第71話 街道が、続く。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
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ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 広くなる道
ベルネを出ると、道が、目に見えて広くなった。
轍は深く、いくつもの車輪に踏み固められている。すれ違う馬車も増えていく。荷を山と積んだ商隊、土埃を上げて駆け抜ける早馬、杖をついた巡礼者。誰もが、同じ方角――西の、王都の方へ向かっていた。カゼの引く荷台は、その流れに、静かに混じった。
街道沿いには、見慣れぬものが増えていた。荷馬車の列をあてこんだ、簡素な茶屋。早馬を乗り継ぐための、駅。物乞いの姿も、村では見なかった数だった。人が増えれば、いいものも、悪いものも、増える。都が近い、というのは、そういうことらしかった。
ヨーヘイ内心:(道がだんだん太くなる。……蓮、おれは今、でかい街へ向かっている。土産話が、また一つ、増える)
御者台で、ヨーヘイは、ゆうべの言葉を懐に転がしていた。最初のひと言だけは、間違えないで――ギルダは、それ以上は、教えてくれなかった。何を言えばいいのか。何を言えば、いけないのか。答えの出ない忠告だけが、王都へ続く道を、一緒に進んでいく。
厄介な人間だ、と、あの鍛冶の老人は言った。変わった人だけど腕は本物、と、ベルネの妹弟子は言った。会う前から、評判ばかりが、先に立つ。そういう相手は、料理の世界にも、いる。気難しい仕入れ先。機嫌ひとつで、暖簾をくぐらせてもらえない、頑固な生産者。……たぶん、似たようなものなのだろう。ヨーヘイは、ひとまず、そう思っておくことにした。
ふいに、幌の上のフィンが、足を止めた。
進む方向ではなく、来た道の方へ、鼻先を向けている。耳が、ぴくりと動いた。
ヨーヘイ:(解析さん。……どうかしましたか)
解析:「…………いいえ。気のせい、かもしれません」
短い間があった。それきり、フィンも、また前を向いた。ヨーヘイは、その間の長さだけを、頭の隅に、覚えておくことにした。
解析:「……王都までは、街道を数日です。道なりに、進めます」
ルカが、荷台で、大きく伸びをした。
ルカ:「数日かぁ。……なあ、その間ずっと干し肉とパンて、さすがに飽きるで、うち」
ヨーヘイ:「道中で、何か獲れたらええんですけどね」
◆ 草原の角
それは、昼を過ぎた頃だった。
街道の脇に、丈の高い草の原が広がっていた。風が渡るたび、草が銀色に波打つ。その波の中から、ぬっと、いくつもの大きな影が立ち上がった。
羊だった。ただし、ヨーヘイの腰を越える体躯に、ぐるりと太く巻いた角を戴いている。縮れた厚い毛が、全身を覆っていた。先頭の一頭――角のいちばん立派な雄が、黒く濡れた目で、街道のこちらを、じっと見ている。
解析:「……ツノヒツジ。Eグレード。可食です。……群れの雄は、縄張りに入った者へ、角で突進します。当たれば、ただでは済みません」
言い終わるより早く、その巨体が、地を蹴った。
速い。草を裂いて、まっすぐ突っ込んでくる。角の先が、陽を弾いて光った。
ヨーヘイは、御者台から飛び降りざまに、《瞬歩》を踏んだ。視界が、一瞬、横へ滑る。突進の風圧が、すぐ脇を通り過ぎていった。草の青い匂いと、獣の熱が、頬を撫でる。羊の巨体は、たった今まで自分が立っていた場所を、突き抜けていた。
巨体は、急には止まれない。突進の勢いを殺し、向きを変えようと、雄が四肢を踏ん張る。土と、めくれた草の根が、宙に舞った。その一瞬の硬直を、ヨーヘイは見ていた。料理人の目は、肉の動きを読む。どこで止まるか。どこで、隙ができるか。
踏み込む。左右の中剣を、もう抜いていた。狙うのは、太い首の、脈の通る一点。二本の刃が、獣の首の左右から、交差するように、すれ違った。手応えは、重く、そして、短かった。
どう、と。
草を巻き込んで、角羊が倒れた。脚が二度、宙を掻いて、止まる。残りの群れは、土埃を上げて、草の奥へ散っていった。
ルカ:「……あいかわらず、容赦ないなあ、料理人」
ヨーヘイ:「獲物は、苦しませません。それが、礼儀です」
◆ 血と赤身
ヨーヘイは、倒れた羊に歩み寄り、まず、頸の傷へ手をやった。まだ温かい。脈は、もう打っていない。すぐに血を抜かねばならなかった。獣の肉は、ここで決まる。
後ろ脚を縛って木の枝に高く吊り、頸を深く切り開いて、残った血を一気に流す。湯気を立てる赤い血が、草の上に、じわりと広がった。鉄の匂いが、むっと立ちのぼる。フィンが、その匂いに、鼻をひくつかせた。
血は、命の温度を、抜いていく。生き物が、獲物に、そして食材へと変わっていく時間だった。ヨーヘイは、その流れを、急かさずに見届ける。きちんと抜けた血の分だけ、肉から血の臭みが抜けていく。雑にやれば、せっかくの肉が、生臭くなって台無しになる。狩りの腕ではなく、ここから先が、料理人の領分だった。
血が抜けきると、皮を剥ぎにかかった。脚の付け根から刃を入れ、薄い膜を切りながら、縮れた厚い毛皮と肉の間を、指で押し開くように外していく。たっぷりと毛を蓄えた皮が、めりめりと重い音を立てて剥がれ、下から、湯気を上げる肉体が現れた。
腹を割く。内臓を、傷つけないよう、両手で支えながら取り出していった。胃や腸は、食んだ草の、青い匂いがした。心臓は、握りこぶしより大きく、暗く張りつめている。これは、串で焼ける。肝も、血の管を外せば、使えるだろう。
部位を、分けていく。背に沿った長い肉――ロース。よく動いた後ろ脚――モモ。よく筋を使った肩。脂の乗った腹――バラ。固く筋張ったスネは、煮込み向きだ。切り分けた肉は、赤身の間に、白い脂が、網のように細かく差していた。
手は、とうに血で濡れていた。爪の間に、こってりとした脂が入り込む。冷たくなっていく肉の感触が、手のひらに残る。けれど、不思議と、嫌ではなかった。これは、いつか誰かの腹を満たすための、最初の手間だった。
ヨーヘイは、バラの端を指でつまみ、鼻先へ近づけた。脂の匂いが、つんと、鼻を突く。羊らしい、独特の癖だった。
ヨーヘイ内心:(……この、脂の香りだ。嫌う人は、とことん嫌う。けど、これは、消すんじゃない。火で炙って、甘い方へ連れていったら、こいつは、化ける)
◆ 火の周り
その日の夕方、街道沿いの、開けた野営地に着いた。
いくつもの焚き火が、点々と灯っている。王都を目指す旅人たちの、夜のねぐらだった。ヨーヘイは、その一角に七輪を据え、炭を熾した。
羊のロースとバラを、ほどよい厚さに削ぐ。強めの炭火に、かざした。脂が、じゅっと音を立てて炭に落ち、ぱっと炎が立つ。その炎に炙られて、さっきまで鼻を突いた癖のある匂いが、香ばしく、甘い香りへと変わっていく。塩は、薄く。羊の脂は、焦がしすぎると、しつこくなる。縁がちりちりと縮れた、その一瞬で、網から上げた。
焼けた一切れを、ヨーヘイは、まず自分の口に入れた。噛むと、乗った脂が、じゅわりと溶ける。それでいて、火が癖を抜いた分、後を引くしつこさはない。あれだけ鼻を突いた匂いは、もう、甘い旨味の輪郭に、変わっていた。
血の処理ひとつで、ここまで変わる。狩りたての肉は、扱いを誤れば、ただの生臭い塊だ。それを、旅の途中の、たった一本の七輪で、人が銭を払う一皿に変える。ヨーヘイは、その手応えを、静かに噛みしめた。
近くの焚き火から、一人の旅人が、匂いに誘われて、近づいてきた。
旅人:「……兄さん。それ、売りもんかい」
ヨーヘイ:「銅貨二枚で。羊のロースです」
一切れ食べた旅人が、足を止めた。それから、自分の連れを、手招きする。連れが来て、また一人、誰かを呼ぶ。気づけば、ヨーヘイの七輪の周りには、いくつもの顔が、火に照らされて並んでいた。
銅貨が、手のひらに、次々と乗っていく。削いだロースは、みるみる減っていった。モモも、串に刺して焼けば、これはこれでいける。ヨーヘイの手は、止まらない。火を熾し、肉を削ぎ、塩を振り、焼いては配る。野営地の一角が、いつのまにか、小さな店のようになっていた。
ルカ:「……うわ、羊くさっ。……って思ったら、うまっ。なんやのこれ」
リリア:「……あの癖のある脂を、火で、甘くしていましたから」
リリアは、解体の跡が残る草地に、そっと手をかざした。淡い、白い光が、こぼれる。地面に残った血の匂いが、すうっと薄れていった。穢れを払う、巡礼の習いだった。
ヨーヘイ内心:(旅の道で出した一皿が、見ず知らずの誰かの足を止める。……店というのは、こういうことの、続きなんだろうな)
その夜、火の周りでは、「西へ行くなら、羊を焼く屋台があるらしい」という話が、旅人から旅人へ、低く、伝わっていった。
それから、街道を、三日進んだ。
野営のたびに、羊の残りや、道中で獲れたものを焼いた。そのたびに、火の周りには、人が集まる。評判は、旅人の足より少し速く、西へ西へと、流れていくようだった。順調だった。あまりにも、順調だった。
◆ 夜営
三日目の夜が更けて、火を落とした。
旅人たちの焚き火も、一つ、また一つと、消えていく。荷台の陰で、ルカが寝息を立て始めた。リリアは、夜営の小さな灯りに、淡い聖属性の光をひとつ添えてから、目を閉じた。守りの、灯りだった。
ヨーヘイが、最後の片付けをしていた、そのときだった。
フィンが、低く、唸った。
ぐるる、と、喉の奥で。毛を逆立てて、ある一点を見ている。来た道の、闇の方を。やがて、ゆっくりと、耳を立てた。
ヨーヘイは、片付けの手を止めた。フィンが、こういう唸り方をするのを、何度か見ている。魔物が近いとき。剣呑な相手が、潜んでいるとき。だが、今は、それとも、少し違った。フィンは、唸りながらも、襲いかかる構えではない。ただ、じっと、闇の奥を、見据えている。何かが、そこに、いる。
ヨーヘイ:(解析さん)
解析:「……気配があります」
その声に、いつもの呑気さは、なかった。
解析:「……三日前と、同じ匂いです」
ヨーヘイの手が、止まった。
ヨーヘイ内心:(……また、来た)
昼の街道で、フィンが一度だけ足を止めた、あの間。気のせいかもしれない、と流した、あの匂い。流していなかったのは、フィンと、解析だけだった。
フィンが、すっくと立ち上がり、後ろを向いた。
闇は、何も、答えなかった。
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【第71話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(格上ではないため据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《解体》Lv3 14→15/100(厚い毛皮を持つ中型四足獣の超厚解体で微増)
・《瞬歩》Lv2 24→25/100(突進回避の側面取りで微増)
・《料理》Lv2 95→96/100(羊の脂の扱い=癖を火で甘く活かす調理で微増)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:
- 羊のロースの屋台(街道の野営地・旅人へ):銅貨80枚
・支出:
- 野営のため宿代なし(食材は自給)
・本話終了時手持ち:16,471枚(銅貨)=前話16,391枚+80枚(≒¥164.7万)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・追加:ツノヒツジのロース・モモ・肩・バラ・スネ・心臓/角・毛皮(羊毛・換金待ち)
・消費:ツノヒツジのロース・バラ(屋台で一部)
・残:イワキバのロース塊(残)/イワドリの砂袋(砂肝)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/セーフゾーンの実
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・ベルネを発ち、王都への街道へ。道は広くなり、人馬の往来が増える(王都が近い)
・道中、フィンが一度だけ来た道を振り返る→解析「気のせいかもしれません」で流す
・街道脇の草原でツノヒツジ(角羊・Eグレード)の群れと遭遇。雄の突進を《瞬歩》で側面にかわし、《二刀流》で頸を断つ
・超厚解体(血抜き→厚い毛皮を剥ぐ→内臓→部位分け)。赤身に白い脂が網目に差した肉(ロース・モモ・肩・バラ・スネ・心臓)。羊特有の癖のある脂は、火で炙ると甘い旨味へ変わる
・街道の野営地で羊のロースとバラを薄塩・強火で焼く→脂が炭に落ちて炎が立ち、癖が甘い香りに変わる→旅人が一人、二人と集まり、「西へ行くなら羊を焼く屋台がある」の口コミが旅人の間に広がり始める
・ルカ「羊くさっ……でもうまっ」。リリアが解体の血の匂いを聖属性で清める
・夜営。火を落とした夜、フィンが低く唸り、耳を立てて後ろを向く→解析「気配があります。三日前と同じ匂いです」→(また来た)。昼に流した匂いと、同じだった
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
道が、太くなってきました。すれ違う人も、馬車も、増える一方です。王都が、近いんですね。……ギルダさんの言葉は、まだ、懐の中です。最初のひと言を、間違えるな。何を言えばいいのか、私には、まだ分かりません。会えば、分かるんでしょうか。
角羊を、いただきました。脂に、独特の癖のある肉でした。嫌う人は、嫌うでしょう。けれど、その癖は、消すものではありませんでした。血をきちんと抜いて、強い火で脂を炙ってやると、つんとした匂いが、甘い香りへ変わるんです。癖を、敵にせず、旨味の方へ連れていく。あの瞬間が、私は、好きです。狩った獲物を、食える一皿に変える。料理人にできるのは、たぶん、そこです。
火の周りに、人が集まりました。一人が足を止めて、連れを呼んで、また一人。気づけば、知らない顔が、並んでいました。旅の途中の、名前も知らない人たちの、腹を温める。……いつか持つ店も、こういうことの、続きなんだと思います。
それから、最後に。フィンが、後ろを向きました。三日前と同じ匂いだ、とあなたは言いました。昼に、気のせいかもしれない、と流した、あれです。流していなかったのは、フィンと、あなただけでした。……次の夜は、火の番を、増やします。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




