第52話 変な鍛冶師だった。
異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。
とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。
面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると
ヨーヘイより先に作者が泣きます。
◆ 武具商通り
朝から歩いていた。
武具商通りは市街の中央から東寄りに向かって伸びている。昨日の夕方に入口だけ確認した。今日は奥まで見るつもりだった。目的は二つ。馬車式屋台に使えそうな道具を探すこと。それから、左手の武器を替えること。支給品の短剣はずっと使い続けているが、戦闘用としては限界がある。
リリアは武具商組合へ向かった。昨日の帰り道に「鉄鳶の所在を調べる」と言っていたので、止める理由がなかった。
通りに入ると、鍛冶の音が聞こえてきた。複数の工房が並んでいる。武具屋の看板が続いた。
フィン:「キュッ」
ルカ:「フィンが何か言うたけど、今は食べ物の匂いはせんよな」
ヨーヘイ:「金属の匂いに反応したんだと思います。変な鼻してるんです、こいつ」
フィンが「キュッ」ともう一度鳴いた。ルカが耳を伏せて、通りを見渡した。
ルカ:「広いな。どこから当たる?」
ヨーヘイ:「端から見ていきましょう」
◆ 通りの店々
最初の店で、平台の上に並んだ調理器具らしきものが目に入った。
魔石を埋め込んだ小型のコンロだった。七輪と言われれば七輪だ。形が近い。値段の札を見ると三十枚とある。安い。安すぎる。
ヨーヘイ:(解析さん、この魔石コンロ。出力を確認してもらえますか)
解析:「……出力は固定式です。温度調整機構がありません。62度前後で一定になります」
ヨーヘイ:(固定か)
62度。肉を焼く火力としては使えない。調整機構がないから、強く出したい時も弱くしたい時も62度のままになる。それが理由で誰にも売れず、安く置かれている。
ただ、62度という数字が頭の中に引っかかった。硬いスネ肉や筋の多い部位を長時間かけてゆっくり熱を入れると、噛み切れなかった繊維がほどけていく。焼くための温度ではない。仕込むための温度だ。屋台で提供する前に、この温度で半日かけておけば——
ヨーヘイ:「これもください」
ルカ:「え、使えるん? さっき肉は焼けへんって言うてたやん」
ヨーヘイ:「焼く道具としては使えません。でも、別の使い方があります」
解析:「……業務の範囲内です」
ヨーヘイ内心:(解析さん、分かってましたね)
三十枚を出した。収納に入れた。
次の棚に折りたたみ式の鉄串セットがあった。内臓串が浮かんだ。
解析:「……鉄が薄い。繰り返し使用で変形します。1〜2回が限界だと思われます」
ルカ:「え、それすぐ歪むんやろ。買う意味ないな」
その通りだった。安い使い捨て串と同じ問題だった。見た目は使えそうだが熱と荷重に耐えられない。声には出さなかった。
少し奥に雑貨の棚がある店に入った。木製のまな板が目に入った。大きい。解体後の部位分けに使うには十分な広さがある。岩塩と一緒に買いたかったものだった。その隣に石製の小さな乳鉢と乳棒が並んでいた。ガルニク草などの香草を砕くのに使える。価格は十八枚。高くない。
奥に長柄トングがあった。二本組で二十二枚。肉を返す道具だ。そのままだ。声には出さなかった。
解析:「……用途に合致しています」
ヨーヘイ内心:(言わなくても分かった。珍しい)
ルカ:「ヨーヘイさん、今なんか先に決めてたやろ。珍しいな」
ヨーヘイ:「たまにあります」
まな板・乳鉢・乳棒・トングの四点をまとめて買った。店主が包んでくれた。収納に入れた。
ルカ:「こういう地味なの、大事やな。串は高くて即歪む、でもトングは安くて使える。分からんもんやな」
フィンが棚の隅を嗅いでいた。燻製肉の匂いが残っていたらしく、鼻がひくひくしている。
ヨーヘイ:「フィン、そっちじゃない」
フィン:「キューン」
◆ 中剣を探す
武具屋を三軒回った。蒼魔鉄製の中剣を探した。
最初の店の品揃えは悪くなかったが、値段が高い。銀貨三枚から四枚の帯が多い。買えないわけではないが、素材の表記を見る限りドンネが使う蒼魔鉄と同じ品質かどうか分からない。解析に確認してもらうと「……素材は同等です。ただし加工精度が低い」と出た。
二軒目は加工精度は高いが素材が落ちる。三軒目は両方が中途半端だった。
ルカ:「なかなか見つからへんなぁ」
ヨーヘイ:「ドンネさんに慣れすぎたのかもしれません」
ルカ:「あのドワーフのおっちゃん、そんなに違うん?」
ヨーヘイ:「次元が違います」
答えた後、少し考えた。ドンネさんに頼む案もある。ただファスト村まで往復するには理由として弱い。もう少し通りを見てからにしようと思って、先に進んだ。
三軒目の店員が声をかけてきた。七輪の話を試しに出してみた。ヨーヘイが「熱を散らすような構造の魔道具は作れますか。肉を焼くための台なんですが」と言うと、男は少し考えてから通りの奥を指した。
店員:「そういった設計はうちでは難しいですね。発想が武具と違いすぎる。ただ——あちらに変わった鍛冶師がいます。面白いものを作る人で。設計の話なら乗ってくれるかもしれません」
看板が小さかった。目立たない。昨日の夕方に奥から声が聞こえていた工房だった。
ルカ:「行ってみる?」
昨日も同じことをルカに聞かれた。答えは同じだった。
◆ 工房の奥
扉を開けると声が聞こえた。
ブツブツと、何かを言い続けている。入口の近くに道具が積まれていた。加工途中の金属片。設計図らしき紙の束。鑿と槌が棚に並んでいた。整理されているのか、されていないのか、分からない配置だった。金属と油が混ざった匂いがした。
奥に人影があった。子供くらいの背丈で、背が低い。顔の前半分を、大きなメガネが占領していた。フレームが太くて、レンズも大きくて、顔の半分以上が隠れている。メガネの向こうに目があることは分かったが、どんな目をしているかが分からない。
一瞬、子供かと思った。だが肩幅が違った。腕に厚みがある。手を見ると、指が短く太い。金属を扱う者の手で、ドワーフの女性だと分かった。
その人物がブツブツ言い続けながら、設計図に何かを書き込んでいた。
ヨーヘイ:「すみません」
声をかけた。相手が止まり、こちらを向いた。
女鍛冶師:「……あ。お客さん?」
ヨーヘイ:「ええ。武具商通りの店員に紹介していただきました。熱を散らす構造の魔道具を探しているんですが」
女鍛冶師:「あ、わたしはギルダ。ここの工房の鍛冶師。で——熱を散らす。どういう用途?」
ヨーヘイ:「肉を焼くための台です。温度を強弱で切り替えられるものが理想で、炭の代わりに魔石を使えればと思っています。七輪に近い形で——」
メガネの奥の目が変わった。
ギルダ:「おもしろい! それ、やってみたい!」
前のめりになった。
ギルダ:「温度調整可能で、魔石の出力を強火と弱火に切り替えられる構造で、肉を焼く用途に特化した台。あ、ちょっと待って——」
手が止まり、目線が宙に向いた。ブツブツが再開した。
ヨーヘイ:(解析さん。どのくらいかかりそうですか)
解析:「……把握できません」
ルカ:「え、そのスキルでも分からんの?」
ヨーヘイ:「今回は分からないみたいです」
ルカ:「……まだ?」
フィン:「キュッ」
ルカ:「フィンも待ってるで」
ブツブツが続いた。三分ほど経ってから、顔が上がった。
ギルダ:「——魔石の配置を底面に三点で固定して、出力を強火と弱火で切り替えられるようにする。台の素材は鉄だと厳しい。もう少し熱に強い素材が要る。耐久性の問題はあるけど、試作品なら——」
ヨーヘイ:「作れますか」
ギルダ:「作れる。たぶん」
ルカ:「たぶん、か」
ギルダ:「一回しか使えないかもしれないけど」
試作品という言葉だった。一回だけ使えれば十分だ、とヨーヘイは思った。形を確認して、改善点を見つけて、それからドンネさんに頼める。
ヨーヘイ:「それで構いません。それから——」
視線が棚の上に向いた。中剣が一本、立てかけてあった。目が止まり、何となく、というより、見えた。
ヨーヘイ:「その中剣も、見せてもらえますか」
ギルダ:「あ、それ? あるよ。これとか——大したことないけど、使いやすいと思う。わたしにとっては練習品みたいなもので」
棚から取り出して、差し出した。ヨーヘイは受け取った。
重心が手の内側に来た。バランスが整っている。刃の角度が自然だった。振り抜いた時に手首への負荷が少なくなる設計だと分かった。
解析:「……上位グレードです。現在の支給品短剣と比較すると、耐久性が3倍以上あります。素材の加工精度も標準より高い」
ヨーヘイは黙っていた。ギルダが「大したことない」と言ったものを、声が「上位グレード」と言った。その矛盾を処理する時間が少しだけかかった。
ヨーヘイ:「……おいくらですか」
ギルダ:「え、値段? ちょっと待って——」
指を折り始めた。ブツブツが再開したが、今度は短かった。
ギルダ:「……六十枚。ぐらい?」
ルカ:「安っ」
ギルダ:「そう? まあ大したことないし」
ルカ:「大したことあるから! なんで自分の仕事の値段が分からんねん」
ギルダ:「難しいよね、値段って。わたしにとっての練習だったから、材料費くらいでいいかなって」
ルカ:「……そういう人か」
ヨーヘイは六十枚を出した。ギルダが受け取り、中剣は収納に入れた。
左手の武器が変わった。
ヨーヘイ内心:(食った後、また上がっていた。昨日の夜に気づいた。三日間で《解体》が九十五になっていた。解析さんが数字を出した時、また食べた後だったと思った)
解析:「……《解体》が95になっています」
ヨーヘイ:(知ってます)
解析:「……」
沈黙が来た。返事がなかった。それが答えだった、というパターンではなく、ただ何も言わなかった。それが一番、気になった。
◆ メガネが落ちた
話の途中でギルダのメガネがずり落ちた。
フレームが鼻の半分まで降りてきて、そのまま台の端に当たってぱらりと外れた。
顔が出た。
ルカ:「ちょっ——め、めっちゃ美少女やん!?」
ルカの声が裏返った。リリアはいないが、ヨーヘイも声が出なかった。整った目元だった。睫毛が長かった。目の色は薄い茶色で、焦点が合っていない。
ギルダ:「ごめん、どこ……? ぼやけて見えない」
手を伸ばして台の上を探り、全力でメガネを探していた。
ルカ:「あ、ここにある——」
メガネを拾って渡した。ギルダが両手で受け取り、速やかに顔に戻してフレームを押さえた。元の顔に戻った。
ギルダ:「ありがとう。ド近眼だから外れると何も見えなくて」
ルカ:「……なんで外れたん」
ギルダ:「重力」
ルカ:「そんな理由があるか」
ヨーヘイは工房の中を見回した。道具が並び、設計図の束があり、試作品の金属片があった。
ヨーヘイ内心:(焼肉屋になる。まだ形はないが、この工房に答えがある)
そう思った。思ったのではなく、分かった。
◆ 合流
夕方、武具商通りの入口でリリアと合流した。
リリアが先に来ていた。壁に背をつけて立っており、ヨーヘイたちが近づくと胸元の紙に触れた。
リリア:「……武具商組合に行きました」
ヨーヘイ:「結果は?」
リリア:「……ベルネ市内に、鉄鳶の名前で登録されているものはありませんでした」
少し間があった。
リリア:「……ただ、十年前まで別の街にいた記録が一件ありました。担当の人が、そちらに当たってみることを勧めてくれました」
ヨーヘイ:「前進しましたね」
リリア:「……はい」
短かったが、確かな答えだった。リリアの声の温度が、少し変わっていた。
ルカがギルダの工房で起きたことを話し始めた。中剣と試作品の話を聞いたリリアが「……ギルダさん、すごい人なんですね」と言った。ルカが「すごいけど変な人なんよ」と付け加えた。
三人と一匹でギルダの工房に戻った。ギルダは設計図の前に座っており、顔を上げた。
ギルダ:「あ、戻ってきた。あと——」
ヨーヘイを見た。
ギルダ:「試作品の件。さっきの続きだけど、答えが出たから」
ヨーヘイ:「はい」
ギルダ:「できる。一回しか使えないかもしれないけど——作れる」
ルカ:「一回って……」
ヨーヘイ:(それで十分だ)
解析が何も言わなかった。
試作品の成否や危険を、いつもなら一言だけでも告げる声だった。今日は黙っていた。沈黙の理由を考えたが、出てこなかった。
一回しか使えない試作品。その言葉だけが、なぜか耳に残った。
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【第52話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:21 HP:365/365 MP:173/173
スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし
・支出:魔石コンロ(30枚)、木製まな板・石製乳鉢・乳棒・長柄トング(計約52枚)、ギルダ製中剣(60枚)
・本話終了時手持ち:5,533枚
▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)
・追加:魔石コンロ・木製まな板(大)・石製乳鉢・乳棒・長柄トング×2・ギルダ製中剣
・消費:なし
▼ 本話の出来事
・武具商通りで道具を探した。一見使えないと思った魔石コンロを、別用途の発想で購入した。まな板・乳鉢・トング等の実用品も確保した。
・武具商通りの奥で女ドワーフ鍛冶師ギルダと出会った。七輪の話を持ち込むと「やってみたい」と乗ってきた。試作品の製作が決まった。
・ギルダの「大したことない」中剣が、解析の鑑定で上位グレードと判明。購入した。左手武器が変わった。
・リリアは武具商組合で鉄鳶の手がかりを得た。十年前に別の街にいた記録があり、そちらへの調査が次の手になった。
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ギルダという鍛冶師に会いました。変な人です。自分の仕事の値段が分かっていません。「大したことない」と言いながら上位グレードの中剣を作ります。解析さんが上位グレードと言った時、ギルダは「そう?」と言いました。
魔石コンロを買いました。肉は焼けません。でも別の使い方があります。解析さんは「業務の範囲内です」と言いました。分かってましたよね。
試作品が一回しか使えないかもしれないと言っていました。一回でいいです。形を見たい。答えは、あの工房にあります。
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また次話でお会いしましょう。




