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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
5章 「治してもらう、はずだった。」

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第75話 調合師と、出会った。

◆ 足音



 荒い息が、すぐ足元で、上下していた。


 ぶつかってきて倒れた人物は、すぐには、起き上がらなかった。フードからのぞいた顔は、汗で濡れている。長く、走ってきたのだ。倒れたまま、その人物は、自分が飛び出してきた路地の奥を、もう一度、振り返った。


 そして、暗がりの向こうから、複数の足音が、近づいてきた。


 革靴が、石畳を、急いで踏む音。ひとつではない。


 ヨーヘイは、考えるより先に、しゃがんで、その腕をつかんでいた。


ヨーヘイ:「立てるか」


 倒れた人物が、びくりと、肩を震わせた。値踏みするような、警戒した目が、ヨーヘイを、見上げる。何を要求されるのか、と身構えるような目だった。


ヨーヘイ:「説明はあとだ。こっちだ。来い」


 ヨーヘイは、それだけ言って、相手を引き起こした。


 フィンが、肩から飛び降りる。とっとっと駆けて、フードの人物の袖を、軽く咥えると、人混みの多いほうへ、ぐい、と引いた。こっち、とでも言うように。


フィン:「キュッ」


ルカ:「えっ、なに、なんなん!?」


リリア:「……走ります。ルカ、こちらへ」


 戸惑うルカの背に手を添え、リリアが、人波の中へ、体を入れる。フードを目深に直しながら、ルカを、外側から庇う位置に。


 一行は、夕暮れの雑踏へ、紛れ込んだ。


 昼の間、ヨーヘイは、この広場で、一日、串を焼いていた。煙を立て、人と話し、顔を売った。その一日が、いま、効いた。物売りが、ヨーヘイに気づいて、軽く手を上げる。さっきの常連が、何も訊かずに、すっと道を空ける。屋台で隣り合った酔客が、酔った勢いで、追っ手のほうへ、絡んでいく。土地勘のない王都で、たった一日で耕した細い縁が、人の壁になって、追っ手の視界を、塞いでいく。


 女は、ヨーヘイの腕の中で、なお、後ろを気にしていた。逃げ慣れた者の、警戒だった。けれど、その足は、もう、ろくに、上がっていなかった。長く走りすぎたのだ。ヨーヘイは、その腕を、肩で、半ば担ぐようにして、進んだ。


 フィンが、先を行く。人混みの、ほんのわずかな切れ目を、まるで地図でも読むように、選んでいく。立ち止まりかけると、振り返って「キュッ」と急かす。こっち、まだ、こっち。煙と匂いの土俵だけでなく、こういう、人と人の隙間を縫う仕事も、この相棒は、やはり、得意だった。


 角を二つ、三つと曲がるうち、革靴の足音は、人の波に呑まれて、聞こえなくなった。


 念のため、ヨーヘイは、もうひと角、よけいに、曲がった。それから、薄暗い、荷の積まれた裏路地に、一行を、滑り込ませた。誰の気配も、追ってこないのを、フィンの耳が、確かめている。



◆ 作れと言わなかった



 壁に背を預けて、フードの人物は、ようやく、息を整えはじめた。


 外れたフードの下から、現れたのは、女の顔だった。歳のころは、三十の半ばか、もう少し上か。鋭い目をしている。痩せて、頬がこけ、目の下には、濃い隈があった。長く、まともに眠っていない顔だ。けれど、その目の奥には、疲れに潰されきっていない、強い光が、残っていた。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……間違いありません。捜していた、調合師です」


 ヨーヘイは、息を、ひとつ、吐いた。捜していた相手が、向こうから、文字どおり転がり込んできた。妙な巡り合わせだった。


 女は、警戒を解かないまま、ヨーヘイたちを、順に、見回した。それから、自嘲するように、口の端を、歪めた。


調合師:「……それで。あんたたちも、何だ。私に“作れ”と言いに来た口か。傷薬か。惚れ薬か。それとも、人を眠らせる薬か。……言っておくが、もう、私の工房には、何も残っていない。差し押さえ寸前だ。欲しけりゃ、あの連中と、列を作るんだな」


 吐き捨てるような言い方だった。誰に対しても、こうなのだろう。近づいてくる人間は、皆、彼女に、何かを“作れ”と要求してきた。その繰り返しが、この女から、人を信じる余白を、削り取ってきたのだ。


 ヨーヘイは、要求しなかった。


ヨーヘイ:「いや。まずは、怪我がないか、だ。転んだとき、どこか打たなかったか」


 女の動きが、止まった。


ヨーヘイ:「それと、あんた、ずいぶん走ってきたな。……顔色が、よくない。何か、腹に入れたのは、いつだ」


 女は、ぽかんと、口を、半分、開けた。


 まるで、外国の言葉でも、聞いたような顔だった。鋭かった目から、一瞬、警戒の棘が、抜け落ちる。


 予想していた言葉と、あまりに、違っていたのだろう。彼女は、薬を、よこせと言われると、思っていた。脅されるか、おだてられるか、どちらかだと、構えていた。それが、開口一番、怪我と、空腹の心配だ。身構えていた拳が、行き場を失って、宙に、浮いたような顔だった。


調合師:「……」


 女は、しばらく、ヨーヘイの顔を、見ていた。何かを、確かめるように。やがて、ふっ、と、肩から、力を抜いた。


調合師:「……妙な男だね、あんた」


 女は、低く、言った。


調合師:「人を見れば、中身はたいてい知れる。世辞の多い男は、あとで胃に来る。欲の強い男は、目尻に出る。……あんたは、そのどっちでもない。読めないね。妙な配合だよ」


調合師:「私に近づいてくる人間で、最初に“作れ”と言わなかったのは……あんたが、初めてだ」


 ヨーヘイの脳裏を、ベルネで聞いた、ギルダの声が、よぎった。あの人に会うなら、最初のひと言だけは、間違えないで。あれは、こういう意味だったのか、と、ヨーヘイは、今ごろ、腑に落ちていた。



◆ できる、でも



 女は、ヴェルナ、と名乗った。


 調合師だ、と。腕は確かだが、変わり者で通っている、と、自分で言った。それから、訊かれもしないのに、ぽつぽつと、事情を、こぼしはじめた。一日中、誰にも話さず、誰にも信じられず、張り詰めていた糸が、要求されなかったことで、少しだけ、ゆるんだのかもしれなかった。


ヴェルナ:「……ある御方に、薬を作れと、命じられてね。よく効く薬さ。だが、効きすぎる。使い方を一つ間違えれば、人が死ぬ。眠ったまま、目を覚まさなくなる。……いや、覚まさせない、ために使える薬だ。あの御方が、それを、何に使うつもりだったかは、私の知ったことじゃない。だが、見当くらいは、つく。だから、断った。“これは、作れない”とね」


 ヴェルナは、乾いた唇を、舐めた。


ヴェルナ:「……それだけのことさ。たった、それだけのことで、契約の不履行だの、信用の毀損だの、ありもしない罪を、いくつも、でっち上げられた。気がつけば、私は、訴えられる側に、立っていた。相手は、金も、伝手も、いくらでも持っている。私は、薬を煮ることしか、知らない。……工房も、もうじき、取り上げられる。札の貼られた道具を、毎朝、眺めて暮らしてるよ」


ヨーヘイ:「……良くないものを、良くないと、言っただけだろう」


 その言葉に、ヴェルナの目が、わずかに、見開かれた。


ヴェルナ:「……ふん。あんた、誰かさんと、同じことを言うね」


 ニナの顔が、ヨーヘイの頭を、よぎった。先生は、悪くない。良くないものを、良くないって言っただけ。あの痩せた娘も、この偏屈な女を、まっすぐ、信じていた。


 ヨーヘイは、頃合いだと、思った。


ヨーヘイ:「ヴェルナさん。一つ、頼みがある。……治してやりたい相手がいる。誰にも作れないような、特別な薬を、あんたなら作れると、聞いた」


 ルカが、ヨーヘイの隣で、息を、詰めた。自分の病のことだと、わかっているのだ。いつもの、減らず口は、出てこなかった。膝の上で握った両の拳が、白くなるほど、力が入っている。ここで「できない」と言われたら、という不安と、それでも信じたい、という気持ちと。その両方を、ルカは、ぐっと、呑み込んで、ただ、ヴェルナの返事を、待った。リリアが、そっと、その背に、手を添える。


 ヴェルナは、ヨーヘイの目を、しばらく、見つめた。料理人の目を、調合師の目が、測っていた。値踏みではなかった。この男の言葉に、嘘や、駆け引きの匂いが、混じっていないか。それを、長く人に裏切られてきた者の、慎重さで、確かめているようだった。


ヴェルナ:「……できるよ」


 あっさりと、彼女は、言った。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……嘘は、ありません。この人は、本当に、作れます」


 ヨーヘイの胸の奥で、長く張っていた糸が、ほどけかけた。ここまで来た。村を出て、いくつもの街を巡って、やっと、作れる人間に、たどり着いた。


 だが。


ヴェルナ:「……できる。でも、今は、無理だ」


 その一言が、ほどけかけた糸を、また、引き絞った。


ヴェルナ:「見ただろう。私は、追われている。工房の道具は、差し押さえの札が貼られて、指一本、触れられない。火も、熾せない。秤も、使えない。……薬を作るどころじゃ、ないんだよ。今の私は」


 ヨーヘイは、彼女の工房を、見ていないのに、その光景が、目に浮かぶようだった。火の落ちた炉。封をされた、鍋と秤。乾いた薬草の束。料理人にとっての、火を奪われた厨房と、同じだ。火と、配合で、弱った人間を、生きる側へ戻す。


ヨーヘイ内心:(……火と配合で、人を生きる側へ戻す。おれのやりたいことと、根っこは、同じだ)


ヨーヘイ内心:(……蓮なら、この偏屈な天才と、案外、うまが合ったかもしれないな)



◆ 中央広場



 ヴェルナは、しばらく、黙っていた。


 何かを、計っているようだった。目の前のこの男たちを、信じていいのか。賭けても、いいのか。


 やがて、彼女は、顔を上げた。隈の濃い目の奥で、あの強い光が、もう一度、灯る。


ヴェルナ:「……取り引きをしよう」


ヨーヘイ:「取り引き?」


ヴェルナ:「私を、助けてくれるなら。……あんたの言う、その薬を、調合する」


 ヨーヘイは、ヴェルナの顔を、見た。


ヨーヘイ:「助けるとは。……何を、どうすればいい」


 ヴェルナは、すぐには、答えなかった。路地の外、雑踏の向こうの、王都の中心のほうへ、ちらりと、目をやる。それから、低い声で、言った。


ヴェルナ:「……明日。王都の、中央広場に、来な」


 それだけ言って、ヴェルナは、口を、閉じた。何が待っているのかは、言わなかった。


ルカ:「……は? なんやねんそれ。中央広場で、何があるん」


 ルカが、素っ頓狂な声を、上げた。


 けれど、ヴェルナは、もう、答えなかった。



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【第75話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(対話・逃走の回。戦闘・解体・新しい料理の発見はなし)


▼ 本話の収支

・収入:なし(本話は屋台を出さず)

・支出:王都の宿(三人・もう一泊)=180枚

・本話終了時手持ち:16,181枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・変動なし(換金待ちの各部位・羊毛・C魔石・装甲・セーフゾーンの実は継続保持)


▼ 本話の出来事

・74末の衝突の直後。荒い息の人物に複数の足音が迫る。ヨーヘイは要求せず「立てるか」「こっちだ」とだけ言って引き起こす

・フィンが袖を引いて先導、リリアがルカを庇い、一行は雑踏へ。昼に屋台で売った顔・人混みが人の壁になり、追っ手を振り切る

・裏路地で対面。フードの下は三十半ばすぎの女。鋭い目、濃い隈。解析が本人と追認=捜していた調合師

・女は「あんたも“作れ”と言いに来た口か」と身構える。ヨーヘイが要求せず、怪我と空腹だけを気遣う→女の警戒が一段ほどける→「最初に“作れ”と言わなかったのは、あんたが初めてだ」=ベルネのギルダの忠告「最初のひと言だけは間違えないで」が腑に落ちる

・女はヴェルナと名乗る。事情の輪郭=有力者に「効きすぎて人が死ぬ薬」を作れと命じられ断った→言いがかりの訴訟・工房は差し押さえ寸前で動けない。ヨーヘイ「良くないものを良くないと言っただけだろう」=ニナと同じ言葉

・ヨーヘイがルカの病を治す特別な薬を依頼→ヴェルナ「できるよ」、解析が嘘なしと裏打ち→だが「今は無理。道具は差し押さえの札で触れられない、火も熾せない」

・ヴェルナが取り引きを持ちかける。「私を助けてくれるなら、調合する」→ヨーヘイ「助けるとは」→ヴェルナ「明日、王都の中央広場に来な」。何が待つかは言わず口を閉じる→ルカ「なんやねんそれ」


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 会いました。調合師の、ヴェルナさんです。捜していた本人が、追われて逃げてきて、私に、ぶつかってきました。世の中、わからないものです。


 ベルネで、ギルダさんが、言っていました。あの人に会うなら、最初のひと言だけは、間違えないでと。意味が、やっと、わかりました。あの人には、誰もが、何かを“作れ”と要求してきたんです。だから、要求しない人間を、見たことがなかった。私は、ただ、転んで顔色の悪い人に、怪我はないか、飯は食ったか、と訊いただけです。それだけのことで、あの鋭い目から、棘が、抜けました。


 薬は、作れるそうです。解析さんが、嘘はないと、言いました。ルカの病に、本当に、治る道がつきました。……ただし、今は無理だ、と。あの人は、揉め事の真ん中で、火を奪われています。火を奪われた料理人が、何もできないのと、同じです。


 助けてくれるなら、作る。明日、中央広場に来い。そう言って、あの人は、それきり、黙りました。何が待っているのかは、言いません。……行けば、わかるんでしょう。記録、お願いします。


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