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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章

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第27話 2層の、空気

◆ ウラベダン・入口



 日が出る前に村を出た。


 東縁を抜けて、岩が増える道を三十分。いつもの道だ。足元の感触も、木が低くなるタイミングも、体が覚えている。


 掘り口が見えた。石を組んだ枠。脇の小屋。番兵が二人、腕章をつけて立っている。


 申請書を出した。番兵が確認して、判を押す。


番兵:「今日も奥まで行くのか」


ヨーヘイ:「2層まで」


 番兵の手が一瞬止まった。記録を取って、何も言わずに返してきた。


 入口の前に立った瞬間——何かが広がった。


 頭の中で、確かに何かが増えた。薄い膜が一枚剥がれたような感覚。それだけで終わりかと思ったら、文字が並んだ。


```

《解析》 Lv1 → Lv2


・同時鑑定数 :1体 → 最大4体

・感知範囲  :視野内 → 半径15m(壁越え可)

・感情補正  :(このパラメータは表示できません)

```


 最後の行だけ、点滅していた。


 他の項目は静止している。その行だけ、細かく明滅している。


ヨーヘイ:(点滅している)


 会社のシステムでエラーが出る時、こういう表示があった。「このページは表示できません」。ブラウザが固まる前に出てくるやつだ。でもあれは点滅しなかった。静かに、ただ白くなるだけだった。


 こっちは点滅している。


ヨーヘイ:(表示できないのに、存在は主張している)


 44歳で異世界に来て、スキルが進化した。その事実を、頭がまだ処理しきれていない。嬉しいのか、怖いのか、不思議なのか、全部が混ざって判別できない。ただ確かなのは、今この瞬間、自分の中で何かが変わったということだ。点滅している行が、それを証明している。


 解析の声が来ない。珍しいことだった。何かを聞けば必ず答えがあった。誤魔化す時でさえ、一言は返ってきた。それが今は、ない。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析の声:「……」


ヨーヘイ:(やっぱり無言か)


 フィンが足元で「キュッ」と鳴いた。ヨーヘイを見上げている。早く行こう、という顔だ。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:「分かってる。でも気になる」


 最後にもう一度だけ「感情補正」の行を見た。点滅していた。答えは来なかった。


 進化の余韻と、小さな引っかかりを両方抱えたまま、中に入った。


 その直後。


解析の声:「……前方、3体確認しています」


 ヨーヘイは二歩進んだところで止まった。


ヨーヘイ:(3体を同時に?)


 今まで「前方に1体います」しか言わなかった。複数体を同時に把握した発言は、今日が初めてだった。さっきまで「感情補正」に引っかかっていた頭が、ようやく現実に引き戻された。


ヨーヘイ:(Lv2になった。それだけで、もう全然違う)


 3体のドウクモグラが地面から出てきた。解析の言った通りの数だった。



◆ ウラベダン・一層



 一層は、昨日と変わらなかった。


 湿った空気。発光苔の薄緑。天井が低い。足元の段差の位置も、通路の幅も、全部知っている。


 ドウクモグラを3体、順番に処理した。《瞬歩》で右に抜けて、蒼魔鉄中剣を横から入れる。骨に当たる前に止める感覚が、最初の頃より分かるようになっている。引く。リリアが槍を構えて次を待ち、出てきたところを首の付け根に穂先を当てた。3体目はフィンが耳で方向を示して、ヨーヘイが誘い込む形で仕留めた。


 静かになった。息が少し上がっている。でも乱れていない。


 素材と魔石を収納に入れて、奥へ進む。


 通路が続く。もう一組、2体と遭遇した。解析の位置読みで右に誘い込んで、壁際に追い込む。リリアが槍を合わせた。手際が、一層に来た最初の頃よりずっと早くなっている。


 そして、石段が見えた。


 下に続いている。幅は一人分。石の色が一層より暗い。苔の光が届いていない。


ヨーヘイ:(2層だ)


リリア:「……あそこですか」


ヨーヘイ:「あそこです」


 フィンが石段の前で止まった。耳の向きが変わった。食欲の時とは違う。体が低くなっている。もっと静かな、何かを測るような構えだ。


フィン:「キュッ」


 警戒だ。


ヨーヘイ:(フィンも感じている)


 その時だった。


解析の声:「……気をつけてください」


 ヨーヘイは足を止めた。


 解析さんが先手で言った。状況を報告する前に。「○体います」でも「前方、反応あり」でもなく、最初の一言が「気をつけてください」だった。


ヨーヘイ:(解析さんが、そういう言い方をした)


 リリアも気づいていた。ヨーヘイを見て、無言で頷く。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:「分かってる」


 一段、降りた。



◆ ウラベダン・二層入口



 最初の一歩で、肺が止まった。


 止まったのは一瞬だった。でも確かに止まった。体が「違う」と判断して、次の呼吸の前に確認を挟んだ。


 一層の空気じゃない。


 冷たい。土の匂いがしない。岩だ。岩の匂いだけがある。乾いているのに重い。洞窟の奥の、水のない場所の匂いだ。子どもの頃、家族で入った鍾乳洞がこんな匂いだった。でもあれより暗くて、もっと静かだ。


 天井が高くなった。一層は手を伸ばせば届いた。ここは届かない。その分だけ音の戻り方が遅い。自分の足音が少し遅れて返ってくる。


ヨーヘイ:(全然違う。同じ建物の中なのに、別の国に来たみたいだ)


 隣を見た。リリアが石段の最後の一段に片足をかけたまま、止まっていた。2層の空気を、顔で受けている。目が細くなっている。怖いのか、集中しているのか、判断できなかった。でも足は動いていなかった。


ヨーヘイ:「リリさん」


リリア:「……はい」


 それだけだった。でも足が動いた。ヨーヘイの隣に並んで、前を向いた。背筋が伸びていた。怖くても、止まらない人だ、とヨーヘイは思った。


 フィンが鼻をひくつかせている。一層の時とは違う動き方だ。食欲ではない。判断している。


 その瞬間だった。


 ヨーヘイが「(どう動く)」と考え始めたところで。


解析の声:「……左、です」


ヨーヘイ:(聞いてない。まだ考えてる途中だ)


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(業務に先読みが含まれたのか)


 左を見た。


 岩だった——次の瞬間、その表面が細かく動いた。


 触覚だ。岩の色をした触覚が、空気を測るように揺れている。


 足が止まった。頭より先に、体が判断した。


 扁平だ。甲羅が岩肌と全く同じ色をしている。ハサミが大きい。体の半分ほどの大きさのハサミが、岩に張り付くように完全に畳まれていた。目がない。でも触覚が動いている。こちらを感じている。


ヨーヘイ:(岩だと思っていたものが、生きていた)


 呼吸しているかどうかも分からない。でも生きている。ずっとそこにいたのだ。自分たちが石段を降りてくる前から、ここにいた。


解析の声:「……Eグレード正規です。イワハサミ。甲羅型待ち伏せ種。静止中は感知が難しい個体です」


ヨーヘイ:(名前がついた。今ついた)


 難しい個体、という部分が頭に残った。解析さんがそういう言い方をするのは珍しかった。強い、でも危険、でもなく「難しい」。


解析の声:「……今日は——」


ヨーヘイ:「引きます」


解析の声:「……そうしてください」


 珍しく、即同意だった。「業務の範囲内です」も来なかった。


 一歩、後ろに下がった。リリアがついてくる。フィンが最後に、一度だけイワハサミの方を振り返った。食欲ではない顔だった。それでも振り返った。そのまま石段を上がった。



◆ ウラベダン・一層 帰路



 石段を上がりきったところで、解析の声が来た。


解析の声:「……奥に、もう2体います。壁の向こう」


ヨーヘイ:(壁の向こうが分かるのか)


 今まで「前方に反応あり」だった。壁の向こうという概念は、一層では存在しなかった。Lv2になって、届く範囲が変わっている。


ヨーヘイ:(見えないものが見えている)


 一層の通路を戻る。帰路でドウクモグラが1体出た。


 《瞬歩》で踏み込もうとした瞬間。


解析の声:「……右の壁際、死角があります」


ヨーヘイ:(右には寄るな、ということか)


 右に寄らずに正面から入った。手応えがあった。引く。


ヨーヘイ:(解析さんの読みが、今日は鋭い)


 歩きながら考えた。


 今日の解析さんは、いつもと違った。「3体確認しています」。「壁の向こう」。「左、です」と先に言ってきた。情報の量が増えたというより、情報が来るタイミングが変わった。こちらが考える前に来る。こちらが動く前に来る。


 それだけじゃない。


 「気をつけてください」と言った。情報でも、数字でも、位置でもなく——最初の一言が、感情に近いものだった。あの言い方は今まで一度もなかった。解析さんの中で——何かが、変わっている。


ヨーヘイ:(「感情補正:表示できません」か)


 点滅していた行のことを思い出した。答えは来なかった。でもその沈黙が、何かを説明している気がした。


 入口に出ると、岩底の三人がちょうど戻ってきたところだった。装備に埃がついている。ガンツさんの盾に新しい傷が入っていた。


バルド:「……引いたか」


ヨーヘイ:「はい」


 バルドさんが無言で頷いた。説明しない。問い詰めない。引いたことを正しいとも言わない——ただ、頷いた。それで十分だった。


ヨーヘイ:(この人が頷くなら、今日は正解だった)


 思えば最初に会った時、この人はヨーヘイを一度も褒めなかった。肉がうまいとは言った。引き際が良いとは一度も言わなかった——ただ、今、頷いた。それで十分だと分かった。


 ミラさんが横から口を出した。


ミラ:「で、何かいたか」


ヨーヘイ:「岩だと思ったものが動きました」


ミラ:「……イワハサミか」


ヨーヘイ:「そう言うんですか、あれを」


ミラ:「2層の主みたいなやつだよ。静止してると誰も気づかない。俺たちも最初は気づかなかった」


 その時、足元でフィンが「キュウッ!」と鳴いた。全員がフィンを見た。


 フィンはイワハサミがいた方向を向いたまま、尻尾だけが高速で揺れていた。


ガンツ:「……食う気か、あれを」


ヨーヘイ:「食う気だと思います」


ミラ:「正気か」


フィン:「キュウッ!」


 正気だった。


 ガンツさんが黙ってヨーヘイを一度見て、それだけで視線を戻した。三人が宿の方向へ歩いていく。バルドさんが歩きながら一度だけ振り返らずに言った。


バルド:「次は、ちゃんと来い」


ヨーヘイ:「はい」


 三人の背中が遠くなった。


 しばらく、その場に立っていた。リリアも何も言わなかった。フィンが足元で丸くなって、尾を一度だけ揺らした。


 今日引いた。それが正解だったと、さっきベテランに認められた。それだけのことだ。でも体の中が、妙に落ち着いていた。焦りがない。悔しさもない。


 2層に入った。岩だと思ったものが生きていた。触覚が動いていた。目がないのに、こちらを感じていた。解析さんが「難しい」と言った。強い、でも危険、でもなく「難しい」。その言い方が今も頭に残っている。


 あれと、いつか戦う。


 戦えるようになる。


 また来る。それだけが分かっていた。



◆ 入口広場



 番兵に退場を告げた。記録を取られた。その時、体の中で何かが弾けた。


 音ではない。でも確かに弾けた。


Lv 5 → 6


すばやさ +3 きようさ +3 ちょっかん +1


 HP・MPの数字が更新されていた。ヨーヘイは一度だけ確認して、顔を上げた。


 リリアが隣にいた。


リリア:「……おめでとうございます」


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


 静かな交換だった。それだけで十分だった。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:「大丈夫だ」


 村への道を歩き始めた。


 石段の冷たさが、まだ足裏に残っている。


 あれが、2層の空気だ。


 「感情補正」の行が、まだ点滅している気がした。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【第27話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:6 HP:165/165 MP:84/84


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・《解析》Lv1→Lv2 進化(熟練度 0/100)

・《瞬歩》Lv1 熟練度 22/100(+4)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・換金なし

・本話終了時手持ち:485枚


▼ 収納アイテム(前話からの変動分)

・追加:ドウクモグラ素材(本話討伐分)

・変動なし:前話からの持ち物は変わらず


▼ 本話の出来事

・《解析》がLv2に進化した。新しい項目の中に、答えのないまま点滅し続ける謎の行があった。解析さんは無言だった。

・ウラベダン2層に初めて足を踏み入れた。岩だと思っていたものが生きていた。即撤退した。

・バルドが頷いた。それだけで今日が正解だと分かった。

・フィンはイワハサミを食う気でいる。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 《解析》がLv2になりました。新しい項目が増えました。「感情補正:表示できません」という行が点滅していて、解析さんに聞いても無言でした。何かあるのかないのか、分かりません。でも気になっています。


 ウラベダン2層に、初めて入りました。岩だと思っていたものが生きていました。でかいカニみたいなやつです。《解析》が「腹部継ぎ目」と言いました。急所だと思います。今日は情報だけ取って、引きました。


 引いた後、バルドさんが頷きました。無言でした。それだけで今日は正解だったと分かりました。あの人は嘘をつかない顔をしています。


 フィンはあれを食う気でいます。においで分かったみたいです。俺も、倒せるなら食いたいと思っています。


 石段の冷たさが、まだ足裏にあります。次は、倒しに行きます。


 記録、ここまで。


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