第24話-2 地下で、焼いた — 肉は、硬かった
◆ ウラベダン・入口広場
村の東縁を抜けて、さらに三十分歩いた。
道が細くなった。岩が増えた。木が低くなる。そして地面に、口が開いていた。
人工的な掘り口だった。石を組んだ枠がある。脇に小屋がある。その前に、露店が二軒出ていた。
小屋の前に、ギルドの腕章をつけた番兵が二人立っていた。ウラベダンはギルドの管理ダンジョンに指定されており、行方不明者が出た場合の記録のために入退場の確認が義務付けられているとミナさんから聞いていた。
番兵に申請書を見せた。ギルドの入場記録と照合して、判を押してくれた。
番兵:「一層まで。入ったら声をかけてください。深い方には行かないでくれると助かります」
ヨーヘイ:「分かりました」
露店でポーションを二本買った。一本十二枚。合計二十四枚の出費。今度こそ割らない。ポーチに入れながら、それだけ考えた。
露店の隣に、先客がいた。
三人組だ。装備が使い込まれている。鎧の肩に傷が多い。腰の剣帯が馴染みきっている。一人は盾が大きい。もう一人は細身で軽装だ。真ん中に立つ一番背の高い男の左頬に、古い傷があった。
ヨーヘイ:(岩底の三人だ。サーラさんから聞いたことがある。ウラベダンを長年周回しているベテランパーティだと)
その男が、こちらを見た。短い灰色の髪。目が静かだ。
バルド:「……今日、初めてか」
ヨーヘイ:「そうです」
バルド:「一層は浅い方にしておけ。奥にEグレードの反応がある。俺たちも今日は引いた」
解析の声:「……確認しました。一層の奥、同一個体と推測されます」
ヨーヘイ:(やはりいる)
ヨーヘイ:「ありがとうございます。気をつけます」
細身の女が、ヨーヘイの足元に視線を落とした。茶色の短い髪。目が鋭い。
ミラ:「……そいつ、犬じゃないな。従魔か」
フィン:「キュッ」
ミラ:「おいおい、返事したぞ。賢いな」
一番大柄な男が、黙ってフィンの方を一度だけ見た。髭面で、熊のような体格だ。それだけで視線を戻した。
三人が頷いて、ギルドの方へ歩いていった。背中が大きかった。
フィンが掘り口に向かって首を伸ばした。耳が立っている。警戒ではない。好奇心だ。
リリア:「……行きますか」
ヨーヘイ:「行きます」
◆ ウラベダン・一層
中は、思ったより明るかった。
天井の岩肌に薄緑の苔が光っている。松明がなくても歩ける程度の明るさだ。でも影が多い。足元に気をつけないと段差を踏む。
一歩入った瞬間、空気が変わった。湿っている。土と石の冷たい匂いがする。外とは全然違う。
ヨーヘイ:(地下だ。当たり前だが、本当に地下に来た)
通路が続いている。幅は二人が並べる程度。天井が低い。ヨーヘイが手を上げると届きそうだ。
フィンが先を行く。鼻が動いている。耳が細かく向きを変えている。
解析の声:「……振動に反応する魔物がいます。足音を均一に。走らないでください」
リリアが槍を横に構えて後ろについている。通路が狭いため縦列で動く。
五分ほど歩いた時、フィンが止まった。
フィン:「キュウッ!」
解析の声:「……前方、地中から。2体。振動型、Fグレード。今、上がってきます」
地面が、盛り上がった。
形が出てきた。丸い。土色の短毛。前脚が大きく、爪が異様に発達している。顔の中央に鼻が張り出していて、ひび割れた岩のような皮膚だ。目が、ほぼない。
解析の声:「……ドウクモグラです。目はほぼ退化しています。振動と匂いで動きます。静止すると反応が落ちます」
ヨーヘイ:(引きつけてから動く)
一体がこちらに向かってきた。爪が石を削る音がする。一歩引いた。止まる。もう一歩引いて、止まる。引きつけた。
踏み込んで、《瞬歩》で横に抜けた。側面に蒼魔鉄中剣を入れる。手応えがあった。
同時に、リリアの槍が二体目の首元に入った。
静かになった。
ヨーヘイ:(思ったより速い。でも、対処できた)
解析の声:「……討伐確認。魔石F(小)×2。爪素材×2。肉、食用可能です」
爪と魔石と肉を収納した。
ヨーヘイ:(食えるらしい。後で試す)
さらに奥へ進んだ。もう一組と遭遇した。三体。解析の声の位置読みで一体ずつ誘導して、各個撃破した。《瞬歩》の熟練度が上がっていく感触がある。
そこで引いた。奥のEグレードの反応が、先にある。今日の準備と状態では踏み込む理由がない。
ヨーヘイ:(今日はここまでだ。持ち帰って、確認する)
引き返した。
◆ 入口広場・帰還後
外の光が眩しかった。
番兵に帰還を告げて、退場記録をつけてもらった。
番兵:「お、早かったな。どうだった」
ヨーヘイ:「五体、討伐しました」
番兵:「初めてにしては上等だ」
入口広場の端に平らな岩があった。そこに座って収納を開いた。
ドウクモグラの肉を出す。
白い。締まった赤身だ。脂がほとんどない。見た目だけなら悪くない。
携帯用の小型鉄板を出した。火打ち石で火を起こして鉄板を載せる。油を引いて、肉を一切れそのまま置いた。
じゅっ、と音がした。
匂いが来た。
獣の臭みとは違う。地下の冷えた空気に長年馴染んだような、鉄錆に近い粘りのある臭みだ。外で火を起こしているのに、どこかこもって広がる。
ヨーヘイ:(……これは、きつい)
それでも焼き上がりを待った。一切れ口に入れた。
硬い。
奥歯で押しても、繊維が逃げる。噛むほどに水分だけが絞り出されて、肝心の旨みが一向に出てこない。パサパサだ。飲み込んだ後も、臭みだけが口の中に長く居座った。
リリア:「……これは、難しいですね」
正直な評価だった。
フィン:「……」
一口食べて、顔を背けた。フィンが、顔を背けた。さっきまで嬉しそうに鼻を動かしていたフィンが。
解析の声:「……食用可能の範囲内ですが、適切な調理が必要です」
ヨーヘイ:(今さら言いますか)
解析の声:「……業務の範囲内です」
ヨーヘイ:(業務の範囲に「今さら」も含まれているのか)
解析の声:「……」
ヨーヘイ:(素材は悪くない。でも調理が間違っている。現代でも安い肉をそのまま焼いても旨くならない。技術で変えられる)
包丁を出した。
まず繊維の走り方を確かめた。方向を読んで、垂直に細かく刃を入れていく。格子状に。一切れずつ、丁寧に。刃を入れるたびに固い抵抗がある。それくらい締まっている肉だ。
切り込みを入れ終えたら、薄く切る。厚さを半分以下にした。薄い分だけ、火の入り方が変わる。
収納から発酵液を出した。小皿に少量取って、辛根を擦り込む。そこに薄切りにした肉を並べて漬け込んだ。発酵液が白い断面にゆっくり染み込んでいく。
ヨーヘイ:(十分待つ。繊維の奥まで届かせる)
待っている間、もう一枚肉を出した。隠し包丁を入れた後、今度は塩だけを振って鉄板に置いた。マリネとは別の方向を試す。
薄切りだから火の通りが速い。音がさっきとは違う。水分の逃げ方が変わっている。
解析の声:「……塩化ナトリウムが素材の旨み成分を引き出します。脂分の少ない赤身には有効です」
ヨーヘイ:(珍しく解説が速い。褒めるべきか迷った)
塩焼き版が焼き上がった。一切れ食べた。
さっきとは全然違う。隠し包丁が繊維を断ち切っている。噛めば切れる。臭みはまだ残っているが、塩が奥にある旨みを引き出している。水準を超えてきた。
ヨーヘイ:(悪くない。でもこの赤身には塩の方が合う。現タレは脂の多い肉向けに作りすぎた。塩で攻めた方がいい)
十分が経った。マリネした肉を鉄板に戻した。
強火で、一気に焼く。表面を焼き固めることだけ考える。時間は短くていい。
音が変わった。さっきの「じゅっ」とは違う、高くて弾けるような音が連続した。発酵液が熱で飛んで、辛根の香りが鋭く立ち上がってくる。鼻の奥に刺さるような匂いだ。
ヨーヘイ:(この匂いの立ち方だ)
焼き上がった。
口に入れた。
繊維が、切れた。スッと切れた。隠し包丁の格子が効いている。薄切りが効いている。発酵液が繊維の隙間に入り込んで、旨みに変わっている。辛根のアクセントが後から来て、あの鉄錆の臭みを丸ごと上書きしている。噛むたびに味が出てきた。最初に口に入れたものと、同じ肉だとは思えなかった。
ヨーヘイ:(いける。ダンジョン産の肉は不味い——でも下処理と技術次第で、食えるどころか旨くなる)
解析の声:「……有意な改善です」
ヨーヘイ:(今日二度目の素直な評価だ。珍しいことが続く)
リリアに渡した。
リリアが一口食べた。動きが止まった。もう一度噛む。目が少し細くなった。
リリア:「……さっきと、同じ肉ですか」
ヨーヘイ:「同じです。切り方と漬け方を変えました」
リリア:「……そういうことが、できるんですね」
ヨーヘイ:(そういうことが、できる。それが料理だ)
二切れ目に手が伸びた。
フィン:「キュウッ!」
さっきまで顔を背けていたフィンが、鼻をひくつかせて前に来た。一切れ渡すと、今度は迷わずに食べた。尾が揺れる。
ヨーヘイ:(現金な奴だ)
その時、匂いが届いたらしかった。
ミラが先だった。小屋の方から戻ってくる途中で立ち止まって、鼻を空気に向けた。
ミラ:「……待って。なんだその匂い」
バルドとガンツが後ろから来た。ガンツが鼻をひくつかせている。
ミラ:「おい、それさっき一層で倒したやつだろ。ドウクモグラだろ。なんで旨そうな匂いがするんだよ」
ヨーヘイ:「切り込みを入れて、薄く切って、発酵液に漬けてから強火で焼きました」
ミラ:「何を言ってるか半分も分からんが——食わせろよ」
受け取って口に入れた。一秒経った。
ミラ:「……っ、マジかよ」
咀嚼している。止まらない。
ミラ:「あのパサパサの肉じゃないだろこれ。俺たち、ずっと捨ててたぞ」
ガンツが無言で手を出していた。渡すと、そのまま口に入れた。咀嚼する。止まらない。
ガンツ:「……うめえ」
一言だけ言って、また手を出した。もう一枚渡した。また食べた。
ガンツ:「……酒が欲しくなるな」
バルドが最後に受け取った。しばらく眺めてから口に入れた。ゆっくり噛んだ。飲み込んで、少し間があった。
バルド:「……旨いな」
それだけだった。でもその三文字は、朝のドンネさんの「悪くない」に似た重さがあった。
解析の声:「……リアクションは良好です」
ヨーヘイ:(解析さん、それは鑑定ですか)
解析の声:「……業務の範囲内です」
ヨーヘイ:(何の業務だ)
ミラ:「お前、何者だ。Fランクだろ、申請書で見たぞ」
ヨーヘイ:「Fランクです。焼肉屋をやる予定があります」
ミラ:「……焼肉屋? ダンジョン産の肉を出すやつか」
ヨーヘイ:「そういう方向も、考えています」
ミラがガンツの方を向いた。ガンツはまだ咀嚼していた。
ミラ:「ガンツ、聞いてるか」
ガンツ:「……もう一枚」
ミラ:「聞いてないな」
バルドが短く笑った。ミラがバルドの方を向く。
ミラ:「バルド、お前はどう思う」
バルド:「楽しみにしてる。本当に」
三人が立ち去った。歩き方がさっきと少し違う気がした。ガンツだけ、最後にこちらを一度振り返った。
番兵がまだこちらを見ている。目が「俺にもくれ」と言っている。
ヨーヘイ:(そのうち、ちゃんとした屋台を出す。その日まで待ってください)
残りを全部収納に入れた。
◆ 部屋・夜
窓を閉めた。
解析の声:「……反応はありません。今夜は離れています」
フィンが毛布の中でくるっと回った。耳は窓ではなく天井を向いている。もう丸まっている。
脇腹に手を当てた。包帯の感触がある。リリアのヒールで止血はできている。痛みは残っているが、明日には動ける。
ヨーヘイ:(蓮。今日、地下で肉を焼いた。最初は硬くて臭くて話にならなかった。でも切り方と漬け込み方を変えたら、旨くなった。バルドさんっていうベテランが「旨いな」と言った。本当に、って付けて)
ヨーヘイ:(あの一言が、今日一番重かった)
解析の声:「……一層奥のEグレード相当、同一個体が継続して確認されています」
ヨーヘイ:(今日、岩底の三人も引いたやつだ)
解析の声:「……はい」
ヨーヘイ:(次は倒す)
解析の声:「……はい」
ヨーヘイ:(今日初めて「はい」だけで終わった)
目を閉じた。
今日一日の重さが、ゆっくりと下りていく気がした。ドンネさんの「悪くない」。路地の閃光。割れたポーション。リリさんの手の光。地下の暗さ。肉の臭み。それが旨みに変わった時の音。バルドさんの「本当に」。
全部、今日だ。
全部、前に進んだ。
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【第24話-2 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)
Lv:4 HP:115/135(回復中) MP:60/60
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 85/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 39/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 57/100(±0)
・《解体》Lv2 熟練度 12/100(±0)
・《料理》Lv2 熟練度 13/100(+5)★隠し包丁・マリネ・塩焼き試作・調理逆転
・《従魔契約》Lv1 熟練度 21/100(+1)
・《瞬歩》Lv1 熟練度 14/100(+2)★ダンジョン実戦
・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100
▼ 本話の収支
・ポーション×2購入:▲24枚(12枚×2本)
・ドウクモグラ討伐:F魔石(小)×5・爪×5(換金は次回以降)
・本話終了時手持ち:339枚
▼ 収納アイテム(本話終了時)
・蒼魔鉄中剣×1 ・短剣×1(予備) ・包丁×1 ・採取へら×1
・冒険者証(Fランク)
・ポーション×1(購入2本・1本使用済み)
・解毒薬×1
・タレ完成品(辛根入り・本完成版):少量
・各種食材・素材(収納保管)
・ドウクモグラ肉(調理済み残量)
・ドウクモグラ素材:F魔石(小)×5・爪×5
・クロアシイタチ肉(解体後・残量)
・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1
▼ 本話の出来事
・ウラベダン初潜入:1層の浅い部分。ドウクモグラ5体討伐
・入口広場:岩底の三人から奥の情報を入手
・料理逆転:ダンジョン産肉の硬さ・臭みを隠し包丁・薄切り・発酵液マリネ・強火で克服
・赤身の調理:塩焼きでも別の旨さが出ることを確認
・岩底の三人の反応:ミラ「マジかよ」・ガンツ(複数枚)「うめえ」・バルド「旨いな」「楽しみにしてる。本当に」
・一層奥のEグレード:継続確認。次回潜入で討伐目標
▼ ダンジョン記録(ウラベダン・初回)
・入場:本話午後・Fランク申請済み
・到達:一層・浅い部分(奥のEグレードは今回見送り)
・討伐:ドウクモグラ×5体(Fグレード)
・確認:一層奥にEグレード相当の個体→次回以降が目標
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ウラベダンに入りました。明るかったです。五体倒しました。肉が硬くて臭くて最初は食えませんでした。
切り込みを入れて、薄く切って、発酵液に漬けてから強火で焼きました。食えるようになりました。岩底の三人が来ました。ミラさんが「マジかよ」と言いました。ガンツさんが黙って何枚も食べました。バルドさんが「旨いな」と言いました。「楽しみにしてる、本当に」とも言いました。記録します。
赤身の肉には、塩だけで焼いた方が合う場合があると分かりました。次に活かします。
一層の奥にまだいます。次は準備してから入ります。
記録、ここまで。
【第24話-2】地下で、焼いた ― 肉は、硬かった
【第24話-2】地下で、焼いた ― 肉は、硬かった
「楽しみにしてる。本当に」
最初、食えませんでした。
硬くて、パサパサで、臭みがあって。フィンが顔を背けました。それでも包丁を出しました。切り込みを入れて、薄く切って、発酵液に漬けてから強火で焼いたら——同じ肉が、全然違うものになりました。
バルドさんの「旨いな」は、ドンネさんの「悪くない」に似た重さがありました。「楽しみにしてる、本当に」という言葉は、まだ収納の奥に入っています。




