第56話 積んだ、全部。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 朝
荷台の隅に、七輪を置いた。
収納から出して、荷台の左奥に置いた。蒼魔鉄の重さが、板の上に低く響いた。次に道具袋。解体用の包丁が三本。スペアの砥石。タレの小瓶が二本。岩塩の袋。銅の深皿。長柄トング。全部、決めた位置に収まった。
ヨーヘイ内心:(積んだ)
荷台の中を見渡した。足りないものは、今のところない。
ヨーヘイ内心:(これが、動く焼肉屋になる)
まだ馬がいないから動かないが、全部ある。あとは動くだけだ。
ただ、馬がいない。
フィン:「キュッ」
フィンが荷台の縁に前脚をかけて、中を覗いていた。確認しているのか、乗りたいのか、どちらかは分からない。
ヨーヘイ:「まだ乗るな」
フィン:「キュッ」
降りた。
ラルフが後ろで腕を組んで荷台を見ていた。
ラルフ:「いや、本当に積みましたね。積みましたよ、ヨーヘイさん。ファスト村に来たばかりの頃にこの話を聞いた時、わたしは正直なところ、まあその、実現するかどうかは——」
ヨーヘイ:「実現すると思っていなかった?」
ラルフ:「いや! 思っていましたよ、もちろん! ただ、その、道のりが長いとは思っていたというか——」
ヨーヘイ:「ラルフさん」
ラルフ:「はい」
ヨーヘイ:「馬を探してきます」
ラルフ:「……あ。そうですね、はい。馬、いないですもんね」
ラルフが頷いた。何度も頷いた。
◆ 一日目
ファスト村を出て、街道を東に歩いた。
解析:「……荷馬車用の馬の相場は、この地域で銀貨8枚から20枚の間です。銅貨換算で800枚から2,000枚ほどです。作業実績のある個体なら、1,200枚以上を見るのが現実的です」
ヨーヘイ内心:(七輪と同じくらいか)
フィンが先を歩いていた。いつもの歩き方だった。
半時間ほど歩いたところで、フィンが止まった。轍から外れた草地の方向に、鼻を向けていた。
ヨーヘイ:「何かいる?」
フィン:「キュッ」
戦闘の「キュッ」ではなかった。
解析:「……魔物の反応はありません。微量の魔力反応があります。生物です」
草地の奥、低木の縁。馬がいた。
一頭だけ。街道から三十メートルほど入った場所に、動かずに立っていた。栗毛。引き締まった体格。たてがみが風で揺れていた。こちらを見ていた。逃げなかった。
解析:「……首輪なし。管理の痕跡なし。野生個体と推定します」
ヨーヘイ内心:(野生か)
解析:「……近隣農家の所有馬との一致もありません。この街道沿いでは、数年前から単独で見かけられている個体のようです」
解析:「……この個体から出ている魔力——フィンのものと、微量ですが類似しています」
ヨーヘイは立ち止まった。近づかなかった。馬も動かなかった。
フィンが一歩、草地に踏み込んだ。馬がフィンを見た。もう一歩。馬が一歩、こちらに向いた。逃げる動作ではなかった。ただ向いた。
ヨーヘイは草の上に座った。石を三つ並べた。収納から枯れ枝と肉を出した。ツチネムのもも肉。タレ漬けにしてあったものを串に刺して、火にかけた。
煙が上がった。脂の匂いが、風に乗った。
馬の耳が動いた。鼻が動いた。足は動かなかった。
フィン:「キューン」
ヨーヘイ:「待て」
フィン:「キュッ」
肉が焼けた。フィンに渡した。フィンが食べた。ヨーヘイも食べた。
うまかった。いつもと同じ肉なのに、草地の風の中で食べると少し違う味がした。煙の匂いが広がっていた。
馬が二十メートルまで来ていた。ヨーヘイは振り返らなかった。後ろから草を踏む音がした。ただそこにいる音だった。
解析:「……この個体、街道沿いを定期的に移動しています。単独行動の期間は長い。推定ですが」
ヨーヘイ内心:(ずっと一頭か)
答えが出る問いではなかった。
火が落ち着いた頃に立ち上がった。馬はそこにいた。ヨーヘイが立つと、二歩引いた。ヨーヘイは向かわなかった。そのまま村に戻った。
◆ 一日目の夜
ファスト村に戻ると、ルカが荷台の前で待っていた。
ルカ:「馬は?」
ヨーヘイ:「明日また行きます」
ルカ:「……農家、行かなかったん?」
ヨーヘイ:「行きませんでした」
ルカの耳が傾いた。
ルカ:「何かあったの」
ヨーヘイ:「野生の馬がいました。街道の近くに」
ルカ:「……捕まえようとした?」
ヨーヘイ:「しませんでした」
ルカがしばらく黙っていた。
ルカ:「……なんで行くの、明日も」
ヨーヘイ:「……分かりません」
ルカが目を細めた。耳が戻った。
ルカ:「ヨーヘイが『分かりません』言う時、大体ちゃんと分かってるやん」
ヨーヘイは何も言わなかった。
フィン:「キュッ」
フィンがルカの方を向いて、一声鳴いた。
ルカ:「……フィンが肯定した」
◆ 二日目
同じ場所に行った。
馬はいた。今日は昨日より近い場所に立っていた。十五メートル。こちらが来る前から、そこにいたような立ち方だった。
ヨーヘイはまた座った。火を起こした。
今日は肉を多めに出した。昨日の残りと、新しく解体したヤキボアの肩肉を合わせた。串を三本並べた。
煙が上がった。
馬が十メートルまで来た。
フィンが立ち上がって、馬の方へゆっくり歩いた。三歩。止まった。馬が三歩、歩いた。止まった。
フィンと馬が、五メートルの距離で向き合っていた。
フィン:「キュッ」
馬が鼻を鳴らした。
ヨーヘイ内心:(何を話しているんだ)
解析:「……把握できません」
ヨーヘイ内心:(解析さんでも分からないのか)
解析:「……解析対象外です」
ヨーヘイは串を返しながら、フィンと馬を見ていた。フィンが座った。馬がその場で草を食べ始めた。まるで最初からそこにいたように。
肉が焼けた。
ヨーヘイは串を一本、手のひらに乗せた。
立ち上がった。馬に向かって、ゆっくり歩いた。
八メートル。馬が顔を上げた。止まらなかった。
六メートル。馬が一歩引いた。ヨーヘイも止まった。
そこで止まった。手のひらを出した。串を乗せたまま。
馬が鼻を伸ばした。
届かなかった。あと一歩、足りなかった。
ヨーヘイは手のひらを引っ込めた。戻って、座った。
手のひらに、まだ肉の温度が残っていた。
馬の鼻先が届かなかった分だけ、その温度が残っていた。
肉を食べた。うまかった。昨日と同じ温度だった。でも昨日とは違う味がした。
馬が、ヨーヘイの方を向いたまま草を食べ続けていた。
◆ 二日目の夜
村に戻ると、リリアが炊事場の前にいた。
リリア:「……どうでしたか」
ヨーヘイ:「明日、届くと思います」
リリアが少し目を上げた。
リリア:「……届く、というのは」
ヨーヘイ:「手が。今日は一歩足りなかった」
リリアが黙った。
リリア:「……一緒に行っていいですか、明日」
ヨーヘイ:「いいです」
リリア:「……邪魔にはなりません」
ヨーヘイ:「邪魔じゃないです」
リリアが小さく頷いた。それ以上は言わなかった。
◆ 三日目
草地に着くと、馬はいた。
今日は十メートルの場所にいた。昨日より近い。こちらが来る前から待っていたような立ち方は、今日も同じだった。
リリア:「……きれいな馬ですね」
ヨーヘイはその言葉を聞いて、初めてそう思った。確かにそうだった。栗毛の毛並みが、朝の光の中で少し赤みを帯びていた。大きな傷がなかった。一頭で生きてきた体に、目立つ傷がなかった。
ヨーヘイは座った。火を起こさなかった。
今日は焼かなかった。肉を出して、そのまま手に持った。
立ち上がった。一歩、歩いた。馬が動かなかった。また一歩。動かなかった。
五メートル。
馬が首を下げた。目線がヨーヘイと同じ高さになった。耳が前を向いていた。引く動作ではなかった。
三メートル。
フィンが横に来た。ヨーヘイの隣を歩いていた。
二メートル。
馬が一歩、こちらに来た。
ヨーヘイは止まった。手を出した。肉を乗せたまま。
馬の鼻先が、手のひらに触れた。
食べさせるつもりではなかった。ただ近づいてくるか、それだけを見たかった。肉に興味があったのか、手のひらに興味があったのか、どちらでもよかった。息がかかった。乾いた温度が、手のひらに残った。
解析:「……従魔契約、可能な状態です」
ヨーヘイは動かなかった。
解析:「……この個体が、受け入れています」
馬がヨーヘイを見ていた。ヨーヘイが馬を見ていた。
ヨーヘイ:「……いいか」
声が出た。自分でも、いつ出たか分からなかった。
馬が鼻息を一つ鳴らした。
ヨーヘイは目を閉じた。《従魔契約》のスキルが動いた。熱がなかった。音もなかった。ただ、見えない糸が一本、張られた感触があった。
解析:「……契約、完了しました」
リリアが後ろで、静かに息をついた。
フィン:「キュウッ!」
フィンの声で、馬が少し体を揺らした。それから動かなくなった。
◆ 名前
草地には、ヨーヘイとリリアがいた。フィンと栗毛の馬も、そばにいた。
昼になった頃、いつの間にかルカも来ていた。ヨーヘイが肉を焼いた。全員の分があった。
ルカ:「名前、どうすんの」
ヨーヘイ:「……」
ルカ:「栗毛やし、クリとか?」
リリア:「……それは」
ルカ:「シンプルすぎ?」
ヨーヘイは馬を見た。
栗毛の馬が、ヨーヘイの隣に立っていた。草地の風が、たてがみを揺らしていた。
一頭で街道を歩いていた馬だった。三日間、同じ場所にいた。昨日、手が届かなかった。今日、届いた。それだけのことだった。それだけのことだったが、それだけではなかった。
解析:「……」
解析が何も言わなかった。
ヨーヘイ内心:(珍しい)
解析:「……」
ヨーヘイ内心:(本当に何もないのか)
解析:「……カゼ、はどうですか」
ヨーヘイは少し驚いた。
ヨーヘイ:「解析さんが名前を提案するのは初めてです」
解析:「……この三日間、街道を渡る風の動きに合わせて移動していました。そう見えました」
解析:「……解析対象ではありませんでしたが」
ヨーヘイ内心:(見ていたのか、ずっと)
声には出なかった。
ヨーヘイ:「カゼ」
馬が、ヨーヘイの肩に鼻先を当てた。軽く。一秒だけ。
リリア:「……カゼ」(一度、静かに呼んだ)
馬がリリアの方を向いた。
リリア:「……いい名前だと思います」
ルカ:「……なんかいいな」(耳がぴんと立っていた)
フィン:「キュッ」
解析:「……登録します。従魔:カゼ。種別:馬。契約日:本日」
ヨーヘイ:「よろしく」
カゼが、鼻息を鳴らした。
◆ ダマスの工房
その午後、ギルダとドンネを連れて、ダマス師匠の工房へ向かった。
ファスト村からさほど離れていない場所にあった。街道を少し外れた丘の中腹、石造りの小さな工房だった。
ドンネが鍵を持っていた。
扉を開けると、冷えた空気が出てきた。
工房の中は整然としていた。道具が、使われる直前の状態で架台に並んでいた。炉は冷えていた。石の表面に薄く埃が積もっていた。
フィンが一歩入った。止まった。
鼻を上げて、空気を嗅いだ。
食べ物の匂いではなかった。それでもフィンはそこに立ったまま、しばらく動かなかった。
ギルダ:「……たまに確認しに来てる。でもいつもこうなんだよね」
小声だった。工房の中では、誰も大きな声を出していなかった。
ドンネ:「……」
ドンネは何も言わなかった。炉の前に立って、石の表面を一度だけ手で触れた。それだけだった。
解析:「……最後に炉に火が入ったのは、4年と3ヶ月前です」
ヨーヘイ内心:(4年と3ヶ月)
ヨーヘイは工房の場所を書き留めた。
ヨーヘイ:「この道、通ります。鉱山の方へ向かうなら」
ギルダ:「……うん」(メガネを押し上げた)「通るよね。絶対通る」
ドンネが扉の方を向いた。出るという意味だった。
工房の扉が閉まった。
ドンネの後ろ姿が、丘を下りていった。何も言わなかった。
◆ 追っ手
三日間、ベルネにあった気配は動かなかった。
村に戻る道で、解析が言った。
解析:「……ベルネにあった気配が、消えました」
ヨーヘイ:「消えた?」
解析:「……今朝から、位置を失っています。移動したか、あるいは——」
解析が止まった。
ヨーヘイ内心:(先回りしたのか)
解析:「……現時点では不明です」
フィンが耳を立てた。後ろを向いた。しばらくそのままだった。また前を向いた。
ヨーヘイ内心:(今日は動ける)
それだけ確かめた。答えは出なかった。出なくてよかった。今日は動ける。それで十分だった。
◆ 出発前の夜
サーラが夕食を出した。
広場の焚き火が残っていた。仮オープンの炭がまだ埋み火になって残っていた。その焚き火の前に、全員が集まった。
食べ終わった頃、ラルフが引き具を持ってきた。荷台に付属していた古いものだったが、カゼに当ててみると形は合った。
そこへ、ドンネが来た。
手に小さなものを持っていた。
ドンネがラルフの引き具を一度見て、何も言わずに作業した。
ドンネ:「……カゼに、これをつけろ」
金属製の小さな留め具だった。引き具と荷台を繋ぐ部分に取り付ける形状をしていた。内部に、薄い緩衝材が仕込まれていた。
ヨーヘイ:「これは」
ドンネ:「……荷台の揺れを少し吸う。試作だ。効かなければ捨てていい」
ヨーヘイ:「捨てません」
ドンネ:「……」
ドンネが鼻を鳴らした。それだけで帰った。
ルカがドンネの背中を見ながら言った。
ルカ:「……あの人、不器用やな」
リリア:「……はい」
ヨーヘイ:「ありがたいです」
フィン:「キュッ」
カゼが荷台の横に立っていた。ドンネの留め具が、引き具の根元に取り付けられていた。
◆ 翌朝
夜明け前から、ヨーヘイは荷台の最終確認をしていた。
全部あった。全部、決めた場所に収まっていた。
カゼが荷台の前に立っていた。フィンがカゼの足元に座っていた。
ラルフが来た。サーラも来た。ドンネが遠くから見ていた。
ラルフ:「……いってらっしゃい」
それだけ言った。ラルフはその後、何かを続けようとして、止めた。
サーラ:「気をつけて」
ルカ:「ほんまに出るんやな」(耳がぴんと立っていた)
リリア:「……はい」(荷台の縁に一度だけ手を置いた)
フィン:「キュッ」
ヨーヘイ:「行きます」
カゼが動いた。
轍が後ろに流れた。
ファスト村の朝が、少しずつ遠くなった。
ドンネの留め具が、小さく鳴った。カゼの歩みに合わせて、低く、規則正しく。
街道が、始まっていた。
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【第56話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:25 HP:410/410 MP:190/190
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《従魔契約》Lv1 30/100(+7)
▼ 本話の収支
・支出:なし(カゼは従魔契約・購入費なし)
・収入:なし
・本話終了時手持ち:4,853枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(変動分のみ)
・追加:ドンネ製・緩衝留め具(試作品・荷台取り付け済み)
▼ 新規設定
・従魔:カゼ(栗毛・野生馬・従魔契約済み・3日かけて契約)
・カゼの特性:微量の魔力反応あり・フィンと魔力の質が類似・野生での単独行動歴あり
▼ 本話の出来事
・馬探しの途中、街道沿いの草地で野生の馬と遭遇
・3日かけてカゼと距離を縮め、従魔契約成立
・ダマス師匠の工房を訪問。炉は冷えていた。場所をメモした
・解析より「ベルネの気配が消えた」との報告(追っ手の所在不明)
・出発前夜、ドンネが荷台用の緩衝留め具を持参
・翌朝、ファスト村を出発
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
馬を探しに行って、馬に見つかりました。
三日間、同じ場所に座っていました。火を起こして、肉を焼いていました。カゼが近づいてきました。フィンが先に動いて、道を作ってくれました。
何を待っていたのか、今もよく分かりません。解析さんも分からないと言っていました。珍しかったです。
カゼという名前にしました。解析さんが、風の動きに合わせて移動していたように見えたと言いました。だから、カゼです。リリアさんが呼んだら向きました。フィンが鳴きました。
ドンネさんが留め具を持ってきました。使います。捨てません。
工房に寄りました。炉が冷えていました。4年と3ヶ月、火が入っていなかったそうです。場所は覚えました。
出発しました。荷台に全部積みました。カゼが引いています。フィンが隣を歩いています。
どこまでも、と言いました。まだその通りです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




