第69話 ドンネが、黙った。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 西の街道
車輪の音が、変わらない調子で続いている。
御者台のヨーヘイは、西へ伸びる街道を見ていた。出発の朝の慌ただしさはもう後ろへ流れて、いまは蹄の音と車輪と、荷台の軋みだけが残っている。懐には、二通の手紙。布で包んで、肌身から離していない。
ヨーヘイ:(解析さん。ファスト村まで、どのくらいですか)
解析:「……馬車で、二日です。来た道を、そのまま戻る行程になります」
ヨーヘイ内心:(来た道、か。……行きは、屋台を引いて商売しながらの道やった。帰りは、届け物の道や)
荷台では、ルカが足を投げ出して座っていた。尻尾が荷の縁を、ぱた、ぱた、と叩いている。昨日までと同じ仕草のはずなのに、音が軽い。本人は気づいていないのだろう。リリアがその尻尾を横目で見て、少しだけ目元を緩めた。
ルカ:「なあ、ファスト村て、サーラさんの飯がうまいとこやんな。覚えてるで、うち」
ヨーヘイ:「覚えてるのは飯だけですか」
ルカ:「失礼やな。飯と、風呂桶の場所や」
フィンは幌の上で、進む方向へ鼻先を向けていた。風が毛並みを撫でて流れていく。カゼの足取りは、留め具の効いた荷台を引いて、軽かった。
ヨーヘイは、懐の上から手紙を押さえた。紙の角が、布越しに指へ当たる。
ヨーヘイ内心:(人の手紙は、こうやって運べるんだな。……蓮。お前へのぶんは、おれが自分で持って帰る。土産話に変えて、な)
日が傾くと、街道の脇に火を起こした。残り物のオーク肉を焼いて、汁を作って、一晩。星の数は、行きに見たのと同じだけあった。
翌日も、カゼは同じ調子で歩き続けた。
◆ ファスト村
二日目の夕方、見覚えのある屋根が並びはじめた。
村の門をくぐると、空気の匂いが変わる。土と、藁と、竈の煙。しばらくぶりのはずなのに、体の方が先に思い出していた。
宿の前で、サーラが桶を抱えて立っていた。こちらに気づいて、目を丸くする。
サーラ:「あんたたち! 戻ったの。……で、今日何?」
ヨーヘイ:「今日は、届け物です」
サーラ:「……食えるの、それ」
ヨーヘイ:「食えませんけど、大事なもんです。部屋、あとで頼みます」
サーラ:「はいはい。桶、出しとくよ」
馬車を宿の脇に置き、カゼを頼んでから、三人と一匹は村の外れへ歩いた。
石造りの工房が見えてくる手前から、もう聞こえていた。
かん、かん、と。規則正しい、鉄を打つ音。
ヨーヘイ内心:(……火が、入っとる)
あの山あいの工房は、炉が冷えて、埃をかぶっていた。道具だけが、主を待って並んでいた。ここは違う。煙突から細い煙が立ち、戸の隙間から炉の赤い色が漏れている。
フィンが、誰より先に戸口へ歩いて行った。
◆ 工房の炉
戸を叩くと、槌の音が止んだ。
戸が開く。ドンネが立っていた。煤けたエプロン。赤茶の太い髭。相変わらずヨーヘイの胸までの背丈で、岩のような肩幅をしている。
ドンネ:「……戻ったか」
ヨーヘイ:「はい。……ドンネさん。届け物が、あります」
ドンネは何も聞かず、顎で中を示した。
工房の中は熱かった。炉の火が、奥で静かに息をしている。フィンは迷いもせずにその火の近くまで歩いて行き、床に伏せた。ドンネはそれを見ても、何も言わなかった。
ヨーヘイは、順番に話した。
鉱山であったこと。魔物が湧き続けたこと。下層へ降りたこと。そこで、誰も開けられなかった扉の向こうに、人がいたこと。
ヨーヘイ:「ダマスさんです。……生きておられました」
かん、と。
手の中で遊ばせていた小さな槌が、作業台の上に置かれた。置いたきり、ドンネの手は動かなかった。
ヨーヘイ:「鉱山の底の、水の湧く場所で、数年間。岩鳥の肉と湧き水で、生きておられたそうです。いまは、ふもとの街の宿で体を戻しています。……体が戻ったら、自分の工房に帰って、炉に火を入れ直す、と」
ドンネは、何も言わない。
ヨーヘイは懐から布包みを出し、解いて、一通を両手で差し出した。
ヨーヘイ:「ドンネさん宛てです。ご本人から、預かってきました」
ドンネは手の汚れをエプロンで二度拭ってから、受け取った。
封を切る。炉の火の方へ半歩寄って、立ったまま、読み始めた。
長かった。紙は二枚ほどのはずだった。それをドンネは、ずっと読んでいた。読み終えたはずの間があってからも、畳まなかった。火の色が紙の裏から透けて、文字の影だけが浮かんでいた。
誰も、何も言わなかった。ルカでさえ、口を開かなかった。
ドンネが、黙っていた。
やがて手紙を畳むと、作業台の奥――道具の並ぶ棚の、いちばん上に、そっと置いた。金槌よりも、鏨よりも、上の段だった。
ヨーヘイ:「それと……口で伝えろ、と言われたことが、ひとつあります」
ドンネの目が、こちらを向いた。
ヨーヘイ:「『ドンネに伝えろ。お前の七輪は、素材の選び方が甘い』……だそうです」
沈黙があった。
ドンネは何も言わなかった。怒った顔でも、笑った顔でもない。ただ、髭の奥で一度だけ、ゆっくり息を吐いた。それだけだった。
◆ 作業台の前
ドンネ:「……見せろ」
短く言って、手を出した。何を、とは言わなかった。だが視線は、ヨーヘイの腰の剣に向いていた。
ヨーヘイは蒼魔鉄の中剣を鞘ごと外し、渡した。旅の初めに、この工房で買った一本だった。
ドンネは刃を抜き、炉の明かりにかざした。刃筋を目で辿り、刃こぼれの痕を指の腹でひとつずつ確かめていく。研ぎ直した跡。打ち合った相手の硬さ。職人の目が、刃の上を何度も往復した。
長い、沈黙だった。
ドンネ:「……化け物め」
吐き捨てるような言い方だった。だが、刃を鞘へ戻す手つきは、壊れ物を扱うように丁寧だった。
その目が、ふと、ヨーヘイの左腰で止まる。もう一本の中剣。ベルネの、口の減らない鍛冶師の店で買った一本だった。
ドンネ:「……あいつのか」
ヨーヘイ:「はい。ギルダさんの」
ドンネはそれ以上何も言わず、剣を返してきた。
ヨーヘイは受け取ってから、収納の中のものを思った。出すなら、ここしかなかった。
ヨーヘイ:「ドンネさん。もうひとつ、見てもらいたいものがあります」
布に包んだ塊を、作業台の上に置く。開くと、炉の明かりを受けて、鈍く深い色の光が走った。鉱山のいちばん奥で、岩の中から覗いていた、あの鉱石だった。
ドンネの動きが、止まった。
それから布ごと引き寄せ、転がし、爪の先で弾いた。澄んだ、長い音がした。火に近づけてかざし、目を細める。手のひらで重さを量る。その間、一度もこちらを見なかった。
ドンネ:「……どこで」
ヨーヘイ:「鉱山の、いちばん奥です。騒ぎの元を倒したら、岩の中から出てきました」
ドンネは鉱石を布の上に戻した。長い沈黙のあと、低い声が言った。
ドンネ:「……これで作るには、まだ早い。だが、預かる」
ヨーヘイ内心:(……まだ早い、と。あんたも、同じことを言うんだな)
誰と同じか、は言わなかった。言える話でもない。ただ、この鉱石の格が、それで分かった。目利きというものは、同じ場所で立ち止まるのだ。
ヨーヘイ:「お願いします。……それと、留め具。街道でも、鉱山のふもとでも、よく効きました。捨てませんでした」
ドンネ:「……ならいい」
リリアが、壁際で足を止めていた。視線の先、壁の架けに古い盾がひとつ掛かっている。使い込まれた、何の変哲もない丸盾だった。リリアはそれを、数秒だけ見ていた。
ヨーヘイ:「リリアさん?」
リリア:「……いえ」
それだけ言って、リリアは静かに視線を外した。
◆ 工房の前
外はもう、藍色の夜になりかけていた。
ヨーヘイは工房の前に七輪を据え、火を熾した。炭が爆ぜ、赤い点が育っていく。網の上に置いたのは、イワキバのロース。あの鉱山の主たちの、いちばんいい部位だった。
脂の縁が、先に透き通る。じゅ、と短い音がして、煙がひと筋、夜へ昇った。赤身の照りに火の色が乗り、肉の匂いが工房の鉄の匂いと混ざっていく。裏に返すと、焼き目が格子に締まっていた。塩だけを、薄く。この肉は、それで足りる。
ヨーヘイ内心:(この七輪が生まれた場所で焼くのは、初めてだな。……店を持ったら、道具の里帰りも、してやりたいものだ)
ドンネは戸口の段に腰を下ろし、黙って食った。ルカが、その隣で喋り続けていた。鉱山の話。岩を喰う化け物の話。ふもとの街の話。
ルカ:「――でな、おっちゃんの師匠、酒だけはしっかり飲むねん。あれ絶対、元気になるで。あの飲みっぷりは」
ドンネ:「……うるさい」
言いながら、空になった椀が、無言で、すっとルカの前に突き出された。
ルカ:「どっちやねん」
リリアが黙ってその椀を受け取り、肉を少しだけ多めに盛って返した。ドンネは何も言わずに受け取った。
食い終わると、ドンネは立ち上がり、無言で七輪を引き寄せた。
ヨーヘイが口を開く前に、もう道具を取っていた。火ばさみで炭を端へ寄せ、手早く網を外す。鉄板の留めを工具で増し締めし、縁のわずかな歪みを小さな槌で、こん、こん、と整えていく。火の始末から手順まで、何ひとつ聞かずに、体が動いていた。
返ってきた七輪は、持ち手の据わりが、わずかに良くなっていた。
ヨーヘイ:「……ありがとう、ございます」
礼の続きを言いかけて、やめた。素材の選び方が甘い、という伝言への返事を、いま見たのだ。それを言葉でなぞるのは、野暮というものだった。
フィンはいつの間にか工房の中へ戻り、炉の残り火の前で丸くなっていた。ドンネがちらりとそれを見た。何も言わなかった。
帰り支度を済ませ、戸口で頭を下げた。明日の朝にはベルネへ発つ。それも、もう伝えてあった。
ヨーヘイが背を向けかけたとき、後ろから低い声がした。
ドンネ:「……師匠に会ったら、伝えろ」
ヨーヘイ:「何を」
長い、長い沈黙があった。
炉の火が、ぱち、と小さく鳴った。
ドンネ:「……もういい」
扉が、閉まった。
フィンが、閉まった扉を三秒ほど見ていた。それから、小さく「キューン」と鳴いた。
ヨーヘイ内心:(……もういい、と。何を、言いかけたんだ)
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【第69話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:31(本話は戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・変動なし(《料理》Lv2 95/100据え置き/夕餉は定番の焼きのため変動なし)
▼ 本話の収支
・収入:なし
・支出:
- サーラの宿(並・銅貨30枚/泊×3人×1泊):銅貨90枚
- 支出合計:銅貨90枚
・本話終了時手持ち:16,481枚(銅貨)=前話16,571枚−90枚(≒¥164.8万)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・渡した:ダマスの手紙(ドンネ宛)→ドンネへ/レア鉱石(未鑑定の希少鉱石)→ドンネ預かりへ
・消費:イワキバのロース塊(一部・工房前の夕餉)/オーク各部位(少量・道中の野営)
・残:ダマスの手紙(ギルダ宛・一通)/イワキバのロース塊(残)/イワドリの砂袋(砂肝)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/セーフゾーンの実
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・最初の街を発ち、西の街道を馬車で二日。ファスト村に到着
・サーラと再会(「今日何?」)。宿を頼み、村外れのドンネの工房へ
・工房の炉には火が入っていた。ドンネに鉱山の顛末と、師匠ダマスの生存(鉱山の底で数年・いまはふもとの街で養生・体が戻ったら工房に火を入れ直しに帰る)を報告→ドンネの槌が止まる
・ダマスの手紙(ドンネ宛)を渡す→ドンネは炉の前で立ったまま長く読み、道具の棚のいちばん上に置いた。口頭の伝言「ドンネに伝えろ。お前の七輪は素材の選び方が甘い」を届ける→ドンネは何も言わなかった
・ドンネがヨーヘイの蒼魔鉄中剣(この工房で買った一本)の刃から鉱山の戦いを読み「……化け物め」。ギルダ製中剣にも一瞬目を留め「……あいつのか」
・レア鉱石(鉱山の奥で確保)を初めて人に見せる→ドンネ「……これで作るには、まだ早い。だが、預かる」=ドンネ預かりに
・荷台の緩衝留め具の報告(よく効いた・捨てなかった)→「……ならいい」
・工房の前で夕餉(イワキバのロースを七輪で)。ドンネ「うるさい」と言いながら無言のおかわり。食後、ドンネが無言で七輪の留めと縁を手直しして返す=伝言への返事
・別れ際、ドンネ「師匠に会ったら、伝えろ」→「何を」→(長い沈黙)→「……もういい」→扉が閉まった。フィンが閉まった扉を三秒見て「キューン」
・明朝、ベルネへ発つ(ギルダ宛の手紙が残り一通)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
届け物の一通目を、渡してきました。ドンネさんは、黙っていました。手紙を読んで、黙って、道具の棚のいちばん上に置きました。あの人の工房で、道具より上に置かれるものを、私は初めて見ました。
伝言も、伝えました。素材の選び方が甘い、というあれです。返事は、ありませんでした。代わりに、食事のあと、うちの七輪が黙って手直しされて返ってきました。持ち手の据わりが良くなっていました。ああいう返事の書き方も、あるんですね。
剣を見て、化け物め、と言われました。褒められた気は、しませんでした。けなされた気も、しませんでした。それから、鉱石です。まだ早い、だが預かる、と。……まだ早い、という言い方を、私はつい最近も聞いています。目利きというのは、同じ場所で立ち止まるものなんでしょうか。
最後に、師匠に会ったら伝えろ、と言われました。何を、と聞いたら、長い沈黙のあとで、もういい、と。扉が閉まりました。あの続きは、いつか、ご本人の口から師匠に届くといいと思います。
明日はベルネです。二通目を届けます。あっちは、黙ってはいないでしょうね。記録、お願いします。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




