第57話 街道が、始まった。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 街道の上
街道に出て、どのくらい経っただろう。振り返っても、もうファスト村は、どこにも見えなかった。
御者台に座っていた。地面より高い視点で、街道が前に伸びている。ヨーヘイにとって、馬車の御者台に乗るのはこれが初めてだった。思ったより、風が通った。
フィンが馬車の十歩ほど先を歩いていた。一定の速さで前を行く。立ち止まらない。カゼがそれを追うように、歩調を合わせていた。
解析:「……フィンが先導すると、カゼの歩行リズムが安定します」
ヨーヘイ内心:(フィンが道を作っているのか)
草の匂いがした。炊事場の匂いでも、土の匂いでもなく、風がそのまま通ってくる匂いだ。草地が続いて、空がそのまま地平まで続いている。町や村の中にいた頃には、分からなかった匂いだった。
リリアが荷台の前寄りに座って、流れていく景色を見ていた。横顔が静かだった。ただ見ている。
ルカが御者台の端に座って、耳を少し後ろに向けていた。
ヨーヘイ:「……揺れますか」
ルカ:「全然揺れない」
即答だった。耳がさらに後ろに向いた。
◆ 馬車の上
少し経ってから、ルカが御者台の縁を握っていた。
リリア:「……大丈夫ですか」
ルカ:「全然大丈夫」
耳が後ろのままだった。
もう少し経った。
ルカ:「……なんか、揺れる。なんで馬車ってこんなに揺れるん」
ヨーヘイ:「ドンネさんの留め具があるので、以前より減っています」
ルカ:「以前より……これで減ってるの??」
ヨーヘイ:「たぶん」
ルカ:「…………ドンネさん、ありがとうな」
小声だった。
前を見ると、フィンがいなかった。
荷台の上を確認する。フィンが馬車の屋根の縁に前脚をかけていた。
解析:「……危険です」
ヨーヘイ:(降りません)
解析:「……そうですね」
フィンが乗り切った。屋根の上に座って、前を向いた。
ルカ:「……うちのフィンちゃうわ」
声が少し弱かった。でも耳が少し戻っていた。
リリア:「……上が好きなんですね」
ヨーヘイ:「普段は地面を歩きます」
リリア:「……旅だから、かもしれません」
ヨーヘイは前を向いた。フィンが屋根から街道の先を見ていた。一度だけ耳を立てる。三秒ほどそのままいた。また前を向いた。食欲の反応ではなかった。
ヨーヘイ内心:(何かある方向か、それとも広すぎて落ち着かないだけか)
解析:「……現時点では反応なしです」
ヨーヘイ内心:(分かった)
街道が続き、草地が続き、空が続いていた。
◆ ノゲジカ
フィンが屋根の上で止まった。前脚が伸びる。耳が前を向く。
ルカ:「なに?」
解析:「……前方、草地の縁。Eグレード正規。ノゲジカです。草食中型獣。逃げ足が速い。追い詰められると蹄で反撃します」
ルカ:「……食えるん?」
解析:「……赤身主体。焼肉向きです」
ルカの耳がぴんと立った。
フィンが屋根から飛び降りた。
カゼを街道脇の木の根元に繋いだ。フィンが草地の右側に向かって歩いていく。ヨーヘイが正面に立った。リリアが左。ルカが右。誰も何も言わなかった。
ノゲジカは草地の縁にいた。灰褐色の短い剛毛が全身を覆っている。体高はヨーヘイの腰あたりまで。小さな角が、額の上に短く伸びていた。枝分かれはしていない。黒くて大きい目がこちらを見ていた。逃げなかった。
ヨーヘイ内心:(足が速いなら、間合いを詰めた瞬間に動く)
解析:「……フィンが右奥に出ます」
ヨーヘイは動かなかった。近づかない。相手が動くのを待った。
ルカが右から半歩踏み込んだ。それだけでノゲジカの目が動く。フィンが草地の奥から姿を見せた。ノゲジカが振り向いた。フィンに向かっては逃げられない。正面にヨーヘイがいる。ノゲジカが右に逃げようとした。ルカが先にいた。
ノゲジカが向きを変えた。後ろ脚に力が入った。
《瞬歩》。
踏み込んだ。蹄が空を切った。肩の上から刃が入る。草地が静かになった。
フィンが鼻先を近づけた。一度嗅ぐ。「キュッ」と鳴いた。
解析:「……討伐完了。《瞬歩》熟練度、93/100」
◆ 解体と初めての野外焼肉
ノゲジカを草地の端まで引いてから、腰を下ろして解体した。
まず皮を剥いだ。下の肉は思ったよりきれいだった。
ヨーヘイ内心:(鹿肉に近い。脂で食わせる肉じゃない、赤身の旨みで食わせる肉だ)
腹を開くと、ヤキボアほど強い臭いはなかった。草を食う獣らしい青い匂いはあるが、内臓の状態は悪くない。血を抜き、胃袋を避けて、食える部位を順に分けていく。ヤキボアの解体よりも早く終わる。もも肉を切り出す。ロース。肩も取る。レバーも確保する。
解析:「……もも肉・ロース・肩・レバー、食用可です。脂は少ない。赤身主体の食材です」
解析:「……角、素材価値があります。回収を推奨します」
捨てようとした角を、確保した。草食系で角が素材になると思っていなかった。
フィンが隣で解体を見ていた。尻尾がゆっくり揺れていた。
ルカが最初は少し距離を置いていたのに、気づけば隣まで来ていた。
ルカ:「……どこが一番うまいん、これ」
ヨーヘイ:「焼いてみないと分かりません」
ルカ:「焼く気満々やな」
ヨーヘイ:「焼くつもりで解体しています」
解析:「……E(中)魔石、2個。換算80枚程度」
収納から七輪を取り出した。
荷台の横、草地の縁。枯れ枝を並べて火を起こした。カゼが少し離れた場所で草を食っている。フィンが七輪の前に座った。リリアが荷台の端に腰かけて、手を膝に置いて待っていた。ルカは立ったまま七輪を見ている。
ヨーヘイは肉を串に刺しながら、一度だけ周囲を見た。
馬車が横にある。カゼが草を食っている。フィンが七輪の前で座っている。リリアが待っている。ルカが耳を立てたまま立っている。
ヨーヘイ内心:(ここで作れる。どこでもここになる。馬車があれば、そこが店になる)
誰かが来ても、ここが今日の店だった。店は、建物ではなかった。火があって、肉があって、待っている顔があれば、それで始められる。
火が安定した。串をまだ刺していない肉が手元にある。少しの間、ヨーヘイは動かなかった。もも肉を乗せた。
低い音がした。脂が落ちて煙が上がった。草の匂いが混ざる。肉が縮んでいく。焼き色が端から広がる。岩塩を振ったら表面に小さな白い粒が乗って、すぐに溶けた。
誰も何も言わなかった。煙が流れていく。フィンが鼻を動かす。リリアが手を膝に置いたまま、串を少し見た。ルカが一度横を向いて、また七輪を見た。
ヨーヘイは肉を返した。裏側の焼き色を確認して、串を少し持ち上げて締まり具合を確かめた。もう少し待つ。
煙の流れが変わった。カゼが顔をこちらに向けた。
ヨーヘイ内心:(お前には草があるだろう)
声には出さなかった。
一口食べた。熱かった。
うまかった。
脂が少ない分、後味がしつこくない。噛むたびに旨みが出てくる。ヤキボアともツチネムとも違う感触だった。別の言葉を探したが、うまかった、それしかなかった。
もう一枚焼く。レバーも乗せた。少し長めに火を通す。全員分が揃ったところで渡した。
ルカが受け取る。酔いが残っているはずだったが、耳はぴんと立っていた。食べた。一口で止まった。二口目も食べた。
ルカ:「……なんか、治った」
ヨーヘイ内心:(食べることに集中したから、か)
声には出なかった。
リリアが一枚食べた。
リリア:「……岩塩だけですか」
ヨーヘイ:「はい」
少し間があった。リリアが手を膝に置いたまま、もう一度串を見た。
リリア:「……もう一枚、いいですか」
渡した。
フィンに渡した。フィンが食べた。
ヨーヘイ内心:(カゼには草がある)
声には出さなかった。
カゼが少し近づいてきた。七輪の煙の匂いにつられたのか、全員が集まっているからなのか、ヨーヘイには分からなかった。ヨーヘイが手を出すと、カゼの鼻先が手の甲に当たる。温かかった。
食べ終わってしばらく経った頃。
ルカが左手を持ち上げた。指先を、少し見た。そのまま膝の上に戻す。何も言わなかった。
ヨーヘイの視界の端で見えた。
ヨーヘイ内心:(いつから気にしているんだろう)
次の言葉が出なかった。串の片付けを続けた。七輪が冷めるのを待つ間、三人ともほとんど何も言わない。
◆ 夜の野営
街道から少し外れた草地に幕を張った。
役割が自然に分かれていた。ヨーヘイが幕を張り、ルカが焚き火の場所を決めて枝を集め、リリアが周囲を確認する。誰も何も言わなかったが、誰かと誰かが重なることもなかった。
カゼを杭に繋いだ。フィンが周囲を一周してから戻ってくる。リリアが地面を確認して、乾いた草地の上に幕の端を固定した。誰も指示しなかった。
焚き火が安定した頃、三人が並んで火を見た。
ルカ:「……思ったより快適やな」
リリア:「……はい」
ヨーヘイ内心:(慣れるのが早い)
声には出さなかった。
しばらく火を見ていた。遠くで何かの虫が鳴いている。カゼが息をついた。フィンが火の前で横になった。フィンが一度カゼの方を向く。カゼも少し顔をこちらに向けた。それだけだった。
炎が落ち着いてきた頃、フィンが一度だけ街道の方を向いた。耳が立つ。三秒ほどそのままいた。また火の前に戻った。
ヨーヘイ内心:(この方向か)
今日は動けた。距離は短い。旅の1日目はこれで十分だった。
空に星が出ていた。ファスト村でも見えていたはずだが、木が多くて見えにくかった。街道に出たら、こんなに広いと知る。星の数が、思ったより多かった。
◆
夜が深くなった頃、ヨーヘイは気づいた。
フィンが街道の先をじっと見ていた。
食欲でも警戒でもない目で。横になっていたはずが、いつの間にか起き上がって、夜の街道のずっと先を向いている。
少し遅れて、カゼも鼻先を上げた。同じ方向を向いていた。
ヨーヘイ:(何が見えてる)
解析:「……把握できません」
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【第57話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:25 HP:410/410 MP:190/190
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv1 93/100(+2)
▼ 本話の収支
・収入:E(中)魔石2個・換算80枚程度(実際の換金は次話以降)
・支出:なし
・本話終了時手持ち:4,853枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(変動分のみ)
・追加:ノゲジカ各部位(もも肉・ロース・肩・レバー)・ノゲジカの小さな角・E(中)魔石×2
▼ 本話の出来事
・ファスト村を発ち、街道へ。フィンが先導し、カゼの歩調が安定する。街道の蹄の音とドンネの留め具の音に、少しずつ耳が慣れていく
・荷台でルカが馬車酔い(揺れの三段目)。フィンが馬車の屋根によじ登って前を向く。解析「危険です」→降りない→解析「……そうですね」で、一日でいちばん静かに笑う
・街道脇でノゲジカ(Eグレード)と遭遇。フィンの先導で、ヨーヘイが正面・リリアが左・ルカが右に立って退路を塞ぎ、討伐
・草地の縁で初めての野外解体→七輪で焼く。岩塩だけで十分な味=「馬車があれば、そこが店になる」という手応え。リリア「……岩塩だけですか」「……もう一枚、いいですか」
・煙につられてカゼが近づき、鼻先がヨーヘイの手の甲に当たる(温かい)。ルカが左手の指先をそっと見て、何も言わずに膝へ戻す
・夜の野営。火を囲む静かな時間。フィンとカゼが、一度だけ視線を交わす
・夜更け、フィンが街道の先をじっと見つめる→少し遅れて、カゼも同じ方向へ鼻先を上げる(解析には感知できない何か)
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
街道に出た日のことです。
街道に出てしばらくして、音の違いに慣れてきました。カゼの蹄の音と、ドンネさんの留め具の音です。村の中では聞こえなかった音が、馬車の下でずっと続いていました。
ルカさんが酔いました。全然大丈夫と二回言ってから、揺れると言いました。三段です。フィンが屋根に乗りました。解析さんが危険だと言いました。降りませんでした。解析さんもそうですねと言いました。一日の中でいちばん静かに笑いました。
ノゲジカを討伐して、焼きました。馬車の横で火を起こして、草地の縁で食べました。うまかったです。ヤキボアともツチネムとも違う感触でした。岩塩だけで十分でした。どこでも作れると分かりました。馬車があれば、そこが店になると思いました。
リリアさんがもう一枚と言いました。カゼが近づいてきました。鼻先が手に当たりました。温かかったです。
ルカさんが指先を見ていました。何も言いませんでした。こちらも言いませんでした。
フィンが夜、街道の先を見ていました。少し遅れて、カゼも同じ方向を向きました。解析さんには分からないと言われました。でも、フィンとカゼは見ていました。それだけ記録しておきます。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




