第62話 ダンジョンの、入口。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 近い、が目の前になるまで
灰色の稜線は、半日かけて、見上げるものに変わった。
昨日まで「近い」と言葉で呼んでいた東の山は、街道を東へ詰め、瓦礫まじりの坂を登り、最後の杉林を抜けたところで、もう「目の前」だった。ヨーヘイは荷車の轍が消える地点で足を止めた。そこから先は岩だった。剥き出しの岩肌に、人が削った古い痕が縞になって走っていた。
その縞の集まる先に、穴があった。
鉱山ダンジョンの入口は、思っていたより、口に似ていた。山腹を四角く刳り抜いた坑道で、縁に組まれた木枠は黒ずみ、奥は数歩で光を呑んでいた。冷たい空気が、そこから一定の間隔で吐き出されてくる。生暖かい外気とぶつかって、入口の手前で薄い靄になっていた。
ヨーヘイ内心:(息を、してるみたいだな)
解析:「……ダンジョン入口の危険度を測定します」
ヨーヘイ:(頼みます)
解析:「……業務の範囲内で申し上げますと、入った時点で測定対象が増えすぎて、平常値が出せません。“危険”と出すこともできますが、それは入口の前で言っても、意味がないかと」
ヨーヘイ内心:(測れない、って言ってるのと同じだな)
ふもとには、先発した冒険者たちの簡素な野営があった。布を張った日除けの下で、何人かが武器を研いでいる。ヨーヘイはそこにカゼと荷車を預けた。牽引の相棒は、坑道の闇を一度見上げて、低く鼻を鳴らした。中までは連れていけない。フィンだけが、ヨーヘイの足元で随いてきた。
そのフィンが、入口の手前で、一度足を止めた。
怖がっているのではなかった。前脚を揃えたまま、鼻先を入口へ向け、それからもっと奥――坑道の底のほう、足の下のほうへ、耳をひねった。入りたくない、けれど、奥が気になる。そういう同居だった。
ルカ:「うわ、ほんまに穴やん……」
リリア:「ダンジョンとは、だいたい穴です」
ルカ:「いや、そういうことちゃうて。なんか、吸われそうな穴やなって話やねん」
ヨーヘイは、黒く埃をかぶった木枠の組み方を、しばらく見ていた。誰かが、丁寧に組んだものだった。ずいぶん昔に、ここで働いた者がいた。鍛冶師が一人、入ったまま出てこないという噂が、ふいに足元の温度を下げた。だが、確かめていないことは、口にしなかった。あの埃をかぶった工房を思い出しただけで、まだ書かない、と自分に言った。
◆ 湧きが、止まらない
入口付近の討伐依頼は、単純なはずだった。
坑道の口から外へ漏れ出てくる魔物を、間引く。先発隊が連日こなしてきた仕事で、難しい相手ではないと聞いていた。実際、最初の数体は容易かった。鉱山のモグラ――硬い前爪で岩を掘る、毛のない大鼠のような獣が、闇から這い出てきた。ヨーヘイは《瞬歩》で間合いを潰し、二刀で首の付け根を裂いた。進化したばかりの脚は、踏み込みの最後の半歩が、明らかに速かった。
解析:「……鉱山産のモグラ種。三体。後続、あり」
後続あり、の声が終わらないうちに、次が来た。
ルカ:「ヨーヘイ、右や! 二匹まとめて来とる!」
ヨーヘイ:「見えてる! リリア、面で!」
リリア:「はい――」
リリアの掌から、淡い光が横に広がった。聖属性を、点ではなく面で張る。湧き出た列の勢いが、見えない壁に当たって一瞬たわんだ。その一瞬を、ヨーヘイの《瞬歩》が縫った。脇をすり抜けざまに前脚の腱を断ち、返す刃で喉を割く。脂の匂いではなく、湿った土と血の匂いが、坑道の冷気に乗ってきた。
倒した。倒したのに、減らなかった。
モグラの群れの後ろから、今度はもっと大きな影が、肩を揺すって出てきた。鉱山のオークだった。街道で食べた、あの脂の乗った相手と同じ種だ。それが二体、三体と、闇の奥から押し出されるように現れた。押し出される、という言葉が、正確だった。自分から出てくるのではない。後ろから、何かに詰められて、出口へ零れてくる。
ルカ:「なんやこれ、昨日までこんなに出てへんかったやろ!?」
近くで槍を構えた先発の男が、息を切らして吐き捨てた。
ザイド:「出てなかったさ。ゆうべからだ。坑道が、こいつらを吐き始めた」
ヨーヘイは、捌いた。捌いて、抜けて、また捌いた。オークの厚い首に刃を入れると、皮の下の脂が刃を一瞬掴み、それを押し切るたびに、温い血が手首まで跳ねた。生臭さと、湿った土と、汗の匂いが、坑道の冷気のなかで濃く混じった。腕が重くなる前に、次の影が闇から肩を出す。だが、解体しようとは思わなかった。料理に回す余裕も、なかった。倒した先から次が来る坑道の口で、肉を切り分ける手を止めれば、その手が次に裂かれる。これは「多い」のではない。「止まらない」のだ。質が違う、と全員の背中が言っていた。
息が上がっていた。声を出さなければ、間合いを見失う。
ヨーヘイ:「ルカ、左の二体! 俺は奥を止める!」
ルカ:「任しとき!」
ルカの炎が、坑道の壁を舐めて横へ走り、湧き出る列の側面を炙った。怯んだ一瞬を、ヨーヘイの《瞬歩》が抜けた。
フィンは、その間も、湧いてくる魔物を見ていなかった。ヨーヘイの足の下――岩盤の、そのまた向こうへ、鼻先を向けて、低く唸っていた。
◆ タンが、塩で折る
日除けの下に退いて、ようやく息がついた。
先発隊は、十人ほどの寄り合いだった。連日の坑道仕事で目が落ちくぼみ、よそ者を見る目には、縄張りの棘があった。リーダー格のザイドが、槍の石突きで地面を突いて、ヨーヘイの前に立った。
ザイド:「ベルネから来た流れの四人組ってのは、あんたらか。悪いが、こっちは手一杯だ。よそ者の肉なんざ――」
その「肉なんざ」の語尾が、消えた。
ヨーヘイが、炭を熾した小さな七輪に、薄く切った岩牙のタンを置いたところだった。Dグレードの大物から取れた、最後の一部位。重い肉の、いちばん弾力のある場所。それが熱で反り返り、表面に汗のような脂を浮かべ、その脂が炭に落ちて、ぱちっと爆ぜた。匂いが、立った。
ザイドの喉が、上下した。理屈より先に、唾を呑んでいた。
解析:「……対象の警戒度、急低下を観測。原因は栄養価ではなく、脂が炭に落ちて爆ぜる音と推定します」
ヨーヘイ内心:(人の心が、音で折れていくのを、実況しないでくれ)
ヨーヘイは、塩を一つまみ振った。タンの縁が透き通って、中心だけが薄紅に残るところで引き上げ、串も使わず、指でつまんで差し出した。
ヨーヘイ:「一切れ、どうぞ。縄張りの礼です」
ザイドは、しばらく睨んでいた。それから、黙って受け取った。噛んだ。表面の香ばしさの奥から、こりっとした弾力と、追いかけてくる脂と、それを締める塩。男の眉間の皺が、咀嚼の途中で、ほどけた。
ザイド:「……なんだこれは。タンか。タンを、こんな……」
ヨーヘイ:「奥の様子を、教えてもらえますか。上は、どうです」
ザイドは、二切れ目に手を伸ばしながら、低く言った。上層は、押し出されてくる、と。自分たちが攻めているのではなく、奥から零れてくるものを、入口で受け止めているだけだ、と。下へ行くほど、その勢いが増す気がする、と。それ以上は、誰も知らなかった。奥に何があるのか、誰も見ていない。
ザイド:「……あんた、店でもやってんのか」
ヨーヘイ内心:(タンも、品書きに要るな。希少だが、こういう“ここぞ”で出す一品として。いつか、椅子のある店で)
ルカが、串の脂を舐めながら、坑道の口を見た。
ルカ:「うちも、ここまで来たら引かへんで。半端に戻るほうが、よっぽど嫌や」
素材を集めている、とは言わなかった。本人が、知らないからだった。
◆ 上層を、割る
先発隊と隊列を組んで、ヨーヘイたちは坑道へ踏み込んだ。
外光が背後で細くなり、数歩で消えた。リリアの聖属性の淡い光が、坑道の岩肌を青白く照らした。湧いてくる魔物の列を、リリアが面で止め、ヨーヘイが《瞬歩》で割り、ルカの炎が壁際を舐めて道を作る。ザイドたちの槍が、横から零れる影を突き止める。連携は、即席にしては、噛み合った。タン一切れの貸し借りが、背中を預ける距離を、少し縮めていた。
暗がりで聖属性の光を横へ張った一瞬、リリアが、誰にともなく零した。
リリア:「……昔は、こうやって誰かの前に立つのが、私の役目でした」
ヨーヘイは、聞き返さなかった。聞き返せば、彼女が口を閉じることを、知っていた。母のことも、失くした盾のことも、今は、まだ。
坑道は、下りだった。緩い傾斜が、足の裏に、ずっと「下」を感じさせた。フィンは、その下りを、誰よりも気にしていた。前を塞ぐ魔物より、足元の岩の、そのまた下。そこへ鼻先を向けたまま、ヨーヘイの脛にぴたりと寄って進んだ。
ヨーヘイ内心:(蓮なら、こういう穴を、覗き込みたがったろうな)
危ないからやめろ、と言う側だった。その自分が、いま、いちばん深い穴へ、自分の足で降りていた。西の道は、もう背中の遠くにあった。逃げられた道を選ばなかったことを、後悔はしていなかった。
進むほどに、解析の口数が、減っていった。漫才の余白が、坑道の冷気に吸われていくようだった。
◆ 三倍、の意味
上層を、どれだけ進んだ頃だったか。
ひとしきりの群れを捌き、列が途切れたところで、ヨーヘイは壁に背を預けて息を整えた。湧いた数が、頭の中の見積もりと、合わなかった。多い。多すぎる。その違和感を、口にする前に、解析が淡々と言った。
解析:「……上層の魔物密度が、通常の三倍です」
ルカ:「三倍……それが、スタンピードの原因なん?」
解析:「……いいえ。これは、結果です。原因は、もっと下にあると推定します」
ヨーヘイ内心:(下、か)
フィンが、岩の床に、鼻をつけた。
東を見ていたのではない。足元の、その下へ。フィンは鼻先を冷たい岩に押し当て、喉の奥から、聞き慣れた、けれどいつもより深い唸りを漏らした。
フィン:「キュウウッ……」
ヨーヘイは、自分の立っている岩盤の厚みを、初めて意識した。この下に、まだ坑道がある。その下にも。上層でこれなら、下は。問いの続きは、自分でも怖くて、最後まで転がせなかった。
冷たい空気が、また一定の間隔で、下から昇ってきた。
まるで、もっと深いところで、何かが、息をしているように。
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【第62話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:27 HP:455/455 MP:220/220
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv2 6/100(入口・上層の連戦で微増)
・《二刀流》Lv1 17/100(連戦で微増)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし(入口討伐依頼の報酬は、スタンピード討伐依頼の達成に合算予定)
・支出:なし
・本話終了時手持ち:5,211枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・消費:岩牙のタン(先発隊との合流時に七輪で提供)
・残:岩牙のロース塊(残)/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・鉱山ダンジョンふもとに到着。カゼと荷車を先発隊の野営に預け、フィンのみ随行で入口に立つ
・入口付近の討伐依頼を捌くが、倒した先から湧き続ける「止まらない異常」を体感。昨夜から坑道が魔物を吐き始めたと先発隊が証言=スタンピードの前兆
・岩牙のタン塩で、縄張り意識の強い先発隊リーダー・ザイドの警戒を解き、上層が「奥から押し出されてくる」感触であることを聞き出す
・先発隊と隊列を組み、上層へ潜入。聖属性の面と《瞬歩》と炎で列を割って進む
・末尾=解析「上層の密度は通常の三倍/原因はもっと下」。フィンが岩床に鼻をつけ、“下”へ向けて唸る
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
穴の前に、立ちました。半日かけて、近い、が、目の前になりました。息をしているみたいな入口でした。冷たい空気が、奥から一定の間隔で吐き出されてくる。気のせいだと思いたかったのに、末尾で、また同じ呼吸を、もっと下から感じました。気のせいでは、なかったのかもしれません。
入口で、捌きました。倒しても、減りませんでした。鉱山のモグラも、オークも、自分から出てくるのではなく、後ろから詰められて零れてくる。押し出される、という言葉が、いちばん近かったです。あれを全部討とうとしたら、手が止まった瞬間に、その手が裂かれます。だから、料理は、しませんでした。坑道の口で肉を切る余裕は、ありませんでした。
タンだけ、焼きました。岩牙の、最後の一部位です。よそ者の肉なんざ、とザイドさんが凄んだ、その語尾が、脂の爆ぜる音で消えました。人の警戒が、音で折れるのを見たのは、少し、痛快でした。金でも、実績でもなく、一切れの塩で、これから一緒に潜る相手と、肩を並べました。料理は、こういうときにも、効くんですね。
上層は、三倍だそうです。でも、それは結果で、原因はもっと下にある、とあなたは言いました。フィンが、足の下に鼻をつけて唸りました。蓮なら、こういう穴を、覗き込みたがったでしょう。危ないからやめろと言う側だった私が、いちばん下へ、自分の足で降りています。怖くないと言えば、嘘になります。でも、戻りません。下に、何があるのか。確かめてから、また記録します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




