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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
4章 「帰れるのに、帰らない。」

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第64話 声が、聞こえた。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 返ってこない方へ、降りる



 縁に立ったまま、ヨーヘイは一歩を踏み出した。


 覗き込むのは、もう昨日のうちにやった。今やることは、降りることだけだ。縦坑の縁に打ち込んだ杭へロープをかけ、足場になる岩棚を一段ずつ確かめながら、底の見えない穴へ体を預けていく。冷たいものが下から昇り、首筋を撫でていった。


 その前に、腹は満たしておいた。


 降りる支度の合間、ヨーヘイは収納から昨日のイワドリを出し、赤身と砂肝を七輪で軽く炙った。脂の少ない肉が、炭の上でちりちりと縁を焦がす。鉄気の濃い赤身を一切れ噛むと、血と土の混じった旨みが、後からじわりと押し寄せてきた。砂肝は、こりっと小気味よく歯を弾く。


ヨーヘイ内心:(こんな見えない穴の底へ降りる前でも、腹は減る。鉄気の赤身で、足が前に出るんだから、料理ってのは大したもんだ。……いつか椅子のある店で、客の“ここぞ”って時に、これを出したい)


ヨーヘイ内心:(蓮なら、こんな真っ暗な穴、怖がって俺の後ろに隠れたろうな。だから、俺が先に降りる)


 上層の縦坑の縁には、ザイドたち先発隊が残った。


ザイド:「ここから先は、俺たちの手に余る。下りる道具も、肝も足りねえ。縦坑は守る。あんたらが戻る道だけは、ふさがせねえよ」


ヨーヘイ:「助かります。戻ってきたら、また一皿焼きます」


ルカ:「ここまで来て、戻る理由がどこにあるん。下まで行かな、終わらへんのやろ」


 ルカの声に迷いはなかった。半年という時間が、その背中を前へ押している。リリアは槍を握り直し、フィンは誰よりも早く縁へ寄って、底へ鼻を向けていた。


 降りきった足が、下層の岩床を踏んだ。


 その瞬間、頭の奥でいつも澄んでいた声が、砂を噛んだように途切れた。


解析:「……現在地、鉱山ダンジョン……ザッ……下層。感知、再構築中……ザザッ……」


ヨーヘイ内心:(解析さんの声が、割れてる。これが、“返ってこない”ってことか)


 リリアが聖属性の淡い光を闇へ翳すと、降りた周りだけは、光が壁に届いて返ってきた。けれど、その先――通路の奥は、光が数歩で吸われて、底を見せなかった。下層のすべてが見えないわけではない。見えるところと、見えないところが、まだら模様になっている。それが、かえって不気味だった。



◆ 見えない相手と、解析のいない俺



 通路を進んで、最初の影と出くわした。


 大きさは、上層のモグラより一回り上か。輪郭は影に溶けて、はっきりしない。ヨーヘイは反射で解析へ問いを投げた。


ヨーヘイ:(解析さん、こいつは何だ。弱点は)


解析:「……これは……ザザッ……鑑定、で……(沈黙)」


ヨーヘイ内心:(出ない。名前も、弱点も、出ない)


 いつもなら、影が動く前に弱点が頭へ流れてくる。それが、無い。相手の正体が分からないまま、刃の間合いだけで向き合うのは、思っていたよりずっと、足元が頼りなかった。


 フィンが、ヨーヘイの右前で「キュッ」と短く鳴いた。匂いで、敵の位置を先に取っている。


ヨーヘイ:「フィンが見てる方向だ! リリア、面を!」


リリア:「はい――広げます」


 リリアの掌から光が横へ伸び、影の勢いが見えない壁でたわむ。ルカの炎が通路の壁を舐め、影の輪郭を一瞬だけ浮かび上がらせた。その隙に、ヨーヘイは二刀で側面へ回り込む。けれど、影はもう一体いた。


 横から、硬いものが叩きつけられた。


 ヨーヘイの二刀が弾かれ、手首に痺れが走る。体勢が崩れた。崩れたその先へ、二体目の影が低く突っ込んでくる。刃は届かない。下がる足場も、無い。


ヨーヘイ:(解析さん! 間に合わない、どっちへ逃げる!?)


 答えは、ヨーヘイには届かなかった。


 代わりに、ルカが、はっと顔を上げた。


ルカ:「――今っ、ヨーヘイ、左っ!」


 考えるより先に、体が左へ跳んでいた。二体目の影は、さっきまでヨーヘイがいた岩を、硬い嘴のようなもので砕いた。砕けた岩の破片が、頬をかすめて飛ぶ。間一髪だった。


 ヨーヘイは跳んだ勢いのまま、影の首の付け根らしき高さへ刃を滑らせた。手応えがあった。影が崩れ、もう一体もフィンとリリアの連携で沈んだ。


 息を整えてから、ヨーヘイはルカを見た。


ヨーヘイ:「ルカ。今の“左”、なんで分かった」


ルカ:「……分からへん。なんか、聞こえてん。短い、誰かの声で……『左』って。ヨーヘイのでも、リリアのでもない。……スキルか何かか?」


 ルカは自分の言葉に戸惑って、こめかみのあたりを押さえた。ヨーヘイは、胸の奥がひやりとするのを感じながら、表には出さなかった。


ヨーヘイ:「気のせいだろう。下は気が張る。耳もおかしくなる」


ルカ:「……そうかな。そやといいんやけど」


 頭の奥で、割れた声が、何ごともなかったように戻ってきた。


解析:「……先ほどの出力は、業務の範囲内です」


ヨーヘイ内心:(業務の範囲内で、ルカがあんなに固まるか。……まあ、いい。今は、聞かないでおく)


 リリアには、何も聞こえていないようだった。聖属性の光を握り直し、静かに先を見ているだけだった。



◆ 戻ったり、戻らなかったり



 通路は、まだ奥へ続いていた。


 歩きながら、ヨーヘイは解析の調子を確かめた。途切れ途切れに戻ってくるその声は、どうにも間が抜けていた。


ヨーヘイ:(解析さん。この先、罠はあるか)


解析:「……右に……ザザッ……(沈黙)……お腹は、空いていますか」


ヨーヘイ内心:(罠の話をしてくれ。砂肝の感想は、後でいい)


 数歩進んでから、解析がようやく「罠の反応は、ありません」と、さっきの問いに答えた。タイミングが、まるごと一拍ずれている。


ルカ:「ヨーヘイ、さっきから独り言、多ない? この穴、頭まで暗うなるで。大丈夫か」


ヨーヘイ:「……ああ。考えごとが、多いだけだ」


 ルカからは、ヨーヘイが一人で宙へ喋っているようにしか見えていない。それでいい、とヨーヘイは思った。リリアが先の闇へ光を投げ、フィンが鼻先で道を選ぶ。張り詰めっぱなしだった肩が、ほんの少しだけ下りた。


 その緩んだ空気を、フィンの足音が、ふいに止めた。



◆ 順番さえ、読めれば



 通路の最奥に、それはあった。


 扉だった。岩を掘り抜いた壁の、ちょうど人ひとり分の高さに、扉がはまっている。岩ではない。鈍く光る金属と、組まれた木。明らかに、人の手で造られたものだ。こんな下層の奥に、誰かが、これを据えた。


ヨーヘイ内心:(誰かが、ここを“閉じた”。閉じたってことは――中に何かを入れて、いや、守って)


 扉の外側には、回転する輪と、噛み合う歯のような金具が並んでいた。仕掛けだ。そして、その周りには、別のものも残っていた。刃こぼれの傷。折れた工具の先。岩を引っ掻いた、爪のような跡。


ヨーヘイ内心:(誰かが、ここを開けようとして、諦めた跡だ。腕に覚えのある奴が、何人も。それでも、開かなかった)


 フィンが、扉の前で鼻を鳴らした。唸りではない。「キューン」と、不安とも、呼ぶともつかない声で、扉の下の隙間へ、しきりに鼻を寄せている。


ヨーヘイ内心:(フィンは、仕掛けじゃなくて、扉の“向こう”を気にしてる。向こうに、何かいる)


ヨーヘイ:(解析さん。この仕掛け、解けるか)


解析:「……輪を……ザッ……順に……(沈黙)……三番目から……ザザッ……」


ヨーヘイ内心:(全部は出ない。断片だけだ。なら、断片を繋いで、あとは自分で読むしかない)


 ヨーヘイは、輪に指をかけた。


ヨーヘイ内心:(仕掛けってのは、レシピと同じだ。順番がある。下ごしらえして、火を入れて、仕上げる。順番を間違えたら、味は決まらない。この輪も、回す順番がある)


 リリアが聖属性の光を金具の細部へ当て、影になっていた刻みを浮かび上がらせた。ヨーヘイは解析の断片――「三番目から」を頼りに、噛み合わせの溝を一つずつ指でなぞった。料理人の手は、細かい段取りには慣れている。三番目の輪を半分、次に一番目を戻し、二番目を最後まで。歯と歯が、順番に沈んでいく。


ルカ:「……ヨーヘイ、あんた、なんでそんなん解けるん」


ヨーヘイ:「順番を読むのは、厨房でさんざんやってきた。それだけだ」


 最後の歯が、かちり、と落ちた。



◆ 声が、聞こえた



 扉が、指の幅だけ、ひとりでに開いた。


 その隙間から、空気が流れ出してきた。ダンジョンの鉄気でも、岩の埃でもない。水の匂いだった。湿った、澄んだ水の匂い。そして、青いものの匂い――草の、匂いだった。


ヨーヘイ内心:(水と、草。こんな、陽も射さない下層の底に)


 フィンが、警戒よりも先に、隙間へ鼻を突き出した。リリアが息を呑み、ルカが槍を構え直す。ヨーヘイは、扉の隙間の、その暗がりの奥へ、目を凝らした。


 暗がりの、奥から。


 掠れた、低い声が、聞こえた。


声:「ちょ、ちょっとまってくれ!!」


 長く誰とも話していなかったような、錆びついた声だった。けれど、それは確かに、岩でも魔物でもない、生きた“誰か”の声だった。


 ヨーヘイは、刃を握る手に力を込めたまま、その声の方へ、一歩を踏み出した。



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【第64話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:29(下層の連戦で上昇) HP:480/480 MP:232/232


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・《瞬歩》Lv2 16/100(下層の手探り戦で微増)

・《二刀流》Lv1 26/100(連戦で微増)

・《解析》Lv2(全機能解放・変動なし。下層では環境により出力が途絶/断続=スキル自体は無事)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・収入:なし(下層攻略の報酬は、スタンピード討伐依頼の達成に合算予定)

・支出:なし

・本話終了時手持ち:5,211枚(銅貨)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・消費:イワドリの赤身・砂肝(一部・下層へ降りる前の腹ごしらえ)

・残:イワドリのもも・むね・砂袋(砂肝)・骨/岩牙のロース塊/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)

・変動なし:上記以外の持ち物


▼ 本話の出来事

・「下層への通路・感知が届かない」の続きから、縦坑を降りて下層へ突入。ザイド先発隊は上層に残り、縦坑(退路)を確保。核の四人ヨーヘイ・リリア・ルカ・フィンで下層へ

・下層では《解析》が途絶/断続し、魔物の鑑定(名前・弱点)が出ない。ヨーヘイは自分の目とフィンの嗅覚、仲間の連携だけで手探りの戦闘

・危機の頂点で、ルカが短い“声”を拾い(「左」)、ヨーヘイがそれで難を逃れる。ルカは発生源を「スキルか何か」までしか分からず、ヨーヘイも何も言わなかった

・解析が途切れ途切れに戻り、噛み合わない受け答え(罠を尋ねたら「お腹は空いていますか」等)

・通路の最奥に、人の手で造られた扉を発見。外側に仕掛け、周囲に「過去に誰かが挑んで諦めた痕跡」。ヨーヘイは解析の断片助言+料理人の段取りを読む眼で、誰も開けられなかった仕掛けを解く

・末尾=扉が指の幅だけ開く。隙間から水の匂いと草の匂い。暗がりの奥から、掠れた低い声「ちょ、ちょっとまってくれ!!」


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。聞こえていたら、ですが。


 下層へ、降りました。あなたの声が、降りた途端に割れたときは、正直、足の裏が冷たくなりました。名前も弱点も出ない相手と刃を合わせるのが、こんなに心細いとは思いませんでした。いつも当たり前にあなたに頼っていたんだと、無くなって初めて分かりました。


 危ないところで、ルカが“声”を拾って、助かりました。あれが何なのか、私はあえて聞かないでおきます。あなたが「業務の範囲内」と言うなら、今はそういうことにしておきます。ルカを、無用に不安にさせたくもありません。


 扉が、ありました。こんな底に、人の手で造られた扉です。周りには、腕のある誰かが何人も挑んで、諦めていった跡がありました。それでも、開きました。仕掛けは、レシピと同じでした。順番さえ読めれば、火は通る。厨房で覚えたことが、こんな穴の底で役に立つとは思いませんでした。


 扉の向こうから、水と、草の匂いがしました。そして、声が、聞こえました。岩でも、魔物でもない、生きた誰かの声でした。長く、誰とも話していなかったような声でした。この見えない下層の、いちばん奥に、誰かがいます。これから、確かめます。確かめてから、また記録します。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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