第18話 旅の始まり ― 城門が、消えた
◆ 城門が、消えた
城門が、後ろに消えた。
ファスト村の外に出るのは、異世界に来て初めてのことだった。
馬車の揺れが、村の中とは違う。石畳から土の街道に変わって、荷台の底から伝わる振動が少し柔らかくなった。空が広い。木々が遠い。地平線という言葉を、この異世界で初めて実感できる気がした。
荷台の端にリリアが座っている。槍を立てて両手で持ち、街道の先を見ている。フィンが膝の上で鼻をひくつかせていた。新しい匂いを一つずつ確かめているような動作だ。
ヨーヘイ:(解析さん。周囲の反応は)
解析の声:「周囲に危険な反応はありません」
前を見た。街道が、まっすぐ伸びている。
ヨーヘイ:(ここから先は、知らない場所だ)
怖いわけでも、興奮しているわけでもない。ただ、今日から世界が一回り大きくなったという感触だけが、体の中に静かにある。
今朝のことを振り返った。
◆ 回想/今朝・ギルドから出発まで
ギルドに着いてまずポーションを補充した。30枚。手持ちが143枚になった。
掲示板に向かうと、一枚の依頼票が目に入った。他の票より少し大きく、別の色の紙だった。
「行商護衛依頼:ファスト村→ベルネ・3日行程。報酬:銀貨2枚。条件:Fランク以上・複数名推奨」
銀貨2枚は銅貨200枚相当だ。これまでの日帰り依頼が1日で30枚前後だったことを考えると、3日で200枚は破格に近い。でも3日間、村を離れる。追っ手のことが頭をよぎった。あの夜、路地で撃退した。しばらくは来ない。そう判断した。
カウンターに持っていくと、ミナが台帳を開いた。
ミナ(受付):「この依頼はすでに別のパーティが受けています。合同での参加になりますが、よろしいですか」
ヨーヘイ:「そのパーティは」
ミナ(受付):「……無敵の四天王です」
少し間があった。ミナの顔は真剣だった。冗談ではない。
ヨーヘイ:(無敵の四天王)
受けると答える。
ミナに広間の奥を示された。テーブルに4人が座っている。
一番手前に立ったのは30代の男だ。短髪、細身、腰に二刀。目が鋭い。パーティのリーダーだと一目で分かる。
クレイ:「Fランクが護衛に入るのか。リリアさんはともかく」
隣でリリアが小さく眉を動かした。ヨーヘイは「よろしくお願いします」と答えた。
その後ろに2m超の巨体がいる。肩幅が異常に広い。大盾を背負っている。顔だけは普通の人間に近いが、体のスケールが全然違う。ヨーヘイを見下ろして、口を開いた。
ガド:「腹が減った!! 早く出発しよう!!」
クレイ:「……今じゃない」
ガド:「……そうか」
またヨーヘイを値踏みするように見た。何も言わない。
テーブルの端に銀髪の女が座っている。長い耳。エルフだ。弓を膝に立てかけて、視線だけをヨーヘイに向けた。
シア:「……人間の新人ですか」
4人目は小柄だ。ローブが大きすぎてずれている。猫耳が頭の上にある。どう見ても子供に見えるが、目の奥に落ち着きがある。フィンを見た瞬間、顔が変わった。
ピナ:「フィンちゃんかわいい!!」
「キュッ」とフィンが鳴いた。
手続きを済ませて広間を出る前に、クレイが口を開いた。
クレイ:「パーティ名は聞いたか」
ヨーヘイ:「いえ、まだ」
クレイ:「無敵の四天王だ」
声に出て笑った。止められなかった。
クレイ:「……何がおかしい」
ヨーヘイ:「すみません。強そうです」
シア:「当然です」
4人全員、本気だ。大真面目だ。ヨーヘイは「よろしくお願いします」ともう一度だけ言って、ギルドを出た。
門の前に荷馬車が止まっていた。御者台に、腹の出た男が座っている。白髪交じりの顎髭。目尻に笑い皺。こちらを見た瞬間、大きく手を振った。
ベルタ:「やあやあ! 今回よろしく頼むよ! 若いの多いね! あ、フィンちゃんも乗っていいよ!」
ヨーヘイ:(口が軽い。でも目が温かい)
ベルタ:「ベルネまで3日だよ。宿は使わないで全部野宿にするよ。荷物が多いから馬を休ませながら行きたくてね。よろしく!」
荷台に乗り込んだ。リリアが端に座る。フィンが膝の上に落ち着く。四天王がそれぞれの場所に収まった。
馬が動き出す。ギルドが遠くなった。馴染みの通りが後ろに流れる。サーラの宿の看板が見えた。ラルフの道具屋の窓が見えた。城門が近づいてきた。
くぐった。
◆ 馬車の上・現在
そして今、街道の上にいる。
ベルタが御者台でしゃべり続けている。
ベルタ:「ベルネはね、商業の町でね。人口は2000人くらいで、ギルドも大きいよ。ファスト村の3倍はある。市場も充実してて——」
ヨーヘイ:(情報が来る。聞いておく)
ヨーヘイ:「ベルタさん。この辺りに、焼肉を専門に出す店はありますか」
ベルタ:「焼肉……肉を焼くのは普通だけど、そういう専門の店は見たことないねえ。なんで?」
ヨーヘイ:「いつか、やろうと思っています」
ベルタが振り向いた。馬が街道を踏む音だけがしばらく続いた。
ベルタ:「……本気で言ってる?」
ヨーヘイ:「本気です」
ベルタ:「……面白い子だねえ」
フィンが「キュッ」と鳴いた。リリアが前を向いたまま、口元が少し動いた。
ヨーヘイ:(何か言いかけた。でも言わなかった。リリさんはそういう人だ。言葉にする前に飲み込む。飲み込んだものが、今日の歩き方に出る)
ヨーヘイ:(この世界に焼肉屋はない。やれる)
◆ 突如・魔物との遭遇
街道が少し窪んだ場所に差し掛かった頃だった。
フィンの耳が立った。一瞬だけ体が固まる。それからゆっくりとヨーヘイを見た。その目が「来る」と言っていた。
ヨーヘイ:(解析さん)
解析の声:「……右の茂み。クロトカゲが3体。馬の匂いに引き寄せられています」
クレイが先に動いていた。
クレイ:「クロトカゲだ。3体。ベルタさん、馬を止めて」
馬車が止まった。全員が荷台から降りる。
茂みが揺れた。低い唸り声がした。3体のクロトカゲが草を踏んで出てくる。体長1メートル弱。黒い鱗。舌が細く出ている。
解析の声:「Gグレード上位。腹部の鱗が薄く弱点です」
クレイ:「ガド、中央を抑えろ。シアは右。ピナは後方支援。ヨーヘイ、左を頼む」
ヨーヘイ:「分かりました」
クレイの指示が飛んでから、全員が動くまで2秒もかからなかった。
ガドが大盾を前に出して中央のクロトカゲと正面から向き合う。クロトカゲが跳んだ。大盾が受けた。金属と鱗がぶつかる音が響く。ガドは一歩も動かない。
ガド:「ぬるい!!」
左のクロトカゲが低く構えた。地面に腹をつけて、こちらを見ている。跳ぶ前の体勢だ。MPを温存したい。《瞬歩》は使わない。
クロトカゲが跳んだ。
半歩横にずれた。牙が空を切る。着地の瞬間に腹部へ蒼魔鉄中剣を当てた。解析の声が示した鱗の薄い場所だ。手ごたえがあった。
2体目が来た。正面から頭を低くして突進してくる。距離を詰めようとした瞬間、左から槍が来た。リリアだった。穂先が2体目の首筋を打って軌道がずれた。ヨーヘイが踏み込んで、腹部に剣を通した。
右でシアの矢が3体目の目に刺さる。ガドが大盾を地面に叩きつけて仕留めた。
クレイ:「終わりだ」
静かになった。10秒も経っていなかった。
ガド:「Gグレードか。ウォーミングアップにもならんな!!」
ピナ:「ヨーヘイさん、《瞬歩》使ってないよね? 速かった!」
ヨーヘイ:「解析で弱点が分かったので」
シア:「……解析の精度が、おかしい」
クレイが視線を外した。その前に、何かを確認するような間があった。
クレイ:「……なかなかやるな」
◆ 野営・焚き火・料理
日が傾いた頃、街道沿いの草地に野営の場所を決める。
焚き火を起こした。クレイが木を集め、ガドが枝を折る。手慣れている。ピナが焚き付けに魔法を使う。シアが周囲の索敵をして戻ってくる。
ヨーヘイは収納からトリアシの肉を取り出した。ぼんじり、砂肝、せせり。鉄板を火に乗せる。
ベルタ:「またなんか作るの?」
ヨーヘイ:「焼きます」
鉄板が温まった。ぼんじりを乗せる。脂が溶けて音を立てる。じわじわと香ばしい匂いが広がった。
ガドの鼻がひくついた。
ガド:「……うまそうな匂いがする!!」
ヨーヘイ:「もう少しだけ待ってください」
焼き色がついてきた。裏返す。もう片面も焼く。全員分を皿に乗せる。
ヨーヘイ:「どうぞ」
ガドが一番先に手を伸ばした。口に入れた瞬間、目が変わった。
ガド:「うまい!! なんだこれは!! もう一本くれ!!」
ピナ:「おいしい!! これなに?」
ヨーヘイ:「トリアシのぼんじりです」
ピナ:「ぼんじり!! 覚えた!!」
クレイが一口食べた。咀嚼した。また食べた。何も言わなかったが手が止まらなかった。
シア:「……エルフはそういうものは食べませんが」
言いながら近づいてきた。皿の前に立った。一口食べた。耳がぴくっと動いた。
シア:「……少しだけなら」
ヨーヘイ:(「少しだけなら」と言いながら三口目だ)
ベルタが目を細めて焚き火を見ていた。
ベルタ:「焼肉屋、本当にやれそうだね」
ヨーヘイ:「やります」
ベルタ:「俺、毎日行くよ」
焚き火が弾けた。星が出てきている。
ヨーヘイ:(明日はホルモンを出す。今日はまだ言わない)
フィンが砂肝をもらって丸まった。
◆ 翌朝・出発
夜明け前に目が覚める。
草の匂いがする。焚き火の残り火が少し残っている。空の端が白くなり始めていた。全員が静かに起きた。荷物をまとめて馬車に乗り込む。クレイが火の始末を確認した。
出発する。街道が続いている。
ベルタ:「今日の夕方にはベルネに着くよ。途中に草地があってね、景色がいいんだよねえ」
ヨーヘイ:(草地。開けた場所は大型魔物の行動圏になりやすい)
解析の声:「前方の地形、確認しています」
馬車が進む。しばらくすると木が途切れる。
広い草地だ。遠くまで見える。空と草地の境目がはっきりしている。馬が気持ちよさそうに歩いている。
フィンの耳が立った。
ゆっくりと、ヨーヘイを見た。
ヨーヘイ:(解析さん)
解析の声:「……前方200メートル。大型の反応が1つあります。Eグレード。今まで記録にない種です」
草地の向こうに、黒い塊が動いていた。
でかい。
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【第18話 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(18話終了時点)
Lv:4 HP:135/135(自然回復) MP:60/60(消費なし)
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 74/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 32/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 52/100
・《解体》Lv2 熟練度 4/100(+1)
・《料理》Lv1 熟練度 24/100(+2)★野営料理
・《従魔契約》Lv1 熟練度 15/100(+1)
・《瞬歩》Lv1 熟練度 8/100(消費なし)
・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100
▼ 本話の収支
・ポーション補充:▲30枚
・18-1終了時手持ち 143枚(173枚−30枚)
・護衛依頼報酬は18-3で受け取り予定
▼ 本話の出来事
・初めてファスト村の外へ(異世界来訪以来初)
・護衛依頼受注:ファスト村→ベルネ・3日行程・銀貨2枚
・「無敵の四天王」と初対面:クレイ・ガド・シア・ピナ
・パーティ名を聞いてヨーヘイ声に出して笑う★
・行商人ベルタと初対面
・ベルタ:「焼肉屋、毎日行くよ」★スクショシーン候補
・クロトカゲ3体:合同討伐(《瞬歩》未使用・解析弱点活用)
・野営:トリアシ肉を焼く→四天王・ベルタ初陥落
・シア第1段階:「……少しだけなら」
・翌朝出発→草地で大型未知魔物の反応→18-2へ
▼ インベントリ(18-1終了時)
・蒼魔鉄中剣×1
・短剣×1(予備)
・包丁×1
・採取へら×1
・冒険者証(Fランク)
・ポーション×1(補充済み)
・解毒薬×1
・ガルニク草×4株(収納保管)
・タレ試作品:少量(持ち越し)
・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
異世界に来て初めて、村の外に出ました。城門をくぐった瞬間のことは、たぶんしばらく忘れないと思います。怖かったわけじゃないです。ただ、世界が広くなった感触がありました。
護衛依頼のパーティは「無敵の四天王」でした。名前を聞いた時、笑いました。止められませんでした。でも全員、実力は本物です。クレイさんの指示は的確で、ガドさんは壁として完璧です。シアさんの索敵精度は俺より高い。ピナさんの魔法補助は想像より使えます。
クロトカゲの戦闘は10秒かかりませんでした。《瞬歩》を使わずに済みました。解析で弱点が分かると戦い方が変わります。これがLv2の意味だと思います。
ぼんじりを焼きました。全員食べました。シアさんが「少しだけなら」と言いながら三口食べていました。明日はホルモンを出します。今から楽しみです。
ベルタさんに焼肉屋をやりたいと言いました。「毎日行くよ」と言ってもらいました。この世界に焼肉屋はない。やれます。
草地の向こうに、でかいものがいました。Eグレードで記録にない種です。明日、向き合います。
以上、記録終わり。
【第18話】旅の始まり ― 城門が、消えた
「……無敵の四天王です」
ミナさんが、少し間を置いてから言いました。その間の長さに、全部入っていました。
異世界に来て初めて、ファスト村の外に出た話です。城門をくぐった瞬間の、世界が広くなる感触。それを書きたくて、この話を書きました。ベルタさんの「毎日行くよ」は、笑いながらじゃなかった。




