第66話 奥に、いた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 奥へ
ダマスは、湧き水の溜まりのそばで、片膝を立てたまま座っていた。
ヨーヘイは、収納から出した実と、水を満たした椀を、その手の届くところへ並べた。一緒に連れて行くには、この体は弱りすぎている。かといって、奥には、解析が「大きい」としか言えなかった何かがいる。残していくのが正しいのか、ヨーヘイにも分からなかった。それでも、足手まといだと自分から言い切ったこの男を、無理に背負って危険へ連れて行く方が、よほど間違っている。ヨーヘイは、そう腹を決めた。
ダマス:「……すまんな。おれは、ここで待つ。足を引っ張るだけだ」
ダマスは、奥の岩壁へ、ぎょろりと目を向けた。
ダマス:「……気をつけろ。あの音は、生きてる。岩が崩れる音じゃない。何かが、岩を食ってる音だ」
ヨーヘイ:「……食ってる」
ダマス:「ああ。腹が減った獣の、咀嚼の音だ。……何年も聞いてりゃ、分かる」
ヨーヘイは、リリア、ルカ、フィンと顔を見合わせ、奥へ続く狭い亀裂へ足を向けた。先発隊のザイドたちは、上層の縦坑で退路を守って待っている。ここから先は、四人だ。
ヨーヘイ:(解析さん。奥の様子は)
解析:「……発生源は、この先――ザ……ザザ……感知が……」
澄んでいた声が、また割れ始めた。セーフゾーンを出て、奥の岩盤へ近づくほど、解析の言葉が砂のように崩れていく。下層の通路で途切れ、隔離された部屋で戻り、また途切れる。頼れる相棒が、いちばん頼りたい時に、すっと遠くなる。
ヨーヘイ内心:(また、これか。……一人で読むしかない、ってことだな)
亀裂を抜けると、空気が一変した。
岩を噛み砕く轟音が、地響きとなって足の裏を突き上げてくる。ひと噛みごとに、坑道全体が低く震えた。狭い亀裂が、唐突に、見上げるほどの空洞へ開ける。
そして、その奥に、いた。
◆ 岩を、喰う
坑道を、丸ごと塞ぐ巨体だった。
イワキバの、何倍もある。鉄灰色の装甲が、全身を鎧のように覆い、その装甲には、喰らった岩や鉱石が、結晶のまま取り込まれて突き出している。顔の半分を占める大きな口が、岩壁へ食らいつき、岩ごと噛み砕いては、また食らいついていた。目は、ほとんど潰れて見えない。それでも、迷いなく、鉱脈を喰い進んでいる。
ヨーヘイ内心:(これが……イワキバすら、逃げ出した、奥の何か)
フィンが、低く構えた。さっきまでの「キュウウッ……」が、喉の奥でこわばっている。
ルカ:「……でっか。なんやのこれ、岩、食うてるやんか」
リリア:「あれが……魔物を上へ押し出していた、原因」
ヨーヘイが一歩、踏み込んだ。その瞬間、潰れた目のはずの巨体が、ぐるりとこちらへ顔を向けた。
解析:「――ザザ……足元……振動……」
言い終わる前に、巨体が突進してきた。
ヨーヘイ:「散れ!」
ヨーヘイは声を張って、四方へ指示を飛ばした。間一髪、岩を喰う口が、たった今まで立っていた地面を抉る。砂と岩片が、礫のように飛んだ。
リリアが聖属性の面を張り、突進の勢いを横へ逸らす。だが、削りきれない。重い。Dグレードのイワキバを止めた時の、倍は押される。リリアの足が、ずるりと後ろへ滑った。
ルカ:「目ぇ、見えてへんのに、なんで分かんねん!」
ルカが叫びながら槍を払うが、その一撃すら、巨体は正確にルカの方へ顎を向けて応えた。地面を蹴った、その振動を、こいつは読んでいる。
ヨーヘイは二刀を装甲へ叩き込んだ。
刃が、弾かれた。手首から肘まで、痺れが走る。岩を喰う鎧に、まともに通る刃ではなかった。
ヨーヘイ内心:(正面は、無理だ。……どこだ。どこに、隙がある)
薙ぎ払う尾が、四人を散らした。ヨーヘイは岩肌へ背を打ちつけ、肺の息が一瞬、止まった。砂を噛んだ口で、荒く息を継ぐ。立ち上がる膝が、わずかに笑っていた。
ヨーヘイ内心:(こんな所で、終われない。……蓮に、まだ“ただいま”も、言っていないんだ)
◆ 手順を、読む
散らされた体勢から、ヨーヘイは、巨体の動きを目で追った。
突進。薙ぎ払い。そして――また、岩壁へ食らいつく。岩を噛み砕き、大きく顎を開く。そのまま、数秒、動きが止まる。喰うことに、夢中になっている。
もう一度。喰う。顎を開く。止まる。
ヨーヘイ内心:(同じだ。……喰う、顎を開く、止まる。こいつは、喰うことしか考えていない。その手順に、隙がある)
料理と同じだった。順番がある。鍋がいちばん無防備になる瞬間が、必ずある。
ヨーヘイ:「ルカ、リリア! 聞いてくれ!」
ヨーヘイは、砂を吐きながら、声を張った。喰いついて顎を開いた、あの数秒。あそこを突く。
ヨーヘイ:「リリア、あいつが喰いついたら、聖属性を地面に流してくれ。足の震えを、こいつの目だ。それを、潰す!」
リリア:「……はい!」
ヨーヘイ:「ルカは、開いた顎に槍を噛ませて、閉じさせるな! フィン、喰いつく場所、教えてくれ!」
フィン:「キュウッ!」
フィンが、空洞の右奥を鼻で示した。次に、あいつが喰らいつく岩脈だ。
巨体が、そこへ食らいついた。岩を噛み砕き、大きく顎を開く。
その瞬間、リリアの聖属性が、地面を這う震えへ被さった。淡い光の波が、足元の振動を掻き乱す。巨体の顔が、一瞬、迷うように宙をさまよった。獲物の足音を、見失ったのだ。
ルカ:「今やッ!」
ルカが、開いた顎の縁へ槍を差し込み、全体重で踏ん張った。歯を食いしばる。腕が、悲鳴を上げている。それでも、閉じさせない。
ヨーヘイは、地面を蹴らなかった。蹴れば、振動で読まれる。代わりに、すぐ脇の岩棚へ駆け上がり、宙へ跳んだ。足音の消えた、見えない数秒。
その刹那、頭の奥で、割れていた声が、ぴたりと澄んだ。
解析:「――核は、喉の奥。喰らう、その瞬間です」
戻ってきた。決める、この一瞬だけ。
ヨーヘイ内心:(ありがとう、解析さん。……ここで戻ってくるんが、お前や)
開いた顎の、その奥。岩を喰らう喉の奥に、脈打つように光る、ひと塊が見えた。ヨーヘイは、空中で二刀を揃え、その核へ、全身ごと突き込んだ。
手応えが、刃から腕へ、骨へ抜けた。
巨体が、痙攣した。それから、地響きを引きずって、ゆっくりと横倒れに崩れ落ちた。岩を喰う音が、止んだ。空洞が、急に、静かになった。
◆ 奥に、いた
四人とも、しばらく、肩で息をしていた。
誰も、すぐには声を出せなかった。装甲に弾かれた腕も、岩肌に打った背も、まだ痛んでいる。ルカが槍を杖にして、ぜいぜいと笑った。
ルカ:「……勝った、んよな。これ」
そのとき、頭の奥で、声が完全に澄んだ。砂が一粒も混じらない、いつもの調子だ。
解析:「……感知、安定しました。記録を、再開します」
ヨーヘイ内心:(戻った。……今度こそ、ちゃんと戻った)
解析:「……このダンジョンの魔物が、地上へ押し出されていた原因。スタンピードの発生源は、この個体です。……これ以上、押し出されることは、ありません」
ヨーヘイは、崩れた巨体を見上げた。ダマスが何年も聞いていた、岩を喰う音。あれが、止まった。深い所で何かが鉱脈を喰い崩し、棲んでいた魔物を、ことごとく上へ追い立てていた。その元を、断った。
ふと、思った。あのイワキバですら、こいつから逃げて、地上へ出た。それを、四人で討った。
解析:「……なお、戦闘の大半は、感知不良により、記録できませんでした。……今のは、たいへん、惜しいです」
ヨーヘイ内心:(命がけの、いちばんいいところを……こいつは、見ていないのか)
張り詰めていたものが、ふっと抜けた。リリアが小さく息を漏らし、ルカが「なんやそれ」と噴き出す。フィンが、崩れた巨体の前で、一度だけ「キューン」と鼻を鳴らした。ヨーヘイは、その頭をくしゃりと撫でた。
崩れた巨体を、ヨーヘイは料理人の目で、つい、見てしまった。
ヨーヘイ:(解析さん。こいつ、食えるか)
解析:「……食用には、適しません。岩ばかり食べていた個体です。身は、石くれのようなものかと」
ヨーヘイ内心:(こんな時でも、食えるか考えてる自分が、いやになるな。……でも、これが俺だ。いつか店をやるなら、こういう“どうにもならない食材”も、笑い話にできる日が、来るだろう)
そのとき、フィンが、崩れた巨体の向こうへ「キュッ」と鳴いた。
イワクイが喰い崩した、奥の岩壁。そこに、見たことのない鉱石が、剥き出しになっていた。淡く、内側から脈打つように光っている。鉄でも、銅でも、ヨーヘイの知るどの金属とも違った。
ヨーヘイ:(解析さん。あれは)
解析:「……この素材で作った武器は」
そこで、解析が、ふいに黙った。
解析:「……今のヨーヘイさんには、少し早いです」
ヨーヘイ内心:(少し、か)
ヨーヘイは、脈打つ光を、もう一度見上げた。今は、まだ。けれど、いつか。その鉱石を、収納へ収める手が、自分でも分かるくらい、少しだけ逸っていた。
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【第66話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:29→31(Cグレード級の格上+スタンピード根本原因の撃破=鉱山編の大節目) HP:504/504 MP:244/244
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv2 24/100(岩棚への跳躍・足音を消す立ち回りで進展)
・《二刀流》Lv1 34/100(喉の核への一突きで進展)
・《解析》Lv2(全機能解放・奥=ボス方面で再び断続→撃破後に完全復帰=環境差。スキル自体は無事)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし(討伐の報酬は地上のギルドへ報告したのちに受領予定)
・支出:なし
・本話終了時手持ち:5,211枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・新規:イワクイのC魔石(大)/イワクイの装甲(希少素材・換金待ち)/レア鉱石(露出を確認し確保・今は武器にできない素材として保管)
・残:イワドリのもも・むね・砂袋(砂肝)・骨/岩牙のロース塊/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)/セーフゾーンの実(鉱山のセーフゾーンで確保・保管中)
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・「もっと奥で、すごい音/大きいです」の続きから、衰弱したダマスをセーフゾーンに残し、核四人で奥へ進軍。先発隊は上層の縦坑で退路を守って待機
・奥へ近づくほど解析が再び断続に(下層で途絶え、セーフゾーンで戻り、また乱れる)。ボスの間で、坑道を塞ぐ超巨大な穿岩獣=イワクイ(岩喰・Cグレード級)と対面。Dグレードのイワキバすら逃げ出していた「奥の何か」の正体=このボス
・激戦。正面の装甲は刃が通らず、地面の振動で位置を感知され、四人が一度散らされる。ヨーヘイが「岩を喰う→顎を開く→数秒硬直」の周期=手順を読み、リリアの聖属性で振動感知を撹乱・ルカが槍で顎を維持・フィンが喰い始めを察知・決めの一瞬だけ解析が戻り核を確定→《瞬歩》+《二刀流》で喉の核を貫いて撃破
・解析が完全復帰し「スタンピードの発生源はこの個体」と判明(鉱山スタンピードの根本原因=このボスを撃破して収束)。岩を喰う音が止む。撃破後、解析が「戦闘の大半を記録し損ねた・惜しい」と呑気に告げる笑いの場面
・末尾=ボスが喰い崩した奥にレア鉱石が露出→解析「この素材で作った武器は……今のヨーヘイさんには、少し早いです」→ヨーヘイ「(少し、か)」。武器にするのは、まだ先(今は確保のみ)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
奥に、いました。ダマスが、何年も聞いていた音の正体です。岩を喰う、途方もなく大きな獣でした。あれが、深い所で鉱脈を喰い崩して、棲んでいた魔物を、片端から上へ追い立てていた。スタンピードの、元です。あのイワキバですら、こいつから逃げていたのだと思うと、背筋が冷えました。
正面は、刃が通りませんでした。情けない話ですが、一度、四人とも吹き飛ばされました。それでも、あいつが岩を喰う、その手順を見ているうちに、隙が見えました。喰って、顎を開いて、数秒止まる。料理と同じです。いちばん無防備になる瞬間が、必ずある。
あなたが、いちばん頼りたい所で、また割れて、ひやひやしました。でも、決めの一瞬だけ、ちゃんと戻ってきてくれた。「核は喉の奥」と。あれで、刃が届きました。……そのくせ、戦いの大半は記録し損ねたと、平気な顔で言うのですから、力が抜けました。
奥の壁に、見たことのない鉱石がありました。あなたは「今の俺には、少し早い」と言いました。少し、です。いつか、と聞こえました。ダマスを、迎えに戻ります。地上へ連れて行きます。あの人に、太陽を見せます。それから、また記録します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




