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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
4章 「帰れるのに、帰らない。」

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第53話 一回だけ、使える。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

◆ 数日後・ギルダ工房



 工房の扉を開けると、ギルダは図面の前にいた。


 三日前と同じ姿勢だった。背中が小さく、大きなメガネが顔を半分以上ふさいでいる。図面のあちこちに書き込みがあって、消した跡の上にまた書き込みがある。端の方が破れそうなくらい何度も触られていた。


ルカ:「……また来たで」


ギルダ:「あ。うん」


 顔を上げなかった。右手がまだ走っていた。


ギルダ:「ちょっと待って。いま——」


 ブツブツという声が始まった。「底面の厚みが」「出力の配置を変えて」「でもそうすると」と、切れ切れに聞こえた。ルカが耳をわずかに傾けた。


ルカ:(小声で)「何言うてるか、ぜんぜん分からんな」


ヨーヘイ:(小声で)「専門用語です」


ルカ:「あのスキルでも分からんの?」


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……把握は可能です。ただし、解説には時間がかかります」


ヨーヘイ:(いいです)


 フィンが工房の入口で座って、ギルダの背中をじっと見ていた。鼻が少し動いた。金属の匂いと、何か熱を持ったものの匂いが混ざっていた。


 しばらくして、ギルダが顔を上げた。


ギルダ:「できた」


 立ち上がった。工房の棚の一番下に置いていた布を取り、中から何かを取り出した。


ギルダ:「これ」


 両手で持って、テーブルの上に置いた。


 小さかった。ヨーヘイが想像していたより、ひと回り小さかった。七輪というよりも、鉄の器に近い形だ。底が厚く、側面に細い溝が走っている。魔石がはめ込まれている部分は底の中心で、鈍い光を帯びていた。歪んでいる。全体的に、手作り感が強い。


ギルダ:「試作品なんで、見た目は大したことないけど——動けばいい。って思って作ったから」


 ヨーヘイは手に取った。思ったより重さがあった。底の厚みが、手のひらに伝わってくる。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……構造は、機能します」


ヨーヘイ内心:(解析さんが誉めた)


 珍しいことだった。「問題はありません」でも「業務の範囲内です」でもない。「機能します」という言葉だった。


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


ギルダ:「お礼を言われるのはまだ早い。使えるかどうか、まだ分からないんで」


 そう言いながら、ギルダはすでに図面の方を向いていた。独り言が小さく始まった。


リリア:「……あの方、ずっとあんな感じなんですか?」


ヨーヘイ:「最初からです」


ルカ:「三日間、寝たんかな」


解析:「……睡眠の痕跡は確認できます。ただし、正確な時間は把握できません」


ルカ:「なんか悲しいな、その情報」



◆ フィールド・ベルネ近郊



 午後、四人と一匹でフィールドに出た。


 ベルネの東縁を抜けて、草地に入った。遠くに低い木立が見える。空は晴れていて、風が緩く流れていた。ヨーヘイは試作品を収納から出しながら、もう一つのことを頭の中で整理した。


 収納の中に、魔石コンロがある。三日前に買ったものだ。あれは仕込み用だ。低温で一定の熱をかけ続けるための道具で、肉を焼くためのものじゃない。ヨーヘイはそれを分かった上で買った。


 今日持ち出したのは試作品の方だ。ギルダが魔石を内蔵して設計した、熱源つきの原型。これで肉を焼けるかどうかを確かめる。


ルカ:「ここでいい?」


ヨーヘイ:「少し開けた場所の方がいいです。もう少し先」


 草を踏みながら進んだ。フィンが先を歩いていた。ときどき草の根元に鼻を近づけて、何かを確かめるようにしてからまた歩く。


リリア:「フィン、何か探しているんですか」


ヨーヘイ:「たぶん食べ物です」


フィン:「キュッ」


ルカ:「肯定した」


 開けた草地に出た。ヨーヘイは試作品を地面に置いた。底の土がちゃんと安定しているかを確認した。側面の魔石が鈍く光っている。ギルダの説明では、魔石に手をかざして一定の力を込めると熱が起動する仕組みだという。


 収納からツチネムの赤身を出した。三日前に解体したものだ。薄く切ってある。


ヨーヘイ:「手を借りてもいいですか。リリアさん、網を持っていてください」


リリア:「はい」


 細い鉄製の小さな網を試作品の上に乗せ、魔石に手をかざした。熱が来るまで少し間があった。底面が温まり始めると、網の表面が変わる。じわじわと、下から熱が上がってくる感触がある。


 肉を乗せた。


 最初は静かだった。かすかな音が、底面から上がってくる。肉の下面が熱に触れて、繊維が反応し始める音だ。少しして煙が出た。甘い匂いがした。タレが絡んでいるわけじゃない。赤身の脂が微量に滲んで、熱に当たって変わっていく匂いだった。


ルカ:「……なんか、匂いがちがう」


ヨーヘイ:「石板と熱源が違います」


ルカ:「どう違うん?」


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……石板は蓄熱型です。この試作品は魔石の直熱型。熱の入り方が、構造から異なります」


ヨーヘイ内心:(それだ)


 石板は熱を蓄えて放出する。魔石は直接、対象に向けて熱を出す。現代で言えば、フライパンと炭火の違いに近い。どちらも焼けるが、肉に届く熱の質が違う。


 裏返した。断面が赤かった。まだ中まで通っていない。もう少し待つ。


 フィンが近づいてきた。試作品の横に座って、鼻が激しく動き始めた。


ヨーヘイ:「まだだ」


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:「待て」


フィン:「キュウッ!」


ルカ:「待てって言われてるで」


フィン:「キュッ……」


 鳴き声が少ししょんぼりした。リリアが小さく笑った。


 火が通るまで待ち、端を切って確認すると、中まで色が変わっていた。ヨーヘイは一枚を手に取って、食べた。


 旨かった。


 石板で焼いた時と、何かが違う。旨みが、表面に留まっていない感じがする。中まで均一に熱が入って、繊維が均等にほぐれている。石板だと表面に熱が集中して、中との差が出る。この試作品は熱が全体に回っている。


解析:「……石板比、旨み流出0.3割減です」


ヨーヘイ内心:(0.3割で、これだけ違う)


 数字だけ聞いたら小さい差だ。だが実際に食べると、その0.3割がはっきり分かる。旨みが余分に抜けていない。焼けた後に残っているものが、少し多い。


ルカ:「食べてもいいか」


ヨーヘイ:「どうぞ」


 ルカが一枚取った。リリアも手を伸ばし、三人で順番に食べた。


ルカ:「……うまい」


 それだけだった。それだけで十分だった。


リリア:「石板と、違いますね」


ヨーヘイ:「分かりますか」


リリア:「……石板と違います。中が、均一に焼けています」


 フィンに一切れ渡した。フィンがそれを受け取った瞬間、いつもと違う反応が起きた。


フィン:「キュウッ!」


 高い声だった。いつもの食事の時の「キュッ」ではない。何かが違うと体が反応した時の声だ。


ルカ:「……なんか、いつもと反応が違うな」


ヨーヘイ:「分かるんだと思います、こいつにも」


ルカ:「動物って、そんなに分かるん?」


ヨーヘイ:「鼻がいいので」


解析:「……感知能力は、人間の数百倍以上と推定されます」


ルカ:「数百倍って……そらわかるな」


 フィンが試作品をじっと見ていた。目が真剣で、成功した、という空気がそこにある。四人と一匹が、同じ場所に立っていた。


 そこで声が来た。


解析:「……三日前と同じ位置です。動いていません」


 ヨーヘイは手を止めなかった。視線を上げなかった。


ヨーヘイ内心:(いる。でも動いていない。今は、ここにいる)


 ベルネ市内に、一つある。解析が最初に感知したのはベルネに着いた最初の夜だった。以来、接近はない。出張所での申請の間も動かなかった。今日も同じだ。監視している。あるいは様子を見ている。どちらにしても、今この瞬間に動く気配はなかった。


 ヨーヘイはもう一枚の肉を試作品に乗せ、二回目の火を入れた。魔石に手をかざした瞬間——


 バチッ、という音がした。煙が出た——肉からではなく、試作品の底からだった。魔石の周辺が焼けた匂いがした。金属が熱を持ちすぎた時の、鋭い匂いだ。


 試作品が静かになった。熱が止まった。


ルカ:「……消えた」


 ヨーヘイは試作品を持ち上げた。底の中心、魔石の出力部分が黒く変色している。焼き切れていた。押しても、熱は来なかった。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……出力部分の接続が焼損しています。修復は不可能です」


ヨーヘイ内心:(一回だけ、ちゃんと焼けた)


 それで十分だった。形が分かった。機能することが分かったし、壊れた場所は見えた。なぜそうなったかは分からない。でも自分では直せない。



◆ ギルダ工房・夕方



 工房に戻ると、ギルダは別の図面を広げていた。


ヨーヘイ:「一回、焼けました」


ギルダ:「うん、そうなると思った」


ヨーヘイ:「二回目で出力部が焼き切れました」


ギルダ:「……やっぱり、ここが問題だったか」


 図面から顔を上げた。試作品を受け取り、底の焼き切れた部分を指でなぞった。少し間があった。


ギルダ:「直せる。でも同じ素材で直しても、同じことになる」


ヨーヘイ:「別の素材が必要ですか」


ギルダ:「そう。魔石の出力を長時間受け続けられる金属が必要なんだよね。わたしが今使える素材だと、熱に対する耐久が足りない。出力を上げたら一回で終わる。出力を絞ったら温度が足りない。どっちに振っても、今の素材じゃ解決しない」


 ギルダがブツブツ言い始めた。「底面の密度を上げて」「いや、それだと接続部が」「もし素材が変わるなら設計ごと見直して」と声が続いた。ルカが耳を伏せた。リリアが静かに聞いていた。


ギルダ:「——あ、ちょっと待って」


 ブツブツが止まった。メガネの奥の目が動いた。


ギルダ:「いる。たぶん、一人だけいる」


ヨーヘイ:「誰かいますか」


ギルダ:「同じ師匠に師事した人。わたしより全然うまいんだよね、こういう仕事は。高温に耐える素材を使った細工は、あの人の方が上。わたしはどっちかというと発想する方が好きで、実際に形にする精度はあの人の方が高い」


ルカ:「その人、ベルネにいるんですか」


ギルダ:「ベルネじゃない。ファスト村っていう——わたしは行ったことないけど、工房があるはずなんで」


 ヨーヘイは静かに聞いていた。


ヨーヘイ:「名前を聞いてもいいですか」


ギルダ:「ドンネ。ドンネ・グラニット。知ってる?」


 間があった。


ヨーヘイ:「…………」


リリア:「……えっ」


 リリアの声が小さく、でも確かに出た。


ルカ:「え、なに、知り合い?」


 ヨーヘイはルカを見た。どう答えるか一瞬考えた。


ヨーヘイ:「……知り合いです。ファスト村に拠点を置いている間に」


ルカ:「うっそ!? めっちゃ繋がってるやん!」


リリア:「……兄弟弟子——!」


 リリアが口元を押さえた。肩が揺れていた。ルカが「嘘やん」「どういうことなん」と交互に言いながらヨーヘイとギルダを見比べた。


 ギルダがメガネの奥で目を細めた。


ギルダ:「知ってるんだ。よかった。じゃあ話が早い。ドンネさんに設計図持って行って、素材の相談してみて。わたしの名前出してくれれば、話は通ると思うから」


ヨーヘイ:「……ちゃんと伝えます」


ギルダ:「あと、言っといてほしいんだけど——」


 少し間があった。


ギルダ:「……わたしの試作品、見せてあげて。感想が聞きたいんで」


ヨーヘイ内心:(職人の話し方だ、これ)


 それだけが言いたかったんだと思った。師匠が同じ人間から、どう見えるか。それが気になっているんだと思った。


 そこで声が来た。


解析:「……ご縁があります」


ヨーヘイ内心:(そこは、業務の範囲内です、じゃないんだな)


 初めて聞いた言い方だった。


ルカ:「……今、また何か聞いた顔したやろ」


ヨーヘイ:「聞きました」


ルカ:「何て言うたん」


ヨーヘイ:「ご縁があります、と」


ルカ:「……それは確かに」


 ルカが珍しく素直に笑った。


 フィンが試作品をまだじっと見ていた。また一度、鼻を動かした。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:「もう焼けないぞ」


フィン:「キューン」


ルカ:「鳴き声が悲しくなった」


リリア:「……そうですね」


 リリアが笑いを抑えながら言った。工房の中に、少しだけ明るい空気があった。



◆ ギルダ工房の前・夕方



 帰り際、工房の前に出た。夕方の光が武具商通りに伸びていた。


 ヨーヘイは手の中の試作品を見た。一回だけ焼けた跡がある。底が黒くなっている。壊れているが、機能したことは本物だった。肉は旨かった。フィンも分かっていた。それは嘘じゃない。


ヨーヘイ内心:(答えは、ファスト村にある)


 試作品の設計を持ってドンネに行く。素材を変えて作り直す。それが次だ。次のためには、ファスト村に戻る必要がある。


 リリアの胸元を、視界の端で確認した。紙が入っている場所に、リリアの手が一度触れた。鉄鳶の情報がある。次の手がある。ファスト村の後も、進む方向がある。


ヨーヘイ:「ファスト村に、戻ります」


 リリアが少し間を置いた。


リリア:「……はい」


 胸元の紙に、手が触れた。


ルカ:「わかった。準備するわ」


 ルカが先に歩き始めた。フィンがその後ろをついていった。


 ヨーヘイは試作品をもう一度見てから、収納にしまった。


 通りを歩き始めた時、リリアが足を止めた。


リリア:「……あれ」


 ヨーヘイが視線を向けた。


ヨーヘイ内心:(なぜ、ここに)



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【第53話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:21 HP:365/365 MP:173/173


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・変動なし


▼ 本話の収支

・収入:なし

・支出:なし

・本話終了時手持ち:5,533枚


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・消費:なし

・追加:なし

・試作品:持ち帰り済み(焼損状態・修理用として保管)


▼ 本話の出来事

・ギルダが七輪試作品を完成させた。魔石内蔵型・一回限りの試作品。

・フィールドでツチネムの赤身を焼いた。石板比旨み流出0.3割減。一回目は成功。

・二回目の使用で魔石出力部が焼損。修復不可。

・耐久素材の扱いが可能な鍛冶師として、ドンネ・グラニットの名が出た。

・ギルダとドンネが同じ師匠の兄弟弟子であることが判明。

・追っ手の位置確認:三日前と同じ位置。動きなし。

・ファスト村帰還を決断した。


▼ ヨーヘイの考察


解析さん、記録します。


試作品が一回、焼けました。一回で壊れましたが、焼けたことは本物です。旨かった。0.3割の差が、食べると分かりました。フィンにも分かっていたようです。


ギルダという人は、発想から形を作る人です。設計が面白ければやってみる。値段の感覚がない。自分の仕事の価値が分かっていない。でも形にする技術は本物です。


ドンネさんと兄弟弟子だと聞きました。解析さんが「ご縁があります」と言いました。業務の範囲内、じゃなかったですね。わたしも同じことを思いました。


追っ手は動いていません。でもいます。この街にいます。今日は大丈夫でした。


ファスト村に戻ります。ドンネさんに試作品を見せます。素材の相談をします。蓮に見せるのは、完成してからにします。まだです。でも、形は見えています。


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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