第42話 D魔物の肉は、格が違った
◆ 朝・支所
Dグレードの素材が、まだ収納の中にある。
昨夜からそれだけを考えていた。フィンが宿の扉の前でじっと座って、炊事場の方向を向いていた。
フィン:「キューン」
ヨーヘイ:「分かってる」
支所でボルドに声をかけた。収納から素材を出して台に乗せた。その瞬間、ボルドの手が一度だけ止まった。
ボルド:「……Dか」
それだけだった。ヨーヘイは「はい」と返した。ボルドは何も言わずに作業に戻った。
ヨーヘイ:(ボルドさんでもそうなるか)
以前、Dグレードの素材を初めて持ち込んだ時、ボルドが動揺したのを覚えている。あの時と同じ人間が、今日は一言で終わった。受け入れたのか、慣れたのか——ヨーヘイには分からなかった。でも、その一言が今日はなぜか重く聞こえた。
◆ 炊事場
入って最初に見たのは、空の炭入れだった。
ヨーヘイ:(炭が、ない)
サーラが帳場から声をかけてきた。
サーラ:「今朝、使い切ったよ。昼過ぎまでないね」
ヨーヘイ:(Dグレードの肉が収納の中にある)
解析さんの見立てでは、収納の時間停止は「数時間程度」だ。昨日の夜から入れている。今日中に調理したい。
ヨーヘイ:「昼過ぎまでは難しくて。村の中で炭を分けてもらえる場所はありますか」
サーラ:「ドンネのとこかねえ。あんたが頼めばいい」
フィン:「キューン」
ヨーヘイ:(分かってる。行く)
フィンがすでに扉の前で待っていた。炊事場の方向を向いている。
◆ 村の通り
ドンネの工房に向かう途中で、宿の前の通りに人が集まっているのが見えた。
大きい。2mを超える体格が、朝の通りの中でひときわ目立っていた。
ヨーヘイ:(ガドさん……?)
近づくと見覚えのある顔が4つあった。クレイ、ガド、シア、ピナ——無敵の四天王だった。クレイがヨーヘイに気づいて顎をしゃくった。
クレイ:「久しぶりだな。Eランクになったと聞いた」
ヨーヘイ:「おかげさまで。四天王の皆さんはまた依頼で?」
クレイ:「明日まで。今日は休みだ」
ガドがフィンを見て顔をほころばせた。フィンはガドを見て耳を立てた。以前、ガドが食い物をたくさんくれたことをフィンは覚えているらしかった。
ガド:「フィン! でかくなったな!」
フィン:「キューン」
ヨーヘイ:(今はそれどころじゃない)
先輩パーティに頼み事をするのは初めてだった。でも他に手がなかった。
ヨーヘイ:「一つ、頼みたいことがあります。炭を少し分けていただけないでしょうか。炊事場の炭が切れていて、今日中に使いたい食材がありまして」
クレイが少し目を細めた。
クレイ:「……条件がある」
ヨーヘイ:「聞かせてください」
クレイ:「食わせろ。今日作るやつを」
ガド:「うまいやつか!?」
シア:「……人間の料理には、そこまで期待はしていませんが」
ピナ:「なにつくるの!?」
ヨーヘイ:(全員、同じ方向を向いてる)
ヨーヘイは少し考えた。Dグレードの肉を試食させることになる。どういう反応が出るか、自分でもまだ分からない。でも他に手はなかった。
ヨーヘイ:「分かりました。試食していただきます。ただ、今日使う食材はDグレードです。今まで食べたことのある肉とは、少し違うと思います」
クレイ:「……Dか」
ガド:「Dグレードを食うのか!?」
シア:「……(無言)」
ピナ:「たべる!」
ボルドと同じ言葉が、クレイの口から出た。「Dか」。この世界でDグレードという単語が持つ重さが、その二文字だけで伝わってきた。
◆ 炊事場
四天王全員が炊事場に入ってきた。
ヨーヘイ:(狭い)
ガドの体格が炊事場の幅の半分を占める。ピナが「ここどこ?」と言いながらあちこち触り始めた。クレイが「ピナ、触るな」と引き戻した。シアが壁際に立って腕を組んだ。リリアは入口の外から様子を見ていた。
クレイから炭を受け取って火を起こした。収納からDグレードの肉を出した瞬間、炊事場の空気が変わった。色が違う。脂の入り方が違う。切り口の赤みが、今まで見てきたどの肉とも違う深みを持っていた。ガドの目が丸くなった。シアの腕組みが少し崩れた。
ピナ:「いろがちがう……!」
シア:「……これが、Dグレードの肉か」
各部位を確認しながら切り分けていると、腰の裏側、骨に近い一帯に目が止まった。脂の霜降りが他の部位より細かく、密に入っている。切り分けた断面が、深紅に近い赤だった。
ヨーヘイ:(この部位だ)
ピナが手を挙げた。
ピナ:「ねえ、わたしの火魔法でやいたらどう? はやいよ?」
ヨーヘイ:「……試してみていいですか」
ピナ:「いいよいいよ!」
炭火を一時止めて、ピナの火魔法で同じ部位を焼いた。
解析:「……魔法火力での火入れを計測します」
魔法の火は均一で速く、制御が効いていた。
解析:「……32秒。熱の浸透パターンが炭火と異なります」
焼き上がりを口に入れた。
ヨーヘイ:(旨い。でも——)
何かが足りなかった。旨いのは旨い。でも、これじゃない。言葉にならないが、違う。
炭火で焼き直した。脂が網から落ちた瞬間、煙が細く、白く立った。その煙が肉の表面に絡んだ。
解析:「……正確に47秒です」
ヨーヘイ:「秒数まで言うのか」
解析:「……業務の範囲内です」
47秒が経った。引き上げた肉を皿に置いてナイフを入れた。すっと入る。繊維が細かく、刃の抵抗がほとんどない。断面が現れた。深紅に近い赤で、脂の霜降りが細かく走っていた。
ひと口食べた。
ヨーヘイ:(これだ)
香りが違った。魔法火には出せない何かが、鼻の奥に入ってきた。脂が炭に落ちる。煙になる。その煙が肉に戻ってくる。そういう仕組みだと気づいた。魔法火には煙が出ない。脂の落ちる先がない。だからこの香りは、絶対に出なかった。
解析:「……《料理》熟練度、上昇しています。現在52/100です」
ヨーヘイ:(10跳んだ。Dグレードの肉は、スキルの伸びにも格が違うらしかった)
解析:「……この部位に相当する異世界語の名称は確認できません」
ヨーヘイ:(じゃあ、俺がつける)
元の世界で好きだった部位を思い出した。腰椎の横、後ろ側。骨に隠れるように座っている小さな部位。取りにくい場所にあるから、知っている人間にしか見つけられない。ここの肉と形が似ていた。
ヨーヘイ:「カイノミです」
リリア:「……カイノミ」
入口から静かに復唱した。意味は問わなかった。
解析:「……命名を記録します」
四天王に皿を回した。
ガドが一口食べた瞬間、炊事場の空気が変わった。
ガド:「なんだこれは!!」
ガドが立ち上がった。頭が天井に届きそうだった。
ガド:「もう一切れくれ!! なんだこれは!!」
ピナ:「おいしい!! なんかちがう!! ヨーヘイさん天才!!」
シアが一口食べて、止まった。箸を置いた。目を皿に落としたまま、しばらく動かなかった。炊事場の中でガドがまだ叫んでいたが、シアにはそれが聞こえていないようだった。
シア:「……もう一度だけ」
ヨーヘイ:(塩ダレの時と同じだ)
クレイが小声で言った。
クレイ:「……おかわり、ある?」
ヨーヘイ:(クールな人が一番正直だ)
カイノミは1頭から取れる量が少ない。今日の分は全員に一切れずつで終わりだった。ガドが「もう終わりか」と聞いた。ヨーヘイは「今日はこれだけです」と答えた。ガドが肩を落とした。ピナが「つぎはいつ?」と聞いた。
ヨーヘイ:「次のDグレードを倒したら、また作ります」
クレイ:「……そうか」
◆ 夜・村の外れ
四天王を見送った後、ヨーヘイは村の外れに出た。
炊事場の煙の匂いがまだ服に残っている。Dグレードの肉を炭火で焼いた匂いが染み込んでいた。フィンが隣を歩きながら、時々鼻を空に向けた。同じ匂いを嗅いでいるのかもしれない。
ヨーヘイ:(炭火にしかできないことがある)
魔法火は均一で速い。でも今日のカイノミをあの味にしたのは炭火だった。ドンネさんが魔石七輪を作るなら、炭火の熱を再現できるかどうかが核心になる。七輪が炭火を再現できなければ、焼肉屋の味は出せない。今日、それが分かった。
クレイが帰り際に言った言葉を思い出した。
クレイ:「3層に入ったんだろ。また行くのか」
ヨーヘイ:「……明日、入ります」
その時のクレイの顔を思い出した。何も言わなかった。でも頷いた。
フィンが足元で止まった。耳が横を向いた。
遠くで小さな音がした。何かが弾けるような、短い音だった。
解析:「……感知範囲の端です。今日と昨日と、同じ方向です」
フィン:「キューン」
フィンの耳が食欲の方向に一瞬傾いた。誰かが食い物を持っている。そこまでは分かった。
ヨーヘイ:(毎日、同じ場所にいる。何かを待っているのか)
解析は何も言わなかった。空が暗くなっていた。星が出始めていた。
明日、3層に入る。Lv20まで、あとどのくらいか、分からない。でも、行く。
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【第42話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:15 HP:275/275 MP:130/130
スキル熟練度(本話で動いたもの):
・《解体》Lv2 35/100(+3・Dグレード解体)
・《料理》Lv2 52/100(+10・Dグレード初調理+魔法火実験+初めての食材)
・その他:変動なし
▼ 本話の収支
・収入:なし
・支出:なし
・本話終了時手持ち:1,033枚(変動なし)
▼ 収納アイテム(変動分)
・Dグレード(ヴォルガ通常個体)カイノミ相当部位:試食分消費・残りわずか
・Dグレード その他部位・素材:収納保管中
▼ 本話の出来事
・支所でボルドにDグレード素材を受け渡し。ボルドが「……Dか」と一言。
・炊事場の炭が切れていた。サーラから昼過ぎまで補充なしと説明を受ける。
・村の通りで四天王と鉢合わせ。炭を借りる代わりに試食を約束。
・炊事場でDグレード肉を初調理。魔法火(32秒)と炭火(47秒)を比較し、炭火の優位性を確認。
・腰裏の希少部位を「カイノミ」と命名(解析が記録)。
・四天王の試食:ガド「なんだこれは!! もう一切れくれ!!」、シア「……もう一度だけ」、クレイ「……おかわり、ある?」(小声)、ピナ「天才!!」。
・《料理》熟練度42→52(+10)。
・夜、村の外れで解析「今日と昨日と同じ方向」。フィンが耳を向けた。
・クレイ「3層に入ったんだろ。また行くのか」→ヨーヘイ「明日、入ります」。
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
炊事場の炭が切れていました。村の通りで四天王に会って、炭を借りる代わりに試食を約束しました。
Dグレードの肉を初めてちゃんと調理しました。ピナさんの提案で魔法火と炭火を比べました。魔法火は32秒、炭火は47秒でした。どちらも旨かったですが、炭火の方が余韻が残りました。言葉にするのが難しいですが、魔法火では出せない何かがあります。ドンネさんの七輪が炭火の熱を再現できるかどうか、確認が必要だと思います。
腰の裏の部位に名前がなかったのでカイノミと名付けました。元の世界で好きだった部位と形が似ていました。解析さんが記録してくれました。
《料理》の熟練度が10上がりました。次の節目がどこかはまだ分かりません。
夜、また同じ方向から気配がしました。フィンが食欲の方向に反応していました。誰かが食い物を持っています。毎日同じ場所にいます。
明日、3層に入ります。




