第45話 ルールがあります
帰れないアラフォーパパが、異世界で魔物を焼いています。
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◆ 炊事場・翌朝
ルカは昨日より早い時間に来た。
扉に遠慮がなくなっていた。昨日は鼻だけ覗かせていたのに、今日は両手で押し開ける。
昨日と今日の間に何かが変わった、というよりは、昨日の段階でもう決めていたのかもしれない。
ルカ:「おはよ。来てもええか」
ヨーヘイ:「どうぞ」
リリアはもう来ていた。壁際の椅子に座って、お湯の入った器を両手で包んでいる。
ルカがリリアを見た。少し表情が緩んだ——知っている顔がある、という緩み方だった。
ルカ:「リリちゃん、おはよ」
リリア:「……おはようございます」
フィン:「キュッ」
ルカがフィンを見た。フィンがルカを見た。
ルカ:「この子も毎朝ここにおんの?」
ヨーヘイ:「そうです」
ルカ:「家族やん」
ヨーヘイ内心:(家族、か)
否定しなかった。
間違ってはいない——そういう気がした。合ってもいないかもしれない。でも、どちらでもない気もした。
◆ 素材の話
ルカが姿勢を正した。昨日と少し違う顔だった。
ルカ:「改めて、話させてもらえるか」
ヨーヘイ:「聞きます」
ルカ:「探してる素材の詳細を伝えたい。昨日は名前だけやったから」
テーブルに小さな布袋を置いた。中から取り出したのは、欠けた魔石の欠片だった。
色が薄い。透明に近く、内側に細い筋が走っていた。
ルカ:「これに近い成分が入った素材が要る。魔力の循環に作用する薬の原料になる。里の者が使う薬や」
ヨーヘイ:「誰かが病気ですか」
ルカ:「……まあ、そういうことや。希少な素材が要るだけで、そんな大した話やない」
耳が一瞬だけ伏せた。すぐ戻った。
大した話やない、という声の出し方が、大した話やない人の声ではなかった。
でもルカはそれ以上言わなかった。ヨーヘイも聞かなかった。
声が来た。
解析:「この欠片の成分を照合します。……Dグレード以上の魔物の内臓組織に、類似した魔力結晶が含まれる可能性があります。ヨーヘイさんが解体したヴォルガの内臓に近い成分です。ただし濃度は個体差が大きい」
ルカが目を丸くした。
ルカ:「……今の、なんや」
ヨーヘイ:「スキルです。《解析》といいます」
ルカ:「スキルが喋んの?」
ヨーヘイ:「喋ります」
ルカ:「……それ、普通か?」
ヨーヘイ:「普通ではないと思います」
ルカ:「リリちゃん、聞こえた?」
リリア:「……私には聞こえません。ヨーヘイさんにしか聞こえないんです」
ルカ:「なんやそれ」
ヨーヘイ:「こちらもそういう気分で毎日過ごしています」
ルカが少し黙った。欠片をテーブルに戻した。
ルカ:「Dグレードを、倒せるんか」
ヨーヘイ:「一度だけです」
ルカ:「ほんまに?」
ヨーヘイ:「ほんまに、です」
ルカがリリアを見た。
ルカ:「リリちゃんも一緒やったん?」
リリア:「……はい。ヴォルガを討伐しました」
ルカ:「二人で?」
リリア:「……フィンも一緒でした」
フィン:「キューン」
ルカ:「……このパーティ、絶対おかしい」
ヨーヘイ:「おかしいとは思っています」
ルカ:「自分で言うんか」
◆ 一緒に行かせてもらえへんか
しばらく沈黙があった。
ルカが欠片を袋に戻した。袋の口を絞る指が、少しだけ白くなった。力が入っていた。
布の端をもう一度折り直した。折らなくてもよかった。それでも折り直した。
ルカ:「一緒に行かせてもらえへんか」
ヨーヘイ:「戦えますか」
ルカ:「火魔法使えます。燃費は悪いけど」
声が来た。
解析:「……我流です。効率は悪いですが、威力の上限が通常より高い。感情が乗ると出力がブレる傾向があります」
ヨーヘイ内心:(威力の上限が高い。それで十分だ)
ルカ:「……褒めてるのか貶してるのか、どっちや」
ヨーヘイ:「……褒めていると思います。たぶん」
ルカ:「たぶん、て」
ルカ:「なんか正直やな、その声」
ヨーヘイ内心:(解析さんのことを、そうとしか説明できない)
ヨーヘイはリリアを見た。
リリアは少しだけ間を置いてから、口を開いた。
リリア:「……私は、いいと思います」
静かだった。
炊事場の外から、ベルネの朝の音が聞こえた。荷馬車の音。石畳の上を誰かが歩く音。
フィン:「キュウッ!」
返事が早かった。
ルカの耳が、ぴんと立った。尻尾が一度、大きく揺れた。
それから言葉が来た。
ルカ:「……え。待って」
ルカがフィンを見た。ヨーヘイもフィンを見た。
ルカ:「この子、今の分かったん?」
ヨーヘイ内心:(お前が先に言ってどうするんだ)
ヨーヘイ:「分かっていると思います」
ルカ:「なんで断言できるん」
ヨーヘイ:「いつもそうなので」
◆ ルールがあります
ヨーヘイ:「ルールがあります」
ルカ:「なんでもゆうて」
ヨーヘイ:「食材は捨てない」
ルカは少し考えた。考えてから、うなずいた。
ルカ:「……せやな。捨てたらあかんな」
耳が、両方、ゆっくり立った。本人は気づいていなかった。
フィン:「キュウッ!」
ルカがフィンを見た。
ルカ:「なんでこの子が一番嬉しそうなん」
ヨーヘイ内心:(食材の話だと思っている)
リリア:「……フィンは、いつもそうなんです」
ルカ:「もうええわ」
しばらく誰も言わなかった。
外の音だけが続いていた。
ルカが小さく息を吐いた。
ルカ:「……よろしく頼みます」
ヨーヘイ:「よろしくお願いします」
リリア:「……よろしくお願いします」
フィン:「キュッ」
ルカが笑った。耳が両方、ゆっくり立った。
ヨーヘイはその顔を見た。
さっきの布袋の指とは、全然違う顔だった。
炊事場の外から、ベルネの昼前の音が聞こえた。誰かが通りで笑った声。荷を運ぶ音。
この場所で毎朝繰り返してきた音が、今日は少し遠く聞こえた。
声が来た。
解析:「……ルカさんの現在の魔力残量は31%です」
ヨーヘイ内心:(今それを言うか)
ルカ:「……また声がした」
ヨーヘイ:「気のせいです」
ルカ:「絶対気のせいちゃうで」
◆ 光が、出た
昼前、宿の廊下に出た時だった。
リリアが先を歩いていた。
階段の手前で立ち止まった。振り返る必要はなかった。それでも振り返った。
リリア:「……ヨーヘイさん」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「……ルカさんが、加わりました」
ヨーヘイ:「そうですね」
リリア:「……なんか、変な感じです」
ヨーヘイ:「変ですか」
リリア:「……嬉しいのか緊張しているのか、よく分からなくて」
言いかけて、止まった。
続きがあった。でも言わなかった。
ヨーヘイ:「嬉しいんじゃないですか」
リリア:「……そうかもしれません。でも、怖い気もします」
ヨーヘイ:「何が怖いですか」
リリア:「……うまくやれるか、分からなくて」
ヨーヘイ:「うまくやろうとしなくていいと思います」
リリアがヨーヘイを見た。
リリア:「……そういうものですか」
ヨーヘイ:「うまくやれなかった時のことは、うまくやれなかった時に考えます」
リリア:「……そうですね」
少し間があった。
リリアが自分の右手を見た。指を、ゆっくり開いた。閉じた。もう一度開いた。
その瞬間、手に光が宿った。
ほんの一瞬。指先から白い光が滲むように出て、すぐ消えた。
リリアが動きを止めた。驚いていた。
後ろからルカが来た。
ルカ:「……え、今、光った?」
リリア:「……意図していませんでした」
ルカ:「なんで謝るん」
リリア:「……」
ルカ:「嬉しかったんちゃうの。光ったやつ」
リリアは答えなかった。
でも耳が赤くなった。人間の耳だったが、それでも分かった。
ヨーヘイ内心:(リリさんは、まだそこにいる)
光は消えた。でも、出たのは本当だった。
◆ 3人と1匹
夕方、炊事場に戻った。4人分の鉄板を並べた。
昨日まで3人分だったのが今日から4人分になった。切る量が増えただけで、手順は変わらない。
脂身を確認して、繊維に沿って包丁を入れる。同じ動作を、1枚多くやるだけだ。
それだけのことなのに、なんか違う気がした。
リリアが皿を並べた。ルカがフィンに「座って待て」をやってみようとした。フィンはすでに座っていた。最初から座っていたので、ルカの指示とは関係がなかった。
ルカ:「この子、なんでも分かってへん?」
ヨーヘイ:「だいたい分かっています」
ルカ:「なんで断言できるん」
ヨーヘイ:「いつもそうなので」
ルカ:「さっきも同じこと言ってたよね」
ヨーヘイ:「同じことなので」
ルカが呆れた顔をした。リリアが小さく笑った。
ルカがリリアの笑い顔を見て、少し驚いた顔をした。
ルカ:「リリちゃん、笑うんや」
リリア:「……笑います」
ルカ:「なんか、ほっとした」
リリア:「……なぜですか」
ルカ:「なんでかは分からん。でもほっとした」
肉が焼けた。脂の甘い匂いが炊事場に広がった。
ルカ:「ここ、出入りしている人、他にもおるん?」
ヨーヘイ:「以前、四人組のパーティと一緒にいました。今は別々に動いています」
ルカ:「へえ。どんな人たちやったん」
リリア:「……シアさんという方が、一緒に料理を食べてくれました」
ルカ:「強そうやね」
リリア:「……強かったです。でも、肉には弱かったです」
ルカが吹き出した。
ルカ:「なにそれ」
リリア:「……肉を食べた後、動けなくなっていました」
ルカ:「弱い弱い。ヴォルガ肉、そんなに強いん?」
ヨーヘイ:「強いです」
ルカ:「じゃあ私も明日から毎日食べる」
ヨーヘイ:「毎日は大変ですよ」
ルカ:「なんで?」
ヨーヘイ:「Dグレードはそう何度も倒せません」
ルカ:「……そっか。そうやな」
耳が少し伏せた。素材の話と繋がったのかもしれない。すぐ戻った。
4人で食べた。
ルカが「うまいやん」と言った。昨日も同じ言葉を言った。でも今日の言い方は少し違った。
昨日は目を丸くして言った。今日は当たり前みたいな顔で言った。
1日の差だけで、そういう顔になった。
ヨーヘイ内心:(3人と1匹になった。
蓮に言ったら笑うだろうか。
狐の耳の魔法使いがいる。従魔がいる。元侯爵家の娘がいる。
焼肉屋を始める話をしたら、どういう顔をするだろう)
外が暗くなった。ルカが「また明日」と言って出ていった。
扉が閉まってから、炊事場に肉の匂いだけが残った。ルカがいた場所に、椅子が一脚あった。
フィンが扉の方を、少しだけ見た。
3人と1匹になった。
それだけだった。でも、それで十分だった。
今日から、4人分を切る。それが明日からの話だった。
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【第45話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:20 HP:350/350 MP:165/165
スキル熟練度(本話で動いたもの):
・変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし
・支出:なし
・本話終了時手持ち:1,033枚(変動なし)
▼ 収納アイテム(変動分)
・変動なし
▼ 本話の出来事
・ルカが素材の詳細(欠けた魔石の欠片)を持参。解析「Dグレード以上の内臓に類似成分あり」。
・加入交渉。リリア「……私は、いいと思います」→フィン「キュウッ!」で満場一致。
・ヨーヘイ「食材は捨てない」→ルカ「せやな」→フィンが一番嬉しそうにした。
・廊下でリリアの手に意図せず光が宿った。ルカ「嬉しかったんちゃうの」→リリア無言、耳赤。
・四天王の話。シア「肉に弱かった」でルカが吹き出した。
・夕方4人で食べた。ルカ「また明日」。3人と1匹になった。
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ルカさんが仲間になりました。
加入が確定した後、解析さんが「ルカさんの魔力残量は31%です」と言いました。業務としてのタイミングではないと思います。でも何も言いませんでした。そういう人なので。
リリアさんの手が光りました。意図していなかったと言っていました。ルカさんが「嬉しかったんちゃうの」と言ったら、リリアさんは答えませんでした。耳が赤くなっていました。
4人分の肉を切りました。手順は同じです。でも、なんか違う気がしました。理由はまだ言葉になっていません。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次話もヨーヘイと解析さん(とフィン)にお付き合いください。




