第72話 追っ手が、動いた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 来ない圧
翌日から、フィンが、警戒を解かなくなった。
幌の上で、進む方向ではなく、絶えず背後の街道へ鼻先を向けている。耳は、ずっと立ったままだった。荷台のルカも、リリアも、それに気づいていた。気づかないふりをして、いつもより少しだけ、口数が減っていた。
ヨーヘイ:(解析さん。……どうですか)
解析:「……気配は、まだ消えません。距離を、保っています。……間合いを、計っているように見えます」
間合い、という言葉が、料理人の背筋を、ひやりと撫でた。それは、こちらが知っている言葉だった。獲物に踏み込む前の、あの、息を殺した時間。今は、自分たちが、その逆の側にいる。
ヨーヘイは、御者台から、それとなく後ろを見た。街道には、いくつもの旅人の姿がある。荷馬車。徒歩の巡礼者。馬を引く商人。そのどれもが、ただの旅人に見えた。だが、その中の一つが、ずっと、同じ距離を保って付いてきているのだとしたら。見分ける術は、ヨーヘイには、なかった。フィンの鼻と、解析の感知だけが、それを知っている。
ルカ:「……なあ、料理人。気のせいやんな。なんか、ずっと見られてる気ぃするの」
ヨーヘイ:「……気のせいだ。前を向いてろ」
嘘だった。ルカも、たぶん、分かっていた。それでも、ヨーヘイの嘘に、こくりと頷いた。怖がらせて、いいことは、何もない。王都までは、あと一日。あと一日、何事もなければ。
そう思うこと自体が、虫が良すぎるのだと、心のどこかで分かっていた。
カゼだけが、いつもと変わらぬ足取りで、荷台を引いていた。馬は、人の不安を、知らない。その規則正しい蹄の音だけが、張り詰めた一行の、ささやかな救いだった。
◆ 火を囲む
その日の夕方も、街道沿いの野営地で、火を熾した。
羊の残りを串に刺し、炭にかざす。脂が落ちて、炎が立つ。香ばしい匂いが流れても、今夜は、いつもの賑わいにはならなかった。仲間の箸が、進まない。
ヨーヘイ:「食うときは、食べないと駄目ですよ。……特に、こういう夜は」
リリア:「……はい」
ルカが、串を一本かじって、無理に笑った。
ルカ:「……なあ、もし、ほんまに誰か来たら、うち、足だけは速いで。逃げ足は、里でも一番やってん」
ヨーヘイ:「逃げなくていいです。……おれと、リリアさんと、フィンがいます。ルカは、自分の身を守ることだけ、考えてください」
ルカは、何か言い返そうとして、やめた。串を、もう一度、小さくかじった。
リリアは、串を一本、手に取った。けれど、口に運ぶ手が、わずかに強張っている。ルカは、いつもの軽口を二つ三つ叩いたが、語尾が、空回りしていた。
ヨーヘイ内心:(怖がっている人間ほど、温かい物を食べないといけない。……店でも、こういう日が、あるんだろうな)
ヨーヘイは、焼けた一切れを、リリアの皿に、それからルカの皿に、黙って置いた。味の話は、しなかった。ただ、手を動かし続けた。火のそばにいる、というだけのことを、続けた。
フィンが、ふいに、立ち上がった。
火を背にして、闇の一点を、見据えている。低い、唸り。喉の奥から、絞り出すような。
ヨーヘイの手が、串を置いた。
◆ 闇から
それは、火の届かない、闇の側から来た。
空気が、鳴った。風を切る、鋭い音。ヨーヘイが身を沈めた、その頭の上を、何かが掠めて通り過ぎる。短い投擲の刃が、背後の地面に、深く突き立った。
もし、フィンが唸っていなければ。もし、その唸りに、体が先に反応していなければ。あの刃は、今ごろ、ヨーヘイの後頭部に、生えていた。背筋を、冷たい汗が、つたう。
闇から、いくつもの影が、音もなく滑り出てくる。フードを目深にかぶり、顔は見えない。名乗りもしない。ただ、手にした刃だけが、火明かりを、ぬらりと弾いた。
数えている暇は、なかった。四人か、五人か。闇の中で、影が、揺れている。足音が、ほとんどしない。野盗の類いではなかった。最初から、ヨーヘイたちを、殺すために来た者たちの動きだった。
ルカ:「ひっ……!」
刺客の一人が、ルカへ向かって、低く踏み込んだ。速い。
そのときだった。
ルカが、自分でも分からないという顔で、横へ転がった。刃が、たった今までルカの首があった高さを、空を切って薙いだ。
ルカ:「……っ、なんで、うち……今、『右、来る』って……声が、頭の中で……!」
ヨーヘイ:「考えるな! 動け!」
聞こえたことには、触れなかった。今は、それどころではなかった。それに――認めるわけには、いかなかった。あの声が何なのか、いつか、ルカに話す日が来るのかもしれない。だが、それは、今夜では、なかった。
ヨーヘイは、地を蹴った。《瞬歩》。視界が滑り、ルカに迫った刺客の、その横へ回り込む。料理人の目が、相手の重心を読んだ。踏み込みすぎた前足。崩れた体勢。隙は、そこにあった。左右の中剣が、すれ違う。手応えがあり、影が一つ、地に沈んだ。
間を置かず、二人目が、横合いから斬りかかってきた。ヨーヘイは、半歩だけ退いて、刃をやり過ごす。相手の腕の、伸びきる先を、目が測っていた。どこまで届くか。どこで止まるか。肉を捌くときと、同じだった。骨と関節の動く範囲を読めば、刃の通る線は、おのずと見える。伸びきった腕の内側へ、踏み込んだ。柄頭を、相手の鳩尾へ叩き込む。息の詰まる音がして、二人目が、膝をついた。
だが、数が多い。三人目、四人目と、闇から湧く。リリアとフィンへ、刃が殺到する。フィンが牙を剥いて飛びかかり、一人の腕に食らいついたが、別の一本が、リリアの背へ、振り下ろされようとしていた。
ヨーヘイ:「リリアさん――!」
間に合わない。
その刹那、リリアが、振り向きざまに、手をかざした。
白い光が、爆ぜた。
夜が、昼になった。野営地が、街道が、一瞬、真昼のように白く染まる。聖なる光の奔流が、振り下ろされかけた刃ごと、刺客たちを、後ろへ吹き飛ばした。魔物に向けてきたその光が、いま初めて、人へ向けられていた。
リリアの顔に、戦いの気迫は、なかった。あったのは、怯えに近い、ためらいだった。これは、本来、魔物を祓うための力だ。人へ向けて、いいものなのか。許されるのか。その問いに自分で答えを出すより先に、体のほうが、仲間を守るために、動いてしまっていた。手のひらから光が放たれるその一瞬、彼女は確かに、息を呑んでいた。
光は、刃のように鋭くは、なかった。むしろ、温かかった。けれど、その温かさが、闇に潜む者たちには、灼けるように届いたらしい。光に触れた刺客が、低く呻いて、顔を背ける。聖なるものは、悪意を、嫌う。リリアの掲げた手のひらから、その光は、惜しみなく、夜へ溢れ続けた。
光が引いたあと、リリアの手は、震えていた。息が、乱れている。魔物にではなく、人にこれを向けたという事実が、いまになって、彼女の指先に降りてきていた。自分のしたことに、自分で、まだ追いついていない顔だった。
刺客たちは、たたらを踏んで、後退した。深追いはしてこない。互いに、目配せのような気配を交わすと、来たときと同じ、音のない動きで、闇へ、退いていく。一人が腕を押さえ、引きずられるように、最後に消えた。
あとには、踏み荒らされた草と、突き立ったままの投擲の刃と、まだ燃えている野営の火だけが、残った。ヨーヘイは、荒い息のまま、しばらく、闇の方を睨んでいた。いつまた、あの闇が動き出すか、分からなかった。
誰も、一言も、発しなかった。何者なのか。誰に頼まれたのか。何も、残していかなかった。
ヨーヘイ:(解析さん。追うべきですか)
解析:「……一名、深手を負わせました。ですが、追跡は、危険です。……闇の中で、数の不利は、覆りません。……退いた相手を、追うべきでは、ありません」
ヨーヘイは、剣を、鞘へ戻した。手の中に、勝った、という実感は、なかった。
◆ 夜が明ける前
火を、絶やさないようにした。
誰も、もう、眠れそうになかった。撃退した。確かに、撃退した。なのに、夜の闇が、さっきより、ずっと濃くなっていた。
ヨーヘイ内心:(誰だ。……なんで、おれたちを。いや――おれたちの、誰を)
料理人を、狙う理由は、ない。屋台の売り上げなど、たかが知れている。では、ルカか。リリアか。考えても、答えは出なかった。ただ、ひとつだけ、確かなことがあった。あれは、行きずりの強盗ではない。明確な意志を持って、自分たちの誰かを、狙ってきた。その事実だけが、闇の中に、重く残った。
守れた。仲間は、無事だった。
ヨーヘイ内心:(……守れた。蓮。おれは、こっちで、“守る側”を、やっているんだ)
ルカは、まだ、自分の手のひらを、見つめていた。あの声のことを、聞きたそうにして、けれど、聞かなかった。ヨーヘイも、何も言わなかった。
リリアが、火のそばで、膝を抱えていた。震えは、もう止まっていた。けれど、その横顔は、いつものリリアではなかった。
戦いの恐怖とは、別のものが、その顔には、あった。何かを、ずっと言うべきか迷ってきた人の顔。背負ってきたものを、ここで初めて、少しだけ下ろそうとする人の、顔だった。
しばらく、誰も口を開かない時間が、流れた。
やがて、リリアが、ぽつりと言った。
リリア:「……ヨーヘイさん。ひとつ、お伝えしておくことが、あります」
ヨーヘイ:「……なんですか」
リリア:「……これから向かう王都は。……ノクス家と、関係がある場所です」
ノクス家。聞いたことのない名だった。貴族の家名だろうか。それとも、もっと別の、何かなのか。リリアの口ぶりには、ただの地名を告げる以上の、重さがあった。
ヨーヘイ:(……ノクス家。それは、知らなかった)
リリアは、それ以上、何も説明しなかった。ただ、立ち上がり、王都のある、西の方角を見た。
夜明け前の、藍色の空。その下に、まだ見えない大きな街がある。リリアの目は、その方角を、じっと見ていた。
いつもの、静かなリリアの目とは、どこか、違っていた。
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【第72話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(対人の実戦・据え置き/HP・MPの希望増分があれば調整可) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv2 25→26/100(夜襲での回り込みで微増)
・《二刀流》Lv1 34→35/100(対人戦で微増)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし(緊張のため屋台は仲間の食事のみ)
・支出:野営のため宿代なし
・本話終了時手持ち:16,471枚(銅貨・変動なし)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・消費:ツノヒツジの串(夕餉に少量)
・残:ツノヒツジのロース・モモ・肩・スネ・心臓・角・毛皮(羊毛・換金待ち)/イワキバのロース塊/イワドリの砂袋(砂肝)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/セーフゾーンの実
・変動なし:上記以外の持ち物
・※襲撃者の遺留品は取っていない(深追い・身ぐるみは避けた)
▼ 本話の出来事
・追っ手の気配が消えないまま、緊張した道中。フィンが背後への警戒を解かない。解析「間合いを計っているように見えます」
・夕方の野営。緊張で箸の進まない仲間に、ヨーヘイが黙って一皿を出し続ける→フィンが闇の一点を見据えて唸る
・夜、フードで顔を隠した複数の刺客が闇から襲撃=追っ手が初めて実体を動かす。名乗らず、依頼主も明かさない
・生死の頂点で、ルカが頭の中に短い声を聞き(「右、来る」)とっさに転がって難を逃れる→ヨーヘイは触れず「考えるな、動け」。ヨーヘイが料理人の目で相手の重心の隙を読み《瞬歩》《二刀流》で応戦
・リリアの背に刃が迫った瞬間、リリアの聖属性が炸裂=街道が白く染まり刺客を吹き飛ばす(魔物ではなく人へ向けた初の発動・手が震える)。フィンも刃から仲間を庇う
・刺客は深追いせず闇へ退く(一名に深手)。解析「追跡は危険」=追わず。正体・依頼主は不明のまま
・撃退後の静寂。リリア「これから向かう王都は……ノクス家と、関係がある場所です」→ヨーヘイ(それは知らなかった)→リリアが王都の方角を見る。その目が、いつもと違った
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
来ました。気配だけだったものが、とうとう、手を出してきました。顔は、見えませんでした。名乗りもしませんでした。誰に頼まれたのかも、何も。撃退はしました。でも、勝った気が、しないんです。倒したはずなのに、夜が、前より濃くなりました。何が起きているのか、私には、まだ何も、見えていません。
ルカが、戦いの最中に、声を聞いたと言いました。私は、何も答えませんでした。今は、それでいいと思っています。あの子を、これ以上、怖がらせたくありませんでした。
リリアさんが、人に向けて、あの光を使いました。魔物にしか向けたことのなかった光です。使ったあとの、あの人の震えた手を、私は見ました。守ってくれたんです。自分が怖いのに、私たちを。
それから、リリアさんが、王都の名前と一緒に、聞いたことのない家の名前を口にしました。ノクス家。あの人が、あんな目で西を見るのを、私は初めて見ました。……王都には、何かがある。料理だけ作って、通り過ぎられる場所では、なさそうです。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




