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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
4章 「帰れるのに、帰らない。」

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第68話 師匠が、いた。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 朝の七輪



 朝の光が、宿の窓から斜めに差し込んでいた。


 ヨーヘイは、部屋の隅で七輪に火を入れた。炭が爆ぜる小さな音と、骨の出汁の匂いが、ゆっくりと部屋に満ちていく。昨夜と同じ、イワドリのほぐし肉の汁。ただし、今朝は塩をほんのわずかに足し、ほぐした身も、少しだけ大きめに残した。噛む力が戻ってきた口には、形のあるものを。弱った胃には、まだ脂を入れすぎない。鍋の中で、琥珀色の汁が、静かに揺れていた。


ヨーヘイ内心:(戻り具合に合わせて、皿を変える。……店でも、こういう仕事が、したいんだ)


 寝床のダマスは、半身を起こして、リリアの手当てを受けていた。聖属性の淡い光が、痩せた背中に添えられている。顔色は、昨日より明らかに良い。落ち窪んでいた目に、光の置き場所ができていた。


リリア:「……熱は、引いています。あとは、食べて、眠るだけです」


ダマス:「……世話に、なる」


 短く言って、ダマスは差し出された椀を受け取った。今朝は、手が、ほとんど震えていなかった。ひと口すすり、ふた口目で、わずかに眉が動く。


ダマス:「……昨日より、塩が濃い」


ヨーヘイ:「分かりますか。……体が戻ってきた分だけ、味も戻しています」


ダマス:「……ふん。考えて、出しているわけか」


 悪態のような言い方だったが、椀を持つ手は止まらなかった。ルカが、自分の椀を抱えたまま、にやにやと笑っている。フィンは、ダマスの寝床の足元で丸くなって、尻尾で床を一度だけ叩いた。


 そのときだった。


 ダマスの箸が、止まった。


 視線が、椀ではなく、部屋の隅の七輪に、注がれていた。正確には、七輪の上に渡された鉄板の、縁のあたりに。


ダマス:「……その七輪」


ヨーヘイ:「はい」


ダマス:「……鉄板と、煙突。後から、手を入れたものだな。……この手入れ、誰がやった」



◆ 師匠が、いた



 ヨーヘイは、椀を置いて、七輪を見た。


 ファスト村を出る前、ドンネが固定してくれた鉄板。煙の流れを考えて付け足された、小さな煙突。旅の間、毎日のように火を入れてきた、相棒のような道具だった。


ヨーヘイ:「ファスト村の、ドンネさんです。鍛冶師の」


 ダマスは、何も言わなかった。ゆっくりと寝床を降り、床に膝をついて、七輪の前に屈み込む。節くれだった指が、鉄板の留め金を、一本ずつ、なぞっていった。それから、爪の先で、鉄板の縁を軽く弾いた。


 きん、と。澄んだ音が、した。


ダマス:「……いい仕事だ」


 低い声だった。


ダマス:「……留めの打ち方が、おれの教えたとおりだ。角を一度殺してから、沈める。……不器用なやつは、何年経っても、手癖が変わらん」


 ヨーヘイは、息を呑んだ。教えた、と言った。


ヨーヘイ:「……ダマスさん。あなたは」


ダマス:「……鍛冶師だ。こう見えてもな」


 ダマスは、七輪の前に屈んだまま、訥々と語った。ドンネと、ギルダ。あの二人は、同じ炉で仕込んだ、兄弟弟子であること。無口で頑固な兄弟子と、口の減らない妹弟子で、炉の前で年中ぶつかっていたこと。そして、自分の祖父が――この国で、伝説と呼ばれた鍛冶師であったこと。


ダマス:「……ドンネは、十年経っても口を利かん。ギルダは、十年経っても口が止まらん。……鋼の腕だけは、二人とも、文句のつけようがなくなった。……それだけ確かめて、おれは、独りの山に移った」


ルカ:「……それで採掘中に落ちて、数年行方知れずて。弟子は、たまったもんやないで」


ダマス:「……返す言葉も、ない」


 誇る口ぶりでは、なかった。石の目方でも読み上げるような、ただの事実の置き方だった。だからこそ、重かった。


ヨーヘイ内心:(……繋がった。鉱山の街で聞いた、名のある鍛冶師が消えたいう噂。空の工房。ギルダさんの「師匠」。……全部、この人や)


 騒ぐ場面ではない、と思った。ヨーヘイは、ただ静かに、頷いた。


 フィンが、いつの間にか、ダマスの傍らに来ていた。屈み込んだその手に、鼻先を寄せて、くん、と嗅ぐ。それから、小さく「キューン」と鳴いた。


ダマス:「……なんだ、お前」


 ダマスは、自分の手のひらを、見た。岩を齧って数年を生き延びた、骨と皮ばかりの手だった。


ダマス:「……まだ、残っているか。鉄の匂いが」


 フィンは、答える代わりに、その手に額を擦り付けた。


 ヨーヘイは、迷ってから、口を開いた。伝えるなら、今しかなかった。


ヨーヘイ:「……旅に出る前、あなたの工房を、訪ねました。ギルダさんに、場所を聞いて」


 ダマスの肩が、わずかに動いた。


ヨーヘイ:「炉は、冷えていました。埃も、積もっていました。……でも、道具は、棚に整然と並んだままでした。誰も、一本も、持ち出していませんでした」


 長い、沈黙があった。


 ダマスは、七輪の鉄板に手を置いたまま、しばらく、動かなかった。待たれているのだ、と、その背中が理解していくのが、見ているヨーヘイにも分かった。あの工房は、空のまま、主を待っていた。弟子たちは、道具に手を付けずに、待っていた。


ダマス:「……帰って、火を入れ直す。……体が、戻ったらな」


 掠れた声に、初めて、先の話が混じった。



◆ 二通の手紙



 朝餉の後、ダマスは宿の主人から紙とインクを借りた。


 卓に向かい、ペンを持つ。書き出しては、止まる。二行で手が止まり、紙を丸めかけて、思い直して、また書く。鋼を相手なら迷いのないはずの手が、紙の上では、ひどく不器用だった。


 ヨーヘイたちは、口を出さずに、出発の荷を整えながら待った。


ヨーヘイ内心:(手紙、か。……おれは、蓮に、手紙ひとつ届けられない距離にいる。……だから、土産話を増やすんだ)


 やがて、二通が、卓の上に置かれた。一通はギルダ宛。一通はドンネ宛。インクの乾きを指の腹で確かめてから折る、その封の仕方まで、几帳面だった。書き損じは、一枚もなかった。丸めかけた紙さえ、最後には皺を伸ばして、書き上げていた。紙が惜しいのではない。言葉を、捨てられないのだ。


ダマス:「……お前たち、西へ戻る道すがらで、いい。これを、届けてくれ」


ヨーヘイ:「必ず」


 ダマスは、頷いた。それから、ふと思い出したように、付け加えた。


ダマス:「……それと、ドンネに伝えろ。お前の七輪は、素材の選び方が甘い」


ルカ:「数年ぶりに生きて帰った師匠の伝言が、それかいな」


ダマス:「……褒めてやる筋合いは、別にある」


 ダマスは、悪びれもせずに言って、二通の手紙を、とん、と指で叩いた。ああ、とヨーヘイは思った。駄目出しの形をした、安否の便りだ。あの留めはいい仕事だと、爪で弾いて確かめた男が、弟子に掛ける言葉を、わざわざ裏返して渡している。


 ダマスは、この街に残る。体が戻るまで養生し、それから自分の足で、工房へ帰る。そう決めていた。ヨーヘイは、宿の主人に、ダマスの分の宿代をまとめて先に払った。気づいたダマスが、ぎょろりと睨んでくる。


ダマス:「……施しは、受けん」


ヨーヘイ:「施しじゃないです。仕込みのある飯を、途中でやめる料理人はいないんです」


ダマス:「……ふん。……借りは、いずれ、鋼で返す」


 それ以上は、互いに何も言わなかった。それで、足りていた。



◆ 王都に、一人



 出発の算段になって、ルカが、ふいに切り出した。


ルカ:「なあ、ダマスのおっちゃん。……ひとつ、聞いてもええか」


 卓の上で手を組んで、ルカは、いつもより少しだけゆっくり喋った。


ルカ:「うちな、燃え病やねん。……里の三割が、かかってる病気や。うちも、その一人でな。……正直、あんまり、時間もないねん」


 リリアが、何も言わずに、ルカの隣に座り直した。ただ、隣に。


ルカ:「あちこちで聞いてきたけど、治らん治らんって、そればっかりでな。……おっちゃん、長いこと生きてるやろ。なんか、知らんか」


 ダマスの手が、止まった。


ダマス:「……燃え病」


 しばらく、黙っていた。古い棚の奥を、順に探るような目だった。


ダマス:「……治らん病と、言われている。……だが、治った者を、一人だけ知っている」


 ルカの耳が、立った。


ダマス:「……エリクサーだ。あれなら、治る」


 尻尾が、止まった。


ダマス:「……職人は、方々を流れる。耳だけは、肥えていてな。……エリクサーを作れる人間は、この国に、もう何人もおらん。……王都に、一人いる。ただし、厄介な人間だ」


 ルカは、すぐには、声が出なかった。


 琥珀色の目が、見開かれたまま、ダマスを見ている。組んでいた手が、卓の上で、ぎゅっと固くなった。治る、という言葉を、他人の口から聞いたのは、初めてなのだと、その間の長さが語っていた。里を出てから、いくつの街で、いくつの首を横に振られてきたのか。ヨーヘイは、それを知らない。ただ、いま目の前で、立ったままの耳と、止まったままの尻尾が、その全部の重さを語っていた。


ルカ:「……ほんまに。……ほんまに、治った人を、見たんやな」


ダマス:「……この目でな。昔の話だが、病は同じだ」


ヨーヘイ:「……厄介、とは」


ダマス:「……行けば分かる」


 ダマスは、それだけ言って、椀の残りを、ゆっくりと飲み干した。それ以上は、何を聞いても、言わなかった。


ヨーヘイ:(解析さん。王都て、ここからどのくらいですか)


解析:「……王都までの行程を算出しました。西の街道を経由します。ファスト村と、ベルネを通る道筋です。……手紙は、道なりに届けられます」


 ヨーヘイは、仲間の顔を、順に見た。リリアが、頷いた。ルカが、息を吸って、いつもの顔を作った。


ルカ:「王都かぁ……遠いな」


 軽口の形をしていたが、語尾が、ほんの少しだけ揺れていた。誰も、それを指摘しなかった。


 フィンが、「キュッ」と短く鳴いて、誰より先に、すっくと立ち上がった。


 ヨーヘイは、笑って、荷袋の口を縛った。窓の外、厩の方から、カゼの嘶きが、応えるように聞こえた。


ヨーヘイ:「行きましょうか。……まずは、手紙からだ」



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【第68話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし(《料理》Lv2 95/100据え置き/朝の一皿は軽い調理のため変動なし)


▼ 本話の収支

・収入:なし

・支出:

 - 宿代(並・銅貨30枚/泊×5人×2泊):銅貨300枚

 - ダマスの養生分の宿代前払い(銅貨30枚×10泊):銅貨300枚

 - 食材・紙とインクほか:銅貨40枚

 - 支出合計:銅貨640枚

・本話終了時手持ち:16,571枚(銅貨)=前話17,211枚−640枚(≒¥165.7万)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・消費:イワドリのむね(朝の一皿に少量)・骨(出汁)

・預かり:ダマスの手紙二通(ギルダ宛・ドンネ宛)

・残:イワドリの砂袋(砂肝)/岩牙のロース塊/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/レア鉱石/セーフゾーンの実

・変動なし:上記以外の持ち物


▼ 本話の出来事

・宿の朝。回復してきたダマスに、昨日より一段だけ味を戻した朝の一皿(イワドリのほぐし汁)。その席で、ダマスの目がヨーヘイの七輪(ドンネが鉄板固定・煙突を改修)に留まる

・ダマスが鉄板の留めを指でなぞり、爪で弾いて「いい仕事だ」「留めの打ち方が、おれの教えたとおりだ」=素性が明かされる:ダマスは鍛冶師で、ドンネとギルダは同じ炉で仕込んだ兄弟弟子。祖父はこの国で伝説と呼ばれた鍛冶師。鉱山の街で聞いた「消えた名のある鍛冶師」の噂がここで一本に繋がる

・フィンがダマスの手の鉄の匂いを見つけて「キューン」。ヨーヘイが旅の前に訪ねた工房の様子(炉は冷えていたが、道具は誰も持ち出さず並んだまま)を伝える→長い沈黙→ダマス「帰って、火を入れ直す。体が戻ったらな」

・ダマスがギルダ宛・ドンネ宛の二通の手紙を書き、ヨーヘイたちに託す。口頭の伝言「ドンネに伝えろ。お前の七輪は素材の選び方が甘い」→ルカのツッコミ→「褒めてやる筋合いは、別にある」=駄目出しの形をした安否の便り

・ダマスは街に残って養生し、いずれ自分の工房へ帰ると決める。ヨーヘイが宿代を前払い→「借りは、いずれ鋼で返す」

・ルカが自分の口からダマスに燃え病の話をする→ダマス「エリクサーなら、治る。王都に、作れる人間が一人いる。ただし、厄介な人間だ」=ルカの病に初めて「治る」という言葉が与えられ、「エリクサー」「王都の調合師」の存在が一行に知らされる(詳細は「行けば分かる」のみ)

・末尾=王都行きの決断。解析が行程(ファスト村・ベルネ経由=手紙も道なりに届けられる)を示し、ルカ「王都かぁ……遠いな」→フィン「キュッ」と立ち上がり、カゼの嘶きが応える。出発へ


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 師匠が、いました。ドンネさんと、ギルダさんの、師匠です。それも、伝説と呼ばれた鍛冶師の、お孫さんでした。鉱山の底で拾った縁が、旅の始まりの場所に、まっすぐ繋がっていました。驚いたのは、それが分かったきっかけです。尋ねたわけでも、調べたわけでもありません。うちの七輪でした。毎日火を入れてきた道具に、弟子の手癖が残っていて、師匠がそれを見抜いた。道具は、使い込まれてこそ、ものを言うんですね。


 あの人は、手紙を二通書きました。鋼の前では迷わんやろう手が、紙の上では、何度も止まっていました。伝言は、駄目出しでした。でも、あれは褒め言葉の裏返しです。届けるのが、楽しみです。


 それから、ルカのことです。燃え病に、初めて「治る」という言葉がつきました。エリクサー。王都に、作れる人が一人いる。……厄介な人間だ、と言われましたが、厄介で結構です。治るなら、どこへでも行きます。ルカは「遠いな」と笑っていましたが、あの声の揺れを、私は聞き逃していません。


 王都へ向かいます。道すがら、ファスト村とベルネに寄って、手紙を届けます。冷えた炉に、もうすぐ火が戻ります。そういう報せを運ぶ旅は、悪くないです。記録、お願いします。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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