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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章 「まだ、帰らない。」

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第32話 今日は、入りません

◆ ウラベダン・二層



 2層の空気が、変わった。


 石段を降りて3日目だ。冷たさにも、岩の匂いにも、慣れた。でも今日は昨日と少し違う。気のせいじゃない。奥から来る空気の温度が、入口付近より1度か2度、低い。


 昨夜、天井を見ながら「ベルネ」という名前のことを考えた。解析さんが言いかけて止まった名前だ。答えは来なかった。今日も来ていない。


 ドルグ(門番)が今朝「また行くのか」と言っていた。「また」という言葉になった。


解析の声:「……左前方、2体います」


 聞く前に来た。リリアが右に動いた。言葉はなかった。2人と1匹で挟む動線が、もう体に入っている。考えるより前に足が向いている。


 イワハサミ2体。腹部継ぎ目の位置を確認した。


 《瞬歩》で左に踏み込んだ。リリアの槍が右側面に入るのが視界の端に見えた。踏み込みながら中剣の角度が決まっていた。考えるより先に、連携が流れていた。刃が腹部に入った瞬間、抵抗がなかった。継ぎ目の角度が合っていた。1体目が止まった。2体目がこちらを向く前にリリアが仕留めた。


 2体、問題なかった。


 先週と比べると、動きの余裕が違う。1層の時は討伐後に息を整えていた。今は素材を収納しながら次の角を見ている。


 奥に進んだ。


 もう2体。同じ手順で仕留めた。今日は合計4体討伐した。


 解体に入った。


 甲羅を割る。「ぱきっ」という音だ。腹部の継ぎ目に刃を当てて体重を乗せると、内側が開く。ミソが出てきた。今日は量が多い個体だった。収納に入れた。


 腹肉を取り出した。色が濃い。1層のドウクモグラより脂の乗り方が違う。指で押すと弾力がある。鮮度は問題ない。収納に入れた。


 ハサミを外した。継ぎ目を見つけて刃を入れる。昨日より早くなった。30話で割った時の感触が手に残っている。今日は外側から割るのではなく、関節を外す方が早いと気づいた。試してみた。うまくいった。ハサミが外れた。収納に入れた。


 4体分、全部問題なかった。


 解体しながら気づいたことがある。甲羅の密度が個体によって違う。1体目は「ぱきっ」という乾いた音で割れた。2体目は「ごっ」という詰まった音がして、刃の角度を変えるまで時間がかかった。同じイワハサミでも、個体差がある。1層でも感じていたことだが、2層の個体の方が差が大きい気がした。


 腹肉も確認した。4体並べると、色の濃さが微妙に違う。脂の乗り方が均一じゃない。個体の状態が素材の質に出る。解析さんが「甲羅が薄い個体」と事前に言ってきたのはそういうことかもしれない。今日は聞かなかったが、次の潜入で聞いてみる。


 少し先に岩棚があった。リリアが「休憩しますか」と言った。


ヨーヘイ:「少しだけ」


 岩棚に腰を下ろした。収納からハサミの身を取り出した。昨日解体したものだ。生のままだと火が必要だが、炙り済みのものがある。少量だ。指先に乗る分だけ。


 フィンが鼻をひくつかせた。食欲の方向だ。


ヨーヘイ:「お前の分もある。後でな」


フィン:「キュッ」


 口に入れた。


 弾力が来た。冷えても旨みは残っている。噛むたびに出てくる旨みの量は、昨日と同じだ。温度が下がっても落ちない。この素材はそういう構造なのかもしれない。覚えておく。


 頭の中で音が鳴った。


 Lv9になった。HPとMPが全快した。


ヨーヘイ:(また食べた後だ。討伐が終わって、素材を食べた後に来た。4時間も経っていない。Lv8になってから)


ヨーヘイ:(解析さん、今のは)


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(そっちか。でも今日は間があった。いつもより長く)


 立ち上がった。フィンが先に立っていた。奥を見ていた。



◆ ウラベダン・二層奥



 入口から見ると、2層は一本道に見える。でも奥に進むと広くなる。天井が上がる。照明の間隔が広くなって、影が深くなる。


 30m進んだところで、空気が変わった。


 温度だけじゃない。密度が違う。重い空気だ。岩の匂いの奥に、何か別のものが混じっている。生き物の匂いだ。でも今まで嗅いだイワハサミの匂いじゃない。


 フィンの鼻孔が動いた。細かく、速く動いた。尾が上がった。


フィン:「キュウッ!」


 小さい声だった。でも全身が前を向いていた。


ヨーヘイ:(食えるやつがいる、と思ってる)


 解析の声が来た。


解析の声:「……正面奥、60m先。Dグレードの気配が1体います」


 60mだ。《解析》の感知範囲はこのあたりが限界だ。つまり、まだ遠い。でも感知できた。


ヨーヘイ:(Dグレード。Eの上だ。今の俺には早い)


 考える前に、解析の声が続いた。


解析の声:「……今日は、入りません」


 止まった。


ヨーヘイ:(「まだ」じゃない。「入りません」だ)


 今まで解析さんが使う言葉は「……気配があります」「……確認します」「……一拍の間」だった。断言はしない。情報を渡すか、誤魔化すかだ。


 「入りません」は違う。推奨じゃない。断言だ。


 リリアが槍の穂先を静かに下げた。言葉はなかった。


ヨーヘイ:「戻る」


 言ってから、フィンを見た。


 フィンが奥を向いたままだった。鼻孔がまだ動いている。尾が低く、でも少しだけ揺れている。


ヨーヘイ:「フィン」


フィン:「キュッ」


 振り向かなかった。


ヨーヘイ:(諦めていない。あっちに食えるやつがいると思っている。でも今日は無理だ)


 フィンを脇に抱えた。フィンが一度だけ奥を振り返った。それから大人しくなった。


リリア:「……正しい判断だと思います」


ヨーヘイ:「解析さんが断言したので」


リリア:「……そうですね。今日のところは」


 リリアが少し目を細めた。それで終わった。


 来た道を戻った。



◆ 帰路・石段付近



 石段が見えてきたところで、人影があった。


 バルドだ。1人で座っている。腕を組んで、石段の手前の岩に背をもたれていた。


バルド(岩底):「引いてきたか」


ヨーヘイ:「解析が断言したので」


 バルドが少しだけ動いた。腕の組み方が変わった。


バルド(岩底):「……それは正しい」


 短い言葉だった。でも軽い言葉じゃなかった。


ヨーヘイ:(バルドさんが解析さんを信頼できる情報として扱った。本人には聞こえないけど)


 解析の声が来なかった。


ヨーヘイ:(解析さん、聞こえてますか)


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(やっぱり聞こえてる)


 フィンを下ろした。フィンがバルドの方をじっと見た。バルドが視線に気づいて「なんだ」と言った。フィンが「キュッ」と鳴いて前を向いた。


バルド(岩底):「……変な獣だな」


ヨーヘイ:「褒め言葉だと思います」


 石段を登った。


 外の光が来た。


 登りきったところで、フィンの耳が一瞬立った。


ヨーヘイ:(後ろか)


解析の声:「……気配は、ありません」


 今日は早かった。いつもより反応が短かった。消えたんじゃなく、最初からいなかった可能性もある。でもフィンは反応した。


ヨーヘイ:(今日は来なかった。でも確認はしている)


 ドルグ(門番)が門のそばに立っていた。


ドルグ(門番):「早かったな」


ヨーヘイ:「奥まで行きました。引きました」


ドルグ(門番):「……そうか」


 短い返事だった。でも「引いたのか」という驚きじゃなかった。「それでいい」という返事だった。


 ボルドの解体所に寄った。


ボルド(解体担当):「今日も来たか」


ヨーヘイ:「Eランクになったので依頼が増えました」


ボルド(解体担当):「そうか。置いていけ」


 素材を渡した。ボルドが目方を確認して「2層の方が身がいいな」と言った。


ヨーヘイ:「部位によります」


ボルド(解体担当):「……なるほどな」


 ボルドが顎を引いた。料理の話になると少し丁寧になる。前からそうだ。


 換金して、手持ちが617枚になった。



◆ 宿・夜



 サーラさんが定食を出しながら「今日は早いね」と言った。


サーラ(女将):「引いてきたのかい」


ヨーヘイ:「奥に何かいたので」


サーラ(女将):「……それでいい」


 それだけだった。


 飯を食べた。今日は豆が多かった。悪くない。豆の食感が、イワハサミの腹肉の弾力と似ていると思ってから、すぐに全然違うと思い直した。


 部屋に戻った。フィンが布団の端に乗ってきた。丸まった。昨日は壁際だったが、今日は端だ。距離が縮まっている。


 横になって天井を見た。


ヨーヘイ:(Dグレードがいた。60m先だった。今日は入らなかった。でも気配は分かった。解析さんが感知できた)


 それだけで十分な気がした。


ヨーヘイ:(フィンは食えると思ってた。あいつの判断基準は正直だ。いつか入れる日が来る。その時に食えるかもしれない)


 天井のまま、目を閉じた。


ヨーヘイ:(解析さんが「入りません」と言いました。「まだ」じゃなかった。断言の意味が分かるようになってきた気がします)


 解析の声は来なかった。


 でも間があった。


 眠れそうだった。



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【第32話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:9 HP:205/205 MP:110/110


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・《瞬歩》Lv1 熟練度 39/100(+4)

・《解体》Lv2 熟練度 32/100(+4)

・《料理》Lv2 熟練度 42/100(+4)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・2層討伐+定点回収依頼報酬:+35枚

・本話終了時手持ち:617枚


▼ 収納アイテム(変動分)

・変動なし(素材は即換金済み)


▼ 本話の出来事

・2層でイワハサミ4体討伐。《瞬歩》と剣の連携が流れるようになった。

・炙り済みのハサミ身を食べた直後にLv9になった。また食べた後だった。

・2層奥部に初めて入った。Dグレードの気配を解析が感知(60m先)。

・解析さんが「今日は、入りません」と断言した。初めての断言だった。

・フィンが奥を向いたまま振り向かなかった。抱えて撤退した。

・バルドが「それは正しい」と言った。追っ手の気配は今日は早く消えた。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 Lv9になりました。また食べた後でした。炙り済みのハサミの身を口に入れた後でした。4時間も経っていませんでした。「業務の範囲内です」と言われましたが、今日は間がいつもより長かったです。


 2層の奥に初めて入りました。空気が変わりました。温度が違います。密度が違います。60m先にDグレードの気配がありました。解析さんが「今日は、入りません」と言いました。「まだ」ではありませんでした。今まで断言したことはありませんでした。


 フィンは食えると思っていたようです。抱えて戻りました。


 バルドさんが「それは正しい」と言いました。いつか入れる日が来ます。


 記録、ここまで。



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