第61話 鉱山が、近い。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 下がらない、という意味
空になった煮込みの皿を、ヨーヘイはまだ見ていた。
切り通しの食卓には、撃退の余韻が残っていた。誰かが焚き火に枝を足し、誰かが低く笑い、誰かが椀を片づけている。岩牙を討って、肉を分けて、一段落したはずだった。だが、解析の声が、その温かさを下から冷やしていた。
解析:「……繰り返します。周辺の魔物密度、低下していません。発生源は、東の――鉱山の奥です」
ヨーヘイ内心:(下がらない、というのは、つまり)
解析:「……いくら討っても、奥から補充されるという意味です。撃退は、解決ではありません」
ヨーヘイは、皿の底に張りついた脂の輪を見た。重い肉だった。骨の髄まで使える、いい肉だった。それを獲ったことが、何も終わらせていなかった。
ドレンが、東の空を見たまま座っていた。ゆうべ言葉を切ったきり、炉の火の続きは、今朝も言わない。誰もいない坑道の奥で炎が燃えていたとか、そういう話を、この男はいつも途中でやめる。
ドレン:「……決めたか」
ヨーヘイ:「まだです」
ドレン:「……そうか」
西へ抜けろ、とゆうべ言われていた。荷も馬車もある、今なら間に合う、と。逃げ道は、もう示されていた。親切で言っているのは、分かっていた。
ルカが、串を放り出すように置いた。
ルカ:「逃げるんか、戦うんか、どっちなん。ヨーヘイ、あんた、もう顔に出とるで」
ヨーヘイ:「出てますか」
ルカ:「出とる。めっちゃ出とる」
リリアが、静かに口を開いた。
リリア:「……ヨーヘイさんは、もう決めています」
ヨーヘイ内心:(決めてない。……いや)
決めてない、と言おうとして、言えなかった。皿の脂の輪を、もう一度見た。獲った肉を、街の人間と分けて食べた。知らない誰かが、椀を空にして笑った。あの温度を作っておいて、発生源を放って西へ抜ける。それは、できる。できるが――
ヨーヘイ内心:(決まってる、のか。とっくに)
フィンが、ヨーヘイの隣で東を向いていた。耳が、ずっとそちらを向いたままだった。喉の奥で、低く、唸っている。
フィン:「キュウウッ……」
その声だけが、誰よりも早く、答えを知っているようだった。
◆ 数が、おかしい
夜が明けきる前に、馬車を東へ向けた。最初の街へ戻る。発生源を見るには、まず情報がいる。それだけは、決めた。
街道の朝靄は、白く、重かった。カゼが荷台を引く蹄の音が、やけに大きく響く。その靄の向こうに、影が立った。
解析:「……前方、魔物反応。オーク種を含む混成。数――」
ヨーヘイ:(解析さん、戦わずに迂回できる経路は)
解析:「……周辺、全方位に反応。迂回経路は、ありません。業務の範囲内で申し上げますと、どこを通っても、湧きます」
ヨーヘイ内心:(迂回って言葉、機能してないな)
昨夜の大群を退けた。退けたはずだった。なのに、靄の中に、また影が起きている。倒した先から、地面が盛り上がるように、次が立つ。
ヨーヘイ:「リリア、面で止めてください。倒すより、足を止める。ルカ、列を割って。フィン、東! 濃いほうを教えてくれ」
リリア:「……はい」
ルカ:「割るのは得意やで!」
リリアの手から、白い光が横に広がった。聖属性の壁が、靄ごと魔物の列の勢いを押し返す。個を斬るのではない。流れを、せき止める。その壁の継ぎ目を、ルカの炎が縦に裂いた。光が、靄の中に道を引く。
フィン:「キュウッ!」
フィンが鼻先で、東を示した。そちらが濃い。発生源の方向の、裏づけだった。
ヨーヘイ:「通り道、もらいます」
ヨーヘイは息を吸って、地を蹴った。《瞬歩》。リリアが作った“せき止め”と、ルカが裂いた“割れ目”の間を、縫って抜ける。倒しに行くのではなかった。抜けるための一歩だった。一体、二体と急所を置きながら、列の薄いところへ馬車を逃がす。脇腹で息が鳴った。肺が熱い。
それでも、湧いていた。
倒して、抜けて、振り返ると――靄の中で、倒したはずの先から、また影が起き上がっていた。一つ、二つ、三つ……数えるのをやめた。終わりが、ない。昨夜までの「多い」とは、質が違う。これは、湧き続ける異常だった。
ルカ:「ちょ、何これ、減らへんやん!」
ヨーヘイ:「減らさなくていい。抜けます」
馬車が、靄を抜けた。背後に、起き上がり続ける影の列だけが残った。
解析:「……熟練度、上限到達。《瞬歩》Lv1が、100に達しました」
走りながら、視界の端に淡い表示が灯る。
解析:「《瞬歩》Lv2へ、進化します」
ヨーヘイ内心:(戦って上げたんじゃない。逃げて上げた)
倒した数ではなく、抜けた足が、スキルを進めていた。皮肉な進化だった。けれど、今はそれでいい。倒しきれない相手を、倒さずに切り抜ける。それも、一つの勝ちだった。
ヨーヘイ内心:(あれを、全部討とうとしたら、こっちが先に倒れる。討つんじゃない。元を断つ)
逃げ続けた背中で、それが、はっきりした。
◆ 煮込みで、開く
最初の街は、昨夜のままだった。崩れた木枠、踏み荒らされた土、それでも、立っている。ドレンたちが守り切った街だった。
戻ったヨーヘイたちに、街の人間は、礼と警戒の両方を向けた。岩牙を討った余所者。得体の知れない料理を出す男。ありがたいが、近すぎると落ち着かない。その距離が、空気で分かった。
ヨーヘイは、広場の隅で、銅の深皿を火にかけた。収納から出した岩牙のバラと、もも肉。脂と繊維の多い部位を、時間をかけて炊く。昨夜は骨の髄で出汁を取ったが、今日は残った肉そのものから、脂を引き出す。
湯気が、立った。
炊き込まれたバラの脂が、白く濁った汁に溶けていく。長く炊いた肉の、繊維のほどける匂い。甘いような、土のような、滋味の深い匂いが、冷えた昼の広場に流れた。隣でロース塊を厚めに切って七輪に置くと、脂が爆ぜて、香ばしさが上に重なる。
啜る音が、最初に一つ、聞こえた。
古株らしい冒険者が、椀を手にしていた。髭に白いものが混じった、ガレブと呼ばれていた男だ。警戒した目のまま、一口、汁を啜った。
黙った。
もう一口、肉を口に入れて、ほどけた繊維を噛んで、それから、椀を膝に置いた。
ガレブ:「……あんた、ベルネから来たって聞いた。なんで今頃、こんな荒れた道を東へ来た」
ヨーヘイ:「西へ抜けるつもりでした。やめました」
ガレブ:「……やめた。あの数を見て、やめた、と言うのか」
ガレブは、もう一度汁を啜った。そして、ようやく、核心を話し始めた。
ガレブ:「数ヶ月前からだ。鉱山の様子が、おかしい。魔物が地上まで湧くなんてことは、昔はなかった。坑道の浅いところで掘ってた連中が、奥から逃げてくるようになった。今じゃ、誰も奥へ入らん」
解析:「……提供物による警戒度の低下を観測。栄養価ではなく、湯気と匂いに反応しています」
ヨーヘイ内心:(人の警戒心まで鑑定し始めたぞ)
ガレブの椀は、もう空だった。空になった椀を、彼は名残惜しそうに見ていた。
ガレブ:「……ギルドに、緊急の討伐依頼が出始めてる。だが、誰も受けたがらん。奥が見えんからだ」
ヨーヘイ内心:(焼くだけじゃない。煮込みも、品書きに要る。いつか、椅子のある店で、これを出す)
ガレブが、椀の底を指で拭って、舐めた。
ガレブ:「……店、出すなら、俺は通うぞ。こんなもん、初めて食った」
ヨーヘイ:「西へは、行かないので。しばらくは、この辺で」
◆ 受ける、という決断
街のギルド出張所は、人で詰まっていた。緊急討伐依頼の貼り紙の前で、冒険者たちが、受けるとも受けないとも言わずに立っている。
貼り紙には、鉱山ダンジョンの異常発生源の調査・討伐、と書かれていた。報酬は高い。高すぎるほどに。それは、誰も受けないことの裏返しだった。
ルカ:「……これ、奥が分からんから、値がついとるんやろ。怖い値段や」
リリア:「……はい」
ヨーヘイは、貼り紙を見上げた。逃げ道は、ドレンが示してくれた。西へ抜ければいい。馬車も荷もある。今なら間に合う。けれど、抜けたところで、湧き続ける異常は、街道を伝って、次の街へ、その次の街へ広がる。逃げても、問題のほうが追ってくる。元を断たなければ、どこへ行っても同じだった。
ヨーヘイ内心:(蓮には、危ないことはするなと言う側だったのにな)
息子に向かって、危ない場所には近づくな、と言ってきた自分が、今、いちばん危ない場所へ向かおうとしている。親の顔で、子に説いたことを、自分で破ろうとしている。
ヨーヘイ内心:(それでも。ここで肉を分けて、笑った。知らんふりは、できない)
ヨーヘイ:「……西へは、行きません」
受付の職員が、顔を上げた。ルカが、息を吐いた。
ルカ:「……やっぱりな。うちも、止まってる場合ちゃうし。前に進むんやったら、進むほうがええ」
ルカの声に、燃え病の半年が、薄く滲んでいた。立ち止まっている時間が、彼女にはない。前へ進むことそのものが、ルカにとっては、希望の側だった。
リリア:「……行きます」
リリアが、静かに頷いた。それ以上は、言わなかった。
フィン:「キュッ」
ルカ:「……でもな、ヨーヘイ。うち、暗いとこ、苦手やねんけど」
ヨーヘイ内心:(今さら)
ヨーヘイ:「七輪、持っていきます。明るいです」
ルカ:「火て。そういう明るさちゃうわ」
受付の職員が、依頼書をこちらへ滑らせた。手が、少し震えていた。受ける者が、久しぶりに現れたからだった。
◆ 入ったまま、出てこない
依頼書に印を押したヨーヘイに、ガレブが、椀を返しに来ていた。
ガレブ:「……あんたら、本当に行くのか。鉱山に」
ヨーヘイ:「行きます」
ガレブは、しばらく黙っていた。それから、思い出したように、低い声で言った。
ガレブ:「……そういや。昔の話だ。数年前に、ドワーフの鍛冶師が一人、あの鉱山に入ったまま、出てこないって話があった」
ヨーヘイ:「鍛冶師」
ガレブ:「腕のいい爺さんだったらしい。鉱石を、自分の目で選ぶって言ってな。一人で奥へ入った。それきりだ」
ヨーヘイの内心の隅で、何かが、引っかかった。埃をかぶった工房。冷えたままの炉。整然と並んだ、使われない道具。旅立ちの前に、メモした場所。ドワーフの。鍛冶師の。
ヨーヘイ内心:(……いや)
言葉にしかけて、止めた。確かめてもいないことを、口に出すべきではなかった。世界に、ドワーフの鍛冶師は一人ではない。偶然かもしれない。偶然で、あってほしかった。
ガレブ:「探しに入った仲間も、いたんだ。何人もな。だが、みんな、途中で引き返してきた。奥へ行くほど、何かが、嫌なんだとよ。理屈じゃなく、足が止まるんだと」
その言葉が終わるより先に。
フィンが、ヨーヘイの足元で、止まった。
歩いていたのではない。ただ、足元に伏せていたフィンの、その小さな体が、ぴたりと動かなくなった。耳が、東を向いている。鉱山の、方向だった。喉の奥から、聞いたことのある、けれど、いつもより深い唸りが漏れた。
フィン:「キュウウッ……」
ヨーヘイは、フィンの視線の先を追った。出張所の窓の向こう、街並みの果て、東の空の下に、灰色の稜線が低く伏せていた。
鉱山が、近い。
あの奥に、何かがいる。岩牙を地上まで追い出し、鍛冶師を呑み込んだまま返さず、探しに入った人間の足さえ、理屈ぬきに止めてしまう、何かが。
依頼書の印が、まだ乾いていなかった。
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【第61話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:27 HP:455/455 MP:220/220
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv2 0/100(Lv1 100到達→進化)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし(討伐報酬は鉱山依頼の達成後)
・支出:なし
・本話終了時手持ち:5,211枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・消費:岩牙のバラ・もも(煮込みに提供)/岩牙のロース塊の一部(七輪で提供)
・残:岩牙のロース塊(残)・タン/岩牙の大牙・厚皮(換金待ち)/オーク各部位(残)/粗皮・粗末な武器(換金待ち)
・変動なし:上記以外の持ち物
▼ 本話の出来事
・撃退しても密度が下がらない=発生源(鉱山の奥)から補充され続ける構造と判明
・街へ戻る道で、退けたはずの魔物がまた湧き続ける「数の異常」を体感。倒さず抜ける判断で切り抜け、《瞬歩》がLv2へ進化
・最初の街で岩牙の煮込みを振る舞い、古株冒険者ガレブから鉱山の核心(数ヶ月前からの異常・緊急討伐依頼)を引き出す
・逃げられる状況で、発生源を断つため鉱山行きを決断。ギルドの緊急討伐依頼を受ける
・末尾=数年前、ドワーフの鍛冶師が鉱山に入ったまま出てこない/探しに入った仲間も引き返したという噂。フィンが足を止め、東を見て唸る
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
倒しても、減りませんでした。あなたは、奥から補充されると言いました。撃退は解決ではない、と。今朝の靄の中で、それを体で分かりました。倒した先から、また起き上がる。あれを全部討とうとしたら、こっちが先に倒れます。だから、抜けました。倒さずに抜けて、《瞬歩》が上がりました。戦って上げたんじゃなくて、逃げて上げたんです。少し、笑えました。
煮込みを、街の人に出しました。岩牙の、残りのバラともも肉です。時間をかけて炊いた汁を、ガレブさんが啜って、黙って、それから話してくれました。料理は、口を開かせるんですね。金でも、交渉でもなく。湯気と匂いで。蓮には、危ないことはするなと言う側でした。その自分が、いちばん危ないほうへ行こうとしています。情けない話です。でも、ここで肉を分けて笑った以上、知らんふりはできませんでした。
西へは、行きません。逃げても、湧き続けるものは追ってきます。元を断たないと、どこへ行っても同じです。だから、鉱山へ行きます。
最後に、一つだけ。鍛冶師が、入ったまま出てこないと聞きました。ドワーフの、鍛冶師です。埃をかぶった工房を、思い出しました。でも、確かめていません。だから、まだ書きません。確かめてから、また記録します。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




