第16話−3 蒼魔鉄と焼き鳥と ― 今日は、逃げない
◆ 炊事場
脂が落ちる音がした。
じゅ、と短く鳴って、煙が細く上がる。鶏の匂いがした。現代の居酒屋と同じ匂いだ。祭りの夜と同じ匂いだ。
ヨーヘイ:「来た来た」
串を少し持ち上げて、焼き色を確認した。ぼんじりの脂が表面に浮いている。あと少しだ。
リリアが槍を壁に立てかけて、隣に立っていた。串を見ている。
リリア:「……いい匂いですね」
ヨーヘイ:「焼き鳥の匂いです」
リリア:「……やきとり」
ヨーヘイ:「串に刺して焼いたものです。こっちの世界にはないんですか」
リリア:「……こういう刺し方は、見たことがなくて」
ヨーヘイが砂肝の串を持ち上げた。表面がぷりぷりしている。
ヨーヘイ:「食べてみますか」
渡した。リリアが一口かじる。
少し間があった。
リリア:「……脂が、違います。なんか——鶏、みたいな」
ヨーヘイ:(鶏を知ってるのか。この世界に鶏がいるのか。聞いたら驚かれそうなので聞かない。でも知りたい)
ぼんじりの串を火から上げた。表面に焼き目がついている。一口かじる。
脂がじゅわっと出た。
ヨーヘイ:「……うまい」
声に出た。止められない。
そこにサーラが通りかかった。鼻が動いている。
サーラ(女将):「なんか変な形の串だね」
ヨーヘイ:「食べますか」
ぼんじりの串を差し出した。サーラが一口かじる。咀嚼して、止まる。
サーラ(女将):「……悪くないけど、なんかいつもと違う」
ヨーヘイ:(ドンネさんと同じ評価だ。この世界の「悪くない」は最高評価なんじゃないか。根拠はないが、二人から同じ言葉が出た)
フィンがヨーヘイの足元で「キュウッ!」と鳴いた。
砂肝の串に飛びついてくる。
ヨーヘイ:「ダメだ。お前の分は後で焼く」
フィン:「キューン」
フィンが引いた。でも目は串から離れない。尾が揺れている。
ヨーヘイ:(分かった分かった。今日はお前の分も焼く。ただし最後だ)
解析さんに確認した。
ヨーヘイ:(解析さん。フィンに焼いた鳥肉を食べさせて問題ないですか)
解析の声:「トリアシの肉はフィンの消化器官に適合しています。火を通したものなら問題ありません」
ヨーヘイ:(ありがとうございます)
解析の声:「……」
ヨーヘイ:(黙った。いつもなら「業務の範囲内です」と返すのに。今日は黙った。語彙が増えたのか、それとも単純に照れているのか。どちらか分からないが、どちらでも構わない)
残りの串を焼いた。サーラがいつの間にかもう一本持って食べている。
◆ 夜・宿
夕食が終わって、宿の中が静かになった頃だった。
ヨーヘイ:(解析さん。周囲の反応は)
解析の声:「……2つの反応。前回と同じ個体です。宿の前から動いていません」
ヨーヘイ:(来た。今夜は「今日のところは」がない。待っている)
窓から外を見た。通りは暗い。人の影が2つ、宿の向かいの壁際に立っている。動いていない。
ヨーヘイ:(戦意は)
解析の声:「……高い。ただし、様子を見ています。今すぐ動く状態ではありません」
ヨーヘイ:(なら、今が出るタイミングだ。待たれると選択肢が減る)
ヨーヘイが立ち上がった瞬間、廊下から足音がした。
扉が開く。リリアだった。槍を持っている。昼間と同じ顔だ。
リリア:「……来ましたね」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「……行きます」
ヨーヘイ:「後ろにいてください。でも——」
少し間を置いた。
ヨーヘイ:「槍を持ってきてくれているのは、助かります」
リリアが小さく頷いた。
階段を下りると、サーラが帳場にいた。ヨーヘイと目が合った。何も言わなかった。ただ、帳場の灯りを一段上げた。宿の表が明るくなった。
外に出た。
◆ にらみ合い
向かいの壁際に、2人いた。
若い男だ。前回と同じ顔だ。装備が前回より整っている。剣を腰に差している。
男1:「装備が変わったな」
低い声だった。驚いている声ではない。確認している声だ。
ヨーヘイ:「少し、変わりました」
ヨーヘイ:(落ち着け。今夜ここで戦うのは得じゃない。でも逃げない。逃げたら次が来る)
ヨーヘイ:「昇格審査の申請が、今日終わりました。明日、審査があります」
男2が少し顔を動かした。
男2:「……それが何だ」
ヨーヘイ:「明日が終わってから来てください。今夜は通してほしい」
2人が黙った。
ヨーヘイ:(解析さん)
解析の声:「戦意は変わっていません。……ただ、迷っています」
ヨーヘイ:(迷っている。なら、もう一手だ)
ヨーヘイは右足を一歩踏み出した。
《瞬歩》を、一歩だけ使った。
景色が0.5メートルずれた。距離が詰まった。攻撃はしていない。ただ、踏み込んだだけだ。
男1が半歩下がった。
無意識の後退だ。体が先に反応した。
ヨーヘイ:(下がった)
少し間があった。
男1:「……準備ができてから来い」
2人が背を向けた。足音が遠ざかっていく。
ヨーヘイ:(それはこっちの台詞だ。でも確かにそうでもある。なんで敵に正論を言われているんだ。返す言葉がなかった)
しばらく、その場に立っていた。
リリアが槍を下ろした。
◆ リリアと
宿の入口に戻ると、サーラが帳場から顔を出す。目で確認して、また引っ込んだ。それだけだ。
階段の前で、リリアが立ち止まった。
リリア:「……ヨーヘイさん」
ヨーヘイ:「はい」
リリア:「……《瞬歩》、使ったんですね」
ヨーヘイ:「見てましたか」
リリア:「……ずっと、見てました」
少し間があった。風が宿の外で鳴っている。
リリア:「……怖くなかったですか」
ヨーヘイは少し考えた。
ヨーヘイ:「怖かったですよ。でも今日は足が動いた」
リリアが頷いた。
リリア:「……私も、動きました」
それだけだ。でもそれだけで十分だ。
ヨーヘイ:(この人はあの時、震えながらカードを出した。今日は槍を持って降りてきた。少しずつ、変わっている。俺も変わっている。同じ方向に、少しずつだ)
階段を上がった。
◆ 夜の独白
部屋に戻ると、フィンが毛布の端から顔を出す。「キュッ」と鳴いた。
ヨーヘイ:「ただいま」
フィン:「キュッ」
椅子に座る。声に出して、今日を確認した。
ヨーヘイ:「蒼魔鉄の中剣を、初めて使った。切れた。違った」
ヨーヘイ:「トリアシを討伐した。命名した。刺身を食べた。砂肝があった」
ヨーヘイ:「依頼15件。昇格申請、終わった。明日、審査がある」
ヨーヘイ:「追っ手が来た。逃げなかった。それだけだ」
フィンの耳が少し動いた。声を追っている。
ヨーヘイ:「……蓮」
宿の外で、風が鳴っている。
ヨーヘイ:「パパ、今日Fランクの審査を申請した。明日、結果が出る」
少し間があった。
ヨーヘイ:「タレが足りなかった。ちゃんとしたタレを作ったら、もっとうまくなる。蓮が食べたカルビよりうまいものを、いつか焼く。ここで」
フィンが丸まった。尾が一度だけ揺れた。
明日、審査がある。
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【第16話−3 リザルト&ステータス】
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▼ ヨーヘイのステータス(16-3終了時点)
Lv:4 HP:135/135 MP:54/60(《瞬歩》×1回使用・3消費)
スキル熟練度:
・《解析》Lv1 熟練度 69/100(+1)
・《収納》Lv1 熟練度 28/100(+1)
・《採取》Lv1 熟練度 46/100
・《解体》Lv1 熟練度 34/100
・《料理》Lv1 熟練度 19/100(+2)★焼き鳥各種
・《従魔契約》Lv1 熟練度 12/100(+1)
・《瞬歩》Lv1 熟練度 5/100(+1)
・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100
▼ 本話の収支
・収支なし(依頼・換金・購入なし)
・16-3終了時手持ち 約87枚(16-2から変わらず)
▼ 依頼達成数:15件(累計) 昇格審査中・明日結果
▼ 本話の出来事
・炊事場:焼き鳥各種(ぼんじり・砂肝・せせり・ヤゲン軟骨)完成
・サーラが焼き鳥を食べて「悪くない」→ドンネと同じ評価をヨーヘイが気づく
・フィンにトリアシ肉を与えることを解析さんが許可
・解析さんが感謝に「……」で返す(業務の範囲内を言わず沈黙・語彙の変化)
・追っ手再来(2名・前回と同一)
・ヨーヘイが《瞬歩》1歩で牽制→相手が無意識に半歩下がる
・「準備ができてから来い」→ヨーヘイ内心「なんで敵に正論を言われているんだ」
・リリア「私も、動きました」→スクショシーン
・夜の独白:蓮へ「ちゃんとしたタレを作ったら、もっとうまくなる」
▼ インベントリ(16-3終了時)
・蒼魔鉄中剣×1
・短剣×1(予備)
・包丁×1
・採取へら×1
・冒険者証(Gランク→昇格審査中)
・ポーション×1
・解毒薬×1
・トリアシ肉:残分(焼き鳥後)
・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1
▼ ヨーヘイの考察
解析さん、記録します。
焼き鳥を焼きました。ぼんじり・砂肝・せせり・ヤゲン軟骨。全部うまかったです。サーラさんが「悪くない」と言いました。ドンネさんと同じ評価です。この世界の「悪くない」は最高評価なのかもしれません。
フィンに焼いたトリアシの肉を食べさせていいか確認しました。解析さんが許可してくれました。お礼を言ったら黙っていました。いつもと違いました。
夜、追っ手が来ました。前回と同じ2人です。《瞬歩》を1歩だけ使いました。相手が半歩下がりました。戦っていません。でも逃げていません。「準備ができてから来い」と言われました。返す言葉がありませんでした。正論だったので。
リリさんが「私も、動きました」と言いました。あの時から、ここまで来ました。
明日、審査があります。
以上、記録終わり。
【第16話-3】蒼魔鉄と焼き鳥と ― 今日は、逃げない
「準備ができてから来い」
敵に言われました。返す言葉がありませんでした。正論だったので。
リリアが「私も、動きました」と言った夜です。あの日から、ここまで来た人が言える言葉です。
次は審査の結果が出ます。




