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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章 「まだ、帰らない。」

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第39話 ドンネに、頼む

◆ 街道・帰路


 ファスト村の方角から風が来ていた。


 ベルネへ向かう時は後ろから来た風が、今日は正面からだ。フィンがその風を受けながら、鼻を上に向けて歩いている。知っている匂いの方向へ、知っている速さで。


ヨーヘイ:「帰るぞ」


フィン:「キュッ」


 返事は短かった。分かっている、という鳴き声だ。


 城壁が見えてきた。ベルネの石積みとは違う。目地が粗く、角の石が欠けている。ベルネで一段一段の分厚さに目が慣れた後で見ると、粗さが際立った。でも、この粗さは知っている。何度もくぐってきた門だ。


 徒歩の列に並んだ。前の旅人が通って、順番が来た。


衛兵:「カード」


 ブロンズのカードを出した。ベルネの衛兵は一度止まった。こっちは台帳に目を落として、そのまま戻した。


衛兵:「どうぞ」


 ベルネより一拍早い。ヨーヘイはそれに気づいて、少し足が軽くなった。


 門をくぐった。炊事場の方向から、油の匂いがした。


ヨーヘイ:(帰ってきた)


 フィンが「キュッ」と鳴いた。同じことを思ったのかもしれない。




◆ ファスト村・炊事場前


 ドンネの工房に向かう前に、炊事場の前を通った。


 中からサーラの声がした。客に何か言っている声だ。内容は聞こえなかったが、声のトーンは昼前のそれだった。いつもの時間に、いつもの人間がいる。


ヨーヘイ:「寄りますか」


リリア:「……帰りに、でいいと思います。ドンネさんを先に」


ヨーヘイ:「そうですね」


 フィンが炊事場の扉の方向に耳を向けた。鼻がひくつく。油の匂いと、何か焼けているものの匂い。


ヨーヘイ:「帰りに考える」


フィン:「キューン」


 了解なのか不満なのか、判断がつかない鳴き方だった。リリアが少しだけ肩を動かした。笑ったのかもしれない。




◆ ドンネの工房


 扉を叩いた。


 中から金属を叩く音がしている。やんだ。また始まった。もう一度叩いた。


 音が止んで、しばらくして扉が開いた。


ドンネ:「……また来た」


ヨーヘイ:「お世話になります。少し時間をいただけますか」


ドンネ:「入れ」


 工房の中は変わっていなかった。炉が奥でオレンジに光っている。壁の工具の配置、床の焦げ痕の位置、全部前と同じだ。フィンが鼻をひくつかせた。金属と炭と油の匂い。今度は初めてじゃない。それでもフィンの耳が炉の方向へゆっくりと向いた。熱を感じている。


 「前に来た場所」というのは分かる動物なのかもしれない、とヨーヘイは思った。フィンは記憶のある場所で、少しだけ警戒が薄くなる。


ヨーヘイ:「駄目だ」


フィン:「キューン」


 ドンネがフィンを一瞬だけ見た。前回「触るな」と言った相手だ。今回は何も言わなかった。言葉がなかっただけで、見た。それだけで何かが変わった気がした。


 作業台の前に立った。ドンネが椅子に座って腕を組んだ。


ドンネ:「話せ」


ヨーヘイ:「2つあります。武器のことと、もうひとつ」


ドンネ:「武器から」


ヨーヘイ:「蒼魔鉄の中剣を使っています。次のグレードに上げたいんですが、今の段階でどうでしょうか」


 ドンネが少し間を置いた。


ドンネ:「……もう少し先だ」


ヨーヘイ:「理由を聞いてもいいですか」


ドンネ:「お前の手が、まだ追いついていない。素材を上げても意味がない」


 頭の中に声が来た。


解析:「……《二刀流》の熟練度が8です。上位素材の性能を引き出すには、最低でも30以上が目安になります」


ヨーヘイ:(合っている。ドンネさんは数字を見ずにそれを言った)


ヨーヘイ:「分かりました。では、もうひとつ聞いていいですか」


ドンネ:「言え」


ヨーヘイ:「炉みたいなもの、作れますか」


 ドンネの手が止まった。ハンマーを持ちかけていた手が、中途半端な位置で止まった。工房の中の音が消えた。


ドンネ:「……何に使う」


ヨーヘイ:(聞いた。この人が理由を聞いた)


 前回、馬車の改造を相談した時、ドンネは一度も遮らなかった。理由も聞かなかった。聞く前に「悪くない」と言った。今は「何に使う」と言った。


ヨーヘイ:「焼肉屋で使います。魔石を燃料にして、温度を調整できるようにしたい。馬車に積む想定なので、ある程度コンパクトにしたい。魔石の種類で火力を変えられれば、一番いいです」


 ドンネが天井を見た。それから手元の作業台を見た。指が一度だけ台の上を叩いた。


ドンネ:「魔石に穴を開けて燃焼速度を制御する。格子を合わせれば炉の形になる。魔石の種類を変えれば温度帯も変えられる。馬車に積むなら重量の制限がある。素材の選定から始める必要がある」


ヨーヘイ:「魔石の種類については、解析でおおよそ把握できます。Eグレードなら2時間ほど持続する、と出ています」


ドンネ:「……Eグレードで作ったことはない」


ヨーヘイ:「試せますか」


ドンネ:「試す前に図がいる。お前の頭の中が分からなければ、こっちも動けない」


 それが正しい順序だと分かった。


 長い間があった。


 炉の火が揺れた。


ドンネ:「……面白い」


 2文字だった。


 でも工房の空気が変わった。炉の火は同じ温度で燃えているのに、さっきと違う。ドンネの目が作業台を見ていた。もう何かを設計し始めているような目だった。


ドンネ:「図を引け。次に来る時に持ってこい。魔石の格子構造と、どこに置くかの寸法が分かるもの」


ヨーヘイ:「描いたことがないんですが」


ドンネ:「下手でいい。お前の頭の中が分かれば」


ヨーヘイ:(頭の中にある。形は見えている。それを紙に出すだけでいい)


ヨーヘイ:(ラルフさんに話したら、どんな顔をするだろうか)


 リリアが一歩前に出た。


リリア:「……あの。私が手伝えると思います」


ドンネ:「お前が」


リリア:「……子供の頃、家の図面を写す手伝いをしていました。線を引くことなら、できます」


 ドンネがリリアを見た。前回はヨーヘイとしか話さなかった。今回は違った。


ドンネ:「……そうか」


 短い返事だった。でもドンネが一度だけ、ちゃんとリリアを見た。


ヨーヘイ:(リリさんが出てきた。しかも子供の頃の話をした)


ヨーヘイ:「助かります」


リリア:「……いえ」


フィン:「キュッ」


ドンネ:「帰れ。次は図を持ってこい」


ヨーヘイ:「ありがとうございます」




◆ 工房の前・村の外れ


 扉が閉まった。


 外に出ると、夕方に近い光が来ていた。空の端がオレンジに傾いている。道に人が少ない時間帯だ。工房の脇を風が抜けて、金属と炭の匂いが薄れた。


リリア:「……ドンネさん、『面白い』と言いましたね」


ヨーヘイ:「言いましたね」


リリア:「……前に、ラルフさんに聞いたことがあります。ドンネさんが『悪くない』と言ったら最大級の評価だ、と。では『面白い』は」


ヨーヘイ:「もっと上じゃないですか、たぶん」


リリア:「……そうですね。きっと」


 少し間があった。フィンが2人の間を歩いている。


リリア:「……ヨーヘイさん」


ヨーヘイ:「はい」


リリア:「……さっき、いい顔をしていました」


ヨーヘイ:「いつですか」


リリア:「……ドンネさんが『面白い』と言った後です。気づいていませんでしたか」


ヨーヘイ:「気づいていませんでした」


リリア:「……そうですか」


 リリアが前を向いた。


 夕方の風が来ていた。フィンが先を歩いている。


リリア:「……ひとつ聞いていいですか」


ヨーヘイ:「どうぞ」


リリア:「……ベルネで、盾を扱う店が見えました。昨日、『何でもないです』と言いましたが、本当は少し、気になっていました」


ヨーヘイ:「次にベルネに行く時、見に行きますか」


リリア:「……はい。よければ」


ヨーヘイ:「行きましょう」


リリア:「……ありがとうございます」


 少し間があった。


リリア:「……ヨーヘイさんは、聞かないんですね」


ヨーヘイ:「何をですか」


リリア:「……何を探しているか」


ヨーヘイ:「聞いた方がよかったですか」


リリア:「……いえ。聞かなくていいです。今は、まだ」


 リリアが前を向いた。それ以上は言わなかった。ヨーヘイも聞かなかった。「今は、まだ」という言葉が、その先に何かがあることを示していた。


 ヨーヘイは図のことを考えた。描いたことがない。でも「下手でいい」と言われた。頭の中にある形を、紙の上に出す。それだけでいい。まだ出せていない。


 次にベルネに行く時、タレも持っていく。ガロンへの答えも、出ていたらいい。問題が増えた。でも、増え方がさっきと違った。


 ベルネへ向かう時と帰る時とで、この道の見え方が変わっていた。行きは問題を持ち込んで、帰りは問題を増やして戻る。それでも足が重くならないのは、増えた問題の向きが同じ方向を向いているからかもしれない。


 フィンが一度振り返った。「キュッ」と鳴いて、また前を向いた。


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【第39話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:12 HP:235/235 MP:126/126


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・変動なし


▼ 本話の収支

・本話終了時手持ち:973枚(変動なし)


▼ 収納アイテム(変動分)

・変動なし


▼ 本話の出来事

・ファスト村に帰還した。ベルネの城門より石積みが粗い。でも一拍早く通してくれた。

・ドンネに武器相談。「もう少し先だ。手がまだ追いついていない」

・魔石七輪の構想を口に出した。ドンネが「何に使う」と聞いた。初めてだった。

・ドンネ:「……面白い」。図を引いてくること、と言われた。

・リリアが「線を引くことなら手伝える」と申し出た。子供の頃、図面を写していたと言った。

・村の外れで、リリアが盾の店のことを話した。次のベルネで見に行くことになった。

・図が、まだない。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 ドンネさんが「面白い」と言いました。「悪くない」より上だと思います。リリさんもそう言っていました。


 図を描いていません。「下手でいい」と言われました。頭の中にある形を紙に出すだけです。まだ出せていません。


 リリさんが手伝うと言いました。子供の頃、図面を写していたそうです。知りませんでした。次のベルネで盾の店を見に行くことになりました。何を探しているのか、まだ聞いていません。


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