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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
4章 「帰れるのに、帰らない。」

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第67話 地上へ、戻った。

◆ 迎えに、戻る



 ヨーヘイは、脈打つ光を放つ鉱石の一塊を、そっと収納へ収めた。


 まだ、自分の手には早い。けれど、いつか。手のひらに残った、淡い熱の名残を握り込んで、ヨーヘイは踵を返した。崩れた巨体は、地響きを止めたまま、静かに横たわっている。その向こう、頭上のはるか遠くに、四人が降りてきた縦坑の、針の先ほどの明るみがあった。


ヨーヘイ:「ダマスを、迎えに行きます。……それから、地上へ」


 誰も、異論はなかった。


 亀裂を戻り、湧き水のセーフゾーンへ着くと、ダマスは石の寝床から、半身を起こしていた。痩せた肩が、こちらを向く。その顔が、いつもの皮肉よりも、わずかに強張っていた。


ダマス:「……音が、止んだ」


 掠れた声だった。


ダマス:「……何年も、聞いていた。岩を、噛み砕く音だ。寝ても覚めても、地の底から響いていた。……それが、止んだ。……お前たちが、やったのか」


ヨーヘイ:「終わりました。……あれが、この鉱山を荒らしていた、元です」


 ダマスは、しばらく、ヨーヘイの顔を見ていた。それから、何も言わずに、ふっと息を吐いた。信じられない、という顔と、信じるしかない、という顔が、半分ずつ混ざっていた。


ヨーヘイ:(解析さん。奥の魔物は)


解析:「……密度、低下しています。発生源が断たれ、押し出される個体が、いなくなりました。退路の安全は、確保できます」


 澄んだ声だった。奥へ近づくほど割れていた相棒が、今は、いつもどおり隣にいる。それだけのことが、ひどく心強かった。


 ヨーヘイは、衰弱したダマスの体を、背に負った。骨と皮ばかりで、驚くほど軽い。大の男一人ぶんの重みが、これしかないのか、と思うと、胸の奥が、ひやりとした。リリアが、聖属性の淡い光を、その背へ添わせる。痛みと疲れを、少しでも逃がすように。フィンが、先に立って、退路の岩陰を鼻で示していった。


 来た道を、戻る。あれほど、一歩ごとに緊張を強いた下層の闇が、今は、ただの帰り道だった。岩を喰う音は、もう、どこからも聞こえない。たまに、岩陰で身を縮める小さな魔物がいたが、こちらを襲ってはこなかった。押し出してくる元が、消えたのだ。フィンが、そういう個体には目もくれず、まっすぐ上を目指した。


 岩を喰う音の消えた坑道を、四人と一人は、ただ上へ、上へと登っていった。背に負った体の、わずかな呼吸の温もりだけが、確かだった。



◆ 太陽



 縦坑の出口で、先発隊のザイドたちが、退路を守って待っていた。


ザイド:「……生きて戻ったか。奥に、何がいた」


ヨーヘイ:「主が、いました。鉱山を、丸ごと喰おうとしていた奴です。……もう、押し出されてはきません」


 ザイドは、ヨーヘイの背の老人を見て、何かを言いかけ、やめた。数年、誰も近づけなかった鉱山の底から、人が一人、生きて運ばれてくる。それが、何を意味するか、冒険者なら分かる。彼は黙って、最後の坂道を、先導してくれた。


 そして、坑道の口を抜けた。


 昼の、光が、降ってきた。


 ヨーヘイの背で、ダマスの体が、びくりと硬くなった。ヨーヘイは、そっと膝を折り、その体を地に下ろした。


 ダマスは、自分の足で、ほんの数歩、進み出た。眩しさに、目を細める。最初は、ほとんど目を開けていられないようだった。それでも、一歩、また一歩と、光の方へ歩いた。骨の浮いた手が、光を遮ろうと、ゆっくり持ち上がり――途中で、止まった。


 遮るのが、惜しいように。


 伸び放題の髭の奥で、ひび割れた唇が、わずかに開いた。声は、出なかった。何かを言おうとして、言葉にならなかったのかもしれない。落ち窪んだ目が、空を映して、細く光る。やがて、その縁から、ひとすじ、頬の皺を伝って落ちるものがあった。ダマスは、拭わなかった。拭うことも、忘れているようだった。痩せた肩が、一度、大きく上下した。


 何年も、岩の天井しか見ていなかった目に、空の青が、染みていく。風が、髭を揺らした。土と、草の匂いがした。地の底には、なかったものだ。


 フィンが、するりと、その足元へ寄った。ダマスの脛に、そっと額を寄せて、一度だけ「キューン」と鼻を鳴らす。ダマスの手が、迷うように下りて、フィンの頭に触れた。


 ヨーヘイは、何も言わなかった。ルカも、リリアも、少し離れて、ただ待っていた。言葉を足すような場面ではない、と、誰もが分かっていた。


ヨーヘイ内心:(蓮にも、いつか……こうやって、日向に立つのを、隣で見ていたい)


 その思いを、ヨーヘイは、そっと胸の奥へしまった。今は、この老人が、陽を浴びている。それで、いい。



◆ ギルドへ



 最寄りの街のギルドは、鉱山の異常で、張り詰めていた。


 スタンピードの根本を断った、と報告すると、受付の職員が、一度、ぽかんとした。それから、慌てて奥の者を呼びに走った。数ヶ月、誰も手の出せなかった鉱山の奥。そこにいた“主”を、四人で討って、終わらせた。証言を取りに来た先発隊の冒険者たちが、ザイドの話を聞いて、ざわめいた。


職員:「……本当に、奥の発生源を。あんたら、何者だ」


ヨーヘイ:「ただの、料理人です」


 職員は、信じられないという顔をしたが、ザイドが横で、無言で頷いた。それで、話は通った。


 討伐の達成として、これまでの入口や上層の働きも合わせて、報酬が支払われた。受付の奥から、ギルドの責任者らしき男が出てきて、革袋を二つ、台に置いた。一つは、ずしりと重い銀貨の袋。そしてもう一つの、小さな布包みの中には――金貨が、一枚。


責任者:「……数ヶ月、誰も底を見られなかった依頼だ。根を断ったのは、あんたらが初めてだ。緊急依頼の、特別分だ。受け取ってくれ」


 革袋を受け取ったルカが、その重みに、軽く目を見開いた。


ルカ:「……これ、やっと、まともな宿に泊まれるやつちゃう? ずっと、野営と坑道やったもんな」


 ヨーヘイは、手のひらの金貨を、そっと指で確かめた。


ヨーヘイ内心:(金貨が、一枚。……銀貨で百枚。日本の感覚やと、ざっと百万円か。今までの稼ぎを、全部足したより、重い)


 これだけあれば、と、頭の片隅で算盤が弾けた。次の街までの路銀も、王都までの道のりも、当面、食うに困らない。何より、この金は、料理で人を立たせるための、次の元手になる。


ヨーヘイ内心:(命と引き換えの金だ。……無駄にはしない)


解析:「……討伐達成の報酬、合算を確認しました。記録に、残します」


 淡々とした声だった。戦いが終わり、また、こういう事務的なやりとりに戻ってきた。その平らな調子が、かえって、地上に帰ってきたのだと、ヨーヘイに教えた。


 ダマスのことは、ギルドには「鉱山で行き倒れていた人を保護した」とだけ伝え、宿へ向かった。あの底で、何年を過ごしたのか。それを語るのは、まだ、この老人の役目ではない。



◆ 腹が、減っていた



 宿の一室で、ヨーヘイは、七輪に火を入れた。


 衰弱した体に、いきなり脂の重いものは、酷だ。だから、イワドリのもも肉を、繊維に沿って細かくほぐし、骨をじっくり炙ってから取った出汁に、ゆっくりと泳がせた。塩は、ほんのひとつまみ。何年も濃い味から遠ざかっていた舌に、強い塩気は、かえって痛い。肉が、ほろりと崩れるまで煮えたら、火から下ろす。湯気の立つ椀に、柔らかく煮えた肉と、琥珀色に澄んだ汁を満たして、ダマスの前へ置いた。


 地上の、安全な部屋で、湯気の立つ、温かい一杯。鼻先に、出汁の匂いが、ふわりと立ちのぼる。ダマスは、その椀を、両手で包むように持った。震える手だった。手のひらで、椀の温もりを確かめるように、長いこと、そうしていた。


 ひと口、含んだ。ゆっくりと、味わうように。喉が、こくりと鳴った。ふた口、進めた。三口目を、口へ運ぶ手が、少し速くなった。それでも、がつがつとは食わなかった。久しぶりのまともな食事に、腹が驚かないよう、自分を抑えているのが、ヨーヘイには分かった。生き延びるための、長年の癖だった。


 そして、ふいに、手が止まった。


 椀を持つ指に、ぐっと、力がこもる。喉が、こくりと動いた。落ち窪んだ目の縁に、薄く、何かが滲んでいた。ダマスは、それを見られまいとするように、椀へ顔を伏せた。


ダマス:「……腹が、減っていた」


 掠れた、低い声だった。


ダマス:「……ずっと、減っていたんだな。……岩の底で、実を齧って、水を飲んで、生き延びてはいた。……だが、減っていた。本当の意味で、おれは、ずっと、腹が減っていた」


 ヨーヘイは、何も言わずに、椀へ、もう少し汁を足した。


ヨーヘイ内心:(腹を満たすだけじゃない。……人を、生きる側へ、戻す。そういう一皿を出せる店を、いつか、持ちたい)


 いつか開く店の輪郭が、こんな地の果ての宿で、また一つ、はっきりした。


 ダマスは、椀を空にすると、長い息を吐いた。落ち着いた手で、ルカが横から差し出した、安酒の杯を取る。数年ぶりの、酒だった。


ダマス:「……酒は、まだ、生きていたか」


ルカ:「あんた、肉より先にそれかいな」


 乾いた笑いが、ほんの少し、灯った。ダマスは、その杯を、ゆっくりと傾けた。


 それから、ふと、思い出したように、ヨーヘイを見た。


ダマス:「……お前たち。ひとつ、訊いていいか」


ヨーヘイ:「はい」


ダマス:「……お前たちは、ギルダの、客か」


 ヨーヘイの手が、止まった。


ヨーヘイ:「……はい。武具を、いくつか。……師匠と、聞いています」


 ダマスは、しばらく、黙っていた。杯の縁を、指でなぞる。何かを、遠くに見るような目だった。


ダマス:「……あいつは、まだ、あの工房に、いるのか」


ヨーヘイ:「います」


ダマス:「……そうか」


 それだけ言って、ダマスは、酒を一口、飲んだ。それ以上は、何も言わなかった。けれど、その横顔には、岩の底にいた頃には、なかったものがあった。遠い誰かを、思う色だった。


 ヨーヘイは、聞かなかった。ファスト村の、埃をかぶった空の工房。あの炉の主が、もしこの人なら――確かめるのは、急がなくていい。まずは、温かいものを、もう一杯。料理人にできるのは、いつだって、そこからだ。



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【第67話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は戦闘なし・据え置き) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・《料理》Lv2 94→95/100(衰弱した体に合わせた一皿で微増)

・《解析》Lv2(完全復帰・地上で平常運転)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・収入:スタンピード討伐達成の報酬を受領(討伐達成と緊急対応の合算)

 - 討伐達成報酬(入口・上層・収束の合算/通常分):銀貨20枚(銅貨2,000枚相当・¥20万)

 - スタンピード根本原因撃破の緊急ボーナス:金貨1枚(銅貨10,000枚相当・¥100万)=数ヶ月続いた町規模の緊急事態を複数パーティが手を出せぬ末に四人で収束=基準の護衛仕事(銀貨2枚)の数十倍規模として算定

 - 合算=銅貨12,000枚相当(金貨1枚+銀貨20枚)

・支出:宿代・食材(少額/本話の手持ちには未反映=次話で精算)

・本話終了時手持ち:17,211枚(銅貨)=前話5,211枚+討伐報酬12,000枚相当(≒¥172万)

 ※C魔石・装甲は換金待ちで別計上(本収支に未算入)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・地上へ持ち帰り:イワクイのC魔石(大)・装甲(換金待ち)/レア鉱石(今は武器にできないため保管・後日鍛冶師に相談予定)

・消費:イワドリのもも・骨(ダマスへの一皿に使用)

・残:イワドリのむね・砂袋(砂肝)(残)/岩牙のロース塊/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/セーフゾーンの実(鉱山のセーフゾーンで確保・保管中)

・変動なし:上記以外の持ち物


▼ 本話の出来事

・「喰い崩した奥のレア鉱石/少し早い」の続きから、レア鉱石を収納へ確保→セーフゾーンのダマスを迎えに戻る。ダマスは「岩を喰う音が止んだ」ことに気づいており、撃破を察していた

・解析が完全復帰し、退路の安全を確認。衰弱したダマスをヨーヘイが背負い、リリアの聖属性で支え、フィンの先導で地上へ脱出。上層の縦坑で待つ先発隊ザイドと合流

・坑道の出口で、ダマスが数年ぶりの陽光に立ち止まる(台詞なし・表情と所作だけ)。フィンがそっと寄り添い「キューン」。ヨーヘイたちは言葉を足さず見守る

・街のギルドへスタンピード終息を報告。数ヶ月誰も手が出せなかった鉱山の異常を四人で終わらせた=称賛される。討伐達成+入口/上層の働きを合算して報酬を受領。ルカの軽口で緩む

・宿で、ヨーヘイがダマスに“地上のまともな一皿”(イワドリのほぐし肉の温かい汁・薄塩)を出す→ダマス「……腹が、減っていた。本当の意味で」(セーフゾーンでの応急の一口からの到達)。数年ぶりの酒で「酒は、まだ生きていたか」(救出時の「酒はないのか」に応えた)

・末尾=ダマス「お前たちは、ギルダの客か」→ヨーヘイ「はい。師匠と聞いています」→(長い沈黙)→ダマス「あいつは、まだあの工房にいるのか」→「います」→「……そうか」+酒を一口。ダマスとギルダ/ドンネの間に師弟の繋がりが覗いたが、ダマスはそれ以上を語らなかった


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 地上へ、戻りました。ダマスを、背負って。陽の光の下まで、連れてきました。坑道の口を抜けたとき、あの人は、立ち止まって、しばらく動きませんでした。何年も、岩の天井しか見ていなかった目に、空の青は、どんなふうに見えたんでしょうか。何も言わずに、ただ、空を見ていました。フィンが、そっと寄り添っていました。私たちは、言葉を足しませんでした。


 ギルドでは、驚かれました。「何者だ」と。私は、料理人です、と答えました。本当に、それだけです。けれど、あなたが「報酬を確認した」と、いつもの平らな声で言ったとき、ああ、帰ってきたんだな、と、しみじみ思いました。


 宿で、あの人に、温かい一杯を出しました。ひと口、ふた口、進めて、ふいに、手が止まりました。「腹が、減っていた。本当の意味で」と。岩の底で、実を齧って、水を飲んで、生き延びてはいた。でも、ずっと、減っていた、と。……一杯の汁で、人が、生きる側へ戻る瞬間を見ました。いつか、そういう店を、持ちたい。改めて、そう思いました。


 最後に、あの人が、訊きました。「ギルダの客か」と。「あいつは、まだあの工房にいるのか」と。……まだ、何も、確かめてはいません。けれど、糸が、繋がりかけています。あの埃をかぶった空の工房と、この人が。確かめます。確かめてから、また記録します。


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