第17話−3 ひとつ目の頂上 ― 火を、入れた
◆ ギルド・報酬受け取り
翌朝、ギルドに向かう。
ミナがカウンターにいた。依頼票を2枚並べると、確認して台帳を開く。素材を一つずつ手に取った。羽を手のひらで広げて、断面を見る。骨を指で触れる。嘴を光に向ける。その動作が、いつもより少し丁寧だった。
ミナ(受付):「……羽の切断面が、前回より綺麗です。解体技術が上がりましたか」
ヨーヘイ:「《解体》がLv2になりました」
ミナ(受付):「なるほど、それなら納得です。素材の質が変わっています。査定、少し上げられます」
カイフクソウとゲドクソウの依頼票も処理した。束の仕上がりを確認してミナが頷く。
報酬を計算した。トリアシ討伐が40枚から手数料8%引きで36枚、薬草採取が30枚から手数料5%引きで28枚、E魔石2個の換金が22枚。合計86枚が手のひらに乗った。これで手持ちが173枚になる。
ミナが一瞬、ヨーヘイの左腕を見た。昨夜、路地で追っ手を退けた時についた痕だ。袖で隠れているが、動き方が少し固い。ミナは何も言わない。台帳を閉じる。
ミナ(受付):「お疲れ様でした」
ヨーヘイ:「ありがとうございます」
ヨーヘイ:(見てた。でも聞かない。ミナさんはそういう人だ。いつもそうだ。初めてこのカウンターに立った日から、必要なことだけを言う。それが、ありがたい)
◆ 宿・炊事場
昼前、サーラに頼んで炊事場を使わせてもらった。
サーラ(女将):「またなんか変なことするのかい」
ヨーヘイ:「タレを試します」
サーラが少し間を置く。タレ、という言葉を転がしているような間だ。それから手を拭いて、端に寄った。見てる気配がある。
収納からガルニク草を取り出した。
途端に炊事場の空気が変わった。昨日、森の中で引き抜いた瞬間と同じ匂いが、今度は閉じた空間の中に広がっていく。目の縁がじわっとした。サーラが顔を少しそむけた。でも出ていかなかった。
サーラ(女将):「……なんだいこの匂いは」
ヨーヘイ:「故郷にある食材に近いものです。加熱すると変わります」
皮を剥く。刺激臭が一段上がる。フィンが炊事場の入口から顔を出して、鼻に前足を当てて、また引っ込む。
ヨーヘイ:「お前は外で待ってろ。後で呼ぶ」
フィン:「キューン」
包丁で刻む。薄く、細かく。断面から匂いが立つたびに、鼻の奥に現代の記憶が来る。美咲が使いすぎだと笑った台所。蓮が匂いを嗅いで「くさい」と言った夜。それでも食卓に並べると全部食べていた。
小鍋に油を少量入れた。火にかける。温まってきたところで、刻んだガルニク草を鍋に入れた。
ジュ、と短く鳴った。
その瞬間から、匂いが変わった。
刺激臭が、甘く深い香りに変わっていく。刺さるような鋭さが丸くなって、奥に広がっていく。焼肉屋の厨房の匂いだ。居酒屋の換気扇の下の匂いだ。腹が鳴る匂いだ。
ヨーヘイ:「……来た」
声が出た。炊事場に独り言が響いた。
サーラが一歩、前に来た。フィンが入口からまた顔を出した。今度は引っ込まなかった。
発酵液を小さじ1杯、鍋に加えた。
ジュッ、と大きく鳴った。
匂いが爆発した。香ばしさと酸味と旨味が混ざって、炊事場の空気が一変した。フィンが「キュウッ!」と鳴く。
火を止めた。少し冷ます。指先で一口なめた。
ガルニク草の深い香りと、発酵液の塩気と旨味が、舌の上でぶつかって溶けた。足りない。甘みが足りない。酒もない。まだ途中だ。でも——
ヨーヘイ:「……うまい。足りない。でもうまい」
サーラが横から指を突っ込んで、なめた。サーラの目が少し動いた。
サーラ(女将):「……変な味だね」
ヨーヘイは頷いた。この世界の人には馴染みがない味だ。それは分かっていた。でも次の言葉が来た。
サーラ(女将):「でも、なんか、もう一回なめたい」
ヨーヘイ:(来た。それだ。「もう一回なめたい」——それがタレの本質だ。一口で終わらせない。次の一口を引き出す。サーラさん、分かってる。この人はいつもそうだ。言葉は少ないが、芯を突いてくる)
表情は動かさなかった。
ヨーヘイ:「次はもっとよくなります」
サーラ(女将):「……楽しみにしてるよ」
炊事場に、鍋の余熱だけが残っていた。サーラが炊事場を出る前に、もう一度だけ鍋を見た。それだけで十分だった。
フィンが鍋に顔を近づけた。鼻が動いている。
ヨーヘイ:「タレが完成したら呼ぶ。今日じゃない」
フィン:「キューン」
ヨーヘイ:(約束だ。絶対うまくする。それだけは言える)
◆ 食卓
夕食の時間になった。
今日討伐したトリアシの肉を、炊事場で焼いた。串ではなく皿盛りにした。ぼんじり、砂肝、せせり。脂が鉄板の上で音を立てて、炊事場に焼ける匂いが広がっていく。フィンが足元でそわそわしている。
テーブルにリリアが先についていた。コップを両手で持って、今日の出来事をまだ頭の中で整理しているような顔だ。ヨーヘイが皿を運ぶと、目が動いた。皿の上を見た。
リリア:「……砂肝、ありますね」
ヨーヘイ:「今日討伐した分です。2体分あるので、十分あります」
リリアが皿から顔を上げた。そのまま、もう一度皿を見た。それだけで、好きなのだと分かった。今まで気づかなかった。聞いたこともなかった。
ヨーヘイ:(この人の好みを、俺はまだほとんど知らない。少しずつ分かってきている、というのが今の状態だ)
サーラがスープを運んできた。テーブルに置いて、ぼんじりを一口つまんだ。何も言わない。でも二口目を取った。フィンが足元で「キュウッ!」と鳴く。
ヨーヘイ:「分かってる。お前の分もある」
フィン:「キュッ」
食べた。リリアが砂肝を口に入れて、少し間を置いた。噛みながら、目が少し細くなっていく。
リリア:「……噛むほど、出てきますね」
ヨーヘイ:「砂肝はそういう部位です。旨味が詰まってます。噛んで初めて出てくる」
リリア:「……旨味」
ヨーヘイ:「故郷の言葉で、噛んで出てくる味のことをそう言います」
リリアが静かに繰り返した。
リリア:「……旨味。覚えました」
たった一言だったが、ちゃんと受け取った顔だった。
フィンが皿の縁に前足をかけた。
ヨーヘイ:「行儀が悪い」
フィン:「キューン」
テーブルが、少し賑やかだった。サーラが「うるさいね」と言いながら、三口目を取っていた。
◆ 夜・追っ手との交戦
夕食が終わって、宿の中が静かになった頃だった。
ヨーヘイ:(解析さん。周囲の反応は)
解析の声:「……宿の裏手に、2つの反応があります。動いています」
体が先に動いていた。立ち上がって、上着を取る。
ヨーヘイ:(来た。今夜は動いてきた)
廊下に出ると、リリアが扉の前に立っていた。槍を持っている。目が覚めている。昨夜と同じ顔だ。
リリア:「……来ましたね」
ヨーヘイ:「はい。裏手です」
階段を下りた。サーラが帳場にいた。目が合う。何も言わない。ただ、帳場の灯りを一段上げた。宿の裏手が明るくなった。
路地に出る。
2人いる。前回と同じ顔だ。でも今夜は違う。抜剣している。構えている。今夜は話し合いに来ていない。前回、ヨーヘイが《瞬歩》で一歩踏み込んで追い返した。それで考えを決めたのだと分かった。
男1:「……Fランクになったな」
ヨーヘイ:「なりました」
男1:「だから今夜だ」
ヨーヘイ:(解析さん。戦意は)
解析の声:「……高い。今夜は退かない状態です」
男1が踏み込んでくる。
《瞬歩》で横に抜けた。蒼魔鉄中剣を抜く。金属の音が路地に響く。
男2がリリアの方を向いた。
ヨーヘイ:(リリさんが狙われる——)
振り向けない。男1がもう一度踏み込んでくる。剣と剣がぶつかる。力が違う。体重が違う。押される。
ヨーヘイ:(体格差がある。押し合いは勝てない。どこかで——)
左腕に熱が走った。
袖が裂けている。切られている。
深くはない。でも、血が出ている。
ヨーヘイ:(動ける。でも——)
その瞬間だった。
白い光が路地を満たした。
一瞬だけ、夜が消えた。
男1が目を細めた。男2が後退した。
リリアが前に出ている。槍の穂先に白い光が纏っている。形が定まっていない。制御できていない。でも確かにそこにある。路地を照らしている。
リリア:「……下がってください」
男2がまた半歩、後退した。光の輪郭が揺れている。
ヨーヘイ:(解析さん。男1の隙は)
解析の声:「……視線が光に向いています。今です」
踏み込んだ。男1の剣を持つ手首に、解析さんの声が言った場所へ、蒼魔鉄中剣の腹を当てた。
抜剣が落ちる。
男1が男2を見る。男2が男1を見る。二人の間で何かが決まった。
2人が走る。路地の奥に消えた。足音が遠ざかっていく。
静寂が戻る。
リリアの手の光が、消える。ゆっくりと、消える。
リリア:「……出ました」
ヨーヘイ:「出ました」
リリア:「……怖かったです」
ヨーヘイ:「俺もです」
左腕が熱い。心臓がまだ速い。路地に風が入ってくる。
リリア:「……でも、出ました」
言い切った。震えている。でも声は落ちていない。槍を持った手は、まだそこにある。
ヨーヘイ:(あの日、震えながらギルドカードを差し出した。その日から今夜まで、この人は少しずつここまで来た。今夜、路地が白くなった。同じ光だ。でも今夜のは、違う場所から来ている)
ヨーヘイ:「リリさん」
リリア:「……はい」
ヨーヘイ:「ありがとうございました」
リリアが頷く。目元が、少し緩んでいる。
◆ 夜の独白
部屋に戻る。左腕にポーションを使った。傷が塞がっていく感触がある。浅い。でも今夜は運が良かっただけかもしれない。
フィンが毛布の端から顔を出す。「キュッ」と鳴く。
ヨーヘイ:「ただいま」
フィン:「キュッ」
椅子に座る。左腕を確認する。跡は残るかもしれない。でも動く。
声に出して、今日を確認した。
ヨーヘイ:「ガルニク草を加熱したら、炊事場の空気が変わった。サーラさんが黙って二口目を取った。方向は、合ってる」
少し間を置いた。
ヨーヘイ:「追っ手が来た。切られた。でもリリさんの手が光った。路地が、白くなった。あれを見た時——勝てると思った。根拠はなかった。でもそう思った」
フィンの耳が動く。声を追っている。
ヨーヘイ:「……蓮」
宿の外で風が鳴っている。
ヨーヘイ:「パパな、今日、タレの匂いを嗅いだ。異世界で初めて、あの匂いがした。炊事場が、あの匂いになった」
宿の外で風が鳴っている。
ヨーヘイ:「まだ甘みが足りない。酒もない。でもな——サーラさんが『もう一回なめたい』って言ったんだ。あの一言で十分だった。方向は合ってる。続けられる」
ヨーヘイ:「もう少しだけ、待っててくれ。ちゃんとしたタレを作ったら、呼ぶから」
フィンが丸まる。尾が一度だけ揺れた。
タレはまだ、途中だ。
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【第17話−3 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(17-3終了時点)
Lv:4 HP:134/135 MP:54/60(《瞬歩》×1回使用・3消費・ポーション使用でHP回復)
※左腕の切り傷:ポーション使用で治癒済み(HP-1残・完治まであと1)
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 73/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 31/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 52/100
・《解体》Lv2 熟練度 3/100(+3)★換金時の素材評価で加算
・《料理》Lv1 熟練度 22/100(+3)★ガルニク草試作
・《従魔契約》Lv1 熟練度 14/100
・《瞬歩》Lv1 熟練度 8/100(+1)
・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100
▼ 本話の収支
・トリアシ討伐報酬:36枚(40枚×手数料8%引き)
・薬草採取報酬:28枚(30枚×手数料5%引き)
・E魔石×2換金:22枚
・ポーション使用:▲1本(既存在庫から)
・17-3終了時手持ち 173枚(87枚+86枚)
▼ 本話の出来事
・依頼報酬受け取り:計86枚(討伐・採取・魔石換金)
・ミナ:素材品質上昇を確認(《解体》Lv2効果が換金に出る)
・ガルニク草初試作:発酵液と合わせてタレの原型が出来た
・サーラ:「もう一回なめたい」★スクショシーン候補
・仲間との食卓:リリア「旨味。覚えました」
・追っ手2名と夜の路地で交戦
・ヨーヘイ:左腕切り傷(HP-2・ポーション使用で回復)
・解析さんのサポートで男1の手首を打ち抜剣を落とす
・リリア:魔法覚醒★路地が白く染まる★スクショシーン最有力
・追っ手撤退
・夜の独白:蓮へ「ちゃんとしたタレを作ったら、呼ぶから」★スクショシーン
・タレはまだ、途中だ。
▼ タレ開発状況(17-3時点)
・確保済み素材:発酵液(醤油相当)・ガルニク草
・未確保:甘み(みりん・砂糖相当)・酒(酒精相当)
・サーラ評価:「もう一回なめたい」→方向性確認済み
・次のステップ:甘み素材の調達→18話以降
▼ リリア魔法記録(17-3時点)
・第1覚醒:9-1(白い光・制御不能)
・11-4:第二兆候・練習合意
・12-3:0.5秒発現
・14-3:2回連続発現
・15-2:3回目不発・「2回でいい」と自分から切り上げ
・17-3:戦闘中に発現★路地を照らす規模★初の実戦発現
▼ インベントリ(17-3終了時)
・蒼魔鉄中剣×1
・短剣×1(予備)
・包丁×1
・採取へら×1
・冒険者証(Fランク)
・ポーション×0(使用済み)
・解毒薬×1
・ガルニク草×4株(1株試作使用・残4株収納保管)
・タレ試作品:少量(次話以降へ持ち越し)
・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
ガルニク草を加熱しました。炊事場の空気が変わりました。発酵液と合わせたら、匂いが爆発しました。サーラさんが「もう一回なめたい」と言いました。方向は合っています。まだ甘みと酒が足りませんが、始まりました。
追っ手が来ました。切られました。浅かったです。ポーションで治しました。リリさんの光が出ました。路地が白くなりました。解析さんのサポートで男1の手首を打てました。ありがとうございました。次は切られないようにします。
リリさんが「でも、出ました」と言いました。震えながら、でも声は落ちていませんでした。
タレはまだ途中です。次は甘みの素材を探します。
以上、記録終わり。
【第17話-3】ひとつ目の頂上 ― 火を、入れた
「約束だ。絶対うまくする」
声には出していません。鍋の前で、一人で言いました。
タレの試作一回目です。まだ足りない。甘みも酒もない。でも、火を入れた。始まった日です。追っ手が今夜また動いたことも、ここに書いておきます。




