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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章 「まだ、帰らない。」

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第38話 ガロンが、待っていた

◆ 街道


 ベルネまで半日の道を、2人と1匹で歩いた。


 天気は悪くない。草地の風が斜め後ろから来ていて、ファスト村の方角から吹いてくる。フィンがその風を正面で受けるように鼻を向けたまま、一定の速さで歩いている。


 街道が少し開けたところで、城壁が見えた。


 石の積み方が違う。ファスト村の城門より一段一段が分厚く、目地が均一だ。遠目からでも、それが分かる。ベルタの馬車で初めて来た時は、その規模に呑まれた。今日は呑まれなかった。ただ大きいと思った。


 フィンの耳が後ろを向いた。1拍だけそこで止まって、また前に戻った。


 ヨーヘイの足が少し速くなった。意識してやったわけじゃない。出た。


ヨーヘイ:(いる。でも前回と違う)


 声が来た。


解析:「……前回の2人とは、別です」


ヨーヘイ:(人が変わった)


 少し間があった。


ヨーヘイ:(依頼は続いている)


 リリアは何も言わなかった。ヨーヘイの歩く速さが変わったのに気づいているはずだったが、聞かなかった。フィンも前を向いたまま歩き続けた。


 城門に近づくと、衛兵が二人立っていた。馬車の列と徒歩の列が分かれていて、ヨーヘイたちは徒歩側に並んだ。前の旅人が冒険者カードを出して、衛兵が台帳に何かを書いて、短いやり取りで通していく。


 順番が来た。


衛兵:「カードを」


 ブロンズのカードを出した。衛兵が一度止まった。それだけで、また流した。


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


 返事はなかった。仕事に慣れた動きだった。


 2人と1匹で、ベルネの門をくぐった。




◆ ベルネ・市場


 ベルネの市場は、ファスト村の通りより三倍は広かった。


 石畳の道に沿って店が並び、昼前の人通りがある。干した魚の匂い、香草の匂い、革を叩く音。ファスト村で嗅いだことのない種類の匂いが重なって、鼻の奥で混ざった。フィンが両の耳を別々の方向に向けながら歩いている。情報が多すぎるのかもしれない。


 右手の店から声が飛んできた。


店主:「新鮮だよ、今朝入ったやつ。見ていきな」


 横目で見た。魚だった。見たことのない形をしている。頭が横に広くて、尾が二股に分かれている。ファスト村では見ない種類だ。


ヨーヘイ:「あれ、何の魚ですか」


 リリアに聞いた。リリアが少し止まって、看板を見た。


リリア:「……ミルガシ、だと思います。川の深いところにいる魚です。骨が多いですが、出汁が出ます」


ヨーヘイ:「出汁が出るんですか」


リリア:「……はい。スープに使うと、重くなります」


 出汁か、と思った。タレに使えるかどうかは分からない。でも頭の隅に入れた。


 別の方向から金属が当たる音がした。鍛冶の音じゃない。もっと軽い、器を重ねるような音だ。屋台が並んでいる一角で、昼の客が立って食べている。串に刺した何かを頬張っている男が、汁を袖で拭いながら次を注文していた。


 フィンが鼻をひくつかせた。耳が屋台の方向に向いている。


ヨーヘイ:「駄目だ」


フィン:「キューン」


ヨーヘイ:「帰りに考える」


 フィンが「キュッ」と鳴いて、また歩き始めた。了解なのか不満なのか、判断がつかなかった。


 市場の外れで、匂いが変わった。


 焚き火の匂いじゃない。もっと細い、何かが焼けている匂いだった。肉とも草とも違う。焦げに近いが焦げでもない。一瞬鼻に来て、消えた。


 フィンの耳が、食欲でも警戒でもない方向に一瞬だけ立った。


ヨーヘイ:(誰かいるのか)


 振り向いても、人影はなかった。解析さんは何も言わなかった。


 そのまま通り過ぎた。




◆ ベルネギルド・受付


 D魔石を収納から取り出した。手のひらより大きい。昨日解体した時に腹腔の奥にあったやつだ。カウンターに置くと、石の上に載せた時に重い音がした。


 ルナが受け取った。持ち上げて、一度目を細めた。それだけで奥に向かった。


 戻ってくるまでに、時間がかかった。


 最初にルナが出てきた。その後ろに、見たことのない顔の女性が1人。さらにその後ろに、台帳を持った男性が1人。


ヨーヘイ:(なんか出てきた)


 3人が並んで、こちらを見ている。真ん中のルナが口を開いた。


ルナ:「少しお待たせしてしまいまして〜、確認が取れました。銅貨190枚になりますが、よろしいですか〜」


ヨーヘイ:「はい」


 受け取った袋の重さは、今まで換金してきた中で一番重かった。


 ギルドを出てから、3歩ほど歩いたところで声が漏れそうになった。こらえた。


ヨーヘイ:(蓮。パパ、今日はじめて受付が3人出てきた)


 5歳の息子が「ふーん」と言う顔が浮かんだ。そうじゃない。すごいことなんだ。たぶん。




◆ ベルネギルド・マスター室


 ルナに案内された。


ルナ:「こちらにどうぞ〜」


 扉の前で止まって、ルナが先に引き返した。ここから先は一人らしかった。リリアとフィンは廊下の椅子に座っている。フィンがヨーヘイを見上げて「キュッ」と鳴いた。


ヨーヘイ:「すぐ終わる」


 扉を開けた。


 190センチを超える男が、窓を背にして立っていた。座っていない。古い傷跡が首筋から顎のあたりまで走っていて、腕を組んだ時に上着の袖がずり上がると、さらに古い傷が見えた。


 フィンが尻尾を巻いた。


ヨーヘイ:(フィンがこれをやったの、初めて見た)


ガロン:「……座れ」


 椅子に座った。ガロンは立ったままだった。何も言わなかった。その沈黙の間に、ヨーヘイは自分の背筋が伸びていることに気づいた。


ガロン:「……Eランクで、Dを倒したのか」


ヨーヘイ:「老いた個体です」


ガロン:「……それでも、だ」


 一拍あって、ガロンが続けた。


ガロン:「依頼の翌日に上がる。なぜだ」


 答えが出なかった。本当に分からなかった。


ヨーヘイ:「分かりません」


 頭の中に声が来た。


解析:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(今それを言うな)


 ガロンの目が動いた。台帳を見ていない。ヨーヘイの手元を見ている。


ガロン:「……食っているのか」


ヨーヘイ:「はい」


ガロン:「魔物を」


ヨーヘイ:「全部」


 ガロンが窓の方に視線を動かした。ヨーヘイを見るのをやめた。考えている人間の顔だった。外の光が斜めに差し込んで、傷跡の上で止まっている。


 長い間があった。


ガロン:「……また来い」


 立ち上がった。扉に向かいながら、もう一度声がした。


ガロン:「Eランクがここまで来るのは、早い」


 振り返らなかった。振り返る必要がある言葉かどうか、判断がつかなかった。




◆ 廊下


 扉を閉めた瞬間、頭の中で音が鳴った。Lv12になった。


解析:「……Lv12です」


ヨーヘイ:(ガロンに会いに来ただけで上がるのか)


 解析さんは何も言わなかった。


ヨーヘイ:(そういうことか)


 ガロンの声が頭に残っていた。依頼の翌日に上がる。なぜだ。答えが出ないまま部屋を出て、廊下でLv12が来た。答えが出ないのに、数字は動いている。


ヨーヘイ:(でも——足が軽かった)


 理由は分からなかった。重いはずだった。でも扉を閉めた後の体が、来る前より軽かった。圧をかけられたのに、前に進みたい感覚があった。おかしな話だと思った。


 リリアが立ち上がっていた。フィンが「キュッ」と鳴いた。


ヨーヘイ:「終わった」


リリア:「……どうでしたか」


ヨーヘイ:「また来いと言われた」


 口から出てすぐ、自分でもはっきり分かった。断る気が、起きなかった。


 リリアが少し考えるような顔をした。それだけで、廊下を歩き始めた。




◆ ベルネ・広場


 ギルドを出ると広場があった。噴水を囲むように石のベンチが並んでいる。人が行き来しているが、ファスト村の通りより速い。みんなどこかに向かっている。


 ベンチに座った。フィンが足元に来て丸まろうとして、やめて、また来て、結局座った。


リリア:「……ガロンさん、怖かったですか」


ヨーヘイ:「少し」


 珍しい答えだと自分でも思った。いつもなら「大丈夫でした」と言う。


リリア:「……私は、もっと怖かったです。廊下から声が聞こえました」


ヨーヘイ:「聞こえてたんですか」


リリア:「……はい。『なぜだ』という声が」


 少し間があった。


リリア:「……ヨーヘイさんは、答えませんでしたね」


ヨーヘイ:「答えが分からなかったから」


リリア:「……私も、分かりません。でも、続きがある気がします」


 リリアが右手を少し開いて、自分の手のひらを見た。昨日、解体の後に一度だけやった動作と同じだった。


リリア:「……解体の後、手が光りそうになりました。意図していなかったのに」


ヨーヘイ:「感情で出るやつですか」


リリア:「……分かりません。怖くて、それで」


ヨーヘイ:「出そうになったんだったら、今度出てもいいんじゃないですか」


 リリアが手を閉じた。少し考えて、また開いた。


リリア:「……そう、ですね」


 声が静かだった。否定でも肯定でもなく、リリアの目が少し前を向いた。


 しばらく黙っていた。広場の人通りが続いている。噴水の水音が低く聞こえている。


 リリアがベルネの市場の方をしばらく見ていた。


リリア:「……あそこに、盾を扱う店が見えました」


ヨーヘイ:「盾ですか」


リリア:「……いえ。何でもないです」


 でも視線の先が、店の看板ではなかった。ヨーヘイは何も聞かなかった。リリアも続けなかった。


 フィンが「キューン」と鳴いた。


ヨーヘイ:(お前も来たいのか)


 リリアが少し笑った。口の端が動く程度だったが、笑いだった。今日はじめて見た。


リリア:「……フィン、ベルネが気に入りましたか」


フィン:「キュッ」


 どっちの意味か分からなかった。




◆ ベルネ・宿


 宿を取った。


 部屋は狭くない。窓から外が見える。ベルネの夕方の通りが続いていて、荷を持った人間が歩いている。ファスト村の夜より音が多かった。遠くで誰かが笑っている声がする。鍋が当たる音。犬の声。


 部屋に入ってから、収納を開いた。ヴォルガの腹肉が入っている。試食の残りだ。炊事場を借りる気力がなかった。冷たいまま一切れ取り出して、そのまま食べた。


 味は昨日と同じだった。重い。口の中で続く。冷えていても質が落ちていない。むしろ引き締まった感じがある。タレがあれば変わるのか、それとも塩だけの方がいいのか、まだ分からない。次に来る時は持ってくる。


フィン:「キューン」


ヨーヘイ:「分かってる」


 一切れ分けた。フィンが受け取って食べた。「キュウッ!」と鳴いて、前足で床を叩いた。昨日と同じ反応だった。こいつの基準は正確だと思う。


 リリアが隣の部屋に入ったのが、壁越しに気配で分かった。


 今日のことを数えていた。追っ手が変わって、受付が3人出てきた。ガロンに「また来い」と言われ、部屋を出たら数字が動いていた。リリさんが、笑った。


 多い一日だった。


 明日はファスト村に戻る。ドンネに話がある。次の問題は2つになっていた——ガロンのもう一回と、リリさんが市場で探していたもの。


 フィンが足元で丸まった。


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【第38話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:12 HP:235/235 MP:126/126


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・《瞬歩》Lv1 熟練度 54/100(+3・道中使用)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・D魔石(大)換金:+190枚

・本話終了時手持ち:973枚


▼ 収納アイテム(変動分)

・消費:ヴォルガ腹肉(宿で試食)


▼ 本話の出来事

・道中、フィンが追っ手の気配を察知した。前回の2人とは別だった。依頼は続いている。

・ベルネの市場外れで、焚き火とは違う匂いがした。フィンの耳が反応した。

・D魔石(大)を換金した。受付が3人出てきた。

・ガロンに呼ばれた。「依頼の翌日に上がる。なぜだ」——答えられなかった。

・廊下に出た直後にLv12が来た。

・ガロン「Eランクがここまで来るのは、早い」

・リリアが市場の方を見た。盾を扱う店が見えた、と言った後で「何でもないです」と引き取った。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 ガロンに会いました。怖かったです。でも終わったら足が軽かったです。理由は分かりません。


 廊下に出たところでLv12が来ました。ガロンの部屋を出た直後です。「依頼の翌日に上がる」と言われた後に上がりました。これも理由は分かりません。そのうち聞きます。


 追っ手が変わっていました。依頼は続いています。次にベルネに来る時は、タレを持ってきます。答えも、出ていたらいいと思っています。


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