第73話 王都に、着いた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 門が、立っていた
街道を、何日も歩いた。
ベルネを発ってからの道のりは、長かった。野営を重ね、川を渡り、丘をいくつも越えた。追っ手の夜のことは、誰も口に出さなかったが、忘れてもいなかった。それでも日が昇るたび、一行は西へ、西へと進んだ。
そして、その朝。
なだらかな丘を登りきった一行の目の前に、それは、あった。
城壁だった。地平の端から端まで、灰白色の壁が、横たわっている。いや、横たわるという言葉は、正しくない。それは、空へ向かって、立っていた。今まで見てきたどんな砦よりも高く、どんな街の塀よりも分厚い。壁の向こうには、無数の屋根が幾重にも連なり、その奥に、塔がいくつも突き出している。鐘楼。尖塔。旗。朝靄の中で、街そのものが、ひとつの生き物のように、息づいて見えた。
そして、街道の正面に、口を開けるように、巨大な門があった。
ルカ:「……うそやん」
ルカが、馬車の幌から身を乗り出して、ぽかんと口を開けていた。
ルカ:「うそやん。これが……王都……?」
声が、かすれていた。からかうでもなく、はしゃぐでもなく、ただ、圧倒されていた。ファスト村も、ベルネも、ルカにとっては十分に「街」だった。けれど、目の前にあるものは、それらとは、桁が違った。
ヨーヘイ:「……でかいな」
ヨーヘイも、それしか言えなかった。
門へ近づくにつれて、人の流れが、太くなっていく。荷馬車の列。歩く商人。荷を担ぐ人足。隊商らしき一団。みな、この一つの口へ、吸い込まれていく。門のそばには、槍を持った衛兵が並び、出入りする者をさばいていた。
順番が来て、ヨーヘイは御者台から、ギルドカードを差し出した。衛兵がそれを一瞥し、面倒そうに顎をしゃくる。
衛兵:「冒険者か。通れ。荷の検めは、奥でやる」
入場の銭は、求められなかった。カード一枚が、ここでも、働いた。村の門で銭がなくて足止めされたのが、ずいぶん昔のことのように思えた。
リリアは、馬車の上から、門を見上げていた。
その横顔が、いつもより硬い。あの夜、彼女が口にした名前を、ヨーヘイは覚えていた。この街と、関係がある場所。リリアにとって、ここは、ただの大きな街では、ないのだろう。けれど、彼女は何も言わなかった。ヨーヘイも、訊かなかった。
門の影が、馬車の上を、ゆっくりと滑っていった。
ヨーヘイ内心:(……蓮なら、この門を見上げて、口を開けたまま固まっているだろうな)
そう思うと、少しだけ、肩の力が抜けた。
◆ 人の、海
門をくぐると、世界が、変わった。
目抜き通りは、馬車が三台、横に並んでも余るほど広く、それが人で、埋まっていた。肌の色も、背丈も、装いも、ばらばらだった。仕立てのいい外套を翻す者。袖をまくった職人。頭巾を目深にかぶった旅人。背の低い、髭の濃い一団――ドワーフだろうか。とがった耳をのぞかせた者の姿も、人混みに紛れていた。種族も、身分も、何もかもが、一つの通りに、混ざり合っている。
声。荷車の軋み。鐘。蹄。物売りの呼び声。匂い。すべてが、洪水のように押し寄せてきた。
フィンが、荷台の上で、ぴたりと足を止めた。
いつもは真っ先に飛び降りるのに、今日は、動かない。耳を伏せ、尻尾を体に巻きつけて、人の波を、じっと見ている。
フィン:「キュウ……」
心細げな声を漏らすと、フィンは、とっとっと荷台を駆けて、ヨーヘイの肩へ、よじ登ってきた。首元に、小さな体を、ぴったりと押しつけてくる。
ヨーヘイ:「なんだ、お前。あんな魔物が相手でも平気なのに、人混みは怖いのか」
苦笑して、ヨーヘイは首をすくめた。フィンの鼻先が、耳のうしろを、くすぐった。
ところが、しばらく行くと、フィンの鼻が、ひくり、と動いた。
通りの脇から、香ばしい匂いが流れてくる。串に刺した肉を、炭火であぶる、あの匂いだ。フィンの耳が、ぴんと立った。さっきまでの心細さは、どこへやら、肩の上から身を乗り出して、屋台のほうへ、ぐいぐいと首を伸ばしはじめる。
フィン:「キュッ! キュッ!」
ルカ:「……あ、ずるい。うちも、あれ食べたい」
我に返ったルカが、フィンにつられて、屋台のほうを見ていた。圧倒されて口を開けていた顔は、もう、いつものルカに戻っていた。
ヨーヘイ:「現金なやつらだな、二人とも」
ヨーヘイは、笑いながら、けれど、その目は、料理人の目に戻っていた。
通りに並ぶ屋台の品を、ひとつずつ、見ていく。串焼き。揚げ物。汁物。見たことのある肉もあれば、見たことのない肉もある。香辛料を売る店先には、赤や黄や茶の粉が、山のように積まれていた。あれだけの種類の香辛料が、当たり前のように並んでいる。それだけで、この街が、どれほどの物と人を呑み込んでいるかが、知れた。
市場の一角では、見たこともない、青みがかった大きな魚が、氷の上に寝かされていた。海のものだ。海から、これだけのものを、傷ませずに運んでくる流通が、ここにはある。ヨーヘイの指が、無意識に、その魚の身の厚みを、測っていた。脂の乗り方。皮の張り。鮮度。塩を当てて、皮目だけ強火で炙ったら、どんな香りが立つだろう。隣の籠には、丸々と太った鶏らしき鳥が吊られ、その奥では、見覚えのある赤身の肉が、塊のまま、鉤に掛かっていた。村の市場なら、ひと月かけて集まるだけの種類が、この一角だけで、無造作に積まれている。
値を読み、品を読み、人の財布の太さを読む。料理人の頭が、勝手に、そろばんを弾きはじめていた。城の高さでも、塔の数でもない。市場の品揃えと、人の食う速さこそが、ヨーヘイには、この街の大きさを、いちばん正直に教えてくれた。
ヨーヘイ内心:(これだけ腹を空かせた人間がいる街だ。……ここで一軒、煙を上げられたら、どんな顔をして食うんだろうな)
そんなことを考えて、ヨーヘイは、小さく頭を振った。今は、それどころではない。
ふいに、どこか高いところで、鐘が鳴った。
澄んだ、長く尾を引く音だった。教会の鐘だ。
リリアが、足を止めた。
胸元へ、そっと手をやる。いつも身につけている、小さな聖印に触れ、それを、握り込むように、外套の内へ隠した。鐘の音が消えるまで、彼女は、動かなかった。
ヨーヘイは、それを、見ていた。けれど、やはり、何も言わなかった。
人の海の中では、あの夜の気配も、もう、たどれなかった。これだけの人がいれば、誰が誰を見ていても、わからない。追われているのか、いないのか。それすら、この雑踏は、覆い隠してしまう。安心していいのか、警戒すべきなのか。ヨーヘイには、判断がつかなかった。
◆ 飯の、匂いから
まず、宿を取った。
通りから一本入った、中堅どころの宿だった。王都の宿は、地方の倍は取った。三人で一泊、それなりの銭が飛んでいく。けれど、ここを拠点に動くなら、けちっても仕方がない。フィンとカゼは、宿の裏手の厩に、落ち着けてもらった。
荷を置くと、ヨーヘイは、さっそく街へ出た。
訊きたいことは、決まっていた。腕のいい調合師。それも、相当に腕の立つ、特別な調合ができる者。けれど、それを、どう探すか。役所に行って、「すごい調合師はいませんか」と訊いて回るわけにも、いかない。
ヨーヘイのやり方は、決まっていた。飯の匂いから、たどる。
屋台のおやじに、串を二本買いながら、世間話のついでに訊く。市場の女将に、香辛料を見繕いながら、訊く。宿に戻れば、賄いを作る婆さんと、鍋の話をしながら、訊く。料理人どうしの話は、どこでも、転がりが早い。そして、街の噂は、たいてい、台所と屋台に、いちばん早く、流れ着く。
屋台のおやじ:「調合師ねえ。そりゃ、掃いて捨てるほどいるさ。傷薬を煮てる程度のなら、そこらじゅうに」
ヨーヘイ:「いや、そういうのとは違うんです。……こう、誰にもできないような物を、作れる人を、探していて」
おやじは、串をひっくり返しながら、少し考えた。
屋台のおやじ:「……ああ。そういう、変わったのが、一人、いるにはいるな。腕は、本物だって聞くよ。ただ……まあ、今は、いろいろあるみたいでね」
ヨーヘイ:「いろいろ?」
屋台のおやじ:「さあ。あたしも、又聞きさ。詳しくは知らないよ」
それ以上は、出てこなかった。けれど、糸口は、つかめた。変わった、腕は本物の調合師。それは、ベルネで、ギルダの口からも聞いた言葉と、同じだった。同じ人物を、指しているのだろう。
ヨーヘイは、串をかじりながら、宿への道を、ゆっくりと歩いた。
ヨーヘイ内心:(……近づいてる)
ルカの病に、初めて、治る道筋がついた。その道の先に、この街の、その調合師がいる。まだ、名前も、顔も知らない。それでも、ここまで来た。村を出て、いくつもの街を巡って、やっと、その入口の前に立った。
ヨーヘイ内心:(蓮。おれは、まだ、こっちにいる。……やることが、できてしまったからな)
宿の窓から、ルカの笑い声が、聞こえた。リリアの、低い相槌も。ヨーヘイは、その声のするほうへ、足を速めた。
◆ 名前
その夜。
ルカもリリアも寝静まったあと、ヨーヘイは、一人、宿の窓辺に座っていた。
今日一日で、耳に入れた言葉を、頭の中で並べてみる。屋台のおやじ。市場の女将。賄いの婆さん。何人もが、ばらばらに口にした、断片。腕は本物。変わり者。今は、いろいろある。
その断片が、頭の奥で、ひとつに、編まれていく感覚があった。
ヨーヘイ:(解析さん。……今日聞いた話、まとめられますか)
しばらくの、沈黙。それから、いつもの、抑揚のない声が、応えた。
解析:「……照合しました。複数の証言が、同一の人物を指しています。……調合師の名前、聞きました」
ヨーヘイの、背筋が、伸びた。
ヨーヘイ:「誰ですか」
窓の外では、王都の灯が、まだ、いくつも揺れていた。眠らない街の、ざわめきが、遠く聞こえる。その向こうのどこかに、探している相手が、いる。
解析は、一拍置いて、言った。
解析:「……現在、訴訟中です」
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【第73話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・変動なし(戦闘・解体・新しい料理の発見はなし。情報収集の一日)
▼ 本話の収支
・収入:なし(本話は屋台を出さず、聞き込み中心)
・支出:王都の宿(三人・一泊)=180枚(地方より割高)
・本話終了時手持ち:16,291枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・消費:屋台の串を数本(聞き込みの場で購入・少額のため手持ちの端数で処理)
・残:ツノヒツジのロース・モモ・肩・スネ・心臓・角・毛皮(羊毛・換金待ち)/イワキバのロース塊/イワドリの砂袋(砂肝)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/セーフゾーンの実
・変動なし:上記以外の持ち物
・※王都の買取所・競売場の利用は、まだ。換金は落ち着いてから
▼ 本話の出来事
・街道を抜け、丘の上からエルディア王都を初めて目にする。地平を覆う城壁と無数の塔。ルカ「うそやん、これが王都……」
・ギルドカードで入場(入場の銭は不要)。リリアが大門を見上げる横顔が、いつもより硬い
・目抜き通りの雑踏。多種族・多身分が一つの通りに混ざり合う。フィンが人混みに戸惑って肩へよじ登る→屋台の匂いで持ち直し、串焼きへぐいぐい首を伸ばす→ルカも我に返ってつられる
・ヨーヘイが料理人の目で王都を測る。香辛料の山、見たことのない海の魚=呑み込む物と人の桁違いさ
・教会の鐘が鳴る→リリアが足を止め、胸元の聖印を握って外套の内へ隠す(無言)
・人の海の中で、追っ手の気配はもう、たどれない
・宿を取り、ヨーヘイが屋台・市場・宿の賄いから「腕は本物の変わった調合師」「今はいろいろあるらしい」の噂を、飯の話の延長で拾う=ベルネでギルダが言った人物と一致する手応え
・ルカの治療への道が、初めて入口の前に立つ
・夜、解析が断片を照合→「調合師の名前、聞きました」→ヨーヘイ「誰ですか」→解析「現在、訴訟中です」
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
着きました。王都です。話には聞いていましたが、あんなものだとは、思っていませんでした。門の前で、ルカが口を開けたまま固まっていました。私も、人のことは言えません。あれだけの人と、物が、一つの街に流れ込んでいる。市場を見ただけで、めまいがしそうでした。
フィンが、人混みを怖がっていました。あんなに頼りになるやつが、です。それが、串焼きの匂いひとつで、立ち直りました。あいつの、ああいうところが、私は、嫌いではありません。
リリアさんが、鐘の音に、足を止めました。胸の印を、隠すようにして。あの夜のことと、関係があるんでしょう。訊きませんでした。話してくれるときが、来たら、聞きます。
調合師の噂を、拾いました。腕は本物で、変わった人で、今は、何か面倒を抱えているらしい。ベルネで聞いた人物と、同じだと思います。ようやく、入口の前まで、来ました。ルカの病に、治る道がつきます。そう思った矢先に、解析さんが、妙なことを言いました。その調合師は、今、訴訟中だ、と。……どういうことなのか、明日、確かめます。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




