第65話 ドワーフが、いた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
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ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 扉の、向こう
ヨーヘイは、半分だけ開いた扉に手をかけ、押し開けた。
刃は、まだ握ったままだ。声が聞こえたからといって、それが味方だとは限らない。こんな下層の底で、人の声を真似る魔物がいないとは言い切れない。だから、警戒を緩めずに、肩から先に隙間へ滑り込ませた。
流れ出してきた空気が、頬を撫でた。
ダンジョンの鉄気でも、岩の埃でもない。湿った、澄んだ水の匂い。そして、青いものの匂い。陽の射さない地の底に、確かに草の気配があった。
リリアが、後ろから聖属性の淡い光を翳した。光が、薄暗がりの奥まで届いていく。岩肌の割れ目から、細い水が湧いて、小さな溜まりを作っている。その縁に、丈の低い草が、確かに生えていた。
ヨーヘイは、思わず足を止めた。下層の通路は、どこも光を数歩で吸い込む、底のない闇だった。それが、この一室だけ、違う。水が音もなく湧き、草が淡い光を返している。岩しかなかった世界の底に、ぽつりと、生きているものの色があった。
石を積んだだけの粗い寝床。地面に刻まれた、無数の縦線。最初は罠の跡かと思ったが、よく見れば、それは日付だった。来る日も来る日も、岩に一本ずつ、線を増やしていった跡だ。その数は、とても、数日や数ヶ月では、利かなかった。
そして、その溜まりのそばに。
誰かが、座り込んでいた。
痩せ細った、小柄な体。伸び放題の髭。光に細められた目。骨の浮いた手で、こちらを制するように、片手を突き出している。背は、ヨーヘイの胸ほどしかない。けれど、それは岩でも、魔物でもなかった。
ヨーヘイ内心:(魔物じゃ、ない。……人だ。こんな、魔物の巣の底に、人がいる)
ルカ:「……ヨーヘイ。これ、人やんな? な?」
ルカの槍は、下ろしきれずに宙で止まっていた。リリアが息を呑む音がした。フィンだけが、警戒の唸りを上げなかった。むしろ、水と草の匂いに鼻を鳴らして、誰よりも先に、するりと中へ踏み込んでいった。
ヨーヘイ内心:(蓮が、こんな所に独りで落ちてたらと思うと……足が、勝手に前に出た)
ヨーヘイは、刃を鞘へ収めた。そして、突き出された骨ばった手の方へ、ゆっくりと、手のひらを開いて差し伸べた。
◆ 数年、ここに
その途端、頭の奥で、ずっと割れていた声が、すっと澄んだ。
ヨーヘイ:(解析さん。聞こえるか。さっきまで、ずっと割れてたが)
解析:「……現在地、鉱山ダンジョン下層・隔離空間。感知、良好です。……たいへん、静かな場所ですね」
ヨーヘイ内心:(戻った第一声が、宿の感想か)
張り詰めていた肩が、ほんの少しだけ下りた。割れてばかりだった相棒が、こんな呑気な調子で戻ってくると、こちらの気も、いくらか緩む。
解析:「目の前の人物――外傷は、ありません。衰弱と、栄養不足です」
リリアが、座り込んだ男のそばへ膝をついた。聖属性の淡い光を、責めるでなく、そっと包むように、その体へ当てる。男は一瞬、身を硬くしたが、害がないと分かると、息を吐いて、目を伏せた。
男:「……人か。本当に、人か。……魔物が、人の声で、おれを誘いに来たのかと思った」
声は掠れて、短かった。長く、誰とも話していなかった者の声だ。
ヨーヘイ:「俺たちは、人です。上から、降りてきました。あなたは」
男:「……ダマス。それだけだ。……名乗るほどのもんでも、もうない」
ダマスは、ぽつり、ぽつりと、訥々と語った。採掘の最中、通常は出ないはずの下層の魔物が、突然湧いた。逃げる途中で、足元の岩が崩れた。気づいたら、この隔離された空間に、独りで落ちていた。外には魔物がうろついていて、出るに出られない。湧き水と、草と、そこに生る実で、どうにか食いつないだ。それが、数年。
ダマス:「……最初の頃は、毎日、岩に線を引いた。何日経ったか、忘れないように。……だが、そのうち、数えるのをやめた。数えたところで、誰も来ん。日付なんぞ、知っても、腹の足しにもならん」
ヨーヘイは、地面の縦線を、もう一度見た。途中で、ぷつりと止まっている。線が止まったところから先の、数えられなかった日々の長さが、かえって重く、胸に来た。
リリアが、聖属性の光を当てる手を、一瞬、止めた。その横顔に、ヨーヘイは見覚えのある翳りを見た。誰かを助けに行って、間に合わなかった者の顔だ。けれど、リリアは何も言わず、また静かに、光を男の体へ戻した。
ダマス:「……何年か、外で、誰かが扉を叩く音がした。叩いて、削って、こじ開けようとして……だが、誰も、開けられなかった。……お前たちは、どうやって、あれを開けた」
ヨーヘイ:「順番を、読んだだけです。仕掛けってのは、料理と同じで、手順がある」
ダマス:「……料理人が、こんな所まで降りてくるか。……上から、降りてきただと。正気か」
ヨーヘイは、スタンピードの調査で、上層から潜ってきたのだと話した。ダマスは、信じられないという顔で、ヨーヘイたちを見回した。
ヨーヘイ内心:(鍛冶師が、行方知れずだと聞いた。……まさか、この人が)
ふと、ファスト村で耳にした、失踪した鍛冶師の噂が、頭をよぎった。けれど、ヨーヘイは、それを口には出さなかった。確かめる前に、勝手に決めつけるのは、料理の味を見ずに塩を振るようなものだ。
ヨーヘイ内心:(帰れない場所に、長くいると、人はどうなるんだろうな)
その問いに、答えは、まだ出さないでおいた。
◆ 実と、肉と
フィンが、水の溜まりの縁で「キュッ」と鳴いた。
草の間に生る、小ぶりの赤い実。淡い光の下で、内側からほのかに発光しているようにも見える。フィンは、そこへ一直線に鼻を寄せて、しきりに尾を振っていた。これまでも、この従魔が鼻を鳴らして示したものに、外れはなかった。
ヨーヘイ内心:(フィンが選ぶものは、いつも当たる)
ヨーヘイ:(解析さん。この実は)
解析:「……エリクサーの素材に類する成分を、含んでいます」
ヨーヘイ内心:(エリクサー……? よく分からないが、フィンと解析さんが言うなら、体にいいものなんだろう。……ルカに、効くかもしれない)
ヨーヘイは、実をいくつか摘んで、収納へ収めた。何のための実かは、はっきりとは分からない。けれど、放っておく気には、ならなかった。
ダマス:「……その実は、ここで何年も、おれを生かした。……持っていけ。おれより、お前らの方が、使い道を知ってるんだろう」
ヨーヘイは、ルカに実を一つ手渡した。
ヨーヘイ:「ルカ。これ、体にいいものらしい。持っておけ」
ルカ:「……なんやそれ。ようわからんけど、もらっとくわ」
ルカは首をかしげながらも、実を受け取って、布袋にしまった。深くは聞かなかった。
それから、ダマスが、掠れた声で言った。
ダマス:「……酒は、ないのか」
数年ぶりに人と会った男の、第一の望みが、それだった。
ルカ:「ないけど、肉ならあるで」
あまりにあっさりした返しに、ダマスは一瞬、虚を突かれた顔をした。ヨーヘイは、もう収納から、イワドリの肉を出していた。何年もまともに食っていない体に、いきなり脂の重いものは、酷だ。
ヨーヘイ内心:(まずは塩気と、水だ。人を生かすのも、料理人の仕事のうちだろう。……いつか俺の店で、こういう“まいった客”を、一皿で立たせてやりたい)
炭はないから、リリアの聖属性の熱で、肉を軽く炙り直す。薄く塩を振り、湧き水を椀に汲んで、ダマスの前へ置いた。
ダマスは、震える手で椀を取り、水を一口含んだ。それから、炙った肉を、ほんの少しだけ、口に入れた。
ゆっくりと、噛んでいた。歯が弱っているのか、それとも、味わっているのか。喉が、こくりと動いた。
長く、黙っていた。
ダマス:「……塩は、贅沢だな。……何年ぶりだ、こいつは」
皮肉のような、礼のような、乾いた一言だった。ヨーヘイは、何も言わずに、もう一切れ、椀へ足した。
ダマス:「……がっつくなと、自分に言い聞かせてる。久しぶりに、まともなものを入れると、腹が驚く。……生き延びるってのは、最後まで、こすっからい」
その口ぶりに、ルカが小さく噴き出した。
ルカ:「あんた、ようさん独り言の練習しとったんやな」
ダマス:「……壁としか、喋れんかったからな。壁は、相槌が下手でな」
乾いた笑いが、薄暗がりに、ほんの少しだけ灯った。
◆ もっと奥の、音
人心地のついた空気を、ダマスの一言が、断った。
ダマス:「……お前たち。ひとつ、言っておく」
ダマスは、奥の岩壁の方へ、ぎょろりと目を向けた。
ダマス:「……ここにいる間、ずっと聞こえていた。……数ヶ月前から、もっと奥で、すごい音がしている。……岩を叩くような。いや、もっと、でかい何かが、動くような」
ヨーヘイの背筋を、冷たいものが這った。
ヨーヘイ:(解析さん。奥に、何かいるか)
解析:「……音の発生源を、感知しました」
それきり、解析は、黙った。いつもなら、間を置かず数値を並べてくるはずの声が、長く、長く、途切れた。
解析:「……大きいです」
たった一言だった。温度の消えた、無機質な声だった。
フィンが、奥の闇へ鼻先を向けて、低く「キュウウッ……」と鳴いた。さっきまで実に尾を振っていた従魔の体が、また、こわばっていた。
救い出した一人の奥に、まだ、何かがいる。それも、解析が「大きい」としか言えない、何かが。
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【第65話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:29(本話は戦闘なし・据え置き) HP:480/480 MP:232/232
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《採取》Lv1 59/100(セーフゾーンの実の採取で微増)
・《解析》Lv2(全機能解放・64の下層通路では途絶/断続→本話はセーフゾーン内でほぼ回復=環境差。スキル自体は無事)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし
・支出:なし
・本話終了時手持ち:5,211枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・新規:セーフゾーンの実(魔力を含む実・複数)※フィンが反応・解析が「体に有用」と鑑定して確保
・消費:イワドリの肉(一部・衰弱したダマスへの応急の一口に使用)
・残:イワドリのもも・むね・砂袋(砂肝)・骨/岩牙のロース塊/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・「扉が少し開く・扉の向こうの声」の続きから、扉を押し開けてセーフゾーン(湧き水と草の隔離空間)へ。声の主=数年間ひとり閉じ込められていた、痩せ細ったドワーフ=ダマスと対面
・解析がセーフゾーン内でほぼ回復(64の途絶との対比)。リリアの聖属性で最低限の手当て。ダマスから経緯を聞く(採掘中に下層の魔物が突然湧いた→逃走中に落下→隔離空間に孤立→水と草と実で数年生き延びた)
・ダマスは自分の素性をほとんど語らなかった。ヨーヘイは鉱山の街で聞いた鍛冶師失踪の噂と重ねるが、断定せず、口にも出さない
・フィンがセーフゾーンの実に真っ先に反応→解析「エリクサーの素材に類する成分を含んでいます」(※ヨーヘイにのみ届く)。ヨーヘイは“ルカの体に効くかも”と確保。ルカには「体にええもんらしい」と曖昧に渡す
・ダマス「酒はないのか」→ルカ「ないけど、肉ならあるで」。ヨーヘイが衰弱した体に重すぎない応急の一口(塩を振った炙り肉+水)を差し出す
・末尾=ダマス「もっと奥で、すごい音がしている」→解析「音の発生源を感知しました」→長い沈黙→「……大きいです」。フィンが再び奥へ「キュウウッ……」
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
扉の向こうに、人がいました。数年、たった独りで、この底に閉じ込められていた人です。ダマスと名乗りました。それ以上は、まだ何も話してくれません。けれど、それでいいと思いました。何年も声を出していなかった人に、いきなり全部を話せとは、言えません。
あなたが、この隔離空間に入った途端、すっと戻ってきたときは、正直、ほっとしました。戻った第一声が「静かな場所ですね」だったのには、力が抜けましたが。あなたがいないと、こんなに心細いものかと、下層に降りてから、何度も思い知りました。
フィンが、妙な実を見つけました。あなたが「体に有用だ」と言うので、いくつか持ち帰りました。ルカに渡しておきました。何のための実なのか、私にはまだ分かりません。けれど、フィンとあなたが言うなら、間違いはないでしょう。
ダマスに、肉を一口食わせました。何年もまともに食っていない体です。脂は重い。だから、塩気と水から。人を生かすのも、料理人の仕事のうちだと、改めて思いました。「塩は贅沢だ」と、皮肉を言われました。あれは、たぶん、礼です。
それから、ダマスが言いました。もっと奥で、すごい音がしている、と。あなたは「大きいです」とだけ言って、黙りました。あなたが言葉を惜しむときは、たいてい、ろくなことがありません。人を一人、見つけて、救う入口に立ったばかりです。けれど、その奥に、まだ何かがいます。確かめます。確かめてから、また記録します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




