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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
4章 「帰れるのに、帰らない。」

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第70話 ギルダが、泣いた。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 夜明け前の槌の音



 夜が明けきる前から、村外れで槌の音が鳴っていた。


 かん、かん、と。昨日よりも、ずいぶん早い時刻だった。ヨーヘイは宿の前で荷を積む手を止めて、音のする方を一度だけ見た。あの石造りの工房の戸は、まだ閉じたままだろう。昨夜、あの戸の向こうへ消えていった「もういい」の続きは、結局、聞けなかった。代わりに、夜明け前の鉄を打つ音だけが、こうして返ってくる。


ヨーヘイ内心:(言いそびれた言葉は、音になるんだな。……蓮。おれのぶんは、土産話に利子つけて返すから、もうちょっとだけ待っていろ)


 カゼが、荷台を引いて、ゆっくりと歩き出した。留め具の効いた荷台は、暗い石畳の上でも、軽く鳴る。荷台の上では、ルカがまだ半分眠った顔で膝を抱えていた。リリアが、その肩に薄い毛布を掛け直す。フィンは幌の上で、進む方角へ鼻先を向けて、しゃんと座っていた。


ヨーヘイ:(解析さん。ベルネまでは、どのくらいですか)


解析:「……半日です。西の街道を、そのまま下ります」


 槌の音は、街道の角を曲がるまで、背中に聞こえていた。ヨーヘイは、振り返らなかった。



◆ 武具商通り



 昼前に、ベルネの門をくぐった。


 武具商通りは、相変わらず金物の匂いと、鞴の風の音で満ちていた。その通りのいちばん奥、ひときわ小さくて目立たない工房の戸を、ヨーヘイは押した。


 顔より大きなメガネが、すぐにこちらを向いた。


ギルダ:「あ、いらっしゃ——あ! 七輪の人! 久しぶり、っていうか、え、その中剣まだ使ってる? ちょっと見せて、刃、どうなってるか気になる——研ぎ、誰に出した? まさか自分で? 自分でやったなら筋を見たいんだけど」


 言葉が、止まらない。ヨーヘイが口を挟む隙もなく、ギルダは作業台から身を乗り出してくる。


ヨーヘイ:「ギルダさん」


ギルダ:「うん、何、どれから話す?」


ヨーヘイ:「……ダマスさんの、ことです」


 名前を出した途端、ギルダの動きが、止まった。


 メガネの奥の目が、こちらを見ている。乗り出していた身体が、ゆっくりと、作業台の上へ戻っていく。


ギルダ:「……師匠の、こと」


ヨーヘイ:「はい」



◆ 工房



 ヨーヘイは、順を追って話した。


 鉱山で、騒ぎがあったこと。その底まで降りたこと。誰にも開けられなかった岩の奥に、人がいたこと。それが、数年前に山へ消えたきりだった、ダマスその人だったこと。


 ギルダは、いつもの早口を一度も挟まずに、聞いていた。作業台に両手をついて、身じろぎもせず、ただメガネの奥でヨーヘイの口元を見ている。話が鉱山の底へ近づくほど、台についた指の関節が、白くなっていくのが分かった。


ヨーヘイ:「生きておられました。鉱山の底の、水の湧く場所で。岩鳥を狩って、湧き水で、ずっと。……いまは、ふもとの街の宿で、体を戻しています」


 ギルダは、何も言わなかった。メガネの奥で、目を見開いたまま、瞬きもしない。


ヨーヘイ:「体が戻ったら、自分の工房に帰って、炉に火を入れ直す、と。……それと、これを」


 懐の布包みから、残りの一通を取り出す。両手で差し出すと、ギルダはそれを受け取って——封を切ろうとして、指が震えて、切れなかった。


 鋼を相手にすれば、髪の毛一本の狂いもないはずの指だった。その指が、紙一枚を、開けられずにいる。


 リリアが、黙って手を添えた。封の端を、そっと押さえる。


 ギルダは、読み始めた。一行目で、もう、目のふちが光っていた。読み進むにつれて、肩が小さく揺れる。メガネが、内側から白く曇っていく。


ギルダ:「……師匠! 生きてた! よかった! ……っ、あとで、絶対、怒るから!」


 手紙を握ったまま、その場にしゃがみ込んだ。曇ったメガネを外して、袖でぐいと拭って、また掛けて、それでもまた曇る。


 ルカが、何か言いかけて——やめた。この通りで初めてこの鍛冶師に会った日、ずり落ちたメガネの下の素顔を見て大騒ぎした口が、今日は、静かに閉じていた。


 しゃがみ込んだギルダの膝に、フィンが、そっとあごを載せた。ギルダは泣きながら、片手をフィンの頭に置いて、そのまま、しばらく動かなかった。


 フィンは、鳴かなかった。あごの重みと、体の熱だけを、泣いている人の膝に預けていた。ヨーヘイは、その光景を黙って見ていた。昨夜、戸の向こうで黙り込んだ太い背中を、思い出していた。言葉にしなかった兄と、言葉が溢れて止まらない妹。同じ師匠の、同じ報せだった。それが、こうも違う形で出てくる。


 手紙の中身を、ギルダは一行だけ、声に出した。


ギルダ:「……『来るな、仕事をしろ』だって。……ひどくない? 数年ぶりに生きてるって分かって、弟子に宛てた最初の一行が、それ。……ひどい。ひどいんだけど……さ……」


 あとは、続かなかった。


 ヨーヘイは、あの宿の卓を思い出していた。鋼の前なら迷わないはずの手が、紙の上では何度も止まっていた。書き損じは一枚もなく、丸めかけた紙さえ、最後には皺を伸ばして書き上げていた。あの不器用な一通が、いま、こうして読まれている。届けた甲斐は、あった。



◆ 炉の脇



 ひとしきり泣いて、ギルダはようやく顔を上げた。目も、鼻のあたりも、赤い。


ギルダ:「……で、ドンネには? もう行ったの、先に」


ヨーヘイ:「はい。ファスト村に寄って、先に一通、渡してきました」


ギルダ:「ドンネ、なんて言った」


ヨーヘイ:「……もういい、と」


 ギルダは、少しのあいだ黙って、それから、ふ、と笑った。笑って、また少し、泣いた。


ギルダ:「…………らしいなあ。あいつ、ほんと、そういうとこ」


 兄弟子のことを話すギルダの声は、泣いたあとなのに、どこか柔らかかった。十年口を利かない兄と、十年口の止まらない妹。炉の前で年中ぶつかっていたのだと、いつか聞いた覚えがある。その片割れが、いま、ヨーヘイの目の前で、笑いながら洟をすすっている。


 ヨーヘイは、鉱山で持ち帰ったものの話をした。岩のいちばん奥から覗いていた、見たことのない鉱石。それをドンネに見せたら、預かると言われたこと。


ギルダ:「え、鉱石? どんなやつ。色は、重さは——あ、ちょっと待って」


 ぶつぶつと、小声が始まる。「……奥のいちばん深いとこで出たってことは……ドンネがその場で手元に置いたなら……」周りには丸聞こえだが、本人は気づいていない。やがて顔を上げて、結論から言った。


ギルダ:「——その手の素材はね、打ち手を選ぶの。武器って、使い手と一緒に育つから。いま無理に打ったら、たぶん、刃のほうに振り回される。ドンネが預かるって言ったなら、それで正解。あいつ、口は重いけど、目だけは確かだから」


ヨーヘイ内心:(……三人目だ)


 誰が一人目で、二人目だったか、は、言わなかった。


 ギルダの目が、ヨーヘイの左腰の中剣に留まる。この工房で買った、自分の作った一本だった。


ギルダ:「……うちの子、いい旅してるねえ」


 その一本は、旅の初めに、安く譲り受けた中剣だった。大したことない、と本人が言って手放した品が、鉱山の底まで付き合って、刃こぼれの痕をいくつか残して帰ってきた。ヨーヘイは、鞘の上から、そっと柄を押さえた。


 それだけ言って、ギルダはまた作業台の布で、鼻のあたりを拭った。


 夕方になる前に、リリアが一度、工房を出た。並びの武具商組合に、用があるという。戻ってきたリリアは、ヨーヘイの目を見て、短く首を振った。


リリア:「……まだ、です」


ヨーヘイ:「そうですか」


 それ以上は、聞かなかった。問いを置いた先が、まだ動いていないだけだ。



◆ 炉端



 日が落ちると、ギルダは、工房の炉に残った熱を使えと言った。ヨーヘイは、その脇に七輪を据えた。


 網に並べたのは、砂肝の串だ。鉱山の鳥の砂袋を、中の石を出して洗い、串に刺したもの。串の大きさを揃え、火はやや強めに、塩は薄く。泣いて、味なんてもう分からない口にも、これなら届く。噛めば、歯と耳に、こりこりと返ってくるから。


 炭に脂が落ちて、ちりっと小さく爆ぜる。砂肝の表面が乾いて、縁がきゅっと締まっていく。鉱山の鳥の、鉄気をかすかに含んだ匂いが、鍛冶場の鉄の匂いと、不思議とよく馴染んだ。


ヨーヘイ内心:(泣いている客に出す一皿というのも、店には要るんだろうな)


 ギルダは、泣き腫らした目で、一串をかじった。


ギルダ:「……味、わかんない」


 言いながら、もう一本、手が伸びる。無言で串を取って、口に運ぶ。


ルカ:「食うんかい」


 ギルダは、口に入れたまま、また少し、泣いた。こりこりと、噛む音だけが、律儀に鳴っていた。


 ヨーヘイは、新しい串を網に足した。火加減を見て、塩をひとつまみ。泣いている人の前で手を動かしていると、自分のやることが、ひとつに絞られていく。焼く。食わせる。それだけでよかった。


 ルカが、自分の串を取りながら、ふと言った。


ルカ:「うちな、王都に行くねん。……薬を作れる人が、おるらしくて。うちの病に、効くかもしれんのや」


 ギルダの手が、止まった。


ギルダ:「……王都の、調合師」


ルカ:「知ってんの?」


ギルダ:「……知ってる。変わった人だけど、腕は本物。それだけは、保証する」


 どこで知ったのか、とは言わせない間があった。ギルダは串の脂を指で拭って、ひとことだけ足した。


ギルダ:「職人は、耳が早いから」


 炉の残り火が、ぱちりと、小さく爆ぜた。


 ヨーヘイは、仲間の顔を、順に見た。リリアの目が、頷きを返す。ルカが、息をひとつ吸った。


ヨーヘイ:「……王都へ、行きます」


リリア:「……はい」


ルカ:「行ったことないけど……行くで」


 フィンが、火のそばで「キュウッ!」と鳴いて、すっくと立ち上がった。


解析:「……王都までの行程の、記録を始めます」


 立ち上がりかけた一行を、ギルダが、火の方を見たまま、呼び止めた。


ギルダ:「……ねえ。あの人に会うなら、最初のひと言だけは、間違えないで」


ヨーヘイ:「最初の、ひと言?」



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【第70話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(《料理》Lv2 95/100据え置き/夕餉は手持ちの食材の焼きのため変動なし)


▼ 本話の収支

・収入:なし

・支出:

 - ベルネの宿(並・銅貨30枚/泊×3人×1泊):銅貨90枚

 - 支出合計:銅貨90枚

・本話終了時手持ち:16,391枚(銅貨)=前話16,481枚−90枚(≒¥163.9万)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・渡した:ダマスの手紙(ギルダ宛)→ギルダへ。預かっていた手紙は、これですべて届け終えた

・消費:イワドリの砂袋(砂肝・夕餉の串に一部)

・残:イワキバのロース塊(残)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/セーフゾーンの実

・変動なし:上記以外の持ち物


▼ 本話の出来事

・夜明け前のファスト村を発ち、西の街道を半日。ベルネに到着

・武具商通りの奥、ギルダの工房へ。ギルダは最初、中剣の刃に食いつくが、「ダマスさんのことです」で動きを止める

・ダマスの生存(鉱山の底で数年・いまはふもとの街で養生・体が戻ったら自分の工房に火を入れ直しに帰る)を報告し、ギルダ宛の手紙を渡す

・ギルダは封を切る指が震え、リリアが手を添える。読みながら泣き、「師匠! 生きてた! よかった! ……あとで、絶対、怒るから!」。手紙の一行「来るな、仕事をしろ」を声に出す。フィンが膝にあごを載せる

・ドンネへの報告のこと(「……もういい」)をギルダに伝える→ギルダ「……らしいなあ」と笑って、また泣く

・レア鉱石をドンネが預かった件を話す→ギルダ「その手の素材は打ち手を選ぶ。武器は使い手と一緒に育つ。ドンネが預かったなら正解」。自作の中剣を見て「うちの子、いい旅してるねえ」

・リリアが並びの武具商組合に立ち寄り、戻って「……まだ、です」

・炉端で夕餉(砂肝の串)。泣き腫らしたギルダ「……味、わかんない」と言いながら無言のおかわり。ルカ「食うんかい」

・ルカが王都行きの理由(薬を作れる人がいるらしい)を話す→ギルダ「王都の調合師……知ってる。変わった人だけど、腕は本物」「職人は、耳が早いから」

・末尾=王都行きの合意。ヨーヘイ「王都へ、行きます」→リリア「……はい」→ルカ「行ったことないけど、行くで」→フィン「キュウッ!」。立ち上がりかけた一行に、ギルダ「あの人に会うなら、最初のひと言だけは、間違えないで」→「最初の、ひと言?」


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 届け物の二通目を、渡してきました。ギルダさんは、黙りませんでした。泣いて、叫んで、怒って、笑って、また泣いて。ドンネさんが一言も口にしなかったものを、ギルダさんは全部、声に出していました。同じ報せが、人によって、こうも違う音を立てるんですね。どちらが本当の喜び、ということでもないんでしょう。


 手紙の最初の一行が「来るな、仕事をしろ」だったそうです。ひどい、とギルダさんは怒っていましたが、あれは、喜んでいる顔でした。あの師匠の言葉は、いつも裏返っています。裏返しを正しく読める弟子が、二人もいる。いい炉で、育ったんやと思います。


 鉱石は、ドンネさんが預かりました。打ち手を選ぶ素材だと、ギルダさんも言いました。ドンネさんと、同じことを。……まだ、急ぐな、ということなんでしょう。私には、その早さの意味が、少しずつ分かりかけています。


 泣いている人に、砂肝を焼きました。味は分からん、と言われましたが、手は止まっていませんでした。噛む音だけは、ちゃんと届いていたようです。ああいう一皿も、店には要るんやと思います。味で食わせられん日にも、出せるものを、私は持っておきたい。


 王都へ向かいます。ルカの薬を作れる人が、いるそうです。変わった人だ、とギルダさんも言っていました。会うときの、最初のひと言を、間違えるな、とも。……何を言えばいいのかは、教えてくれませんでした。記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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