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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章 「まだ、帰らない。」

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第41話 Dグレードと、初めて

◆ 朝・宿


 ヴォルガだ、とヨーヘイは思った。


 違う、と次の瞬間に分かった。


 それは昨夜の夢の残像だった。体長7m・全身深緑・目のない顔。あの時倒した相手の動き方が、明け方に何度か頭の中を通った。今日また3層に入る。それだけのことだ。


 フィンが毛布の隣で「キューン」と鳴いた。


ヨーヘイ:「分かってる」


フィン:「キューン」


 ヨーヘイが立ち上がって荷物を確認した。収納から焼いた肉を出して、フィンの前に置く。フィンが勢いよく食い始めた。食欲の方向の鳴き声は、こちらの心境に無関係に出てくる。それはいつも通りで、ヨーヘイにとってはむしろありがたかった。


 装備を確かめながら、昨夜の件を一度だけ頭に置いた。


ヨーヘイ:(「昨夜の人影と別方向、ではありません」)


 解析さんが言った言葉だ。3層に入る前に、もう一度確認しておきたかった。


ヨーヘイ:(解析さん。昨夜の人影の件、今朝の感知範囲で異常は)


解析:「……現在、異常なし。昨夜の個体は移動したか、遠ざかったと判断します」


ヨーヘイ:(今はいない)


 それだけ確認して、手を止めた。刃の向きを直した。今日やることに集中する。


 頭の中を整理しながら、七輪の図を思い出した。ドンネさんが「俺の炉が先だ」と言った。次に工房に行く時には寸法を詳しくして持っていく。そこまで決まっている。


ヨーヘイ:(ドンネさんが七輪を作ってくれたら、本当に始められる。炭の手配から考えないといけない。どこで仕入れるか、サーラさんに聞いてみるか)


 肉の仕込みも必要だ。タレも。テーブルの構造も、まだ紙の上だ。やることを並べると、今日Dグレードを倒すことがその一つに収まる気がした。でかい「一つ」だが。


 リリアが部屋から出てきた。


リリア:「……おはようございます」


ヨーヘイ:「おはようございます。準備できたら出ます」


リリア:「……はい。食べてから、すぐ出られます」


 フィンが皿を鼻で押した。空だった。




◆ ウラベダン3層・Dグレード初戦


 3層に入った時点で、解析さんの声の出方が変わった。


解析:「……感知範囲、拡張。熱源、2系統。大型1。奥」


ヨーヘイ:(いる)


 リリアが槍を持ち直した。フィンの耳が前を向いた。


 声に出さない。出す必要がなかった。3人の呼吸が揃った。


 通路の突き当たりから、それが現れた。


 ヴォルガだ、とヨーヘイは思った。今度は本当に。でも、違う。体の大きさが前より一回り以上小さい。それでも、幅が通路の半分を埋めた。動き方が同じだった。地を泳ぐような蠕動。骨突起が天井をこする音がした。目のない頭部が向いた。顎の下の感熱器官が、こちらの熱を拾っている。


 初めて見た時、撤退した。その時の感覚が脊髄のあたりで鳴った。


 足は動かさなかった。


 解析さんが来た。


解析:「……ヴォルガ。通常個体。前回の個体は老齢・弱体。今回は標準です」


ヨーヘイ:(老齢じゃない)


 あの時の「弱っています」という言葉が思い出された。あれが例外だった。これが本来のヴォルガだ。


 距離が縮まる前に、解析さんが続けた。


解析:「……3層入口付近・天井高2m。本来の高速移動が制限されます。以前得た情報と合わせると、腹部への接近は可能と判断します」


ヨーヘイ:(それが全部だ。地形と、ガロンさんに聞いた話と、今の情報。これしかない)


 ヨーヘイが小声で言った。


ヨーヘイ:「リリさん、右側を押さえてください。フィン、俺の左に」


 2人が動いた。


 ヴォルガが加速した。地を泳ぐ移動なのに、速い。骨突起が天井をこすった。火花が出た。通路が狭いから動きが死んでいる——そのはずだった。


 尾の叩きつけが来た。


ヨーヘイ:(早い——!)


 体ごと前に倒れることで回避した。床の石が顔の近くを通った。足を引きずった。膝に衝撃が来た。完全には避けられていない。


リリア:「ヨーヘイさん!」


ヨーヘイ:「行けます!」


 嘘じゃない。動ける。でも痛い。


 フィンが左から「キュウッ!」と鳴いた。


 次の瞬間、ヴォルガが向きを変えた。感熱器官がフィンの体温を捉えた。フィンは前に走り続けていた。正面に出て、叫んで、止まらなかった。ヴォルガの頭部がフィンを追い始めた。腹部が右側に向いた。


ヨーヘイ:(フィンが——先に走っていた)


 意味を理解したのは踏み込んでからだった。


 腹部継ぎ目、右側から入る。ガロンさんに聞いた位置。解析さんが「1.5本分」と言っていた位置。そこに体重を乗せた。


 剣が入った。硬い外皮が割れる感触が手の中に来た。通り抜けていく震動があった。


解析:「……急所、入りました」


ヨーヘイ:(今言うか)


 ヴォルガが崩れた。音がした。重い音だった。通路の空気が揺れた。


 3人が動かなかった。


 フィンが「キュッ」と一声鳴いた。


ヨーヘイ:「……やりました」


リリア:「……はい。入りましたね」


 ヨーヘイが膝に手をついた。足が震えていた。強がっても意味がない場所だった。


リリア:「……怪我、見せてください」


 リリアが近づいてきた。ヨーヘイは止めなかった。


 ヒールの光が右足に当たった。静かな光だった。痛みが引いた。


リリア:「……深くはないです」


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


 リリアが頷いた。それだけだった。


 しばらく誰も動かなかった。フィンが倒れたヴォルガのそばに近寄って、一度だけ鼻をひくつかせた。何かを確認するように。それから2人の方に戻ってきた。


ヨーヘイ:(あれ、わざとやったのか)


 聞けなかった。フィンに聞いても「キュッ」しか返ってこない。でも今日のあの「キュウッ!」は、食欲でも不満でも緊急でもない何かに聞こえた。正確には分からない。ただ、フィンが先に走っていたのは確かだった。




◆ 帰路


 3層から戻る道で、リリアが自分の右手を見ていた。


 ヨーヘイが気づいたのは、通路を半分ほど戻ったところだった。歩きながら、指を開いて、閉じて、また開いている。


ヨーヘイ:「……手、何か」


リリア:「……戦闘中、手がまだ動いている感じがしました」


ヨーヘイ:「動いていた?」


リリア:「……魔法として、ではなく。うまく言えません。でも——次は、怖くなくても出せる気が、少ししました」


 ヨーヘイは返事をしなかった。


 昨日、リリさんは「怖くないから出ない」と言った。今日、それが変わった。少しだけ。何が変わったのかを説明するのは違う気がした。


 歩きながら、リリアの右手の角度を見た。槍を握る時の手と、光が出た時の手は、同じ手だ。


 フィンが2人の前を歩いて「キュッ」と一声鳴いた。止まらずに前に進んだ。


 その時、フィンの耳が横を向いた。


 ヨーヘイも同じ方向を見た。通路の脇、岩の陰。何かがいる。


解析:「……感知範囲の端。動いていません。熱源、あります。昨夜の人影とは別の方向です」


フィン:「キューン」


 食欲の方向だった。誰かが食い物を持っている。


 岩の陰に、人の輪郭が一瞬だけ見えた。人の形をしたものが、岩の陰に沿って立っていた。次の瞬間、消えた。


 ヨーヘイが足を速めて確かめに行った。誰もいなかった。


 地面に、靴の跡があった。


ヨーヘイ:(誰かいた。食い物を持って、逃げた)


 フィンが靴の跡の匂いをかいで、「キュッ」と鳴いた。


リリア:「……また、焦げた草の匂いがします」


 リリアが言った。ヨーヘイも鼻をひくつかせた。確かにした。炊事場の油でも、通路の苔でもない。細い、草が焦げた匂い。


ヨーヘイ:(ベルネへの道中で、一度嗅いだことがある。あの時も誰もいなかった)


 追うのは無理だった。気配はすでに遠くなっていた。




◆ 宿・炊事場


 宿に戻ってから、リリアが言った。


リリア:「……私も、攻撃魔法、使えたらよかったです」


 静かに言った。誰かに訴えているわけでも、残念がっているわけでもない口調だった。ただ、今日考えたことを声にしたという感じだった。


ヨーヘイ:(リリさんが、初めてそれを言った)


 返事をしなかった。「そうですね」と言うのは違う気がした。「今日でも十分でした」も違う。何を言っても蓋をする気がした。


 リリさんは今日、ヒールを使った。ヨーヘイの膝に、意図して出した。あれは出ていた。でもリリさんはそれを「攻撃魔法」と呼んでいない。もっと別のものが欲しいと言っている。それが何かを、ヨーヘイはまだうまく言葉にできなかった。


 フィンが2人の間を通り抜けて炊事場の方向に向かった。「キューン」と鳴きながら。


ヨーヘイ:「分かった分かった」


 追いかけながら、収納から肉を出した。


 炊事場でヨーヘイが調理していると、サーラが通り過ぎた。


サーラ:「今日何?」


ヨーヘイ:「Dグレードです」


 サーラが一瞬止まった。何も言わずに行った。


 炎の音だけが残った。Dグレードの肉が収納の中にある。今日は確認で終わらせた。明日、ちゃんと向き合う。


 フィンが肉の焼ける匂いの方向でじっと座っていた。


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【第41話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:15 HP:235/275 MP:130/130


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・《瞬歩》Lv1 58/100(+3・3層戦闘使用)

・《解体》Lv2 35/100(+3・討伐後)

・《二刀流》Lv1 10/100(+2・戦闘中使用)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・収入:なし(Dグレード素材は未換金・収納保管中)

・支出:なし

・本話終了時手持ち:1,033枚(変動なし)


▼ 収納アイテム(変動分)

・Dグレード(ヴォルガ通常個体)肉・素材:新規保管


▼ 本話の出来事

・ウラベダン3層でヴォルガ通常個体と遭遇・討伐。尾の叩きつけで膝を負傷したが、リリアのヒールで回復。フィンが感熱器官の方向を引き受けて陽動。腹部継ぎ目への一撃で討伐成功。Lv13→15。

・帰路でリリアが「次は怖くなくても出せる気がした」と発言。魔法の感覚に変化があった。

・帰路で岩の陰に人影(一瞬)。地面に靴の跡。焦げた草の匂い。昨夜の人影とは別方向。

・宿に戻り、リリアが「攻撃魔法、使えたらよかったです」と初めて言った。

・炊事場でサーラに一言。Dグレードの肉は収納保管中。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 Dグレードを倒しました。通常個体です。前回とは違いました。尾の叩きつけが来て、完全に避けられませんでした。膝に当たりました。リリさんに治してもらいました。


 フィンが先に走っていました。フィンが「キュウッ!」と鳴いた方向に、Dグレードの感熱器官が向きました。その隙に腹部に入りました。わざとやったのか、分かりません。フィンには聞けません。


 帰路に人影がいました。岩の陰に一瞬見えて、消えました。地面に靴の跡がありました。焦げた草の匂いがしました。昨夜の人影とは別の方向から、解析さんが言いました。


 リリさんが「次は怖くなくても出せる気がした」と言いました。今日変わったものがあるらしいです。


 Dグレードの肉が、まだ収納の中にあります。明日、どうするつもりか。気になっています。


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