第55話 火が、ついた。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
ヨーヘイは閉じた戸の前に立っていた。鼓動が、さっきまで聞こえていた鍛冶の音と同じ拍子で胸を打っていた。明日。たった一言だ。だが、あの目が試作品を最後まで見ていた。
「明日」という言葉が、足の裏から地面に入っていくみたいな重さを持っていた。
フィン:「キュッ」
足元でフィンが鳴いた。
ヨーヘイ:「ああ。帰るか」
村の灯りの方へ歩き出しながら、ヨーヘイは明日のことだけを考えていた。素材の話をする。作り直す。次が、ある。
それだけで、足が前に出た。
◆ 翌朝・ドンネの工房
工房の前に着いた時、ドンネはすでに外に出ていた。
手の中に、試作品があった。焼け焦げた底。歪んだ縁。昨日と同じ場所に、同じ角度で持っている。一晩、手の中にあったような痕跡が、持ち方の迷いのなさに出ていた。
ドンネが試作品を作業台に置いた。指で底を叩く。一度、二度。
ドンネ:「……設計は悪くない」
ヨーヘイ:「はい」
ドンネ:「素材が問題だ。これでは焼き切れる」
短い言葉だった。批判ではなく、診断だった。職人が材料を見る目で、ドンネは試作品を見ていた。
ドンネ:「蒼魔鉄で作り直す。魔石の固定も変える」
ドンネが数字を言った。素材代と工賃。合わせて銀貨八枚。
ルカが隣でわずかに息を飲んだ。
解析:「……現在の手持ちの、14.1%です」
ヨーヘイ内心:(分かってます)
ヨーヘイ:「お願いします」
迷いはなかった。ドンネが一瞬だけ目を細めた。それだけで返事になった。
ドンネ:「五日後に来い」
ヨーヘイ:「分かりました」
ドンネが試作品を抱えて工房に戻っていく。扉が閉まる前に、ルカが小声でヨーヘイの袖を引いた。
ルカ:「……銀貨八枚って、すごい額じゃないの」
ヨーヘイ:「そうですね」
ルカ:「そうですね、って」
ヨーヘイ内心:(そうですね、以外に言いようがない)
フィンがヨーヘイの足元で一度鳴いた。
フィン:「キュッ」
ヨーヘイは工房の閉まった扉を見た。あの目が、一晩、試作品を見ていた。それで十分だった。
◆ 五日後・ドンネの工房前
朝の光の中に、ドンネが立っていた。
両手で抱えているものが、五日前の試作品とは違っていた。小さい。だが、重そうだった。ずっしりとした質感が、距離を置いても伝わってくる。蒼みがかった金属の色が、朝の光の中で鈍く光っていた。
ドンネが無言で作業台に置いた。
七輪だった。
試作品の面影はあった。丸い形、三本の脚、上面の格子。だが、全部が違った。縁が厚い。底が均一だ。魔石が三か所、対称に埋め込まれている。格子の間隔が、計算されている。
ドンネ:「……試せ」
ヨーヘイは収納から肉を出した。保管していたツチネムの各部位——腹のバラと、背中の赤身。道中で解体して、部位ごとに分けておいたものだ。
七輪に手をかざした。魔石に触れる。
低い音が鳴った。
熱が、来た。
試作品の熱とは違う。均一だ。中心だけが熱くなるのではなく、格子全体から同じ温度で上がってくる。脂を落とすと、煙が出た。匂いが広がった。
解析:「……炭火との差、0.01割です」
ヨーヘイ内心:(0.01割。ほぼ炭火だ)
ドンネを見た。何も言わなかった。
肉を格子に並べた。脂が落ちる音がした。じわっ、じわっ、と規則正しく。焼ける匂いが立ち上がる。ヨーヘイは目を閉じた。一秒だけ。
これだ。
これが欲しかった。
肉が焼けた。ヨーヘイは一枚取って、ドンネに差し出した。ドンネは受け取った。見た。匂いを確かめた。一口、食べた。
長い沈黙だった。
ドンネが工房の方に向き直った。戻るつもりだと分かった。
ヨーヘイ:「……仮オープンに、来ますか」
ドンネが止まった。
振り返らなかった。
ドンネ:「……考える」
扉が閉まった。
ルカがヨーヘイの隣で腕を組んだ。
ルカ:「『考える』って言う人ほど来るよね」
ヨーヘイ:「来ると思います」
ルカ:「なんで分かるの」
ヨーヘイ:「二枚目を食べてましたから」
ルカが「え」という顔をした。ヨーヘイは七輪をそっと収納に入れた。
◆ 仮オープン・ドンネ工房前の広場
昼前から、匂いが出た。
七輪に火を入れた瞬間から、熱と脂の匂いが広場に広がっていった。風が村の方に吹いていた。ラルフが最初に走ってきた。次にサーラが来た。リリアが来た。ルカはずっとそこにいた。
岩底の三人が来た。バルドが先頭で、何も言わずに七輪の前に立った。ミラとガンツがその後ろに並んだ。
少し遅れて、四天王が来た。近くの依頼帰りにファスト村へ寄ったらしく、匂いに釣られたのだとガドが胸を張っていた。その当人が広場に入ってきた瞬間に、もう食べていた。
ギルダは、朝の乗合馬車でファスト村まで来ていた。試作品がどうなったのか、どうしても見たかったのだと、本人は小声で言っていた。
フィンが広場の真ん中で座っていた。
全員が七輪の前に集まった、その瞬間——
フィン:「キュウッ!」
誰より先に鳴いた。
それが合図になった。
ガド:「うまい!!」
口の中にまだ肉がある。もう手が格子の二枚目に伸びている。ガドの隣にクレイがいた。クレイは黙って食べていた。
ピナ:「これなに?」
ピナが七輪を覗き込んでいた。小さい体で、格子のすぐ上まで顔を近づけている。一枚取った。食べた。耳がぴんと立った。尻尾が三回振れた。本人が気づいて、耳を伏せた。
ピナ:「……おかわり」
広場の端に、シアがいた。袖で口元を覆いながら、少し離れて立っていた。
バルド:「……エルフも食うのか」
シア:「……エルフは、そういうものは——」
フィンがシアの方に走っていった。シアの足元でくるりと一周した。
フィン:「キュッ」
シアの手が、そっと伸びた。
シア:「……一枚だけです」
ミラが隣でニヤッとした。
ミラ:「マジかよこれ、なんで魔物の肉がこんな——」
もう手が二枚目に向かっていた。
ガンツが無言で三枚取った。
クレイ:「……おかわり、ある?」
ヨーヘイ:「あります」
クレイ:「そうか」
ラルフが七輪の前に立った。一枚取った。食べた。
ラルフ:「これが、もう、何というか、本当に、ファスト村に来たばかりの頃から思っていたんですが、ヨーヘイさんの料理というのはどうしてこんなに——」
ラルフの口が急に止まった。
ラルフ:「……焼肉屋、本当にやるんですね(小声)」
ヨーヘイ:「やります」
ラルフが小さくうなずいた。何度も。
サーラが七輪の前に来た。黙って一枚取った。食べた。黙った。もう一枚取った。食べた。
サーラ:「……もう一枚」
三枚目だった。
ヨーヘイが肉を渡した。サーラが受け取った。一言も言わなかった。それ以上の返事は、いらなかった。
ギルダが広場の入り口に立っていた。大きいメガネの奥で、目が七輪を見ていた。
ギルダ:「わたしの試作品が……あれになったんだ」
小声でブツブツ言っていた。周りには聞こえていたが、本人は気づいていなかった。
ギルダ:「素材が変わって、魔石の配置が変わって……そっか、固定位置を対称にしたんだ、だから熱が——」
一枚、差し出した。ギルダが受け取った。食べた。止まった。
ギルダ:「……おいしい」
珍しく、それだけだった。
ドンネが来た。
広場の端から歩いてきた。「考える」と言っていた男が来た。何も言わずに七輪の前に立った。一枚取った。食べた。
誰も口を挟まなかった。
ドンネが二枚目に手を伸ばした。
その前に、三秒の沈黙があった。誰かが息を飲んだ。ドンネの指が格子の上の肉に触れた。
ドンネ:「……悪くない」
最大級の評価だった。それを知っている者と知らない者がいたが、ドンネの顔を見れば、なんとなく分かった。
ギルダ:「師匠によく言われた」
ドンネ:「……俺も言われた」
二人の間に、短い沈黙があった。それ以上の言葉は、必要なかった。
リリアが、広場の少し外れで静かに食べていた。一枚食べ終わって、次を持った瞬間。手のひらに、白い光がにじんだ。一秒も経たないうちに消えた。
リリア:「……これが、焼肉屋ですか」
ヨーヘイ:「仮、ですけど」
リリア:「……本番が、楽しみです」
ルカが七輪の前で、耳と尻尾を全力にしながら四枚目を食べていた。
ルカ:「めっちゃうまいやん、反則ちゃう? ヨーヘイ、これ絶対売れるって。絶対」
ヨーヘイ:「ありがとうございます」
ルカ:「ありがとうじゃなくて、自信持ちなよ。これはほんまに——」
ルカの耳がまたぴんと立った。
ルカ:「……うまい」
全員が食べ終わった後、広場に静かな間があった。そこで、解析が言った。
解析:「……今回の差は、0.008割でした」
ヨーヘイ内心:(さらに縮んでいる)
ヨーヘイ内心:(また、上がった)
静かに、Lvが上がった。音もなく、誰にも見えない場所で。
◆ 夜・広場
サーラが酒を持ってきた。
アマリュワインが二本。それとガレン麦酒が四本。広場の石畳に、どんと置いた。
サーラ:「飲め」
説明はいらなかった。
ラルフが「え、いいんですか」と言う前に、ガドが一本つかんでいた。
ガド:「うまい肉には酒だろ!!」
ミラ:「それが正解」
広場に火が起こった。ラルフが薪を組んで、ルカが火をつけた。七輪の熱と焚き火の熱が混ざって、夜の広場が昼より明るくなった。
ガレン麦酒は苦かった。泡が多くて、冷えていなくて、大ぶりのカップになみなみと注がれた。ヨーヘイは一口飲んで、少しだけ目を細めた。
ヨーヘイ内心:(ビールだ。ビールじゃないけど、ビールだ)
解析:「……アルコール度数は現代のビールより低いです。ただし苦味成分は——」
ヨーヘイ内心:(今は黙っててください)
ガドがすでに二本目を開けていた。ガンツはカップを持ったまま一言も喋らず、ただ飲み続けていた。バルドが焚き火の前に座って、アマリュワインを静かに傾けていた。
ミラがヨーヘイの隣に来た。
ミラ:「ヨーヘイ、あんた本当に焼肉屋やるの」
ヨーヘイ:「やります」
ミラ:「馬車で動くって言ってたじゃん、どこ行くの」
ヨーヘイ:「まだ決めてないです」
ミラ:「……適当だな」
ヨーヘイ:「売れるところに行こうと思って」
ミラが少し黙った。カップの中を見た。
ミラ:「……ウラベダン、来なよ。あそこ飯がまずいから絶対売れる」
ヨーヘイ:「覚えておきます」
ミラが「絶対来い」と言って、カップを飲み干した。
ピナがフィンを抱えて走り回っていた。フィンは嫌がっていなかった。むしろ楽しそうに見えた。
ピナ:「フィン、かわいい!! フィン!!」
フィン:「キュウッ!」
ピナ:「返事した!!」
ルカが笑いながらガレン麦酒を持ってヨーヘイの隣に来た。
ルカ:「ヨーヘイ、今どんな気分」
ヨーヘイ:「……なんか、実感ないです」
ルカ:「え、なんで。これだけ人が来て、これだけ食べてもらって」
ヨーヘイ:「仮だから、まだ」
ルカ:「仮でこれやで。本番どうなるの」
ヨーヘイは焚き火を見た。炎が揺れていた。
ヨーヘイ:「……もっとうまくします」
ルカ:「うまくするって、これ以上?」
ヨーヘイ:「タレがまだです。肉の種類もまだです。七輪で焼く以外の調理法も試してないです」
ルカが黙った。
ルカ:「……うち、なんか楽しみになってきた」
ヨーヘイ:「ありがとうございます」
ルカ:「ほんまに」
シアが焚き火から少し離れた場所に座って、アマリュワインを小さく飲んでいた。クレイがその隣に立っていた。
クレイ:「シア、飲んでるじゃないか」
シア:「……一杯だけです」
クレイ:「さっきからそれで三杯目だぞ」
シアが答えなかった。ワインを静かに飲んだ。クレイが少し笑った。
ドンネはいつの間にか帰っていた。
ギルダはまだいた。焚き火の前でブツブツ言いながら、七輪の設計の何かを指でなぞっていた。空になったカップが隣に置いてあった。
ラルフが盛大に咳き込んだ。
ラルフ:「ガレン麦酒、ちょっと苦すぎませんか!!」
ガド:「弱いな!!」
ラルフ:「弱くないです!! ただ苦いんです!!」
バルド:「……飲めないなら飲むな」
ラルフ:「飲みます!!」
広場が笑い声になった。ガンツが初めて声を出した。低い、短い笑い声だった。
ヨーヘイはカップを持ったまま、広場を見渡した。
焚き火の炎。肉の残り香。飲んで騒いでいる顔、顔、顔。フィンをまだ抱えているピナ。何杯目かのアマリュワインを飲むシア。「苦い苦い」と言いながらガレン麦酒を離さないラルフ。
ここに、全員がいる。
ヨーヘイ内心:(魔石七輪で焼いた肉を食べてもらった。全員が食べた。ドンネさんが二枚食べた)
言葉にすれば、それだけの出来事だった。けれど胸の奥では、もっと大きなものになっていた。
ルカがまたカップを傾けながら言った。
ルカ:「ヨーヘイ、次はどこの肉出すの」
ヨーヘイ:「まだ考え中です」
ルカ:「Cグレードの肉とか、どう」
ヨーヘイ:「倒せたら」
ルカ:「今のヨーヘイなら、そのうちいけるって」
ガド:「Cの肉!? 出すなら呼べよ!!」
クレイ:「ガド、まず依頼を選べ」
広場がまたうるさくなった。
バルドが焚き火の前で、静かにカップを持ち上げた。何かを言うわけじゃなかった。ただ、持ち上げた。
ミラが気づいた。ガンツが気づいた。一人ずつ、カップが上がっていった。
ガド:「乾杯!! 焼肉屋!!」
ルカ:「焼肉屋!!」
ピナ:「焼肉屋!!」
ラルフ:「焼肉屋——!!(咳き込む)」
ガド:「弱い!!!」
笑い声と怒鳴り声が混ざった。フィンが「キュウッ!キュウッ!」と鳴いた。ギルダがブツブツ言いながらカップを上げた。
騒ぎの中で、ヨーヘイは手のひらに残った七輪の熱を確かめた。
ヨーヘイ内心:(蓮。パパ、店を開けたぞ。まだ仮だけど、肉を焼いて、みんなに食べてもらった)
声には出さなかった。出したら、たぶん少しだけ崩れる。
ヨーヘイ内心:(本番は、まだだ。今度は馬車で動く。もっと遠くまで、この匂いを持っていく)
夜の広場に、声が続いていた。
ミラ:「……次は本番だな、ヨーヘイ」
ヨーヘイ:「本番は、馬車で動きます」
ミラ:「どこまで行くんだよ」
ヨーヘイ:「……どこまでも」
ミラが笑った。声を出して笑った。珍しかった。
ミラ:「言うじゃん」
笑い声と炎の音が、夜の広場に続いていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第55話 リザルト&ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:25 HP:410/410 MP:190/190
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《料理》Lv2 72/100(+12)
・《収納》Lv1 45/100(+3)
▼ 本話の収支
・支出:魔石七輪製作費(蒼魔鉄素材代+工賃) −800枚
・収入:なし(仮オープンは無料提供)
・本話終了時手持ち:4,853枚(銅貨)
▼ 収納アイテム(変動分のみ)
・追加:魔石七輪(蒼魔鉄製・完成品)
・消費:ツチネム各部位(試し焼き・仮オープン分)
▼ 本話の出来事
・魔石七輪が完成した。
・完成した魔石七輪で、炭火に近い熱を出せることが分かった。
・ドンネ工房前の広場で、焼肉屋の仮オープンを行った。
・集まった人たちに、魔石七輪で焼いた肉を食べてもらった。
・ドンネは肉を二枚食べ、「悪くない」と評価した。
・仮オープンの後、広場で宴会になった。
・ヨーヘイは、焼肉屋の本番を馬車で始めると口にした。
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
魔石七輪が、できました。炭火との差は0.01割でした。0.008割になりました。ドンネさんが作ったからです。ギルダさんが設計した形から生まれた熱です。
仮オープンをしました。全員が食べました。ドンネさんが二枚食べました。その後、サーラさんが酒を持ってきました。広場で飲みました。ガドさんが乾杯と言いました。全員がカップを上げました。
ミラさんに「次は本番だな」と言われました。「どこまでも」と答えました。
本番は、馬車で動きます。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。
星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




