第54話 帰る、理由がある。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ ベルネ・冒険者ギルド・朝
ギルドの受付に、最後の素材を出した。
道中で獲った分の換金だ。受付の男が天秤に分銅を足していくのを、ヨーヘイは黙って見ていた。台の上で硬貨が小さく音を立て、男が「確かに」と言って札を切った。三日かけて潜った成果が、紙きれ一枚と硬貨の重みに変わる。それでよかった。
ヨーヘイ:「世話になりました」
受付:「またのご利用を」
淡々とした声だった。三日前と同じ目をしていて、それが妙に落ち着く。慣れない街でも、ギルドの受付だけはどこも同じ顔をしている。
リリアは隣の建物にいた。武具商組合の詰所だ。ヨーヘイが外で待っていると、しばらくして扉が開いた。
リリア:「……置いてきました。鉄鳶の名前と、それが盾の転売に関わっていたことを。情報が入ったら、伝令を飛ばしてくれるそうです」
ヨーヘイ:「当たりがあるといいですね」
リリア:「……はい。当たらなくても、置いておけば、いつか誰かの目に留まります。母も、そうやって探したはずですから」
胸元の紙を、リリアの手が一度押さえた。鉄鳶という二文字が、今もそこにある。彼女は前を向いていた。手がかりは細い。でも切れてはいない。それを確かめるみたいに、もう一度だけ胸元に触れて、リリアは歩き出した。
ルカ:「よっしゃ、ほな帰ろか。ベルネは飯が高いねん。もう財布が泣いとるわ」
ルカの尻尾が、ぱたんと一度跳ねた。帰る方向が決まると、この狐獣人はいつも尻尾から先に元気になる。本人は気づいていない。
フィン:「キュッ」
フィンがルカの足元で短く鳴いて、先に歩き出した。
◆ ベルネ・武具商通り
通りに出て、ヨーヘイは足を止めた。
昨日の夕方、人波の中に一度だけ見えた背中があった。腹の少し出た体格、日に焼けた首、荷馬車の御者台に座る後ろ姿。声をかける前に流れに消えたが、荷台の向きはファスト村の方角だった。それと同じ背中が、今日もそこにある。
ヨーヘイ:「ベルタさん」
声をかけると、男が振り返って、目尻の笑い皺を深くした。白髪交じりの顎髭、日に焼けた顔。荷台には香辛料の麻袋と布地が積まれていた。
ベルタ:「おう、やっぱりお前さんか。昨日チラッと見えてな。声をかけそびれちまった。仕入れの帰りだよ。ちょうどよかった、ファスト村まで一緒に行くかい? 護衛がいてくれりゃ俺も楽でな」
ヨーヘイ:「助かります。こっちも足を探してたところで」
ベルタ:「決まりだ。荷の隙間に詰めてくれりゃいい」
ルカが御者台を見上げて、耳をぴんと立てた。初めて見る行商人だ。荷馬車も、御者台のおじさんも、ルカには珍しいらしい。鼻先がひくひく動いて、香辛料の匂いを嗅いでいた。
ルカ:「……このおっちゃん、誰なん?」
ヨーヘイ:「行商人のベルタさん。前に何度か護衛で世話になってる」
ベルタ:「狐の嬢ちゃんは初めましてだな。ベルタだ。よろしくな」
ルカ:「ルカやで。……荷馬車乗るの初めてやねん。なんか、わくわくするわ」
尻尾がふさりと揺れた。隠す気はあるらしいが、毛の一本まで正直だった。
◆ 街道・午後
わくわくは、半日で消えた。
馬車の荷台というのは、揺れる。石を踏むたびに尻が跳ね、車輪が轍にはまるたびに腰に来る。クッションなどない。板の上に麻袋を敷いただけだ。ヨーヘイは尻の位置を何度も変えながら、御者台のベルタに声をかけた。
ヨーヘイ:「ベルタさん、これ……ずっとこうなんですか」
ベルタ:「馬車ってのはそんなもんだよ。慣れるしかないわな。俺なんか三十年座ってるが、尻はとっくに諦めた」
ベルタはからからと笑った。馬車のプロが言うのだから、そういうものなのだろう。だが、ヨーヘイの頭の中では別の話が回り始めていた。
ヨーヘイ:(サスペンションがない。クッションも、板バネの一枚もない。これで長距離はきつい。馬車の屋台を本気でやるなら、座席と荷台の振動対策は絶対に要る。でも――どうやって説明する。「サスペンション」なんて言葉、ドンネさんに通じるわけがない。「衝撃を吸収する仕組みが欲しいんです」って、それ何だって顔をされて終わりだ)
口には出さなかった。出しても今は意味がない。ただ、尻の痛みが一つの宿題に変わった。それだけは、忘れないでおこうと思った。
解析:「記録しました。『揺れる馬車・改善案件』。……業務の範囲内です」
ヨーヘイ:(メモ取るの早いな)
◆ 街道・林道
夕方に差しかかった頃、林道に入った。
両側から木がせり出して、道が急に薄暗くなる。ベルタが手綱を握り直した。馬が、耳を後ろに倒していた。
ベルタ:「……嫌な感じだな。この区間はたまに出るんだ」
言い終わる前に、道の脇の枯れ木が、動いた。
枯れ木ではなかった。灰緑色の太い根が、地面を割って何本も噴き出してくる。蛇のようにうねって、先頭の馬の脚に絡みついた。馬が嘶いて棹立ちになる。荷台が大きく傾いだ。
解析:「カラミネ。Eグレード正規。根の本体は地中の球根です。再生力が高く――」
ヨーヘイは荷台から飛び降りていた。剣を抜いて、馬に絡んだ根を斬る。手応えはあった。根は断たれて地に落ちた。だが、落ちた断面から、新しい根が芽のように吹き出して、また伸びていく。
ヨーヘイ:「斬っても戻る……っ」
ルカ:「うちがやるわ! 焼いたら戻れへんやろ!」
ルカの掌に火が灯った。橙の球が一直線に飛んで、根の束を焼く。炎が上がって、根がじゅっと縮れた。だが、焦げた根の脇から、また別の根が地面を割って出てくる。
ルカ:「……なんでやねん! 焼いても生えてくるやんか! 燃費悪いのにこっちは!」
解析:「再生の源は球根です。本体を断たない限り、根は無限に再生します」
ヨーヘイは球根の位置を探した。藪の奥、土が盛り上がっている場所がある。あそこだ。だが、たどり着く前に根の壁に阻まれる。斬っても斬っても戻る。じり貧だった。
その時、リリアが前に出た。
リリア:「ヨーヘイさん、剣を。――これなら、戻りません」
リリアが槍の穂先をヨーヘイの剣に触れさせた。淡い光が刃を伝って、剣全体が白く縁取られる。エンチャント。聖属性が、刃に宿った。
リリア:「行けます」
ヨーヘイ:「――助かる!」
今度は違った。聖属性の刃で斬った根は、断面から白く枯れていって、もう芽吹かない。ヨーヘイは《瞬歩》で踏み込んだ。視界が一瞬流れて、根の壁を抜ける。球根の前に出た。
だが、最後の一突きを入れる前に、リリアの声がした。
リリア:「――そこは、私が」
リリアが槍を構えていた。穂先に、さっきより強い光が集まっている。光は穂先で渦を巻いて、見ているこちらの目を刺すほどに濃くなった。
リリア:「セイクリッド」
突いた。穂先が球根を貫いた瞬間、光が炸裂した。
白い閃光が林道を真昼に変えた。球根を中心に光が放射状に走って、地面の根という根が、一斉に枯れていく。灰になって崩れる根。静まり返る林道。光が引いた後には、ただの枯れ木のなれの果てが残っていた。
誰も、しばらく動けなかった。
ベルタ:「……おいおい、嬢ちゃん」
御者台のベルタが、口を半分開けたまま固まっていた。
ベルタ:「俺ぁ三十年この街道を行き来してるが、カラミネをあんなふうに一撃で消したやつは初めて見たぞ。その槍――いったい何だい」
ルカ:「な、なあリリちゃん、それいつの間に覚えたん!? うち、聞いてへんで!? てか今の光、めっちゃきれいやったやんか、ずるいわ!」
ルカの尻尾が、毛を逆立てたまま左右に揺れていた。耳はぴんと立って、目はまんまるだった。
リリア:「……最近、出せるようになったんです。出そうとして、出ました。フィンが応援してくれたので」
フィン:「キュウッ!」
フィンが、リリアの足元で胸を張るみたいに鳴いた。
ヨーヘイ:(出そうとして出た、か。……リリアの「出そうとして出た」は、いつも本物になる)
ヨーヘイは枯れた球根を見た。
ヨーヘイ:(解析さん、あれ食えるか?)
解析:「……根です。食用には向きません」
ヨーヘイ:「……ですよね」
ベルタ:「お前さん、こんな時でも食う話か」
ヨーヘイ:「いえ。……一応、確認だけ」
◆ 野営・夜
その晩は、街道脇の開けた場所で野営した。
火を熾して、ヨーヘイは肉を焼いた。今日獲った分ではない。道具袋に残していた、ファスト村で仕込んだヴォルガの腹肉だ。枝を束ねた熾火の上に網を渡して、タレを刷毛で塗ると、脂が赤く残った熾火に落ちて白い煙が立った。焦げたタレの甘い匂いが、焚き火の煙に混じる。ヴォルガの脂は冷めても重くならず、火に戻すとすぐに艶を取り戻した。
ベルタが、鼻をひくつかせた。
ベルタ:「……その匂いだ。前に道中で食わせてもらった、あの匂い」
焼けた一切れを渡すと、ベルタは口に運んで――黙った。
しゃべり続けるのがこの男の常だ。だが、食べている間だけは無言になる。顎が動いて、目が一度閉じて、それから開いた。
ベルタ:「……やっぱりうまいわ、これ。何度食ってもな。俺ぁこの味のために護衛を頼んでるようなもんだ」
ベルタはもう一切れに手を伸ばした。ルカが横から「うちのが先やで」と皿を引き寄せ、リリアが静かに笑った。フィンは自分の分の骨を抱えて、尻尾を一定の速さで振っていた。
火を見ていると、いつもの声が、内側に上がってくる。
ヨーヘイ:(蓮。今日、馬車に乗ったぞ。尻が痛くてかなわなかった。お前なら、パパが情けない顔してるって笑っただろうな。でも、そのうち揺れない馬車を作るつもりだ。その荷台で、肉を焼く。お前が知ってる、あのタレで)
声には出さなかった。出せば届く気がしてしまう。届くということは、帰れたということだ。それは、まだ違う。帰れる。でも、それはまだ今日じゃない。帰るのは、もっと先だ。やり残したことが、まだここにある。
ヨーヘイ:(もう少しだけ、こっちにいる。許せよ)
火が、ぱちりと爆ぜた。
◆ ファスト村・翌夕方
ベルタと別れたのは、ファスト村の入り口だった。
ベルタ:「またよろしく頼むよ。――うまかったよ、ほんとに。揺れない馬車、ほんとに作るんなら、俺が一番乗りだからな」
ヨーヘイ:「楽しみにしていてください」
荷馬車が遠ざかる背中を見送って、ヨーヘイはそのまま足を村の外れに向けた。宿には寄らなかった。先に行かなければならない場所がある。
◆ ファスト村・外れ・ドンネの工房
石造りの工房から、金属を打つ音が一定の間隔で響いていた。
低くて、重い音だ。ヨーヘイの胸の奥が、その音に引っ張られるみたいに前へ出た。ルカが「あの人が……」と耳をぴんと立てた。初めて見るドワーフだ。
音が止んで、工房の戸が開いた。背の低い、肩幅の広い影が出てくる。赤茶けた髭が胸元まで垂れていた。ドンネだ。
ドンネはヨーヘイを見て、それからヨーヘイの手元に目を留めた。収納から出した試作品。底が黒く焼け焦げて、形が歪んでいる。ギルダが作った、一度しか使えなかった七輪だ。
ドンネ:「……それを、どこで」
ヨーヘイ:「ベルネの、ギルダさんという方に。耐久素材の扱いができる鍛冶師として、ドンネさんの名前が出ました」
ドンネの目が、少し動いた。
ドンネ:「……あいつのところに行ったのか」
短い言葉に、何かがこもっていた。怒りではない。懐かしさとも違う。ただ、知っている名前を確かめる声だった。
ドンネは試作品を受け取った。焼け焦げた底を指でなぞる。歪んだ縁を確かめ、内側を覗き込む。長い沈黙だった。火傷の跡が残る太い指が、壊れた七輪の上をゆっくり動いていく。
誰も口を挟めなかった。ドンネが見ている。ただ、見ている。それは判断の時間だった。
やがて、ドンネが顔を上げた。
ドンネ:「……明日来い」
ヨーヘイ:「――分かりました」
ドンネはそれだけ言って、試作品を抱えたまま工房に戻っていった。
一歩。もう一歩。戸に手をかけたところで、止まった。
ドンネ:「……設計は、悪くない」
戸が、低い音を立てて閉まった。
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【第54話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:21 HP:365/365 MP:173/173
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・《瞬歩》Lv1 91/100(+3)
▼ 本話の収支
・収入:道中素材の換金 +120枚
・支出:なし
・本話終了時手持ち:5,653枚
▼ 収納アイテム(変動分のみ)
・消費:ヴォルガ腹肉・タレ少量
・追加:カラミネの枯根(素材・用途不明・保管)
・試作品:ドンネに預けた(焼損状態)
▼ 本話の出来事
・ベルネで鉄鳶の問い合わせを武具商組合に置き、ベルタの馬車でファスト村へ帰還した。
・林道でカラミネ(Eグレード正規)と遭遇。リリアがエンチャントとセイクリッドを初使用した。
・馬車の揺れから「揺れない馬車」という宿題を得た。
・焼損した七輪試作品をドンネに預けた。「明日来い」と言われた。
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
リリアの槍が、光りました。エンチャントというそうです。わたしの剣に聖属性をのせて、再生する根を断てるようにしてくれました。あれがなければ、たぶん負けていました。リリアが「行けます」と言った時、パーティが回ったと感じました。
セイクリッドの光は、見たことのない明るさでした。リリアは「出そうとして出た」と言いました。あの人の「出た」は、いつも本物です。
ベルタさんがまた肉を食べて、黙りました。食べている間だけ無口になる人です。あの沈黙は、うまいという返事です。
馬車は揺れました。尻が痛かったです。でも、おかげで宿題が見えました。揺れない馬車を作る。蓮を乗せたい荷台です。
ドンネさんに、試作品を見せました。「明日来い」と言われ、戸を閉められました。去り際に一言だけ、「設計は、悪くない」と言い残していきました。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。
また次話でお会いしましょう。




