ちはだかる、小さな味方を。その鋭い目が、ほんの少しだけ、見開かれた。誰も、味方をしない。薬院の仲間でさえ、目を逸らす。そういう場所で、何の得にもならないのに、ただ、そばに来て、唸るものがいる。
彼女は、すぐに、視線を、前へ戻した。けれど、その横顔から、ほんの少しだけ、張り詰めていたものが、抜けていた。
ヨーヘイは、殺気立った広場の片隅に、目をやった。こんな時でも、隅のほうでは、誰かの屋台の煙が、いつもと同じように、立ちのぼっている。
ヨーヘイ内心:(……こんな時でも、腹は減る。煙の前だけは、敵も味方もない。……おれの場所は、たぶん、あっちだ)
リリアが、フードを、深くかぶり直した。この広場の、力の臭いから、顔を隠すように。
◆ 巻き込まれた
フィンが駆け出したことで、群衆の何人かが、その出どころを、振り返った。
視線が、ヨーヘイたちに、集まる。
群衆の女:「……あの連中、あの従魔の連れだろ」
群衆の男:「じゃあ、あの薬師の、仲間か」
ざわめきの矛先が、こちらにも、向きはじめた。あの孤立した調合師の側に立つ者、という色が、いつのまにか、ヨーヘイたちに、塗られていた。
壇の上のヴェルナが、こちらに、気づいた。来てくれたのか、という顔と、巻き込んで悪い、という顔が、半分ずつ、混じっていた。
ルカが、ヨーヘイの袖を、きゅっと、つかんだ。
ルカ:「……なあ、ヨーヘイ。これ……ヤバない?」
リリア:「……はい」
リリアの返事は、いつになく、早かった。考えるより先に、答えが出た、という早さだった。この国の、力を持つ者たちが、どういう手を使うか。仕立てのいい外套の下で、人がどう潰されていくか。彼女は、それを、どこかで、間近に見たことがあるような、そういう口ぶりだった。フードの陰で、その横顔が、いつもより、ずっと、硬い。ヨーヘイは、気づいたが、今は、訊くときでは、なかった。
解析:「……状況が、複雑です」
ヨーヘイ:(……分かってる)
助けると、決めた。けれど、相手は、王都そのものだ。どこから、手を、つければいい。ヨーヘイには、まだ、何も、見えていなかった。
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【第76話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・変動なし(対峙・情報の回。戦闘・解体・新しい料理の発見はなし)
▼ 本話の収支
・収入:なし(本話は屋台を出さず)
・支出:王都の宿(三人・もう一泊)=180枚
・本話終了時手持ち:16,001枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・変動なし(換金待ちの各部位・羊毛・C魔石・装甲・セーフゾーンの実は継続保持)
▼ 本話の出来事
・75末でヴェルナに告げられた中央広場へ。普段の市とは違う、殺気立った人だかり
・公開の糾弾の場と判明。壇上で語るのはバルゼ卿=王都でも指折りの貴族・薬院の大口の後ろ盾。「ヴェルナの薬で人が害された」という筋書きで世論をあおる
・壇下で泣き崩れる「被害者」の男→ヨーヘイが屋台で人を見てきた目で不自然さに気づく(台詞がなめらかすぎる・爪が手入れされている・バルゼ卿の様子をうかがう目)=雇われた役と見抜く
・解析「相手方は薬院・商会・複数の貴族と繋がる。法の上では、ヴェルナはほぼ詰み」=勢力図の壁が見える。一人の調合師を王都の力が束で押し潰そうとしている構図
・ヴェルナは単身退かず「効きすぎる薬は毒だ。私は造らなかった」と言い続ける
・群衆の嘲り「お前は、昔も、薬で人を――」にヴェルナの表情が一瞬凍る=語られていない過去の匂わせ。ヨーヘイ「昔、何があったんだ」と直感
・フィンが壇下のヴェルナの足元に陣取り、群衆へ唸る=孤立する天才に味方が一匹。ヴェルナが小さな背中を見下ろす
・フィンの出どころから視線が一行へ→「あの薬師の仲間か」と巻き込まれる
・末尾:ルカ「これ、ヤバない?」→リリアが考えるより早く「……はい」(権力の手口を知る口ぶり)→解析「状況が、複雑です」→ヨーヘイ(分かってる/どこから手をつければいい)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
中央広場に、行ってきました。ヴェルナさんが、たった一人で、王都の力に、立ち向かっていました。バルゼ卿という、偉い貴族が、薬院も、商会も、貴族仲間も、味方につけて、彼女一人を、潰そうとしています。理由は、彼女が、害になる薬を、断ったから。それだけです。
壇の下で泣いていた被害者は、雇われた役者です。間違いありません。あれだけの台詞を、あんなになめらかに、悲しみもつかえずに言える人間が、本当に女房を亡くしたばかりのはずが、ない。屋台で、何百人もの顔を見てきました。嘘をついている顔は、分かります。……ですが、解析さんの言うとおりです。問題は、そこじゃない。向こうは、嘘でも何でも、いくらでも、ねじ込める力を持っている。
もう一つ、気になったことがあります。誰かが、ヴェルナさんに「昔も、薬で人を」と言ったとき、あの人の顔が、凍りました。今の訴訟のことだけじゃ、ない。あの人には、まだ、話していない過去が、あります。
フィンが、あいつの足元に、立ちました。あんな小さな体で、群衆に向かって、唸っていました。……あいつは、ああいうやつなんです。
助けると、決めました。けれど、相手は、王都そのものだ。どこから、手をつければいいのか。……それを、これから、考えます。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




